初戦の相手は
どんなことでも方向性が決まれば早いもので、四家族総当たり戦が決まってからの二ヶ月はあっという間に過ぎ、季節は暑い夏から秋へとなっていた。
「いよいよ明日だな」
夕食を終え、居間に全員がそろっている中、ミトがうずうずしながら言った。
「そんなこと分かってるんだから、あんまりそわそわしないで、とりあえず落ち着いてよねミト」
マスターであるエルファスが、落ち着きなく上体を揺するミトを押さえつける。
「ほんとですわ。そんなそわそわしているのを見ているとこちらまで落ち着かなくなりますわ」
何時もより、紅茶を飲むペースが異常に早いリカが言う。
「ほんと、おれっちも落ち着かねえぜ。今日寝れるかどうか心配になってくるぜ」
「松なら大丈夫ですわ。そんなこと言っててもベットに入ったら真っ先に寝るに決まってますわ。しっかりとイビキをかきながらですわ」
ベンジャミンが首を振り言えば、竹も梅も苦笑している。
「でも皆さん自信があるみたいですね」
子供達が食べ尽くしたお菓子を補充するためキッチンへと行っていたイヨリがお菓子を持ってやってくる。
「それはそうですね。この二ヶ月の間、おそらく今までで一番実のある稽古をつけられたと思いますからね」
相当に自信があるのだろう、ラーナが答える。
「こんなことはなかなかありませんからね。私もですが、水音さんも楽しみですよね」
「はい。特にこの二ヶ月は本当にいい勉強になりましたから、すごく楽しみです」
いつもはどこかほわほわしてる印象がある水音でさえ、やる気になっている。
「リゼットも今回は逃げないぞ。ん? 違うぞ? 逃げるけど戦うぞ??」
自分で言って、言い回しがよく分からなくなったリゼットだが、それでも何時ものように戦いにびくびくとだけしていない様子がありありと分かる。
「あーちゃんも、イヨリとジンさと一緒に戦うぞ!」
イヨリの持ってきたクッキーを頬張り、両手に次のを持ったままあーちゃんも鼻息を強くする。
「ほんと、みんなやる気だな」
苦笑し、ジンタは紅茶のカップに口をつける。
「ジ、ジンタさんは楽しみじゃないんですか?」
こういうことにあまり積極的ではないと思っていた竹に言われた。
「いや楽しみだけど、なんか仲間同士で戦うと言うのもなんかなぁって思っているところもあって……」
「そ、それは分かりますだ。け、けども仲間だからこそ、強くなって認めてもらいたいとも思いますだ!」
竹同様、いつもは積極的に口を挟む側でない梅までも、興奮しながら言ってくる。
「……そうだな。確かに俺もみんなに認めてもらいたい。だから一杯練習して強くなりたいって思っているよ」
強くなりたい。
ジンタもその気持ちはいつも持っていた。
ただ、いつもはついそこだけを見つめてしまう。
問題は、なんで強くなりのか、なのにだ。
そのことを、梅の言葉が思い出させてくれた。
全員も同じ気持ちなのだろう。
居間が静まり返る。
「では、明日に備えて最後の確認をしましょう」
ちょうど良いタイミングでロンシャンが口を開く。
「明日は全家族三試合行います。会場は僕達四家族だけで一つを使用。そして試合をしている家族以外はそれぞれに用意された待機室で待つ形です。これは試合を見学することで、対策を練られないようにするための対応です。つまり、自分達の試合の時じゃないと相手が何をしてくるのか分からないと言うことです」
この二ヶ月、みんながどれだけ成長し、どういったことが出来るようになったのか。それは明日、全員がそれぞれと対戦するまで分からないと言うことだ。
「そしてミリアちゃん」
「うん」
「ミリアちゃんはジンタさんやイヨリさんの応援はいいけど、範囲強化魔法は禁止。さらに水連さんが参加するのも禁止となります。これは戦力差が大きく広がって試合にならなくなる可能性が大きいので、今回は禁止です」
「はい、分かりました」
水連も素直に頷いた。
水連に関しては、未だ持ってジンタにも謎が多い。
今みたいに、これでもかと思うほどあっさり納得するかと思えば、なぜか頑なに抵抗するし反発するときがある。
とはいえ、今回の件に関してはあっさりと納得してくれてジンタはほっとした。
「最後に、試合の順番に関しては、明日教えると先生方から伺っていますので、僕も知りません。以上です」
ぺこりと頭を下げたロンシャンに、全員が拍手する。
今回の試合が決まってからの二ヶ月。
ジンタ達『召喚されし者』達は、自分達の稽古にほとんどの時間を使った。
もっとも、イヨリだけは炊事洗濯などの家事一般もこなしてはいたが……。
そしてロンシャンを始めマスター達は、この試合のための準備などの話合いを先生方としてくれていた。
それ以外でも、イヨリの買い物の手伝いなど、結構率先してやってくれていた。
さっきの拍手は、そういった意味も含めた全員からのマスターである子供達への感謝の拍手でもあった。
「さって、じゃあ少し早えけど今日はもう寝るかっ」
ミトが勢いよく立ち上がる。
「ええ~、さすがにまだ早いよ。早すぎるよ~~」
クッキーを頬張ろうとしていたエルファスが、持っていきかけた手を大窓に向ける。
夏が過ぎ、秋を匂わせる今日この頃の空でも、まだ幾分明るさがある時間だ。
「何言ってんだ! 寝るのも修行の一つだぞエルファス!」
がしりとエルファスの腕を掴むミト。
「じゃあミトだけ先に寝てればいいでしょ。私は戦うわけじゃないし、まだ起きてるから」
捕まれた腕を振り解こうと、抵抗するエルファス。
「何言ってんだ。明日はお前の強化魔法の切り替えタイミングだって十分戦いを左右するんだぜ? 確かに直接の戦闘はしないかもしれないけど、それでも明日、お前はおれ達と一緒に戦うんだからな!」
強引にエルファスを立ち上がらせたミトは、エルファスの隣に座る雪目と、その隣に座る水音にも「さあもう寝るぞ」と命令した。
「ええっとですね。私は明日のことについてジンタさんにお話がありまして……」
雪目が頬を赤らめ、もじもじと両方の指を忙しなく絡めて上目遣いにジンタを見てくる。
久々に味わう、背筋が凍り付くような寒気。
ジンタの直感が危険だとアラートを鳴らしまくる。
「えっと何かな?」
思いっきり警戒したまま、引きつった笑みでジンタが聞くと、
「明日、私達がジンタさん達に勝ったら、一日私とデートをして下さい!」
「いやっ」
警戒するあまり、とっさに出た拒絶とも戸惑いともとれる言葉。
「え?」
きょとんとした雪目の顔。
居間が静まりかえる。
外から、コオロギだろうか奏でるような羽音が聞こえる。
「よ、よ~~し! じゃあこうしようぜ」
ッダンとテーブルを叩いたミトがぶっきらぼうに、
「もしおれ達が勝ったら、ジンタはおれ達全員とデートな」
勢いで言ったのだろうが、鼻の穴を膨らませ、耳まで真っ赤なミト。
「え、ええ~~~~っ!」
どうしてそこまで話が飛躍したのか分からないジンタが声を張り上げるも、
「まあ、あまり興味ありませんが、何かしら景品があっても良さそうですわね。私もそれに乗ってあげますわ」
「じゃじゃじゃあおれっち達もそれで、なっなっなっ!」
挑発するような目をイヨリ向けてリカが言えば、慌てて松まで乗ってきた。
「いや、ちょっ、お前達、そこに俺の意思――――」
手を前に出し、がたりと慌ててソファーから立ち上がろうとしたジンタだったが、
「よ――――っし! 決まりだな! じゃあさっさと寝るぞエルファス!」
「なかなか面白い余興になりそうですわ」
「おれっちもやる気になってきたぜ」
当然のようにジンタの言葉など全員が無視して、各自が居間を出ていく。
居間に残ったのは、手を前に出し言いかけたままの中腰姿勢でいるジンタと、その隣でジト目を向けながら紅茶をすするイヨリだけだった。
※※※※※※※※
普段通りの朝食を終え、一度各自部屋へと戻り、それぞれの準備をしてから揃って学校へと向かった。
学校へ到着すると、家族それぞれに一人の先生が付き添い、バラバラに用意されている部屋へと案内された。
「こちらをお使い下さい」
部屋の扉を開けたエルフの教師に促され、ジンタとイヨリは部屋に一歩を踏み入れて動きを止めた。
「こ、これは……」
「まさか……」
ジンタとイヨリが、動きと言葉に詰まったその間をミリアとあーちゃんが走って行く。
「わ~~いお菓子いっぱい!」
「いっぱいだよ~~お菓子いっぱいだよお~~~~」
大喜びする二人の言うとおり。
要塞の一室のような分厚い壁に覆われた十畳ほどのスペース、その真ん中に置かれてた四脚のイスの真ん中にあるテーブルの上に、大皿からこぼれ落ちそうなほど山積みにされたお菓子があった。
「え、えっと、まさかこれって……」
さびた人形のようにゆっくりと首を後ろに回してイヨリが先生に聞くと、
「ええ、話し合いをした結果「戦うとお腹が空くんだよ! だからこれぐらいの準備をしてくれないと試合はやらないよ!」と頑なに言われたので、ご用意をしました」
半ばため息交じりの教師。
「そういえば今日の朝飯、ミリアの奴何時もより食べる量少なかったような?」
「ええ、あーちゃんも何時もより少なかったですね」
無我夢中でお菓子を食べ漁る2人を見ながら、ジンタとイヨリはため息を吐いた。
「これがあったからあの子は一生懸命だったのね……」
やんちゃだったミリアも成長したもんだと感動し昨日あれだけ褒めたが、やっぱり人の本質というものはなかなか変わるものではなかった。
「でも、これだけお菓子を出して、チケット代だけで元を取れるんです?」
ははは、と苦笑いでジンタが教師に聞くと、
「え? いえ、チケット代なんて、整備費で全部消えちゃいますよ」
キョトンとした教師の言葉に、ジンタもキョトンとして、
「え? じゃあ一体何で儲けを?」
間の抜けた顔で見つめ合うジンタと教師の横からイヨリが割り込み、
「ジンタさん、この家族戦の授業って賭けが行われているんですよ」
「賭け⁈」
「そうですよ、言ってませんでしたっけ?」
「……聞いてない」
そう答えたジンタだったが、よくよく考えると思い当たる節はあった。
確か、戻ってきた時の試合。
あの時は、登録はされてはいたが、あの直前までそもそもこの階層にもいなかった訳だが……。
そんな訳分からない奴が、突然会場の外から試合に割り込んで来て、しかも勝ってしまった訳だが……。
あの時は、はっきりいって周りのことなど全く目に入らなかったが、確かに大きな歓声の中、色々と野次が飛んでいた気がしないでもなかった。
そして先月先々月は、それこそあっさりと勝ってしまい、大歓声が沸いていたようだが……。
あれは純粋に戦いを見て大喜びをしていたんではなく、賭けに勝った者達が大喜びしていた部分も大きかったのか、とジンタはやっとその時の盛り上がりの意味を知った。
「とりあえず、もう出されてしまったもの(お菓子)はしょうがありませんが、今後のためにもお叱りはちゃんとしないと駄目ですね」
こひゅ~~っと湯気のような息を吐きながら、イヨリがお菓子をむさぼる2人に向け歩き出した。
※※※※※※※※
イヨリのお叱り(げんこつ)は相当に厳しかった、はず。
現にミリアとあーちゃんの2人は、お叱り(げんこつ)が終わった今でも痛さで泣きじゃくっている。
しかしだ、それほど泣きじゃくっていながらも、お菓子をむさぼる手と口は一切止まってなかった。
嗚咽しながらも、口にお菓子を運ぶ二人を見ながら、
――ある意味、あの2人の食い意地も相当頑固だ……
我が家族ながら、怒る方も怒る方だが、怒られる方も怒られる方だと心底感心してしまった。
「そういや、組み合わせってどうなったんだろ?」
泣きながらも、もくもくと食べ続ける2人に感心したまま、ジンタは対面に座るややご立腹のイヨリに尋ねた。
「昨日の話では今日分かると言っていましたが。――あっ! この紅茶はもしかしてミシェルン亭の……」
どうやら滅多に口に出来ない高く良い茶葉らしく、イヨリも機嫌を直し紅茶を楽しむことに集中しだした。
イヨリを黙らせるためのモノ(紅茶)まで用意しておくとはさすがはミリアだ、とジンタはさらに感心してしまった。
全員がそれぞれの興味ある物を咀嚼すること数分、扉を叩く音がした。
『お待たせしました、マスターミリアリタと家族の方の初戦は第二試合、マスターロンシャンとの対戦になります』
扉を開けず、声は外からそのまま伝えてきた。
ぞわりと、背筋が震えた。
ロンシャンということは相手はリカとラーナとリゼットだ。
それぞれに特徴はあるが、何よりこの家族はマスターであるロンシャンも相当に曲者だ。
気を付けねば。
気合いを入れるジンタの横で、
「リカさんと、ですか……」
幸せそうな顔で飲んでいた紅茶のカップを置いて、イヨリが呟く。
その目が、どこか楽しそうに輝いた。




