第二試合開始
初戦の相手がロンシャン達だと聞かされてから一時間。
再度扉が叩かれた。
『第一試合が終了しました。マスターミリアリタとその家族の方、準備はよろしいでしょうか?』
聞かされた言葉に返事をしなかった。
ただ、全員が同時に席を立ち、そして扉へと向かい廊下に出た。
長い廊下を歩きながら、ジンタは頭の中でさっきまでのやりとりを思い返していた。
『当然リカさんの相手はイヨリだろ。向こうもきっとそのつもりだろうしな』
『はい、私がきっとリカさんを押さえ込んで見せます』
『あーちゃんは? あーちゃんは誰と戦うの?』
『あーちゃんはとりあえず俺と一緒にラーナの相手かな』
『じゃあリゼットはどうするの?』
『リゼットは……、今までの戦いを見ても、積極的に攻撃に回るタイプじゃないし、こっちが追いかけるよりはとりあえず他の2人を倒してギブアップを言わせた方が効率がいいというかなんというか……』
『確かに、リゼットさんは逃げるのを追いかける方が向こうの思うつぼってかんじですよね』
と、そんな感じでシミュレーションを組み立てていた。
しばらく廊下を歩いていると、外へと出た。
良い天気だ。
雨の心配はないだろうと思える見事な秋晴れ。
そんな心地よい天気の下を歩き、次の廊下へと入る。
さっきまでの静かでどこかひんやりとしたアスファルトの重厚な廊下と違い、今歩いている木の廊下は降り注ぐように熱気を放っていた。
廊下の天井、その上は観客席。
ジンタ達が今まさに向かっている場所では、ついさっきまでエルファスとベンジャミンの家族達が戦っていたのだ。その戦いの熱気がいまだ残っているのだろう。
どっちが勝ったのか気にはなる。
だが、そのことを考えていられるほどジンタにも余裕は無かった。
歩く先の光が大きくなっていく。
興奮する歓声と騒がしい声援が、徐々に大きく響いてくる。
光の中に飛び込むと目が眩んだ。
同時に、押さえられていたように聞こえてた歓声がより一層激しく大きくなり、鼓膜が震えすぎたのだろうキーンと耳鳴りを起こした。
一呼吸目を瞑り、深く息を吐く。
ゆっくりと目を開けると、光で見えなかった景色が広がる。
そして景色を認識しだすと、周りの歓声が小さくなったように思えた。
真正面、距離にして八十メートルぐらいだろうか。
そこに、ロンシャンを先頭に今から戦う相手、リカ、ラーナ、リゼットの三人の姿があったから。
いくらか散漫だった意識が、ぎゅっと凝縮していく。
離れているにもかかわらず、相手の顔がよく見える。
笑っていた。
だからジンタも負けず返すように引きつりながらも笑って見せた。
「じゃあ、いくよ!」
気付けば、一番前に立っていたミリアが歩き出す。
その後ろをジンタ達三人が並んで付いていく。
中央で、二家族八人が並ぶ。
「まさか初戦で当たるとは思いませんでした」
緊張しているのだろう。笑みの中に硬さを滲ませロンシャン。
「でも、嬉しそうな顔だな」
一杯一杯だが、ジンタは少しだけ余裕を見せるように笑みを返す。
「はい。やっぱり今回の総当たり戦、作戦に一番時間をかけたのはミリアちゃんのところですから」
「そうなんだ。だけどどんな作戦だろうと俺達だって簡単に負けてやるつもりはないからな」
「ふんっ。ロンシャン様の立てた作戦ですわ。この私が、あなた方をあっさりと負けさせて見せますわ」
「そんなことは私がさせません」
「あーちゃんもだよ」
「本当に、一番楽しみな戦いが最初とは胸が躍ります。この不肖ラーナも全力で行かせて頂きます」
「リゼットだって、がんばるぞ!」
それぞれが気合いを口にする。
「ロンシャンくん」
そんな中、特に真顔のミリアが、
「なんだいミリアちゃん?」
「そっちのお菓子は余りそうかな?」
「「「「「は?」」」」」
気合いの入っていた全員が呆気にとられる。
すぐにギュ~~っとイヨリがミリアの頬をつねり上げる。
「ミリア、あなたは一体何を気にしているんですか」
「いた、いたたた、だって余ってお菓子置いていったらもったいないでしょ?」
「そうかもしれませんが、私達はこれから戦おうとしているんですよ?」
「でも私は応援しか出来ないから~~」
「じゃあしっかり応援しなさい」
「はい~~~~」
涙目で、つねられていた頬をさするミリア。
「それより、水連さんの姿が見えませんが?」
「ああ、あいつなら「試合に出れないなら私は全部の試合を見たいです」と言って、どこかの席で見ているはずだぞ?」
「そうなんですか?」
ちょっと考え込むように思案顔を見せるロンシャン。
「それが問題なのか?」
「いえ、ジンタさんを疑うわけではありませんが、あの人は色々なんと言いますか特殊な能力をお持ちなようですので。もしかたら、試合を見ながらジンタさんに色々と情報を提供でもしてくるんじゃないかなと思ってしまって」
「ええ~~。いや~いくらあいつでも、そこまで空気読めないことはしはないだろう……とは思うけど……」
言ってて不安になったジンタの耳の奥から、
『ちっ! さすがに頭が切れる少年ですね。私にその能力があることを見抜くとはっ!』
水連の声がした。
「え? ちょっ、おまえ、マジでそんな能力あるの?」
耳を押さえてジンタは虚空に呟く。
『はい、当然それぐらいの機能は備わってます。もっともこの機能の使い道は、マスターが寝ている時、睡眠学習と同じように「水連愛してる」「水連愛してる」と、脳に刷り込むようにリフレインさせて流すためですが……』
「ちょ、お前ほんとそれやろうとしてるならやめて。なんか俺、おかしくなりそうだから! ――ってか、ちょっと待って! まさかお前、俺の耳になんか入れてるのか!」
『ちっ! ばれてしまってはこの手は使えません。また新しい手を考えておかねば……』
そこまで聞こえ、ブツッと何かが乱暴に切れる音が耳の奥でした。
「お、おいっ! なんか入ってるなら後で外せよ? なあ頼むからっ!」
おろおろと客席を見渡しながらジンタが叫ぶ。
「ジンタさん、大丈夫ですか? どうかしたんですか?」
挙動不審に叫んでいるジンタに、心配そうな顔を向けるロンシャン。
「はっ! あ、ああ、大丈夫。ってかロンシャン助かったぜ。お前のその閃きがなければ危うく俺が危険だった」
「え? それってどういう?」
心臓はまだこの言いようのない不安感でばくばく鳴っている。
だが今は、その不安を押し退けて言う。
「いや、もう大丈夫だから。さてそろそろ試合を始めようぜ。みんな待ってるみたいだし」
「よく分かりませんが。でも確かにそろそろ始めた方が良さそうですね」
その場にいる全員が横を向く。
向いた先は四十メートルほど木々の生い茂った森になっているが、そのさらに奥は高さ二メートルほどの木の壁があり、その上には球場のように段々の客席がある。
試合場と観客席、その二つを区切るような位置に教師が立っている。
目が合うと、教師が頷く。
そしてジンタ達はそれに応えるように同じく頷き返す。
それが合図なのだ。
観客席がより一層の歓声が巻き上がる。
ジンタ達が互いに背を向け、自分達が通ってきた入り口へと向け歩き出す。
それに合わせ、この試合のレフリー役だろう女性の声が会場全体に響き渡る。
『はいはい~い。ではでは、ただいまより総当たり戦の第二試合を始めます。まずはこの中学校随一の頭脳の持ち主。マスターロンシャンとその家族達っ!』
より大きな歓声が響き、ジンタの耳を痛いほど叩く。
振り返ったりはしてないため正確には分からないが、紹介されたロンシャン達が大きく手でも振ってるのだろうと推測できた。
『さて、続きましては――――』
自分達の番だと、ジンタはゴクリとつばを飲んだ。
とりあえず、紹介されたらにこやかに笑みを浮かべ手を振ってやろうと、何度も頭の中でその練習する。
『こちらはマスターロンシャンとは全くの真逆。学年最下位をばく進し続けるマスターミリアリタ! つい先日行われた三つのテストも予定通りにすべて一桁台の最下位をゲットしています!』
紹介が始まり、頭の中で何度もシミュレーションしていた通り右腕を上げようとしたが、それをぎりぎりのところで止めた。
言われている内容がとてもそれを許さなかったからだ。
大笑いの会場に対して、いえーいと両手を上げ応えるミリア。
言われている内容の意味をまだよく理解していないだろうあーちゃんもミリアと一緒で両手を高く持ち上げきゃっきゃっと楽しそうに振っている。
チラリと隣を見れば、イヨリが耳まで真っ赤にして引きつった顔で俯いていた。
そんなイヨリの口がボソボソと何かを呟いた。
これだけ盛大に笑われている中、どうしてなのか間にあーちゃんとミリアを挟んでいるはずのジンタの耳にも内容が聞こえた。
「ミリア……。私、最近あなたからテスト用紙を見せてもらった記憶がありませんが?」
ひどく低く、しかも重たい声だった。
両手を振っていたミリアの動きがピタリと止まる。
「あ、う、それは、この家族戦に向けて集中しているイヨリに余計なことで心配させないようにしたんだよ!」
見事すぎるミリアの言い逃れだったが、
「じゃあ今日の夜、今まで見せてくれてないテスト用紙を全部見せてくれるんですよね?」
「――え?」
見事なカウンターを放ったイヨリに、ミリアの手が力無く落ちた。
「楽しみにしてますね」
見なくても大体分かる。グゥの音も出ないミリアに、コメカミをピクピクさせたイヨリが笑顔を向けたのだろう。
――――ミリア……。
さすがにどうしようもないなと、心の中でジンタはミリアに頑張れとエールを送った。
「それよりジンタさん気付きましたか?」
この話はとりあえずここで終わりと言った様子で、表情を引き締め戻したイヨリ。
「ん?」
「リカさんの衣装です」
「ああ、いつもの足首まである赤いキュロットかと思ったけど、右足側だけふとももが見えるぐらい短くなっていて、あれはスカートかな? まるでラテンドレスのような感じだったな」
「ラテンドレス?」
「いや、俺の居た世界の服というか……」
「そうなんですか?」
「ああ、でも変わったっていうことはあれも気を付けておかないといけないな」
「はい」
入って来た通路の入り口前まで戻って来たジンタ達は、くるりと試合会場へと振り返る。
「さって、じゃあいっちょやるか!」
家族に対して、そして何より自分に対して活を入れるようにジンタが頬を叩く。
「はい!」
「おーだお!」
イヨリとあーちゃんが応える。
ミリアは、まだイヨリのあの言葉を引き摺っているのか、沈んだままマスターの入る安全地帯に歩いて行った。
まずはイヨリが獣人化する。
胸元の獣人石から鈍色の光を輝かせ、その両腕を鈍色の太く長い鋼鉄の腕へと変える。
その獣人化した鋼鉄の右手にはタンクトップで膝上ほどまでの鈍色(ゴーレムの腕と同じ)の鎖帷子が握られている。
イヨリはそれを頭からすっぽり被り、両脇にあるヒモを大きな手で器用に結び着付ける。
次いで、あーちゃんが獣人化。
地面にまで届きそうな長くふっさふさの新緑色の髪が、胸のエメラルドグリーンの輝きで、生き物のように動き出す。
それが、伸び、絡まり、八本の深緑色の蔦へと変わる。
八本の蔦のうち、二本にジンタが愛用していたのと同じ盾としては小さめの五角形の盾が握られている。
二人の獣人化を見て、ジンタも背に担ぐフォースソードを勢いよく引き抜く。
「さって」
二人と頷き合い、遠く正面のロンシャン達を睨む。
「ラーナさんの武器が違うようですね」
イヨリの言う通り。
種族ラミアへと獣人化したラーナの両手には、今までのような大きなランスと大きな盾ではなく、細く長い、まるでレイピアのような武器が両手にそれぞれ握られていた。
「武器を変えたのかな?」
「そうかも知れませんね」
「りぜはあまり変わんないよ」
あーちゃんが言う。
確かに、リゼットはいつもの緑を基調にしただぼだぼの半袖と膝ほどまでのハーフパンツといった格好で、種族『ハーピー』ではなく、第二段階である種族『セイレーン』へと獣人化している。
「セイレーンはハーピーの進化のはずなのに、なぜかリゼットはあっちだと何も出来ないよな」
ジンタが、リゼットを見ながら正直な感想を口にする。
「そうですね、ハーピーの時の方が飛ぶスピードもありますし、フェザーウインドでしたっけ? あの羽での攻撃もありますから、正直今のリゼットさんのあの姿に脅威はまったく感じませんね」
その通りだとジンタも頷いた。
『では、どちらも準備が出来たようですので、そろそろ始めたいとおもいます』
高らかと響くレフリーの声。
「二人とも強化はスピードでいいか?」
「はい」
「いいよぉ~」




