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冬の日

 季節は移る。


 ジンタが、シリルと稽古を初めて早四ヶ月。

 寒いがまだなんとか暖かさのようなものがあった秋のような季節が過ぎ、より寒い真冬の寒さが日中にも訪れていた。

 そんな中でも、ジンタの稽古は続いていた。


「相変わらずコレではまったく使い物になりませんね」


 荒い息継ぎをして目の前で倒れているジンタに向け、シリルは息も乱さず溜息を付いた。


「やはりお前にその剣は、まだ荷が重すぎますね」


 聞こえていないだろうジンタに向け、シリルは言う。


 倒れているジンタの右手付近には、刀身だけで一メートル以上、幅二十センチ以上の大剣が落ちている。


「まったく、マリー様も何を考えておられるのか。いくら貧弱なこの男を見た目だけでも強く見せようとするためとはいえ、さすがにこれでは張り子の虎が張り子に押し潰されてしまっている」


 シリルからそう同情を受けるほど、ジンタは大剣に振り回されていた。


「お~お~、やってるなぁ~」


 そこに、機嫌良さげな女性の声が闘技場に響いた。


「これはこれはマリー様」


 声で十分分かる。

 だから普段通り、振り返り歩いてくる姿を見るより先に腰を折り深く頭を下げ、マスターであるエルフの女性をシリルは迎えた。


 自分の前で止まった気配を感じ、シリルはゆっくりと頭を上げていく。


 さて何を言ってやろうか、と思案を巡らせていたシリルだが、マスターであるエルフの女性の姿を見た瞬間絶句した。


「おいおいシリル。いくら何でも人を見た瞬間その顔はないだろう?」


 マスターであるマリーのしたり顔での楽しげな言葉。


 しかし、そんな機微をも感じ取れないほど、シリルは頭が回復してない、つまり動転していた。


 シリルのマスターであるマリーは、普段の言動はどうであれ、エルフ特有のスレンダーで華奢な体躯の持ち主だ。


 もう十年ではなく、百年単位も一緒に行動を共にしているのだがら、そのスペックと言うか、得手不得手だって分かっているつもりだ。


 そのマリーが、今シリルの目の前でどう見てもシリルの知っているマリーという存在の真反対に位置する、パワー型の『召喚されし者』が着込んでそうな、頭部以外をカバーするフルプレートの重鎧と、今しがたまで哀れんでいた倒れているジンタが使っている両手剣より幅があり分厚いどう見ても超重量級の剣を軽々と肩に担いで立っているのだ。


 そんな姿を見れば絶句もするし、思考もうまく働かなくなっても不思議ではない。


「え? あ、いや、すいません。し、しかし、その格好は一体……」


 冷静になったら、きっとあまりの情けなさに自身で悶絶しそうなほど間抜けな言い返しをして、シリルはマリーを指差した。


「さすがのシリルも、これはさすがに驚くよなぁ~。来る途中でもみんなが驚いてたからな~。なぁマル」


「ええ、ほんともう、少しは自重してくださいって気持ちで私は一杯です~」


 隣では、呆れたように肩をすぼめるマルテネットがいる。


「さて、とりあえずこれを脱ぐからシリルあんたは後ろ向いてなさい」


 しっしっと手で追い払うような仕草をするマリーに、シリルはやっと気付いた。

 マルテネットの手にマリーのドレスのようなローブがあることに。


「し、失礼しました」


 しっかりと九〇度近くまで腰を折り、頭を下げたあとシリルはマリーに背を向けた。


『ちょっとマル、まずはそっち側の留め具を外してくれる』

『はいはい~』

『次はこっちで』

『はいはい。ではこっちを外しますよ~』

『ええ。あっ!』


 ッズン!


『は、はうわ~~』


「ど、どうかしましたかっ!」


 後ろでのやり取りの途中、重いモノが地面の落ちる音が響いた。


『なんでもないわ、ただちょっと不注意でマルが防具を落としただけよ』


「お、落としただけで、その重そうな音は……」


『こんな見た目の鎧なのよ? 重くて当然でしょう?』


「え、ええ、まあ、そう、ですね……」


 確かにそうなのだ、マリーが身に付けている鎧はパワー型の『召喚されし者』が身に付けてても動きに支障をきたすかも知れないほどの重鎧だったのだ。


 つまり、あまりパワーとは無縁に近い少女のようなマルテネットが重くて落としても、そして落とした鎧の一部分が重そうな音を立てても、それは不思議でもなんでもなく、むしろ見た目通り普通なのだ。


 では、何がおかしいのか。


 その部分こそがシリルの思考を混乱させ、働かせなくさせている原因なのである。


「えっと、お着替え中にすいませんが、お聞きしても良いでしょうか?」


 どうしても、聞きたくなってしまう。


『何よ?』


「あのその鎧と剣。やはり相当重いのですよね?」


『そりゃあそうよ。ちょっとやそっとの攻撃じゃビクともしない程度に強固に作りなさいって頼んだんだから』


「ちょっとやそっと、とは……?」


『そうねえ、種族ゴーレムの第二段階の攻撃程度なら多少のへこみは出来ても耐えられる程度には硬く作ってるらしいわよ?』


「種族ゴーレムの第二段階程度……」


『あぁ~、でも中に居る人が耐えられるかどうかは責任持てないって言ってたわ』


「そんな攻撃に耐える硬さなんて……一体その鎧の重量は……」


『普通に持ったら私なんてぺしゃんこね』


「は? しかし、マリー様は今それを着て――――」

『だ~か~ら~、普通にって言ったでしょ?』


「普通……」


 言われて考えるも、シリルにはまったく意味が分からない。


『まだ分からない? あなたもソレを見ていたんだけど?」


「私も?」


『ええ、ちょっと見ただけとかではないわよ? ちゃんとしっかり見ているはずよ』


 なぞなぞのように言ってくるが、シリルには皆目見当もつかない。


『とはいえ、例え分かったとしても、マルやあなたではこれを着れないけどね』


「分かっていても、私やマルには着れない……」


 ますます混乱してくる。

 シリルが悩んでいる間に、後ろでは着替えが終わったのだろう「もういいわよ」と声が掛かった。


『まったく、あんたは少し頭が固いのよ。もうちょっと柔軟に物事を考えることをこれから意識した方がいいわよ』


 痛いところを突かれぐっとなりながらも、シリルは振り向き主であるマリーに頭を下げた。


「やはり分かりません。よろしければお教え下さいマリー様」


「しょうがないわね~。これは倒れているそいつが持っていた『浮遊石』を使った防具と武器よ」


「浮遊石をっ⁉」


「ええ」


「浮遊石をその防具と武器に?」


「そうよ、小さく砂になるぐらいまで砕いて、それを焼けた鉄の内側に打ち込んで馴染ませたって感じね。苦労したわよほんとに。体に触れていないと発動しないってわけじゃないのは分かったんだけど。相当、近い位置で全体的に散布させる形にしないと発動しないってんだから、普通に着てここまで機能させるのに、こんな時間が掛かっちゃったわ」


「ば、ばかな……」


 確かに、あまりに予想だに出来なかった答えを聞き、シリルは思考を止めたまま、口だけが自然と動いた。


「ちょっと! あんた自分のマスターに向かってバカとは何よバカとはっ!」


「はっ、すいません。しかし、浮遊石はもうほとんどどこからも採取出来ていない貴重なものじゃないですか」


「ええ、そうね。あの大きさであの数なんて、少なくとも私も知らないわ」


「それを、アレ(ジンタ)のために、こんな使い方をするなんて……」


「そうね、普通の考え方で言えば、アレ(ジンタ)のためにこんな使い方は愚の骨頂かも知れないわ。でもね、アレ(ジンタ)はもしかしたら私達の未来を託すことになるかも知れないヤツなのよ」


「そ、それだから私がこうして、アレ(ジンタ)を――――」

「その調子で、アレ(ジンタ)がまともなぐらいまで強くなると思ってる?」

「うっ……、そ、それは……」


 核心的に痛いところを突いてくるマリーの言葉。

 ここ数ヶ月、剣の稽古をしていたからシリルにも分かる。

 確かにジンタは稽古のお陰を力は付いてはきていた。

 スタミナも打たれ強さも回復力も上がってきている。

 それらを加味しても、今そこに倒れているジンタという存在そのものが圧倒的に弱すぎるのだ。

 今は稽古なのもあり、基礎的な部分の向上を優先させるため、強化魔法を使うのを禁じているのもあるだろう。

 しかし、強化魔法を使ったとしても、きっと自分のところまでには届かないし、一生を稽古に費やしても、自分のところまでは絶対に来れないと確信出来た。

 それほどまでに、ジンタという存在は弱いのだ。


「だから。そんな弱いアレ(ジンタ)を、せめて普通の『召喚されし者』、いいえ、違うわね、普通の戦士クラスにまで強くさせるには、自身に掛かる負荷を最大限まで軽くして、相手には最大限に重い攻撃をしないとダメなのよ」


「それが……その武器と鎧だと?」


「そうよ。幸いというべきかしら、アレ(ジンタ)はなぜか私達と同じ種類の魔力を持っているわ」


「万物を操る魔力……」


「そう。あなた達が扱う個別のスキルも確かに魔力を使うけどね。でも根本的にエルフでありマスターである私達が扱う魔力とは質が違う」


「ですね。ですから私では浮遊石は反応しない……」


「そう。でもなぜか、アレ(ジンタ)はそれが使える」


「確かに……」


 ジンタが、浮遊石を使い宙に浮くのをシリルも確かに見た、そして強化魔法を使うところも。


「だからそのことを最大限に利用して、貧弱なアレ(ジンタ)のチカラを最大限に引き出そうってわけよ」


「確かに……、それが一番良いのかも知れません……」


 納得出来うるだけの理由を説明されシリルも、頷くしかない。

 それを見てだろうか、マリーは少し恥ずかしそうに頬を掻きながら、


「まあ、色々言ったけど、私もずっと思っていたのよ」


「何をです?」


「私達って、どんなに魔力とか強化魔法が使えるって言っても、根本は非力貧弱が纏わり付くのよね。だから武器とか鎧とかも基本杖だったり、ローブだったりでしょ?」


「そうですね。ですが、それらだって十分過ぎるぐらいの対防御の魔法が掛かっているじゃないですか?」


「それはそうなんだけどさ、やっぱり私だって憧れるんだよ……」


「はい?」


 我がマスターながら、シリルにはマリーが何が言いたいのかさっぱり分からない。


「だ、だから。重そうで如何にも格好いい鎧を着たり、如何にも凄そうな大きな剣を持ったり……とか……をね……」


 言っていくうちに、だんだん声が小さくなってくのに比例してマリーの顔が赤くなっていく。


 ついには、俯いてしまった自分のマスターを見ながら、シリルは思った。

 無い物ねだり、ですか。

 どんな人にも必ずあるんですね。


 シリル自身もそう言った気持ちがない訳ではない。

 痛感され、何度も悔しい思いをしてきたことだってある。

 それでも、ここ最近はそう言った気持ちにも折り合いが付いてきたと思う。

 今の自分の能力を、判断出来る程度には理解しているし、ねだっても無理だと分かれば諦める。

 そうやって、少しでも生き抜く方法や守る方法を模索し、身に付けてきたのだ。


 マリーの気持ちに納得する反面、自分の中で寂しい気持ちもふつふつと浮かんでくる。


 沸き上がってくる感情があまりいいものではないと分かるから、気を逸らすつもりでシリルはマリーが持って来た剣と鎧に目を向けた。


 見れば見るほど、精巧に、そして頑丈に作られていることが分かる鎧。

 同じように見れば見るほど如何にも重そうな、そして少し形がおかしく見える超重量級の剣。


「これを、アレ(ジンタ)に使わせると?」


「まあな。私の最高傑作だ」


 自信満々に答えるマリー。


 ふと、シリルは思った。


「……マリー様」


「なんだ?」


「いくら何でも、これは手を貸し過ぎではないですか?」


「ふむ、普通ならそうかも知れんな」


「ですよね? でしたらどうして?」


「先程も言ったが、一つは前に聞いた話が事実なら、アレ(ジンタ)にも何かしらの存在理由があるかも知れないということと、あやつのマスターは絶対に守らないといけないってこと。それと……」


「それと?」


 すこぶるいたずらな笑みを称え、マリーはシリルに手招きをした。


「な、なんです?」


 シリルは、あまりの胡散臭さについ一歩後退る。


「耳を貸せ」


 シリルが下がった分以上に大きく一歩を詰め寄りマリーはシリルの耳を引っ張った。


「な、なんですか、一体?」


「実はな――――――」


 ゴニョゴニョとシリルにしか聞こえない声でマリーが囁くと、シリルはさらに大きく一歩後ろに下がり、驚きに目を見開いた。


「それは本当ですかっ⁉」


 裏返りそうな声を上げてシリルが叫べば、


「ああ、確認してきた」


 先程以上に、大きく頬をつり上げマリーは頷いた。


 その後のマスターであるマリーの挙動を見ていたがどうやらそれが嘘ではないのは分かった。


 シリルはもう一度、厳つい剣と重厚な鎧を見て、今度は十分に納得した。


 なるほど、だから作るのに手間も時間も惜しまずに、これだけのこだわりの物を作らせたのか、と。


 しかし、それはそれでどうにも納得出来ない。


 地面に伏して倒れているジンタは、どう見ても負け犬で虐められているようにしか思えない。

 なのに、なぜかジンタが優遇されているように感じてしまう、シリルにはそのもやもやがどうしても納得出来なかった。


 ジンタに剣と鎧を着けさせて三日間。

 魔力を扱うことで、剣も鎧も軽くなることは説明せずに、ヒィヒィ言いながら必死に動こうとするジンタをいつもより強めの攻撃を見舞ってシリルはサンドバックにした。


 そして四日目の朝、大分気も晴れたのでそれが浮遊石を加工しているとジンタに説明した。

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