冬の日 ラペンでは
「う~~さっみいなぁ~~」
体の芯からやってくる身震いに、体を縮こませ両腕を摩る。
ドラゴンが討伐されて早六ヶ月。
季節は夏と秋を終え、冬になっていた。
口笛のような音を響かせ吹いてくる冷たい風が、体の芯まで寒さを伝えてくる。
そんな中、ラインは長袖とズボンだけで、第二階層第一の街であるラペンの鍛冶屋に来ていた。
「お前もな、手入れをしてもらうなら、少しは定期的に持ってこい」
幾分低い声で叱るように言ったのは、ラインの服装が厚着に見える格好(半袖シャツにハーフパンツ姿)の武器屋のおやじだった。
「いや、悪ぃっておやっさん。ほんとはもっと早く持ってこようとしてたんだけどよ。なんつーか、こう、あれだ、色々あってだな」
縮こませた体を温めるため、少しでも暖を取れる火のある作業場の近くにまで近寄りながらラインはゲスな顔で言い訳を口にする。
その言い訳染みた言葉を聞いたおやじは呆れた素振りで、でも幾分の理解を示した。
「まあお前も男だからな。一人の女で満足しろだなんて俺の口からも言えた義理ではねーんだけどよ」
理由を知っていて理解を示すような言い方に、ラインの表情がゲスっぽく歪む。
「へへへ、やっぱ おやっさんも昔はブイブイ言わせてたくちか?」
「まあ、一般の男並みには、な。へへへ」
ゲスな笑いをするハゲ男と厳つい顔の男。
「しかし、お前も少しは自重ってもんをしねえとな、俺んとこまで話が届くってことは、相当度が過ぎてるぞ」
さすがに怒るとまでは行かないまでも、武器屋のおやじは窘めるようにラインに言う。
「いや、俺も少しは我慢しようと思うんだが、なんせあの場所が俺を手放してくれねえというか、手放す気がねえと言うか、とりあえず放してくれねえんだよなぁ」
「ほぉ~、それほどまでなのか?」
「ああ、アレは凄まじいぜ? もう行くたんびに赤玉が出そうになるぐらい吸い取られるぜ?」
「そ、そこまでか?」
「まさしくあれこそハーレムだ」
「……ほう」
見た目四十代後半の武器屋のおやじも、そこまで聞くとさすがに色々と興味に駆られてしまうようで、幾ばくか伸びている無精ヒゲをジョリジョリと手で撫で始めた。
ラインは、鼻の下を伸ばしただらしなさとゲスを合わせた顔をおやじに近づけ、
「なんだなんだ、もう男は終わったって顔じゃねえなあ、おやっさんよぉ~~」
肘で突きからかい煽る。
「ばっ、お前っ、そんなの、あ、あったり前じゃねえか! 俺だってまだまだそっちも十分現役だっ!」
顔を真っ赤にし、怒ってるのか恥ずかしいのか分かりづらい表情でハゲ頭のおやじが言い返す。
「へへへ、俺の耳にも届いてるぜ。おやっさんよ~~」
完全に調子に乗ったゲス顔で、ラインはおやじの肩に手を回しておやじの耳元で囁く。
「なんでも女が出来たんだって~~?」
「な、お、お前、それをどうして」
「いやいや。こう見えて俺はこの世のすべての女を自分のものにするって野望があるからなぁ~~。去年からこの街に来ているあの人にも目は付けてたんですよ~~」
「くっ!」
「お、そんな恐い顔するなっておやっさんよ~。別にあの人にちょっかいだそうとは言ってないんだぜ。ただ、そんなラブラブなはずのおやっさんがこんな話に興味を持つなんて……。それってどうなのかなぁ~~って俺は思っちゃってよ、へへへ」
変なところでしっかりとした話術を駆使するラインに、おやじはグゥの音も出せない。
「まあ、あんなところに行っておいて、誰にも手を出さずに帰ってくるヤツなんて、きっとあいつぐらいなもんだぜ」
言って思い出したのか、ラインは顔を空に向けた。
「あいつ?」
「ん? ああ、おやっさんも知ってると思うぜ。俺がそのハーレムに通っているのもすべてはそいつからの言伝を聞いてからなんだよ」
「ほぅ~。……ひょっとして、それってミリアちゃんとこのジンタのことか?」
「そうそう、あいつだ。あいつが俺にそのハーレムの場所を教えてくれたんだ。もっとも本人から直接ではなく、学校の保健医からの言伝としてだけどな」
「ほう~~、あいつが消える前に行ってたところって言えば『海』か?」
「おっ!」
驚き半分、しまった半分でラインは声を上げた。
「なるほどな。となると、俺とお前は今回の互いの出会いに関しては、どっちも結果的にあいつに紹介されたってことだな」
「へ?」
ラインが間抜けな声を上げる。
「なんだお前知らないのか? 俺が付き合ってる女はなぁ、ジンタのとこのあーちゃんの母親だ」
「は? まじで? あの人ってそうなの?」
「大まじだ。あーちゃんがあの年で喚ばれちまっただろ? だからもう一度恋でもってな」
「マジか~~~~」
「これがマジなんだな」
「一体どんな出会いだったんだよ、おやっさんは?」
「ん、俺か? ――まあ、あんまりそういう馴れ初めは言いたかねえが……」
ごほんと一咳して、おやじはまんざらでも無さそうに話し出す。
「ジンタのヤツがいなくなって少しした時にな、あ―ちゃんがここに来たんだよ。ジンタの持つ盾と同じ盾を二つ作って欲しいってな」
「ほうほう、それで?」
「その時付き添いで一緒に来たのが、イヨリちゃんじゃなくてあいつでな。そこからだ」
「ほう。まあありきたりっちゃあ、ありきたりだな」
「出会いなんてそんなもんだろう? 普通は」
「そうだな。で、ジンタんとこのあーちゃんは盾を二つも作ってどうするつもりなんだ?」
「そんなんおめえあれだ。自分の武器と盾として使うんじゃねえか」
「盾二つでか?」
「そうだぜ、盾二つでだ」
意味深な言い方をして、武器屋のおやじは怪しい笑みをする。
「ほう……。あいつのシールドスタンは知ってるが、あれを二つか……」
「ん? いや違えぞ?」
「ん?」
「シールドスタンとシールドアックスの二つだ」
「アックス? あっちもか!」
「ああ、二つだ。つまり両方同じのを作った」
「なるほど、な。確かにあの子の戦闘スタイルは蔦を使った万能型だからな。しかも八本も。見た時から末恐ろしくもあったけど、まさかあの年でもうそこまでやろうとしているのか……」
「そうだぜ、しかも同じと言ったが、材質はお前の使ってるこの剣や鎧と一緒のドラゴンの鱗製だ」
「うへ」
「何言ってやがる当たり前だろう? 鱗の加工にはミリアちゃんの力が必要だしな、しかも倒した本人達だぞ? そんな奴らに普通の材料で作った装備なんて渡したら鍛冶屋の名が廃るってもんだぜ」
「確かにそうだな。あの子の馬鹿げた魔力には、ほんとみんな驚かされたぜ」
「上級生のマスターが、数人掛かりでやっと曲げることが出来る鱗を普通に一人で溶かしちまうんだからな」
「あれはすげえぜ。学校からもあまり外で言いふらすなって言われちゃいるが、それでもなぁ。あの子がいたからゴブリンの森もドラゴンも倒せたってもんだからな」
「そうだな」
武器屋のおやじもさすがに同意しかしようがないと頷いた。
「で、おやっさん『奴ら』って言ってたよな?」
「ん? ああ言ったぜ」
「それってつまり……」
「全員分作ってやったぜ」
「全員分……」
「あったりめえだろ。さっきも言ったが、討伐者達にはそれだけの権利がある、ってえかそれでも安いぐらいだろ」
「まあそうだよなあ……。しかし全員分って……」
「もっとも、ほとんどの奴がつい最近やっと手渡せたんだがな」
さっきまでとはうって変わって、武器屋のおやじの沈むような声音。
「やっぱまだ……」
「だろうよ。特にイヨリちゃんはな……」
「それは俺も聞いてるぜ。なんでもドラゴン戦で第二段階と進化の二つ同時に成ったらしいが、それ以降出来ないらしいな」
「そうらしいな。最近はそれなり元気に見えなくもないが、やっぱりまだ……」
「ったく……、好きな女ほったらかして、あいつは一体何をやってるんだか……」
空気の良く澄んだ真冬の青空を見上げてラインがぼやくように呟けば、
「違えねえな」
おやじも同意しながら、タバコを加え火を付けた。
男二人が、何となく青空を見上げる。
おやじが、深く吸い込んだタバコの煙を目一杯に吸い込み、そして吐き出したのを隣で確認して、ラインは口を開いた。
「で、どうするよ、おやっさん?」
「ん? 何がだ?」
「おいおい、今更それはないだろう?」
ヘラヘラ顔でラインがおやじの肩を小突く。
「ん? ああ『海』のことか?」
「それしかないだろ」
「ん~~、俺にはあいつがいるしなぁ……」
「年か?」
悩む素振りをするおやじにラインは突っ込みを入れる。
「バカ抜かせっ! まだまだ現役だ俺は」
「じゃあどうするよ?」
「いつ行くんだ?」
何気にまんざらではなかったのだろうおやじはすぐにのってきた。
「何も無ければ四日後を予定しているぜ」
「四日後か。ふむ……」
タバコを加えたまま器用に吸いつつ、おやじは無精ヒゲの生えたアゴを摩る。
葛藤。
まさしく、その言葉の通りなのだろう。おやじは青空の遥か遠くを見つめたまま黙っていた。
ラインは一つ溜息をし、後押しする。
「おやっさんはこんな重労働な仕事をしているんだ、色々と体にもガタも来るだろう?」
「それは、まあ、なあ……」
「あそこにはすげえいい温泉もあるぜ?」
ラインがおやじの耳に顔を近づけ、悪魔のように囁く。
「お、温泉……か……」
ジョリジョリと無精ヒゲを摩っていた指が止まる。
「そうだぜ。こんな寒い日はあったか~い温泉に入って体をほぐして、その後うめえ飯食って、そして選びたい放題の女と一緒にヤルことやって寝る。それを数日間やっても、今までの人生を考えたら罰は当たらねえって」
甘美に、そして男なら誰しもがそれなら許してくれるだろうと、さらにそれで断るようなら男として終わってるぞと哀れむように、ラインは拒めないように囁く。
「た、確かに、な。俺も鍛冶屋を始めてもう二十年以上だ。少しぐらい数日休んでも罰は……当たらねえよ、なぁ?」
助けを求めるようにおやじ。
「当たらねえ当たらねえ」
正当だと頷くライン。
「そ、そうだよな。まあ温泉を入りに行くのぐらいは普通だしな、別にやましくないしいいよなぁ?」
「そうそう、それぐらい普通普通、いいってもんだぜ」
「そ、そうだよなぁ。がはははは――――」
「あはははははは――――」
傍から見ればどう見てもダメな男二人が、肩を組み、体を揺すって、空を見上げながら大笑いしている姿。
そこへ、
「へぇ~~、四日後に温泉ねぇ」
「あらあら、温泉ですかぁ~いいですねえ」
「あーちゃんもあの洞窟の温泉行きたいぉ」
三つの声が後ろから聞こえた。
途端、二人の男の動きはピタリと止まった。
「「………………」」
「ねえライン。当然、その温泉には私も行ってもいいのよね?」
聞き慣れた声、竜女だ。
「ねえあなた。当然、私も連れてってくれるんですよね?」
あまり聞き慣れていないが、肩を組んでいる隣のおやじの反応から見て、あーちゃんの母親だろう。
「あーちゃんも、あーちゃんも!」
これは間違いなくあーちゃんだ。
ピクリとも動かない(動けない)男二人に対し、後ろでは「ほほほ」と優雅な中に毒と熱を含んだ微笑む声が響く。
ダメな男二人は知っている。
その微笑みこそが一番恐いことを。
「あ、あ~~、お前の剣と鎧の修理の他にいくつか急ぎの直しがあったのを思いだしたぜ」
「そ、そうなのか? じゃ、じゃあ、この話はまた別の時にだな」
「そ、そうだな」
がはははと空を見上げたまま笑い合う男二人の肩に、ぽんと後ろに立った二人の女性の手が置かれる。
「がっ!」
「ぐっ!」
声を漏らし、手を置かれた側の肩を大きく下げる二人。
「あらあら、じゃあ行かないの?」
「そうですよ、行かないんですか?」
女性陣の甘く優しい声音。
男二人には、それが絶対零度のような冷たさと地獄の業火のような熱さを感じさせ、心に刻み込まれる。
そして肉体的には、体の外からミシミシと肉と骨が潰され軋む音が響き刻まれていく。
「い、行かねえ。た、竜女、行かねえからもう勘弁してくれ……」
「あら? 私が一体何を許せばいいのかしら?」
「お、お前、さ、さっきの話は冗談だ。だ、だから手を……」
「そうなんですか? 私は一緒に温泉行きたかったのに。ねえあーちゃん」
「行きたいぉ~。あーちゃんさゆやフロレにも会いたいぉ~」
弱々しい悲鳴に似た声で男二人が懇願するも、女性二人の言及する言葉と万力のような手は、それからしばらくの間ぎっちりと二人の男の精神と肉体を押し潰したまま放されることはなかった。




