春 ラペンでは
桜が舞う中、ラインは何とも言えない感慨深い溜息を吐いた。
「今日で……、カインも卒業か……。……そして、この第二階層ともおさらばか……」
口に出すと、厳ついラインの目尻に涙が溜まる。
「おっといけねえ。つい感動と悲しさのあまりセンチになっちまったぜ」
ゴシゴシと豪快に涙を拭い目を向ければ、そこにはラインのマスターであるカインと、ラインの恋人である竜女、そしてさっきから嬉しすぎて泣き続け、鼻を噛みまくっている麗火の姿があった。
そんなラインの家族達と話をしているのは、近日中にここを発つライン達とは違い、まだ数年この第二階層に残るだろう者達の姿だった。
知り合ったのは、ちょうど一年ほど前だろうか。
今はいない、バカを言い合える男と一緒にいた家族達とその仲間達だ。
おおっぴらに言うなと学校の教師にも釘を刺されている膨大な魔力の持ち主であり、ちょっとお馬鹿なところが愛くるしいエルフの少女。
その家族である、艶のある黒髪を肩口付近で揃えている二十才ほどのスタイル抜群で普段のラインならちょっかいの一つでも出すこと間違いなしだが、結局一度もそれをしなかった女性。
そして、後十二、三年もしたら絶対に声を掛ける美人になりそうな(母親似ならなおのこと)種族ドリアードの少女。
さらに、マスターであるカインがこの一年一番親しく付き合いをしていただろう、同じエルフで男でもある金髪でボーイッシュな髪型をしたマスターのエルフ。
その家族である、茶色でウェーブ掛かった髪を持つ、ちょっとお高くとまってそうな女性と、中性的な出で立ちをした長身で紳士風の女性。
そして、赤い髪が外に跳ねたショートカットをした、どこかぼーっとした感じの女の子。
その他に二人のマスターとその家族達がカイン達を囲い、時に微笑みながら、時に涙を拭いながら話をしていた。
そんな姿を、少し離れた場所で微笑ましく見ていたラインだったが、ぽんぽんと肩を叩かれた。
一瞬、驚きに肩が跳ね上がった。
最近では『海』以外でオイタらしいオイタはしていないはずだと、瞬時に頭の中で思い浮かべ、ラインはゆっくりと振り返った。
相手の顔を見て、ラインはドキドキとした感情がすべて抜けた。
「やあ、ライン久しぶり」
軽く右手を上げてみせる相手に、ラインは鈍い痛みがあるときに吐き出すような沈痛な息を細く長く吐き出す。
「なんで、きゃっきゃっうふふの女性陣の感動や寂しさの涙を見ているときに、お前のような奴の顔なんて見ねえといけねえんだ?」
心底嫌そうな顔で答えるライン。
「そう言わないでくれ。君がどう思ってるか知らないが、こう見えても私は君に憧れを抱いているんだから」
「お前が? 俺に?」
表情を消した顔に少しだけ訝しそうなシワを眉に作り、ラインが相手を上から下に見て、そして下から上に見上げる。
すらりとした優男、手入れはそこそこしているのだろう見事な金髪にロン毛。そしてラインに向け微笑む顔は十分二枚目。
対しラインは、厳ついゴツい臭い、と三つ目はどう見ても上の二つの印象で付け加えられている感じがしなくもないほどの人物像。
相手がラインに憧れるというのなら、ラインからすればお前の顔を俺によこせと言いたくなる。
その顔だけで、ナンパの成功率が現状の数十倍から数百倍に跳ね上がりそうな、相手はまさしくそんな男だ。
「おい、ブラン。お前それは嫌みで言ってるか?」
「そんなわけない。私はいつだって本気だよ」
さっぱりとした、迷いや黒い部分のない見事な微笑みが返ってくる。
「…………お前さ」
「なんです?」
「そのスマイルで今度色んな女に「やらせろ」って言ってみ? 半分以上はすぐ落ちるぞ」
「なっ! そ、そんな誰彼構わずに言うなんて無粋なこと、私にはっ!」
「いや、マジで! だったら頼むからその顔と体を俺にくれっ! 俺のこの顔と体やるからっ!」
顔を赤くして言い返すブランに対し、ラインは本気顔で肩を掴み懇願した。
「ん? そういやお前って確かリカちゃんのことを……」
恋愛ごとは色々調べ尽くしているラインが、思い出したように呟くと、
「愛しています!」
さっきまでの真っ赤っかの顔が嘘のようにキリッと締まった。
「ほぉ~~……。ってかお前のその顔で告白すればすぐじゃね?」
冗談っぽく言ったラインだったが、ブランの方は今にも泣きそうな顔になった。
「それならいいのですが……」
「なんだ? ダメだったのか?」
「…………はい」
がっくりうな垂れるブランを見てさすがにラインを哀れに思った。
「まあ、一度や二度ならお前の面でもそう言うこともあるだろう、ここは十回でも二十回でも――」
「もう、十日に一度は告白しているんです、ここ八ヶ月以上」
「なっ……」
さすがにラインも言葉に詰まった。
「色々どうしたらいいか考えて告白しているんです。ですが……」
「そ、そうなのか?」
「…………はい」
優男のなで気味の肩がより一層下がるのを見て、ラインもさすがに同情する。
「まあ、あれだな、それは縁がなかったと思って別の子を――――」
「私には彼女しかいないんですっ!」
「そ、そうか……」
「はい!」
迷いのないキッパリとしたブランの即答に、ラインはたじろいだ。
そしてたじろいでいるラインの目の前でブランが語り出す。
「第一階層の集落にいた時。私がまだ六才の時、当時まだ三才だった彼女を見た時から、愛しているんですっ!」
「え…………?」
ブランのとんでもないカミングアウトにラインは、大きく一歩後退る。
こいつ……、重え……、重すぎるぜ…………
さすがにラインも引く答えだ。
「お、お前まさか……それがらずっと……」
「はい、ずっと召喚されるまで集落にいる間告白し続けてきました。そしてこうして再会してからも……」
キリッとした顔で答えるブランに、ラインもこればっかりはリカに同情した。
「それで、こうして君に教えを請いに来たんです」
「お、俺にか?」
さすがに嫌な予感しかしないが、一応ラインは返す。
「はい、今日は私のマスターも君のところと一緒で卒業です。ですから、最後にもう一度彼女に告白をしようと思ってるんです! それで恋愛の達人である君にどう言ったら彼女が「はい」と答えてくれるのかご教授を願おうとっ!」
これ以上ないほどキリッとした二枚目顔(マジ顔)で手を握られた。
「ぐっ……」
男に希望と懇願の眼差しで手を握られ、背中に大量の虫酸が走る。
そのまま押し倒す勢いで顔を近づけてくるブランをなんとかすんでのところで押し返す。
「と、とりあえず、落ち着け」
ブランに対してそう言ったが、半ば自分に対してでもあった。
「と、とりあえず、お前は今日ほんとにリカちゃんに告白する気なのか?」
もう一度確認する。
「はい」
眼差しとゆっくりとした首肯が、本気であることを物語っていた。
「そうか……」
溜息交じりにそう答えたラインは、チラッとブランの後方に目をやる。
視線の先には、心配そうにブランを見つめ、そして殺すぞとばかりにラインを睨み訊かせてくる三人の女がいた。
そのうちの一人はエルフだ。
何度か見たことがある。ブランのマスターとその家族達だ。
三人はブランを見つめるとき、凄く悲しそうな目をするが、ラインと目が合うと表情そのものが苛立たしげに歪む。
自分が、彼女達にそんな目で睨まれる理由は――――――いくつかある。
一つは、一応マスターのエルフの少女以外の二人をナンパしたことがあった。
撃沈した。
その後も数度声を掛けたことがある。
全部シカトされた。
しかし、今のように睨まれることはなかった。
むしろ存在そのものがないような扱いをされたのだ。
もっとも、睨まれるのといないような対応のどっちが辛いかは何とも言えないが……。
そしてもう一つとしては、まあこれが今睨まれている一番の理由だろう。
自分達の家族であり、きっと愛する男性でもあるのだろうブランに、良からぬ話(本当はブランから話掛けてきたのだが、そう言うのは見守っている相手にとって都合の良いように修正される)をしていると思われてのことだろう。
さてはて、と心の中で呟きながら、ラインは頬を掻いた。
熱い視線で見つめてくるブランもそうだが、射殺すような視線を向けてくる、ブランの家族達の視線もまた辛い。
どう言えばこの件が無事に円満解決出来るのか、ラインは考えてみた。
しかし、ラインはジンタ曰く脳まで筋肉で出来ている、と言わしめる存在だ。
実際、竜女に半殺しにされようが、獣人化した腕の頭に丸呑みされようが、それでも懲りずにナンパするような男でもある。
そんな条件反射でナンパしてしまうような男が、ナンパをするしないや、他の家族円満のことについて考えるだけの思考があるだろうか?
当然、そんなもんはなかった。
結果、
「あ~~、とりあえずお前はあれだ。今すぐリカちゃんに告ってフラれてこい。そして傷心のまま家族のところに戻って慰めてもらえ」
ぶっちゃけすぎるほどぶっちゃけた回答をブランに言い放った。
「せ、成功率はないのか⁉」
「まずないっ!」
「絶対か⁉」
「ああ、絶対だ」
「な、なぜ、家族であるみんなに?」
「それが一番だと俺が思うからだ」
「……そうか」
ガックリうな垂れるブランを見ながら、出来ることならこのまま告白なんかせず家族の元に帰ってくれ、と思っていたが、頭を上げたブランは決意も新たに、
「そうだな! ここまで来て弱気はないよな! 当たって砕けてくるっ!」
両頬を景気よく叩き、ラインの家族であるカインや竜女達の元にいるリカへ向かい歩き出していった。
勢い込んで歩いて行くブランを、もうどうにでもなれと無表情で見送る。
見つめる先で、ついにリカの元に辿り着いたブランが、それこそラインの耳にも聞こえるほどの大声で告白した。
そして……。
リカがなんと言っているのかはラインにも聞こえないが、ブランの顔が下向き、肩が大きく撫でるのを見て、どうなったかぐらいは理解出来た。
とぼとぼと玉砕しただろうブランがラインの方へと歩いてくる。
そのまま、家族の元へ帰って欲しいと願ったりもしたが、どうもその願いは叶いそうもない。
そして同時に思う。
背中に刺さる三人の視線が痛い、と。
「やはり……ダメだった……」
美男子が落ち込んだ姿、女であれば慰めたくもなるだろうが、同性であるラインには幾ばくかざまーみろと思うし、多少の優越感はある。
「まあ、今までもそうだったんだろ? じゃあしょうがないだろ?」
「ええ、だが……。今回はいつもと違い少し優しかったな」
「優しかった?」
「はい、彼女に卒業おめでとうと言ってもらえたから」
嬉しそうに照れて報告するブランに、ラインは納得した。
ああ、こいつは確かにうぜーわ、と。
「まあぶっちゃけ告白は玉砕で終わったんだろ? だったらもう家族のところに帰れ」
自分の後ろを親指で指し示し、ラインはぶっきらぼうに言い放つ。
「そうします。―――――――あっ」
笑顔で答えたブランが歩き出し、ほっとしたラインだったが、思い出したような声を上げ立ち止まるブラン。
「な、なんだ?」
もう勘弁してくれ、とつい表情に出ているだろうラインが尋ねる。
「彼――ジンタ君はいまだに戻って来られてはいないのですよね?」
「ん? お前あいつのこと知ってるのか?」
「はい、リカ嬢の想い人と勘繰って、一度決闘を申し込んだことがあります」
「ほう~、それでどうなった?」
「私が負けました」
「お前が⁉」
「はい、すんでのところでリカ嬢に止められましたが、確かにあのままであれば私の負けでした」
「マジか――――。お前って確かリカちゃんと同じ種族大熊だろ?」
「そうです」
「しかも第二段階の」
「そうです」
「確か、形態はダブルパワーだよな?」
「そうですね」
「そんなお前にあいつがどうやって? ――――はっそうか、ミリアちゃんからの強化魔法があったからか?」
「いえ、互いにマスターからの強化は受けていません。全部自分の力のみでです」
「じゃあどうやって……?」
ラインが今、目の前にいる大熊ダブルパワーのブランと戦ってもきっと勝てないだろう。
実際手合わせをしたことがあるわけではない。
だが、戦ったことがなくてもそれを自分が理解してしまう。
そんな相手にジンタがどう勝ったのか興味がないといえば嘘になる。
だから当然食いついた。
ブランも真剣な眼差しで尋ねたラインの姿を理解したのだろう。
負けて恥ずかしいだろう自分の失態である試合と、どうしてそうなったのかの経緯を話し出した。
「試合自体は私が終始主導権を握っていました。常に優位に攻撃をする側に立っていました。でも、彼は獣人化が出来ない代わりに強化魔法を扱うじゃないですか」
「使うな。あいつの唯一の特技みたいなもんだ」
「彼はあれを瞬間的にダブルで使ってきたんですよ」
「ダブル?」
「正確にはダブルとは違いますが、スピードで強化した状態で剣や盾を振り、勢いに乗った瞬間に強化をパワーに変える。そうするとスピードが落ちて殺される前に、強化魔法パワーの乗った攻撃を相手にたたき込める」
その時の状況を思い出すようにブランは遠い目をしながら右手を振って説明してくれた。
「なるほど……。確かに自分で強化魔法を扱うことが出来るあいつならではの戦い方だな……」
ラインは、素直に感心出来た。
自分も、目の前にいる美男子で種族大熊の青年と一対一で戦うとなれば、劣勢は免れないし、きっと負けるだろう。
だが、だからと言って素直に負けてやるつもりはない。自分にやれること、そして自分だけに出来ることをすべてぶつけて、倒すつもりで挑むだろう。
「もっとも、それも諸刃の剣ですが、彼はそれを使い、最後に私を追い詰めました」
悔しいというよりは、どこかすっきりとした表情のブランを見て、ラインはほくそ笑んだ。
「なるほど、な。お前も、ほんとに嫌な奴と剣を交えちまったな」
意味ありげな言い方をして頬を持ち上げたラインに、ブランは一瞬だけ目を見開いて、微笑み返して、
「ええ、本当に。あれでは私もより一層頑張らないと、と思ってしまいましたよ」
二人は、納得し合ったように笑いだした。
笑いながらラインはブランの肩を叩き、
「まったく、あんな人化しか出来ないあいつがそこまでやるなら、俺達は一人でドラゴンぐらい倒せないとまずいよな?」
「そ、そこまではさすがに。ですが、せめて相打ちぐらい出来るまでは、強くならないといけませんね」
言い合い、二人はより一層笑った。
「まあしかし、俺達は今日で卒業だ。もしあいつがマスターや恋人がいるあの場所へ戻ってきたとしても、俺達はもうこの階層では会うことはないだろうな」
「そうですね。きっと会うとしたら『上の階層』でですね」
「そうだな。そんときはあいつにガツーンと一発かませるぐらい強くなってねえとなぁ」
「ええ、そうですね。リカ嬢はあまりそのことに触れませんが、やはり相当彼のことを気にしていますし、私的には少し妬ましいですからね。ですから今度会うことがあったらガツーンと一発殴ってみせますよ」
笑いを収めた二人が、もう一度互いを見つめ合う。
「そうかそうか、それは楽しみだな。上がどうなってるかなんて俺には分からねえ。でも、きっと俺はカインや麗火、そして竜女を守ってみせる」
「それは、私だって一緒です。家族を全員を守って見せます」
ニッと笑むブランは、やっぱ憎たらしいほどの二枚目で、ラインはつい妬みを口にした。
「お前は、守るより、もう少し家族の気持ちにも気付いてやれ」
言いながら、視線をブランの後ろに向けると、死ねと言わんばかりの恨みの視線三つと目が合う。
「それぐらいは分かってあげているつもりですが?」
笑みのままブランが答えた。
ラインは頭をボリボリ掻き、
「お前はまず、もう少し女心と言うのを理解するべきだな」
そう口にして、ブランの肩を押し後ろを向かせる。
「あそこのすげー恐い顔で俺を睨んでいるのは、おまえんとこのだよな?」
「ええ、そう、ですけど、恐い顔?」
言ったラインが、睨んでいる女達を見て面を喰らった。
さっきまで呪いの藁人形を叩くほどの恨みがましい目で睨んでいた女達が、今はにこやかに微笑みながらブランに手を振っていたからだ。
「あれ?」
「どうしました?」
「あの子達、お前が気付いた時にはもうあんなだった?」
「あんなとは、笑って手を振っているってことですか?」
「そそ」
「ええ、ああでしたけど……。何か?」
「いや、なんでもない……」
そのあまりの対応の変化に、思わずラインは「これは確かにこいつにはちと荷が重いかもしれない女狐たちかもな」と呆れつつ、それと同時に、俺もあれに面食らっているようじゃまだまだだな、と自分の未熟さに苦虫を噛んだ。
「まあ、お互いこれから先も色々あるだろうが、とりあえず頑張るしかないな」
「そうですね、頑張りましょう」
ラインが差し出した右手をブランが握り、一度だけ振った後、二人は「じゃあ」と手を上げて互いの家族の元へと歩き出した。
「さて、このリリフォリアって世界が一体どうなってんのか、ちと見に行くかね」
ラインは、正面で手を振り待っている家族達に手を振り返した。




