プロローグ
遅くなってすいません。
いつも通り、まったりと第三章を始めます。
薄暗い部屋の中。
部屋の中央に置かれた水晶から発せられる幾筋もの光が、ドーム状の部屋の壁や天井に所狭しと複数の映像を映し出していた。
「ふむ、よもやこのようなことになるとは……」
部屋の壁一杯に投影されている映像の数々から、二つの画面を自身の前に置き小柄な老婆が呟く。
『スイマセン、主、ヨ……』
そんな老婆の後ろで、片膝を付き控えていた半身近くを失い至る箇所から火花を散らした少女の形をしたソレが半分残った頭を垂れた。
「いや、そなたのせいではない。むしろ、影ながらもあの者達を守り切ったこと感謝しておる」
画面に目を向けたまま、老婆は労う。
『ソレデ、コレカラ私ハ如何スレバ?』
頭を垂れたまま、ソレが指示を求めた。
「ふむ、とりあえずその体。自己再生は可能かの?」
『貯メテイタエネルギーハ、ホボスベテ使イ果タシマシタ。シカシ、時間ハ掛カリマスガ自己修復ハ可能デス』
「ふむ。ではとりあえず回復に専念するのじゃ」
『ヨロシイノデスカ?』
老婆の指示に対してソレが聞き返したのは、ちょうど老婆が見つめる二つの画面の内の一つ。
身に付けている服がぼろぼろに破け、気を失い倒れている青年の元に複数の者が近づいて来たからだった。
「ふむ……。こうなったら、あとはあやつの運と機転に委ねるしかなかろう」
『運、ト、機転……』
「そうじゃ」
二人の間に、何とも言えない微妙な沈黙が流れる。
二人の見つめる画面の先で、気を失っている青年の周りの人集りが割れ、道が開く。
そこに一人の紳士然とした男が通り、倒れる青年の前に立ったのだ。
見下ろし、軽くアゴに手を当て少し考えるように動きを止めた。
そして3秒後、ノーモーションに近い動きで、男は青年の頭を結構豪快に蹴り飛ばした。
『……アノ人ニハ、ドッチモナイヨウニ見エマスガ……』
画面の中の出来事に、ソレはつい本音を口にしてしまう。
「う、うむ、まあ、なんじゃな。それでもあれはあれでタフ、じゃからのぉ……」
苦笑しながら老婆が答える。
画面の中、見事に蹴られ三回転ほど地面を転がったにも関わらず、青年は嬉しそうに笑みを浮かべ頬を掻いていた。
気を失ったまま。
『ソウ……、ミタイデスネ……』
少女型のソレも、顔の半分近くを失いバチバチと破損箇所に火花を散らせながら無表情で納得し頷いた。
「やはり、お主は自己修復を優先するが良い。そしてその時が来た時、いつでもあやつの側に行けるように準備をしておくのじゃ」
『ハイ、主、ヨ』
ソレは頷き、身を起こす。
壊れかけた体から、痛々しいほどの異音と火花が飛び散る。
何とか立ち上がり、背を向けたままの老婆に一礼し、きごちないにもほどがあるほどギクシャクした動きで部屋を出て行った。
ソレが出ていき、部屋の扉がほぼ無音で閉まるのを振り返らず背中で感じながら、老婆は意識をもう一度画面に向けた。
「……ほお~、まさかこんな形で運命が紡がれるとは……」
幾ばくか驚いたように身を持ち上げ、老婆は先程出ていった傷付いた少女型のソレに聞こえないのを承知で呟くように語る。
「どうやらあやつにはまだ運はありそうじゃぞ」
苦笑とは違う笑みを浮かべる老婆の見つめる先では、蹴られてなお笑いながら気を失っている男の前で、見目麗しく高貴と見て取れるドレス風の白いローブを纏ったエルフの女性が見下ろしていた。
「さて『始原の者』よ。お主は一体これからどう動いて行くのかのぉ。そこは今までお主が居た階層からすれば、地獄に他ならん。すぐに戻れるのか、はたまたそこでそのまま終わってしまうのか……。今のわしではここで隠し見ていることしか出来ん。アレも修復が終わるまで動けそうもない。少なくとも今、お主を守ってくれる者はそこにはおらんぞ。くっくっくっ」
老婆は、好奇心を含んだやや意地の悪い笑いを漏らす。
「頼むから、やすやすと死んでくれるなよ」
小さく期待を込めた呟きをして、老婆はもう一つの画面を見た。
そこには必死に叫び、誰かを探す複数の姿が映っていた。
その中の一人、プラチナ色のストレートの髪に長い耳をした少女が画面にアップされる。
「そなたも、これからどう進むのかのぉ……『エターナル』よ」
いくつもの感情を込めた目を、老婆は画面に向ける。
老婆の言葉が終わると、画面がまた次々と切り替わる。
その中の一つの場面では、肩で揃えた黒髪の女性が誰よりも必死に叫び辺りを探している姿もあった。
「さてはて……、ここからどうなるかはわしにも、もう分からぬ……。なんせ賽は投げられておる。わし自身も最後かも知れぬ運命は、とっくに流れ始めてしまっているのじゃからな……」
老婆はゆっくりと息を吐き出してから、軽く手を横に振った。
それが合図のように、部屋の真ん中にある水晶から映し出されていた画面が一つを残してすべて消えた。
「こうするより仕方なかったとはいえ、果たして、間に合うじゃろうか……」
呟く老婆が見つめるその画面には、先程のプラチナ色のエルフの少女よりやや年上だろう、思春期を終えそうな美麗でエルフの切れ長な目尻がややつり上がった、褐色のエルフとその家族だろう者達が映し出されていた。
無言のまま、しばらく画面を見つめていた老婆は、もう一度手を横に振る。
最後の見ていた画面も消えた。
すべての光量を無くした部屋が、無音で真っ暗な闇に染まる。
一歩前も見えないほど真っ暗な中、老婆はゆっくりと一歩を踏み出す。
「やれやれ、どうなることやら……。しかし……、なんとかうまくいってくれるとよいのじゃがな……」
願いを込め、言葉を紡ぐ。
その声が聞こえなくなった時、老婆の姿は真っ暗な部屋の中から消えていた。
出口である扉をくぐることなく。




