第二試合 二
ジンタは、イヨリとあーちゃんにそれぞれ強化魔法『スピード』を掛けた。
そして最後に自分にも『スピード』を掛けたとき、レフリーの『開始』の声が響いた。
地面が揺れるほどの歓声の中、ジンタは走った。
走りながら正面の三人、リカとラーナとリゼットを見る。
全員、自分達と同じ淡い緑の発光。
つまり、相手もロンシャンによって掛けられた強化魔法は『スピード』ということだ。
走って向かうジンタの目に、まずはリゼットが向かって来るのではなくやはり最大のメリットである空へと飛び立つのが見えた。
残るリカとラーナは、ジンタ達同様地上を走って来る。
そこまで確認して、ジンタは始めの標的をラーナに絞り込む。
これは元々の話合いで決まっていたことだった。
だから迷いもなかった。
ジンタは、向かって左側に見えるラーナ側へと体を傾け走る。
ラーナは、リカの一歩分前を走っている。
あと数歩。
それでジンタとラーナの初手が互いに届きそうな距離。
しかし、ラーナがそこで大きく横に飛んだ。
「なにっ⁉ ――ハッ!」
ラーナの行動にジンタは一瞬目を奪われた。
次の瞬間、ジンタは思いっきり横に吹き飛ばされた。
リカの攻撃によって。
「ぐぅ――――ッ!」
反射的に構えたフォースソードのシールドソード部分が、リカの攻撃を辛うじて防ぐ。
地面を勢いよく滑りながらも、ジンタは魔力で重量を操りなんとか踏ん張った。
吹き飛ばされたのは試合場の向かって左側、森ではない湖畔の手前に広がる原っぱ地帯。
そしてジンタの見上げた前にはリカの姿。
「よく防ぎ、そして耐えましたわね」
第二段階である女性の腕に焦げ茶色の体毛を生やし鋭い爪を持つ手へと変化するのだが、今目の前に立つリカの両腕は、服同様に真っ赤な手甲が肩まであるような装備を身につけていた。
「まさか、リカさんがこっちに来るとは……、ちょっと予想外かな」
ジンタは笑んで立っているリカに対し、装備や服装にはついては触れず、精神的な意味合いを込めて問いた。
リカが、いつもイヨリをライバル視しているのは周知の事実。
そのリカが絶好の戦いの場であるこの家族戦において、イヨリではなくジンタに向かって来るとはジンタとしては想像出来なかったが、リカだって本心ではイヨリと戦いたかったはずだと思ったからだ。
「そうですわね。ですが私あなたにも興味がありましてよ。あのミトさんとの稽古を見たときから」
「そいつはどうも」
構えたまま、片手で滴る汗を拭う。
「さて、それでは始めましょうか」
リカがだらりと両腕を下げる。
そこからやや横に両腕を広げる、リカ独特の構え。
ジンタは、それに応えるように正中でフォースソードを構える。
「そう、その構えですわ。あの時の私はその真っ直ぐな構えを見て、攻められないと感じてしまいましたわ」
「……そうなんだ」
「ええ。ですが今の私なら、その構えをこうして見てても攻めるのを躊躇うことはないようですわ」
「ははっ。それは少し残念だな……」
ちらりと右側を見る。
そう遠くはないが、それでもすぐに向かうことが出来かねる距離で、イヨリとあーちゃんがラーナと対峙していた。
「よそ見とは余裕ですわね」
声が一気に近づく。
正面を見れば、一足飛びにリカが突進してきている。
「余裕ではないんだけどなっ!」
とりあえず接近を嫌がるように剣を大きく横に振り抜く。
「甘いですわ」
そうするのをリカに読まれていた。
ジンタの大剣は、あっさりとリカの手甲のような装甲に阻まれ受け止められた。
「うおっ!」
反射的に真後ろへと飛ぶ。
「それも、読んでますわ」
ぐいっと、深い踏み込みでリカが一歩を詰め寄る。
「もらいましたわっ!」
リカの爪攻撃。
真横に振り抜いたリカの爪はジンタの重装甲の鎧、その右胸部分を撫でていった。
「ちっ! 少し浅かったですわね」
「あっぶねえ!」
一気に噴き出た冷や汗が背中を濡らす。
攻撃を受けた部分には、はっきりと爪痕が残っている。
もう半歩深かったら、鎧が裂かれ肉を抉られているところだった。
「今ので終わりだと思ったんですが……。まあ、今ので終わってしまってはこの二ヶ月の間で身に付けた私の『ダンス』を披露できませんでしたわね」
「『ダンス』?」
確かに、ジンタは前にそれっぽいのをリカに教えた。
しかし、それを実際にジンタ自身がやって見せても、リカにはあまり理解が出来ずに印象が良くなかったはずだった。
「『ダンス』を身に付けたんですか?」
確認するように聞いたジンタに、リカはいつもの両腕を少し広げる構えから、右腕をやや広げ左腕をより広く伸ばすように広げて見せた。
その姿は、まるで社交ダンスの始まる前の女性側の立ち姿のように。
「身に付けたかどうか、それをこれから確認するんですわ」
リカが不敵に笑みを浮かべ、ゆらりと動き出した。
※※※※※※※※
前を走っていたジンタが予定通りラーナと交戦すると思っていたイヨリだったが、まさかそのラーナがイヨリを、そして戦うであろうと思っていたリカがジンタを狙ってそれぞれ動くとは思っても見なかった。
結果、それがイヨリの中で一瞬の迷いを生んだ。
さらに、そこに追い打ちを掛けるように迷いなくリカに突っ込んで行こうとしたあーちゃんを見て、イヨリはあーちゃんを掴み足を止めさせた。
本来、リカとイヨリが一対一、そしてラーナに対してジンタとあーちゃんの二対一の形を作るため、まだ小さいあーちゃんにはジンタと一緒に戦えと指示をしていたのだ。
それが仇となった。
「さあイヨリ殿にあーちゃん殿。戦いましょうか」
二本の、細く大剣のように長いレイピアを突き刺すようにラーナが構える。
――向こうからすれば、この形が理想だったってことね。
ラーナの迷いない言葉と構えにイヨリはそう理解した。
「うぉ? あーちゃんはジンさと一緒じゃないのか?」
止めたあーちゃんが小首を傾げる。
「その予定だったけど、あーちゃんはこっちで私と一緒にラーナさんと戦いましょう」
才能もあるあーちゃんだが、そのせいもありかなり好戦的なところがある。そんなあーちゃんとリカはある意味で相性が悪い。
お構いなしとまではいかなくとも向かって行く戦いが多いあーちゃんに、それを待ち構えるリカ。
どっちの方がパワーがあるのかなぞ一目瞭然。
そしてそのパワーの差が、体格差も相まって一撃で決着させてしまうのがリカなのだ。
だから、この予想外の形になってもあーちゃんをリカの元に行かせるわけにはいかなかった。
「むお? わかったお!」
イヨリはあーちゃんを掴んでいた手を放す。
あーちゃんがその好戦的な目をラーナに向けたために。
戦いは二対一。
ラーナの手には二本の長いレイピア。
武器の形と構え通りであれば、完全に刺突に特化した攻撃。
元々突くことに重きを置いた大型ランスを持っていたラーナであれば、今の二本のレイピアもありといえばあり。
しかし、そんな遠くから刺突するレイピアであれ、今のイヨリの獣人化『シールドアイアンゴーレム』の持つ盾は貫かれない自信はある。
そして射程。
これもラーナよりあーちゃんの蔦の方が長い。
そう考えればこの二対一、どう見てもイヨリ達の方が有利だ。
――それならっ!
そこまで考えが纏まったイヨリは、自身の鉄の腕、その手の甲から肘の外側に張り付く長方形の盾部分を一折り分横に倒し広げた。
「私が前で攻撃を防ぎます。あーちゃんは私の後ろから蔦でラーナさんを!」
「わかったお!」
元気なあーちゃんの返事を後ろに聞き、イヨリは前へと歩き出す。
構えた両腕の盾の間から、ラーナを睨みつつ。
一歩、また一歩と近づくがラーナは構えたまま動きを見せない。
さらに近づく。
残り二歩もあれば、あーちゃんの蔦が届くだろう位置まで来ている。
それでもラーナは動かない。
何とも言えない嫌な感じが体中に纏わり付く。
それでも一歩、足を進める。
纏わり付く感覚がさらに広がる。
――何かまずいっ!
そう直感した瞬間、後ろのあーちゃんが我慢出来ずに蔦で持つ小さい五角形の盾の攻撃を敢行した。
「今です、リゼットさんっ!」
向かい来るあーちゃんの盾を凝視しながらも、ラーナはその口元に勝ったかのような笑み浮かべた。
「だめっ!」
即座、イヨリは反射的に自分の横からラーナに向け飛び出したあーちゃんの蔦を掴み、後ろに向けて投げ捨てるように引っ張った。
勢いよく引っ張られた蔦、そして掴み投げた位置が根元近かったせいもあり、あーちゃん自体も後ろへと蔦に引っ張られるように後ろに転がっていったのをイヨリは確認した。
それとほぼ同時に遠くの位置から「ギャッ!」とリゼットだろう声が響いた。
ッズン!!!!!
直後、イヨリの体全体に今まで感じた事のないほどの激しい負荷が襲ってきた。
上から下へ、まるで空気に重さがありそれがイヨリを押し潰そうとしてくるように。
「いたたたた……。! いより~っ!」
「来てはだめっ!」
起き上がり、走り寄って来ようとするあーちゃんを止める。
ミシミシと体が軋む音が自分の中で聞こえる。
いっそ膝を突けばいくらか楽かとも思ってしまうが、それをやってしまうと立ち上がれなくなるだろうことは明白だった。
「い、いより~~~~」
泣きそうなあーちゃんの声。
「あーちゃん、リゼットさんはどこ?」
負荷により、頭さえも持ち上げられない状況。
イヨリはあーちゃんに聞いた。
「りぜは、遠くで飛んでるお」
見える位置にはいる、と言うことだ。
しかし、今までまったくと言っていいほど何も出来ていなかったリゼットがこんな隠し技を持っているとは、はっきりいって驚きだった。
しかもあーちゃんの言い方から、相当離れた位置からこの攻撃をして来ていることも含めて。
「いより~~~」
再度あーちゃんの泣きそうな声。
そこで気付くことがあった。
自分が一歩も、そして腕一本も動かせない状況でありながら、ラーナが攻撃を仕掛けて来ないことを。
てっきりあーちゃんが警戒して守ってくれているのかとも思ったが、泣きそう、いやもしかしたら少し泣いているかも知れない声はどう見ても今、警戒し戦う素振りを見せているとは思えなかった。
「あーちゃん、ラーナさんは何している?」
「らーなは、うごいてないお」
ピンと来た。
このリゼットのスキルは人に掛けているのではなく、範囲に掛けているのだと。
つまり、今ラーナがこんな状態のイヨリに何もしてこないのは『攻撃しないのではなく』『攻撃出来ない』のだと。
範囲的に二メートル前後だろうか。
今、イヨリの周りに掛けられている感じではそんなものだろう。
そして、もう一つ。
これだけ効果のあるスキルが扱えるのであれば、ジンタやあーちゃんの場所にも掛ければいい。なのにそれをしないということは、きっとこれは一箇所しか掛けられない、とっておきということなのだろう。
必死に押し潰されないように耐えながら、イヨリはあーちゃんに言う。
「あーちゃん、ラーナさんを追い抜いて、リゼットさんを攻撃出来る?」
「……わかんない」
「なら、ジンタさんと合流して」
リカと戦わせるわけにはいかない。
しかし、今のままあーちゃん一人でラーナの相手をさせるわけにもいかなかった。
リゼットを狙えるのであればそうして欲しかったが、普通に考えてそれをラーナが見過ごすとは到底思えない。
そうなると、もうジンタにすべてを託すしかなかった。
――すいません。後はお願いしますジンタさん。
いつでも、この状況が変わった時すぐ動けるようにようにしながらイヨリは心の中でジンタに謝った。




