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続 尋問三日目

 追い出されることになった人々が、渋々と後ろ髪を引かれるように部屋から退出していく。


 ぱたん、と部屋の扉が閉まった後、ジンタはやっと落ち着いたようにゆっくりと辺りを見渡した。


 今も、多少の緊張はある。

 ただ、先程までの四方八方から見られていた状況では、とてもゆっくりと周りを見ようとは思えなかった。それが三人にしか見られていないと思えば、幾分和らぐ。

 そうして見渡して見れば、ここが豪華な作りをしていることに気付く。


 部屋自体の大きさは小さめな感じの講堂ほどはある。

 所々に立っている柱に描かれている細工も、遠目ながらでも分かるほど精巧な作りだ。

 見上げた天井はそう高くはないが、神秘性に富んだ紋様が掘られ、見飽きない作りになっている。

 よくよく見れば、あぐらをかいている下に敷かれている絨毯もかなりふんわりした深めの毛並みで高そうだ。


 やっぱ、相当金持ちなんだろうか…………。


 ジンタが心の中で値踏みをしていると、まるで軍隊のようにカツッとカカトで地面を鳴らす音が部屋に響いた。


 鳴らしたのは男だった。


 ジンタが正面に顔を向けると、


「さて、それでは聞かせてもらおうか、あの人に『神』のことを言わせた話を」


 始めて会った時から今まで、一度も見たこともないほど興味津々に目を輝かせたマリーは頬杖をして、足を組み直した。


 ジンタは語った。

 自分のマスターであるミリアが、エルフの若木達なら誰でも扱えるはずの通常魔法を扱えず、さらに回復魔法の『ヒール』で相手を爆発させてしまうこと。


 第一階層では、全長三メートルはあるトレントを『ヒール』の上位魔法である『ハイヒール』で倒したこと。


 第二階層に上がり、ミリアの魔法の特訓中、仲間の一人の体を乗っ取った存在が、ミリアの魔法の謎と、その使い方を教えてくれたこと。


 その際、その存在がミリアのことを『エターナル』と言い、そして自分のことを『始原の者』と言ったこと。


 そして、その存在がきっと『神』ではないかと、中学校の保健医が言っていたこと。


 そんな『エターナル』であるミリアは、みんなが扱う通常の魔法は扱えないが、代わりに誰も扱えない範囲での魔法を扱え、それによりダブル強化魔法が可能であることを説明した。


 そこまで話をした段階で、それまで黙って聞いていたマリーが、待てと言うように手の平を見せた。


「なるほど、な。にわかに信じられないが……。もしそれが本当なら、お前が、いやお前達が二年生であるにも関わらず、あの階層での色々な場に呼ばれる訳が分かった」


 さすがに、まだすべての話を飲み込みきれていないのだろう、マリーは目元を揉んだ。


「……一つ、聞いていいか?」


 目元を押さえたままマリーはジンタに問う。


「なんだ?」


「通常の強化魔法と範囲魔法の強化、両方の効果が重なったダブル強化魔法というのは、どんな感じなんだ?」


 あまり想像が出来ず、それでも話を納得するためになのだろう、マリーは指を離しゆっくりと目を開け、ジンタを見た。


 ジンタは、どう答えたものかと、一瞬視線を逸らしアゴに指を置いた。

 そしてニッと笑んで、


「こんな獣人化も出来ない俺が、自分の何十倍も大きく硬いドラゴンに剣で攻撃出来るほどの効果はある」


「なるほど、な」


 頷いたマリーも笑んでいた。


「『エターナル』か。昔、その存在が居たというのは話に聞いてはいた。しかしその能力が、まさかそこまで桁外れだったとはな……」


「どう致しますか? 今すぐその『エターナル』の者をこの階層に呼び寄せますか?」


 考え込むように黙ったマリーに、シリルが言った。


 この階層に呼ぶ……。やっぱここは第二階層じゃないってことか……。


 失態の言葉を発してしまったシリルに、マリーが舌打ちをする。

 それによって気付いたのか、シリルがしまったと言うように眉を寄せた。


 ジンタはそこを見逃さず、相手が何か言うより先に口を挟んだ。


「俺の知っている話は大体こんな感じなんだが、分かってもらえただろ? だから俺をミリア達のいる第二階層に戻してくれないか」


 ズイッとジンタは上体を前に突き出す。


「ちょ、ちょっと勝手に動かないで下さい~~」


 この部屋にいる四人の中、唯一最初からおろおろしている少女、マルテネットが一歩だけ前に出て、マリーを庇うように両手を広げ壁を作るように大きく振った。


 動きを止めたジンタだが、睨み突き刺すような視線をマルテネットの後ろでイスに座り見下ろしているマリーに向けていた。


「そんなに戻りたいか?」


 一つ溜息をしたマリーの言葉に、ジンタは即答する。


「当然だっ!」


「戻ってどうする?」


 次いで聞かれたことにもすぐに返す。


「そんなの決まってる。今までと同じで、イヨリやあーちゃん、そして仲間達と一緒にミリアやロンシャンやエルファスやベンジャミンを守る」


 やや前傾姿勢で地面に付けている拳を握りしめ、ジンタは力強く答える。


「そしてまた、そのちっぽけで役にも立たない力と命を捨てるのか?」


 ドクリと心臓が大きく跳ねた。

 冷静に感情を廃して告げたマリーの言葉は、ジンタの一番深いところをそのまま抉った。


「な……。そ……」


 言い返そうとした。だが、どんな言葉も喉が詰まり言葉にならなかった。


「お前は守ると言ったな。守るというのはお前一人でもその『エターナル』であるマスターを守るというのか? お前は今までも守ってきたと言ったな。それは他の者がいなくてもお前だけでも守れたのか?」


 痛い、今までジンタが一番気にして、それでもそれをカバーしてやってきたところを、イスに座り見下ろすマリーは突いて抉ってくる。


「お前は、獣人化が出来ないが魔法が使えると言ったな。それで獣人化出来る、ましてや種族ゴーレムであるお前の家族と、同等の力を持って守って来れたのか? まだ小さい種族ドリアードの家族よりも、お前は自分の方が強いと言い切れるのか?」


 わし掴み、突き刺し、抉り引っ張るようなマリーの言葉が受け止めきれず、考え落ち着きを取り戻させる余裕も無くジンタを攻め続けた。


 一方的な言葉の暴力を数分間受けた、ジンタの意気込むような前傾姿勢が静かに後方に下がりぺたんと力無く地面に尻をつけた。


 そこに止めの言葉が放たれた。


「お前は弱いっ。このリリフォリアにいるどんなに弱い『召喚されし者』の誰と比べても、きっとお前は弱い。お前は一人では例えどんなに弱い魔物とだって戦い勝つことは出来ないっ!」


 今まで、ジンタの中で比較出来る対象を告げ突き付けてきたマリーが、今度は一気にジンタ自身の根底に押し込めている気にしないようにしてきた、一番柔らかく一番弱いところを踏み潰しにきた。


 ぐうの音も出ない。

 歯を食い縛り耐えようにも、しがみつけるモノがない。


 気がつけば、ジンタは胸の辺り強く握りしめ、蹲り、嗚咽し泣いていた。


「もう一度言おう。お前は弱い、弱すぎるんだ」


 先程までの威圧的で見下すような圧力はまったくなかった。

 だが、ジンタにはもうその言葉を防ぐための心の盾がなかった。


 深く重く、優しささえ感じさせるその言葉が、ジンタを押し潰そうとする。


「――だが、弱いのなら強くなればいい」


 もう自分では、どうすることも、今この場で立て直すことも出来なくなっていたジンタに、マリーは優しく言った。


 至極簡単なこと。

 しかし、そんな簡単なことが一体どれだけ難しいことか普段ならよく分かっていること。

 そう思っていないわけではない。

 ただ、そこまでの存在に自分がなれるとは到底思えない。

 だから、いつもは「みんなと一緒に」やフォローすることを自分の役目として動いていた。

 自分では倒せるはずがないと、ずっと思っていたから。


 次々とこぼれ落ちる涙をそのままに、ジンタはすべてを抉り出され何も無くなった胸を強く押さえながら、頭を上げた。


「そ、そんなこと……」

「分かっていると?」


 先に言われた。

 言おうとしていることが見透かされる。


「本当か? それが分かっているのなら、お前はなぜ今すぐ戻ろうとする?」


「そ、それはっ……」


 上がった頭が再度垂れる。


 その通りだったから。

 正当すぎる言葉だったから。

 言い返せることが何も無いから。


 自分が戻っても、また何も出来ないから……。


「さて、では提案だ」


 完全に完膚なきまでに言い負かされたジンタに向け、マリーが不敵に笑む。


「て、いあん?」


「ああ、お前しばらくここにいろ」


「は?」


 何を言っているのか分からなかった。


「ここが何階層かは言えんが、ここはお前がいた階層よりも上だ。そしてここにいるシリルは、少なくともお前の知っているどんな強いヤツよりも強い。こいつに稽古を付けてもらえ」


「えっ?」

「げっ!」


 驚きの声と、予想外の嫌そうな声が重なった。


 一つはジンタだった。

 提案された内容のすべてを飲み込めてはいなかったが、可能性を与えてくれることに対する驚きだった。


 もう一つは、マリーの横に立つシリルだった。


 こちらは逆に、いやなことを押し付けられたと、とんでもない顰めっ面をしていた。


「あ、あのマリー様――」

「よいなシリルよ、この者を鍛えよ」


 嫌そうな顔のまま、もの申そうとしたシリルの言葉をピシャリと止め、マリーは命令した。


 とてつもなく疲れ切ったような細く長い溜息を吐いてから、シリルはヤル気なさそう態度をする。


「えっと、稽古中の不幸な事故――――」

「鍛えろと言っているんだ」


 最後の抵抗、稽古中のうっかりで殺してすぐ終わらせようとしたが、それも止められ完全に脱帽した格好になる。


「ほ、本当か? 俺を鍛えてくれるのか?」


 完全に滅入った感じのシリルに対し、ジンタは生気が戻った。


「ああ、お前の話が本当だとすれば。『エターナル』であるお前のマスター、ミリアリタなる者を守るためにはそれ相応に守れる力が必要だ。本来ならお前みたいなヤツを殺して、新しい『召喚されし者』を喚んだ方が、即戦力アップになるんだろうが……」


「そ、そうですよマリー様。こんな奴を生かして鍛えるより、殺して新しい『召喚されし者』を喚ばせた方が――――」


 ジンタに向け言っているマリーの言葉に乗っかり、面倒臭いことを終わらせようとしたシリルだったが、マリーは完全無視して話しを続けた。


「『始原の者』。と言うのが一体どういう者で、どういった意味を持っているものなのか私も知らん。――が、お前は『神』と思われる人物から、そう告げられているのだろ?」


「あ、ああ……」


「なら、お前にも重要な何かがあるのかも知れん。つまり、お前が『エターナル』の『召喚されし者』になった理由があるということだ」


「…………」


 本当に全部を話したお陰だろう。『始原の者』その言葉に何の意味があるのかジンタも知らない。そして少なくともジンタが知る人物達の中で知っている者もいないその言葉が、結果としてジンタを死から守る言葉となった。


「まあ、そういうことだ。つまりこの男にも居なくなられては困ることがあるのかも知れん。絶対に殺すなよシリル」


 立ち上がったマリーが、もう諦めたとばかりに無表情で天井を見上げているシリルの肩に手を置いた。


 話は終わりと、部屋から立ち去ろう歩き始めたマリーに向け、ジンタは思い出したように声を掛けた。


「お、俺が生きていることを、ミリア、俺のマスター達に教えておいてくれっ!」


 言い切ったジンタに背を向けたままのマリー。

 マルテネットが部屋の扉を開け出ようとした時、軽く手を上げた。


 それを分かったと受け取り、ジンタはほっと胸を撫で下ろした。


 一頻り、心の内で家族と仲間の顔を思い浮かべ、ジンタは気合いを入れるために両頬を叩いた。


 それから、もうやる気の欠片も無さそうに呆けているシリルに体を向け、


「指導お願いしますっ!」


 深く頭を下げた。

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