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新しい出会い

「シリル、さっき拾ったアレはどんな感じ?」


「私の蹴りで寝たのですから、きっとまだ寝ていますね」


「マ、マリーちゃん、男の人をアレって言うのは良くないですよ」


「口が悪くなるのもしょうが無いでしょ、マル。こっちはなんとかアリスの側から離れられると思って、アリスの無理難題を丸五日も寝ずにやっていたのよ?」


「それはまあ、普段から普通に業務をしていれば丸一日ほどで済んでいたんですがね」


「なんか言ったかしら? シリル」


「いえ、なんでもありませんマリー様」


 晴れ渡る青空の下、揺れる馬車の中、話声はかなり機嫌良く弾んでいる。


 一人は、光の当たり方で銀髪とも白髪ともとれる長いストレートに、ドレス風の白ローブに金糸と銀糸の刺繍が施された如何にも高貴そうなエルフの女性マリー。


 二人目は、紳士とも執事とも取れる格好と、それに見合う姿勢をした黒髪をオールバックにさせた男性シリル。


 最後に、お姉さんぶってエルフの女性メリーに、メッと叱るように眉間を寄せ口を尖らせるも小柄にして幼児的体型。それを覆すためと、本人の考えで少しでも子供っぽさを無くそうとボーイッシュに刈ったミルクティー色の髪。

 さらにお気に入りのフリルのあるシャツと可愛い感じのキュロットを履いた、本人が理想とする方向から誰がどう見ても真逆の行動(より幼女っぽい印象)を素で行く少女(女性?)マルことマルテネット。


「それでマリー様。先程のアレの処遇はどう致します?」


「ん~~、どうしようか」


「マリーちゃん、私はどんな人にだって理由があるから、話はちゃんと聞いた方が良いと思いますよ~」


「とりあえず身に付けていた物をこうして持って来たけど」


 マリーと呼ばれるエルフの女性は、向かい合う形の馬車内で三人座れるほどのソファーに一人で座り、座席の空いた場所にボロボロになった手袋と握る程度の小石を四つ。

 それと、同じぐらいボロボロになっていた、男の首からぶら下がっていた長方形で皮製の文字の書かれた物が置いてあった。


「これってどう見ても証明書よねえ」


「そうですね」

「うんうん、私も同じの持ってるもん」


 対面で座り、腕を組んだまま頷く執事とも紳士とも取れるシリルと、可愛いフリルの付いた服の首元から、マリーが摘まむように持っているのと同じ程度の大きさの長方形の皮で出来た証明書を見せる小柄な少女マルテネット。


「となると、アレはやっぱり誰かの『召喚されし者』よね――――」

「それか、あの姿を見るに誰かの『召喚されし者』だった者か、ですね」


「ふむ……」


 一頻ひとしきり、摘まんでいる証明書を見つめていたマリーは低く唸った。


「とりあえず話を聞いてみましょうか。殺すのはその後でもいいし」


「マリーちゃん。すぐ殺すとか言うのは良くないですよ!」


 プンスカと言うのが一番的確な表現に見えるような怒り方をする少女を無視して、マリーは続ける。


「寝ているなら好都合ね。私も今は眠くて眠くて仕方が無いのよ。きっと今話なんてしたら何を聞いても――――」


(こんこん)


 ほっとし、疲れきっている肩の力を抜くような素振りをしながらマリーが言い掛けた時、馬車のドアが叩かれた。


 三人は口を開くのを止め、目を合わせた。


「どうした?」


 低く、やや不機嫌そうに問いたのはシリル。


「先程拾った男が目を覚ました」


 外の声がそう告げた。


「「「……………………」」」


 三人は、もう一度目を合わせる。

 色々と絡むような視線と沈黙。


「あの……マリーちゃん。あの人、目、覚ましちゃったって……」


 耐えきれず口にしたマルに対し、マリーは眠そうに、どうでもよさそうに目を細めて、


「ええ……、そうみたいね」


 エルフ特有の美貌。

 その目元を糸のように細めながら、頬をひきつかせる。


「どう致します?」


 長年見てきたのだろう、その表情で結果が見えたように溜息一つして、シリルが一応の確認として問う。


「そうね、もう面倒臭いから――――」


「あ――――っ! 話を聞きます。すぐ聞きに行きますから、少し馬車を止めて下さいって言って下さい!」


 不吉なことを言い切ろうとしたマリーを遮って、シリル同様に何を言おうとしているのか分かったマルことマルテネットが、外に向けてそう声を上げた。


「はい、かしこりまりました」


 返事が聞こえ、外で止まれと声が響く。

 それに合わせゆっくりと馬車が止まっていく。


「ちっ! 面倒臭い」

「まったくです」


 心底、本心だと思える二人んも表情に対し、マルテネットが両手を激しく上下させて、


「もう! 命は大事になんですよ!」


 と、叫んだ。




           ※※※※※※※※




 ジンタは、晴れ渡る空を見上げながら、淡々と口を動かしていた。

 両腕を屈強な『召喚されし者』だろう二人に押さえられ、正座しながら……。


 さらに周囲では、数十人ほどの人集り。

 エルフのマスターだろう人が混じっているのを見ると、きっと数家族で移動中だったのだろう。


 そしてジンタが押さえ付けられ、目を見ている正面には、見目麗しく華々しい白いドレスのような服のエルフの女性が如何にもジンタを恨むように目を細め目尻を思いっきり吊り上げ、イスに座り両足を組んでいる。


「それで自分は、家族や仲間達と共にドラゴンを討伐し、砦に戻るため新しい出口を探して、洞窟を出た先でなんか黒いフワフワ浮いたモノと出会い、倒し損ねて自爆された。……はず。なんだけど……」


 目覚めてすぐ尋問のように説明を求められ、まだ稼働準備中だった働きの悪い頭に、動け動けと命じ、記憶を思い出すのと平行して説明をしていた。


 一通り話終えると、目の前のイスに座っているエルフの女性が大きなアクビを一つして、隣に立つ紳士風の男に、面倒臭そうに耳打ちをした。


「ふむ、では君はドラゴンをどこで倒したんだ?」

 

 耳打ちされた男も、座る女性に負けないほど実にどうでも良さそうに聞いてくる。


「どこって……、だからゴブリンの森のさらに先の山岳地帯、ドラゴンの住処である洞窟の中で……」


 ジンタは、やっと動き出し鮮明に思い出されてきている記憶を鷲掴み引っ張り込むように、はっきりと口にしていく。


「ああ、いやいや。私の記憶の中では、ゴブリンの森などという場所はこの階層には存在しない。記憶にあるとすれば、ここにいる我がマスターであるマリー様がまだ中学生だった頃に居た、第二階層の中学校時代だけなんだがな」


「えっ⁈⁈⁈」


 こいつ頭大丈夫か? いい加減嘘ばっか付くんじゃねえ、と言った感じのどうでも良くそれでいて低い声で説明する目の前の男だったが、聞いたジンタは押さえ付けられている自分の状態も忘れ、身を持ち上げようとした。


「動くなっ!」


 ジンタの両端で押さえる二人がより力を込めてジンタの上体を押さえ込み、頭を地面に押し付けさせた。


「いてててっ、って、それどころじゃないって。ちょっと待ってくれ、ここって第二階層じゃないのか? 俺は第二階層にいたはずだっ!」


 押さえ付けられた痛みはすこぶるあった。しかし、それよりも疑問が勝ち、体はまったく動かせないまま、ジンタは地面に向け叫んだ。


 そしてそれと同時に、もう一度急ぎ自分の記憶を洗い直す。

 マスターであるミリアのこと、可愛いあーちゃんのこと、そして最愛のイヨリのこと。

 他にもエルファスやロンシャン、ベンジャミンやその家族達。全員のことを思い出していく。


 自分の中の、自分達の行動も加速させて記憶を再生していく。

 それでもやはり、自分は第二階層のあの黒いふわふわしたモノを倒しきれず、剣を失い、死を覚悟し、白い光に包まれたとこで記憶が止まってしまう。


「こっちが質問しているんだ。お前の意見など聞いてはない」


 動きを止め、もう一度思い出していたジンタに返ってきたのは、さっきとは違い剣呑とした突き刺さるような視線と、殺すことに躊躇いがなさそうな冷ややかな声だ。


「あの~ですね。そもそも私達の第二階層での仕事はゴブリンの森を見張ること。その砦の任務であって、ゴブリンの森の先のことどころか、ゴブリンの森のことだって分かるはずがないんですけど……」


 背中に殺意が突き刺さり、駆け上がってくる悪寒と握り潰れそうに早鐘を鳴らす心臓を必死に堪えていたジンタの耳に、少し申し訳なさそうな少女の声が聞こえた。


 男とはイスを跨いで反対側、ショートカットに可愛いフリル付いたシャツを着た、心配そうにおろおろとしている少女なのだろうと予想は出来た。


 少女の必死の取り繕いと、その中に含まれる哀れんだような言い方のせいか、周囲でやり取りを聞いている者達からの殺気も幾分弛み、可哀相とも呆れたようにとも取れる雰囲気が広がる。

 もっとも、それは周囲なだけで、正面のエルフとその隣の男の突き刺さるような殺気の篭もった視線だけは変わらない。


 ジンタは慌てた。あまりに自分の中の情報が聞くことと合わないため、つい早口に捲し立ててしまう。


「いや、だからゴブリンの森を解放したのは数ヶ月前なんだって。六学年のマスターエルフであり総指揮のカイン。それに…………。そうだ! あと俺達と同じで去年第二階層へと上がってきた中学校の保健医で変態エルフのあいつにも聞いてくれれば分かる。異世界から来た獣人化出来ない人間、ジンタがそう言っていたと伝えてくれればっ!」


「異世界? 獣人化が出来ない?」


 さっきまでのどうでも良さげな声ではなく、興味を含めた声。

 見えないが、目の前のエルフの女性が身を動かす感じが伝わった。


「ああ、俺は獣人化が出来ないんだ」


 押さえ付けられたまま、相手の顔を見れないまま、ジンタは応じる。


「それは先程の話の中には出てなかったが?」


 まるで、警察の尋問のあら探しのような男の突っ込みに、ジンタは即座に答える。


「それはさっきどうして気を失っていたのか、その経緯を聞かれたから省いただけだ」


「ふむ、そうか」


 言い切るジンタに、男の方はつまらんともどうでもいいとも取れる頷きをした。


「で、獣人化も出来ない、このリリフォリアではない異世界から来たお前が、なぜ今まで生きてこれた? そもそも、そんなんで主であるマスターのエルフを守れたのか?」


「それは必死だったさ。いつだって死ぬ気で守ったさ。家族と仲間達と共に!」


「そ、そうですよね、いつだって私達『召喚されし者』はマスターを必死に守っていますよね」


 後頭部越しに聞こえてくる声は、感無量のようにうるうると声が震えている。


「そうねぇ~、でも必死で守って、必死で生きようとしても、世の中そうなかなかうまくいかないのよねぇ~」


 完全にまだ何かあると踏んでるのだろう、エルフの女性の声が艶やかにジンタを絡める。

 同時に、きっと合図でも送ったのだろう、ジンタを地面に押さえ込んでいる力が弛む。


 ゆっくりと頭を持ち上げたジンタの目に、エルフの女性が鋭い目に笑みを称えているのが映る。


 ゴクリと息を飲んだ。


 これがある意味で最後のチャンスなのは、その視線と横の男の雰囲気で分かった。

 しかし、ジンタもすべてを話していいのかどうか、そして信じてもらえるかどうかを悩んだ。


 自分が『始原の者』であることを。

 マスターであるミリアが『エターナル』であることを。

 どこまでを口にしてよいのかを考えた。


「黙ってずに話せ」


 男が急かす。


 ジンタは、ゆっくりと息を吸い込んで口を開く。


「俺は獣人化出来ない。でも、マスターであるエルフと同じ、魔法が使える」


「魔法が……使えるだと……」


 今まで、一番無関心で殺気立った男の驚愕する声と、周りを取り巻く者達のざわつく声。


 とりあえず、自分のこと。

 話しても、自己責任で済む程度のことをジンタは口にした。


「そんなすぐばれる嘘を言うなっ!」


 さっきまでの殺意のある低い声音とは一転した、激しく激昂した重い口調に、ジンタは言い返さない。というよりは完全に飲まれて言い返せなかった。


 ザッと一歩、男が踏み出すのを見て身が竦む。


「待ちなさい、シリル」


 やられる……。そう確信していたジンタの命を救ったのは、正面のエルフの女性だった。


「マリー様、一体何故止めるんです」


 怒りを含ませ、男がマスターであるのだろうマリーと言う名のエルフの女性に振り返る。


「あれよ、あれ」


 エルフの女性は不敵に言い、男とは反対側に立ちはらはらあわあわと手を動かし瞳をうるると潤ませていた少女に、手の平を差し出す。


 少女は一度小首を傾げるが、思い出したようにキュロットのポケットから石を取り出し、マリーに渡した。


「その石が?」


 背中越しのジンタでも分かる、シリルの困惑した声。


「今の話が本当なら、きっとこれは『浮遊石』ってことよね」


 言い終わるなり、マリーの体が座ったままの体勢でイスから離れる。

 空中に向かって。


「なっ!」


 驚きの声と同時に、シリルが一歩後退った。


 マリーと呼ばれたエルフの女性は、何も無いように足を組んだままゆっくりとイスに着地する。


「これは、魔力を操れるエルフにしか扱えないモノなのよ」


 持っていた『浮遊石』四つのうち三つを少女に返し、エルフは一つをジンタの前に投げた。


「魔法を扱えるのなら、それも使えるのよね?」


 如何にも面白そうにマリーという名のエルフは笑んだ。


 だからジンタも不敵に笑みを返した。


「ああ、使えるよ」


 でも、これじゃあなあ。と言うように、ジンタは押さえ付けられた両腕に目を向けると、


「放しなさい」


 マリーの静かな声。

 それに呼応するように、一瞬で左右の強固だった束縛が解放される。


 ジンタは、今までの束縛で固くなった両腕を回した。


「早くやれ」


 急かすシリルの言葉に『浮遊石』を掴み立ち上がる。


 そしてゆっくりと目を瞑り、『浮遊石』に魔力を込める。


 体に風が纏わり付くような感覚の後、エレベーターに乗っているようなふわっとした感覚があり、足が地を離れて浮き上がる。


 周りから驚きと感嘆の声が上がる。


「もういいわ」


 マリーの言葉でジンタは『浮遊石』に魔力を流すのを止める。

 それと同時に浮いてる感覚が無くなリ、足が地面に付いた。


「これでいいかな?」


 浮いて良かった。と内心でほっとしながらジンタは言う。


「そうね」


 素っ気なく、しかし笑みのままでマリーが答える。


 それから、立ち上がり指示を出す。


「まあ、今すぐに殺すのは止めておきましょう」


 そう言ってジンタに背を向けた。


 ジンタはその後、両手を縛られ目覚めた時と同じ馬車に乗せられた。

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