夏の終わり
バスケットボール二面ほどの広さの円形に砂が敷き詰められている。
そこは日々鍛錬するために用意された闘技場。
その中心で、今二人の男が剣と盾を持ち稽古をしていた。
構える盾に立て続けに打ち付けられる重い攻撃をなんとか防ぎつつ、ジンタは一瞬の隙を突いて右手に持つ剣を最短ルートで突き出す。
「甘いな」
一方的に攻撃をしていたシリルの頭部を狙い放った一撃だったが、あっさりと弾かれ大きく体を開かされた右手側からジンタの死角をついたシリルの左フックがジンタの顔を捕らえた。
痛みなど微塵も感じる余裕も無い一気に意識を刈られる一撃。
ジンタはゆっくりと膝から崩れ落ち、ごろんと倒れた。
「やれやれ、まさかあんな攻撃でこの私に一撃与えられると思っていたんですかね」
準備体操にもならないとばかりに首をコキコキと鳴らし、シリルは倒れるジンタを見下ろした。
「今日で十日目ですが……、はっきり言ってまったくセンスも技術も体力もないですね。ほんと今までどうして生きて来られたのか些か驚きを隠せませんね。これではマスターを守ると言うより、マスターに守られる側だったんじゃないですか?」
独り言にしてはやや大きな声で喋っているシリルに返ってくる言葉があった。
「それは本当にやれやれね」
シリルが振り向いた先、闘技場の入り口から、言葉通りにやれやれと肩をすぼめながら歩いてくるのは、マリーとマルテネットの二人だった。
「はい、この調子ではそのうちコレ(ジンタ)を殺して――――」
「それはダメよ」
ここで少し本音(殺して早く終わらせたい)を言い掛けたが、即座に止められた。
「そうですか……」
明らかにがっかりして頭を垂れたシリルを無視して、マリーは倒れているジンタに目を向けた。
「しっかしほんと弱そうよね」
「マリーちゃん、人に向かってそんなはっきりと言うのは~……」
「あら? どうせ聞こえてないでしょ? 完全に落ちてるんだし」
「それはそうかもだけど……」
「それにしても、弱っちぃ上にさらに選んでいる武器がこれって……」
しゃがみ、マリーは倒れたジンタの手の辺りに落ちていた片手用の直剣を、汚いモノのように摘まんで持った。
「ほんとうですね。確かに弱いですから、死なないために防御を意識し強化した組み合わせなのでしょうが……。私的に、はっきりとぶっちゃけさせて言わせてもらえば、その程度の実力でその程度の武器で攻撃されても全然恐くもなんともありません」
「よねぇ~。むしろこれなら一発もらってあげるから、一発こっちも攻撃させろって感じよねぇ」
「そうですね、ソレ(ジンタ)が持つ剣の攻撃を受けても絶対に致命傷をもらうことがない自信があります。そして逆に、自分の攻撃がソレ(ジンタ)に当たれば確実に殺す自信があります」
「シ、シリルさんも。そこまではっきり言わないで下さい」
「何を言う。こういうことは早めに理解させて、早めに人生終わらせてやるのが――――」
「だからそれはダメって言ってるでしょ」
もう一度ぴしゃりと咎められた。
「でもシリルの言うことも正しいわ。確かにこれじゃいくら稽古を付けてもきっとすぐ死ぬわね」
「まったくですね」
「だ~か~ら~」
マリーは言葉を伸ばしながら、闘技場の壁際まで歩いて行く。
壁には色々な武器が掛けられている。
「そうねぇ~~この辺りかしら。あっ、あとこれとこれもいいわね」
壁に掛かっている武器、その中から三本の剣を選びマリーは地面に落とした。
「この三本、これは両手剣で覚えさせて。で、こっちの同じ長さの二本は二刀流で扱えるようにさせといて」
落とした三本の内一本は刀身部分だけで一メートル以上あり、しかも幅だけで二十センチ以上、厚みも五センチほどの超重量級の両手剣。
もう一つである二本の剣にしても、通常クラスのバスタードソード二本だった。
「は? アレ(ジンタ)に、こんな重い武器を持って戦えと?」
「そうよ。これぐらい大きいのを振り回してないと、アレ(ジンタ)全然強そうに見えないじゃない」
「確かに……、これぐらいじゃないとアレ(ジンタ)は強そうに見えないですよねぇ~」
マリーが置いたあまりの大きさの剣にあんぐりと口を開けていたマルテネットも、つい本音を口にしてしまう。
「マル~~、人を見かけだけで判断しちゃダメなんじゃなかったっけ? んん~?」
「ハッ! ち、違いますよ~。で、でででも、これはさすがにあの人には重すぎないかなぁ~って」
「私も、マルテネットに同意見ですが……」
「大丈夫大丈夫、そのことなら私に任せなさい。とりあえずその両手剣と二刀の二つを扱えるようにさせなさいな」
満面の笑みでマリーが胸を叩く。
マリーに仕える二人は、こういう時のマリーの無謀さというか、無茶さというか、そう言うのを知っている。
だからさすがに少しだけ哀れんだ。
気を失い倒れているジンタのことを。
「それで、今日で十日目ですが、アレ(ジンタ)が言っていた話はどうでしたか?」
「それね、今日届いたわ。ほんと、アリスのヤツに渡さず、どうやって報告をこっちに取り寄せるかすごく大変だったわ」
「それは……ご苦労様でした……」
溜息交じりに話すマリーに、シリルもそれはは十分わかりますと、深く頷いた。
「それでは、アレ(ジンタ)の言っていたことは……」
「そうね。大方正しかったわ」
「ほぅ……」
曰くありげな言い方に、シリルもやや面白そうに目を細める。
「ここ数ヶ月の間で、第二階層の有り様がかなり変わっていたわ。アレ(ジンタ)の言う通りに……」
「そうなんですか」
「ええ。――ただ、肝心の部分はほぼ完全に伏せているわね」
「例のアレ(ジンタ)のマスターがってところですか?」
「まず間違いなくそれを隠すためでしょうね。ドラゴン討伐も六、五、四年生の上級生編成チームで討伐したと書いてきてるわね」
「ほう~~」
声音に、鋭利な冷たさを持たせてシリルは相づつ。
「普通に聞いても驚きな話だけど、それでも来年以降のレベルが高いとみんなは喜ぶでしょうね。何も知らなければ」
「そう、でしょうね……」
「あら? シリルは随分と納得出来ないって感じね?」
「それは、まあ……」
口を濁し、それでもシリルは思い切って言うことにした。
「この際はっきり言わせてもらえば。その報告書をいくらあの方が書いたとはいえ、あまりに隠し事が多いと思われます。これは現行の我々に対する隠蔽に他ならず、それは我々に対する反逆の意思があると思われてもしょうが無いかと」
シリルの言葉を手を組んでうんうんと頷き聞いていたマリーは、その通りねと答えてから、
「でもねシリル。この件はそう思われてもしょうが無いぐらい、それぐらい慎重に行動しないといけない件でもあるのよ。事実、私達もこうして今話をしているけど、言葉として一切を口にしていない、それぐらい慎重を期す案件なのよ」
「それは、そうですが……」
『エターナル』
その言葉を気安く声に出すことは、やはりシリルにしても憚れる。
その名を持つ者の力を、シリルもいまだ見たことも経験したこともない存在。
その力があれば、どんな状況でもひっくり返せると言われるほどの力。
圧倒的チカラを持つ存在。
そして『神』なる、『エターナル』以上の力を持つ存在が付いて回る存在。
「私は逆に、あの人が見つけてそれをこうして必死に隠してくれていることの方が、大助かりだわ」
「そう……なんでしょうか?」
「そりゃあそうよ。どんなすごいチカラを持っていても、その子はまだ十四才。そんな精神的に未熟な状態で、ただチカラがあるからってこんなところに連れてこさせるのは正直いたたまれないわ。こうして隠して、少なくとも卒業までは隠し通してくれる方が、会ったとき多少文句も言えるし、ほんと大助かりだわ」
「確かに……、こんなこと全員が知っちゃったら、きっとすぐに連れて来いって周りの人達が言い出すに決まってるよねぇ~」
マリーの言い分に、マルテネットも大きく頷く。
「その通りですね。とはいえ私達はもう知ってしまっていますが……」
「まあ、そこはねえ。私達は知りつつも知らない振りをしておくべきかなぁと」
「それでしたら、アレ(ジンタ)も即座に送り返したらどうです?」
いまだ気を失っている背後のジンタを、とりあえず親指で指し示しシリルはうんざりしたように言う。
「そうねえ、アレ(ジンタ)が普通より強い、例えばもう一人の種族ゴーレムの『召喚されし者』であれば、すぐに返したでしょうけど。アレ(ジンタ)をあのまま返したら、きっと私の方が不安で『エターナル』が卒業するまでに心労を患ってしまう自信があるわね」
「た、確かに……」
全員が、蔑みと哀れみ半々の目でジンタを見た。
「とりあえずそう言うことだから、シリルはあいつを少しでも私が心労を患わないで済むぐらいには強くしておいて」
「そ、そこまでは……さすがに無理です……」
「そうです、よねぇ~……」
さすがにそこに関しては、マルテネットも同意してくれた。
※※※※※※※※
ジンタが爆発によって姿を消してから十日以上が過ぎた第二階層第二の街カナン。
蒸し暑い日中とはうって変わって、夕刻近くになると風が心地よく感じる時間。
「じゃあ、あいつはいまだに見つかってないのか?」
病院として扱われている建物。
その一人部屋(隔離されている形)で、枕を腰当てにして起きた格好のラインが苛立たしげに舌打ちする。
心身共にもう十分動ける状態まで回復はしているのだが、いまだ退院の目処が立っていない。
もっとも浮気の度に生傷が増えてはいる。
それでも獣張りの快復力もあって十分退院出来る状態なのだが。
現状、仕事の多忙さもありこのバカの監視が行き届かないと判断した竜女によって、少しでも監視下に置けるこの隔離病室に軟禁状態とされているのだ。
「そう苛立つな。みんな頑張っているんだ」
苦笑を浮かべ、それをなだめるのは保健医。
「それはそうだけどよぉ……」
二人共、やり切れない気持ちがあるのだろう、普段話をするなと言われてもなんかしら言いそうな二人も黙ってしまう。
「あの野郎……、本当に生きてんだろうな?」
もう一度確認するようにラインは保健医に尋ねる。
保健医も、半信半疑にメガネを持ち上げ答える。
「彼のマスターであるミリアリタが、まだ家族としての証である『赤い糸』が視えると言っているからな」
召喚者であり主であるマスターと、その『召喚されし者』にはマスターにしか視えない赤い糸が存在する。
それは、どこまでも伸びて相手のところに続いているのだろうが、マスターでもそれが最後まで見えるわけではない。薬指から伸びた赤い糸は、一メートルほどの長さをふわふわ浮いて見えなくなり、その先は『召喚されし者』である相手の薬指から一メートルをふわふわ浮いているのだそうだ。
そして『赤い糸』は、繋がった相手が死ぬと消えてしまう。
つまり、マスターであるミリアが『赤い糸』を見えるのであれば、それはジンタが生きているということに他ならない。
しかし……、それは全員が確認出来る訳ではない。
少し意地悪な言い方をすれば、ミリアしか見えないしミリアだけが言っているだけ、なのだ。
だから、ミリアが生きていると言い張っても、こう何日も過ぎてしまうとそれを信じることも周りには辛くなってくる。
それらの不安を全部払拭するためには、当然ジンタが見つかるしかないのだ。
にも関わらず、そのジンタは見つからず、しかも捜索は難航していた。
疲れ果てた姿でジンタ以外の家族と仲間が砦に帰って来たのは四日前。
全員が、倒れる寸前までへとへとになっていた。
帰るための体力ギリギリまでジンタの行方を捜したが見つからなかった、とドラゴン討伐の報告すらどうでもいいように全員が告げたのだ。
カインはすぐさま捜索隊を作り、現地に向かわせた。
だが、砦にも色々と対応がある。
少しでも割ける人数を揃えて送ったのだが、それでもいまだ朗報はない。
誰も、探す気がないわけではない。
全員一生懸命に探している。
しかし、ジンタは見つからない。
場所が『階層の端』というのもまた大きく影響している。
そこに行くだけで、全員が偏頭痛に襲われた。
それはオーロラのように揺蕩う『階層の端』に近づけば近づくほど、激しく縛り上げるように頭を締め付けてくるらしかった。
直接脳みそをわし掴まれるような痛みに耐えながら、全員が探したのだ。
それでも見つからない。
「はぁ~~まったく。あいつはいっつも人に心配だけさせやがる」
「まったくだな」
二人は疲れたように溜息を吐く。
「それでイヨリちゃん達は?」
「この街で休ませているよ」
「砦じゃなく?」
「うむ、メンバーの数名が報告を終えてすぐにまた現地に向こうとしてな、とりあえず寝ろと命じて、食事を取らせて寝付いたところですぐにこのカナンに運んだんだよ。今は飛び出して行かないよう見張りを数人付けて休ませているところだ」
「なるほど、な……」
また沈黙が流れる。
沈黙の中、ふわりと涼しくなった風が入り込む。
「それで先生さんよ。それを俺に伝えるためにここに来たのか?」
ラインは、思い出したように口を開いた。
保健医も「ああ」と思い出したようにメガネを持ち上げる。
「いや、実はその彼とちょっとした約束をしていたのを思いだしてね」
「約束?」
「そうだ。じつはな君宛てに言伝を頼まれてたんだが――――」
「あいつが? 俺に」
考え込むように眉根を寄せたラインの顔が、何かに思い当たったのか一気に晴れる。
「ひょっとしてそれって女絡みか?」
表情だけでなく、深く腰を下ろしていたベットからも体が持ち上がってくる。
「んむ。まあ、そうとも言え無くないんだが……」
「あいつはなんて言っていた⁉」
必死だ。ラインは必死の形相で訊いた。
「いや、しかし、よく考えれば彼はまだ死んでいないわけで、見つかる可能性も――――」
「いや、ないっ! もう十日以上経ってるんだっ! もう、あいつはきっと死んでいるっ!」
そこにはもう、体裁は機微も無かった。
「う、うむ。だが……」
「なら、こうしよう。今ここには誰も居ない。先生、あんたは今からここで独り言を言うだけだ。いいかもう一度言うぞ、今からここには誰も居ない、俺も居ない。先生あんたは独り言を言うだけでいいんだ!」
「む、むぅ……」
まだ悩む素振りの保健医を、ラインは輝く瞳と無言で見つめた。
「まあ、それならいいか」
保健医もしょうが無く納得して、ジンタから言われたことを口にしていく。
「実は、彼らが行っていた海には――――――――」
海の地下に、種族半魚人とマーメイドの二種族がいて、そこでは女しか生まれないため、子孫繁栄に協力してくれる男を随時募集中なのだと、保健医はその誰も居ないと思い込んでいる部屋ですべてを話した。
全部を話終えたあと保健医がラインを見ると、拳を震えるほど強く握り、くっきり浮かび上がるほど腕と頭に血管を浮かせ、顔を真っ赤にさせていた。
「お、おい、だいじょう――――」
「イヨッッッッッッシャアアアアアアァァァァァ――――――――ッッッ!」
ラインの状態が心配になった保健医が声を掛けようとしたが、言い終わるより先にラインが叫びながらベットの上で跳ね起きた。
「先生よっ!」
「な、なんだ?」
「あいつの遺言は。このライン! 確かに受け取りましたっ! その集落のことは全部俺に任せて下さいっ!」
「え? ああ、そうか。――――でもな、まだ彼は死んだと決まったわけじゃ――――」
「こうしちゃいられねえっ! あいつの供養も兼ねて、俺は今からその集落に行って来るぜ!」
言うが先か動くが先か、それより保健医の言葉を最後まで聞きもせず、ラインは巻かれた包帯を引き千切りながら部屋を飛び出していった。
凄まじい勢いで遠ざかっていく足音を聞きながら、保健医はメガネを持ち上げる。
「いやはや……。私もこう見えて人を見る目はない方だと言われるが……、もし彼が無事に戻ってきたら、友人はしっかり選べと忠告しよう……」




