総当たり戦
その日は、朝から我が家の居間がピリピリしていた。
「いやだからおれが先に言ったんだ、だからおれが先だ」
「いいえ、この様なことが早い者勝ちなんておかしいですわ」
「おいおい、二人がやり合うなら、おれっちが先にやらせてもらうぜ」
ミト、リカ、松の三人が、朝食のテーブルを挟んで睨み合っている。
三人が睨み合う理由は、誰が最初にジンタと試合をするか、でだった。
「えっと、別に俺はいつでも誰とでも稽古はするけ――――」
「お前は黙ってろッ!」
「あなたは黙ってなさいですわッ!」
「ジンタは黙ってろッ!」
三人がそれぞれの言葉で、しかし強い口調でジンタを遮った。
つい一週間程前まで、三人ともどこか焦ったような深く悩んでいるような、そんな印象があったのだが、今はむしろ生き生きとして、やる気に満ちている。
まるで色々試したいことがある。まだ身に付けていないが試してみたい。と言動や態度が示しているのだ。
「なんか急に皆さんやる気になってますね」
隣に座るイヨリが小声で言ってくる。
「なんかなぁ~~。一体どうしたんだろうなぁ~」
ジンタは、困ったようにポリポリと頭を掻いた。
「むっ? どなたですか?」
突然、座っているジンタの後ろに立つ水連が玄関に向かって言った。
色々と揉めていた三人を始め、家の中の全員が玄関に目を向ける。
全員が沈黙して玄関を凝視していると、数秒してぎぃ~~っと音をたて扉が開いた。
「い、いや~~、なんていうか、ちょっと驚かそうとしていたんだが、あっさりばれてこれだけの人数に睨まれると、どうにも入りづらいものだな……」
顔を出したのは、この第二階層に戻ってきたとき、一番最初に出会った人物、保健医だった。
「なんだ、あんたか」
ほっとしながらジンタが言うと、
「うむ、私だがな。しかしそんな言い方しか出来ないとは、君は色々と礼儀などを知らないと見える」
相応にご立腹な様子で保健医がメガネを押し上げながら入ってくる。
「お? どういう意味だ?」
そんな保健医の態度や物言いの根拠が分からず、ジンタが返すと、
「あのな、君は戻ってきてまだ一度も私のところに顔を出していないだろう?」
と理由を説明した。
「あれ? でもあんたとは会っただろ?」
「うむ、確かにな。マリーの奴の強引すぎる命令で、『天翔る橋』を起動して、君が戻ってきたときにな」
「だ、だろ?」
何となく思い出した。
確かにその時も挨拶すらしていなかったことを。
「まあ一応な。こう見えても私だって君のことを心配していたんだがな。それなのにもう戻ってきて十日以上経つのに顔を見せない。しょうがなく、こうして私が足を運んできたのに、今の対応ときたものだ。はぁ~~君にとって私はその程度の存在と言うことなんだな?」
さも悲しいと言うようにメガネを押し上げ目尻を揉み出し、どさくさに紛れてテーブルに置かれた朝食用の大皿から、イヨリの作った卵焼きを一つ口に放り込む保健医。
二つ目の行動を見て、そこまで深刻じゃないなこれは、と思ったジンタは、一応謝罪の言葉を口にする。
「それはすまなかった。これからは――――」
「そう思うなら血を――――」
「却下ですッ!」
「お前が言うなッ!」
ジンタの言葉を保健医が、保健医の言葉を水連が、そして水連の言葉にはジンタが、それぞれに突っ込みを入れる。
「む? その黒い女っぽいのはなんなのだ?」
絶妙なタイミングで突っ込まれたことで何か似たものを感じたのか、保健医は水連を見た。
「私はマスターであるジンタ様の『愛玩具』兼『黒歴史』の水連です」
待ってましたと水連が胸を張って言うと、即座に立ち上がったジンタが水連の頭部を百八十度グリッと捻り頭だけ後ろに向かせる。
「ほう……、そのどういう役目かなのかさっぱり分からん役目もさることながら、首を百八十度曲げるという荒技を彼があっさりやってしまっても大丈夫だと思われているとは……、君は何者だ?」
ジンタと水連のやり取りを興味深げに見ながら、保健医はもう一つ卵焼きを口に放り込む。
「あ~~、そうか、あんたって確か三百才以上なんだっけ? だったら分かるかな? 種族アンドロイドって分かるか?」
ッゴン!
真顔で尋ねたジンタに向け、保健医の最初の一発はゲンコツだった。
「ふ~~、女性の年を口にするとは、君はまず女性の扱いというものをもう少し学ぶべきだな」
ジンタを小突いた拳に豪快に息を吐きかけながら保健医。
そしてその保健医の言動にそうだそうだというのように、イヨリを始め女性陣全員が頷いている。
「え?」
言葉の意味に戸惑うジンタの肩に手を置き、水連が言う。
「大丈夫ですよマスター。その無神経さと無頓着さが、どの時代のライトノベル主人公の最大のスキルですからっ!」
見上げるジンタに豪快に親指を立ててみせる水連にイラッとするが、そこをグッと堪えてジンタはもう一度保健医に聞く。
「い、色々とすまない。えっと、種族アンドロイド――――」
「まったく知らんし聞いた事もないな」
即答しメガネを押し上げ、空いている手で卵焼きではない別の料理を口に運びながら、水連を上下に見定めつつ答えた。
「あの、それよりお腹が空いてるのなら座って食べたらどうですか?」
イヨリが見かねたように、ソファーの空いている場所を保健医に勧める。
そしてまだ使われていない皿とフォークを手渡す。
「色々とすまないねイヨリくん。なんせあまり自分で作らないからな、どうしてもこういう手作りの味には惹かれてしまうのだよ、はっはっはっ」
イヨリから手渡された皿の上に山盛りに料理を乗せ、フォークでそのすべてを口に運びながら保健医が続ける。
「それで、一体その黒いのはなんなのだ?」
「まあ、隠すつもりないから言うけど、ぶっちゃけ俺の『召喚されし者』だ」
「は?」
全力に近い動きをしていた保健医の手と口が壊れたように動きを止めた。
「いや、だから、一応俺が喚び出しちまった、俺の『召喚されし者』だ」
「君が? 喚んだだって?」
「ああ」
「どこで?」
「えっと、マリーに連れて行かれた、多分第四階層のお城のような場所、でかな?」
「ああ、あの保養地か……」
「お? あそこを知ってるのか?」
「まあな。私もあいつと同じ立場だったときに、何度かあそこでリフレッシュしたもんだ」
「ほぉ~~、ちなみに同じ立場とは?」
「そんなのは決まっているだろ、我々エルフ――――」
そこまで意気揚々に言っていた保健医の口が、またピタリと止まる。
一度グルリと全員を見渡し、保健医はゴクリと言葉を飲み込んで、
「危ない危ない。何となく君達といると口がこう軽くなってしまってかなわないな」
「チッ」
聞き耳を立てていた全員の中、誰かが舌打ちした。
「なあ、もうそこまで言ったんなら全部――――」
「いや、言わん。何を聞かれても言う気はないぞ、私は」
すこぶる頑なに保健医は言い張る。
「それに、言わないのは決して私の保身とかのためだけではない。君達のためでもあるのだよ……」
遠い目。
ここじゃないどこかを懐かしむように保健医は虚空をしばらく見つめた。
「さて、そろそろお腹も一杯になったし、みんなも学校に行く時間だろう?」
「げっ」
「うっ」
なぜか、ミリアとベンジャミンが潰されたカエルのような声を出す。
「それで、だ。さっきの話なんだが。みんなが君と戦いたくて言い争っていたようだが?」
色々逸れていた話が戻った。
「ん? ああ、俺は別にいつでもみんなと稽古をしてもいいんだけど――――」
「いいや、これはある意味おれのプライドの問題でもあるんだ」
「そうですわ。私としても、そんなついで感覚では困ってしまいますわ」
「おれっちだって、本気だぜ?」
三者三様。
それぞれに目を輝かせ、そしてジンタを睨んでくる。
「いや、だからさ。俺はみんなが言うほど……」
戸惑うジンタだが、
「君は、マリーのところのあのシリルと一年も稽古をしていたんだろ?」
「え? ああ、そうだけど、あんたはシリルを知ってるのか?」
「知ってるも何も。彼をあそこまで一人前にしたのは、私の家族の者だったからな」
「あんたの……家族」
「うむ」
保健医が、またどこか遠く悲しい目を見せる。
「やっぱ強いのか?」
「だな。そのシリルに一年も稽古を受けたんだ。君は十分強くなっていると私も思うぞ」
「……そう、なのか?」
「だろう。あいつは上でも相当の実力者のはずだからな」
「まじでっ!」
驚くジンタに対して。
「上でも相当な、か」
「やはりそうでしたか」
「へへへ、そうこなくっちゃな」
ミト、リカ、松の三人は嬉しそうにそれぞれ口にする。
「まあ、そんなの相手に稽古してたんだ。きっと今の君はここの誰よりも強いんじゃないのか? その武器と防具のチカラもあるだろうが」
さらりと言ってのけ、保健医は出された食後の紅茶を啜った。
「で、そんな君にこの三人、ひいては他の家族達が、挑みたいと?」
メガネ越しに、テーブルを囲う全員を見て、保健医は続ける。
「なら、話は簡単だな。二ヶ月後の家族戦の授業。特別に、君達四家族だけの総当たり戦を組んでやろうか」
ことりとカップを置いた保健医が、静かに言った。
「「「「「ええ――――――ッ!」」」」」
理解するまでの間はあった。
しかし、それを理解した瞬間は全員がほぼ同時だった。
みんなの座っているソファーが、あまりの勢いで立ち上がった拍子にひっくり返る。
「ま、まじかよ……」
「総当たり戦ですって……」
「ここの家族全員と戦うってのか、へへ……」
より一層目を輝かせ、嬉しそうに笑う三人。
「おい、でも家族戦って授業の一環なんだろ? そんなことして本当にいいのか?」
ジンタが、唯一ソファーと一緒にひっくり返り、今やっとなんとか立ち上がった保健医に向け尋ねる。
「ああ、実は君達に関しては、我々教師もどうしたもんかという話になっていてな」
「どうしたもんかと言うのは?」
「決まっているだろう。組み合わせる相手がいないってことだ」
「「「「「おぉ~~」」」」」
自分達のことを言われていると思うと、なんか嬉しくなり数人から同時にはにかんだ笑みと声が漏れた。
「でも、それだと俺達は一日で三試合することにならないか?」
「そうなるな」
「家族四つで六試合だ」
「うむ、そうだな」
「それだけの時間を俺達だけで使ってもいいのか?」
「うむ。そこに関しては問題ない。いや、むしろそうして欲しいぐらいだ」
「ほほ~~」
ジンタは、ちょっと疑ったような目で保健医を見る。
「治療や休憩に関しては、ちゃんとそれ相応にうまく組み合わせてもらうし、君達の試合を最優先に考える事を約束しよう」
真顔、そしてクィッと押し上げられるメガネ。
「何故そこまで?」
どうしてそこまでやってくれるのか、やはり気になる。
「決まっているだろう。それだけこの階層のみんなが君達の組み合わせでの戦いを楽しみにしているんだよ」
優しい笑みに加えて、ジンタ達を持ち上げる保健医の言葉。
「で、本音は?」
水連の突っ込みに、
「いや~~、我々も安月給でな。ちょうど十月頃は収穫祭やらなんやらで、色々と出費が重なるだろ? いい儲け話を探していてな。はっはっはっ。ハッ!」
つい本音を口にしてしまったことに気付いた保健医が口を押さえるが、時すでに遅し。
「やっぱなんかあると思ったが、そんなことに家族を使われるのは――――」
「別にいいじゃねえか、周りは周りだ」
「そうですわ。それでこの四つの家族の戦いが実現するのなら」
「そうだよな。おれっちはもうわくわくしっぱなしだぜ」
断ろうとしたジンタだったが、ミト、リカ、松がそれを遮った。
「おいおい、そんな見世物みたいに――――」
「いいよジンさん、やろうよ」
「やろーやろー」
我が家のマスターとやんちゃ娘が、三人に乗っかる。
「そうだよね。私達も、一回見てみたいよね」
「うん、少し興味あるよね」
「そうですわね。あまり考えたことないですけど、興味をそそりますわね」
ミリアとあーちゃんの興奮に、触発されたように他の三人のマスター達まで乗っかった。
「お、おいおい」
止めようとしたジンタの腕をイヨリが掴む。
「もう止められませんよ」
言ったイヨリの目を見て、そして周りのみんなを見て、ジンタは止めるのを諦めた。
ぽりぽりと頬を掻いて、大きく溜め息を吐いてからジンタは言った。
「まあ、じゃあ、やりますか。総当たり戦」
「「「「「「「おぉ――――っ!」」」」」」」
全員が右手を持ち上げた。




