表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/162

別離

「腹……減ったなぁ~~~~」


 先頭を歩くミトの言葉。


『ぐうううぅぅぅぅぅ~~~~~~』


 その言葉に呼応するように、いくつもの腹の虫が鳴った。


「ちょっとミト、それ口に出さないでよ、みんなだってそう思ってるんだから!」


 機嫌悪そうにエルファスが窘める。


「いや、でもよぉ~……、はぁ~~~~」


 力の抜けるような溜息をミトが吐く。


 気持ちは分からなくもない。

 ドラゴンの戦闘も相当に長かった。そして当然疲れもあり休憩もそれなりにとった。そこからさらにこうしてドラゴンの住処からでるための洞窟内を歩いてかれこれ数十分。


 トータルでどれ位の時間が経っているのか、それを知る術は、もう外に出て朝か夜か太陽の位置を確認しないとジンタも分からない。


 丸一日以上経っている様に感じるが、密度が異常に濃かったせいで、実はまだ半日ほどかも知れない。


 しかし、どちらにせよ腹は減った。


 生憎、食料はドラゴンとの戦闘が始まった時に通った、こことは違う別の通路に置いてある。

 そこは今、完全に塞がってしまっている。


 つまり、早くここから出て、木の実やら魚やら小動物やらを捕獲しないことには、みんなの腹の虫は収まってくれないのだ。


 洞窟内にも、一応生物らしいモノはいるが、さすがにムカデやらトカゲやらを生で食べる勇気は今はない。


 なら焼けば? と思うだろうが、焼こうにも木がないから火を熾すことも出来ない。


 兎にも角にも、ここを出ることが最優先となっていた。


 真っ暗な視界の中、ミトの『纏い風』が風の流れてくる方向を察知し、ジンタ達は歩いている。


「しかし、ここも結構距離があるな……」


「そうですね……」


「疲れているから余計にそう感じるんですね」


 さして早く歩いていないが、真っ暗な中、みんなの息遣いはかなり荒い。


「だからといって、ここで倒れてはそれこそ間抜けですわ」


「た、確かに、そ、そうですね」


「おれっちはもう倒れたいぜ」


「松、倒れたら置いて行きますわ」


「んだ、わっちもベンジャミンと同じ意見だす」


「ジンタ殿、私が倒れたら一度がっちりと踏んで下さい。きっと起き上がる力が湧くとおもいますので」


「ラーナは、踏まれると元気になるのか? リゼット踏もうか?」


「いえ、リゼットさん。ラーナさんはきっとこの中ではジンタさんにしか踏まれても元気は出ませんよ?」


「水音さんそれを言うなら、私も倒れる時はジンタさんの胸の中に行くつもりなんですが、ジンタさんはどの辺りにいます?」


「あーちゃん、ジンさと手繋いでるぉ~」


「わたしも~~」


 内容はともかく、一応全員の声が聞こえ、ほっとする。


「お⁈」


 先頭のミトの弾む声がした。


 同時に、ふわっと新鮮な風がジンタの体を撫でた。


「これって、もしかして?」


「ああ、近いぜ」


 自然と笑みが溢れる。


 重かった足取りが、軽くなる。


 真っ暗闇の中、前方に光が見えてくると、全員が駆け出していた。


「やった――っ! ついに外だ!」


 眩しい太陽の光に目を瞑ったが、全身で受ける暑くも心地よい風にジンタは叫んだ。


 ん~~~~っ、と声を出しながら大きく伸びをして、先程までの洞窟のジメジメ感やジトつくような感覚を全て払拭してから、慣れてきた目で後ろのみんなを振り返る。


「え? みんなどうした?」


 振り返った先の仲間達全員が、気分悪そうに顔を顰めている。中には耐えられ無さそうに膝をついている者までいる。


「いや、どうしたって……、ジンタお前は何にも感じないのか?」


 偏頭痛の時のように、コメカミの辺りを押さえながら顰め顔でミトが言う。


「俺は、何にも感じないけど……、みんなは……」


 本当にジンタ自身は何とも無かった。

 洞窟の中にいた時に比べれば、暑く感じはするものの夏の天気。辺り一面は緑が青々と茂った森林。吹いてくる風は森の木々の間を縫ってやってくるせいか、涼しげで実に心地よい風だと感じていた。


「本当にジンタさんは何とも無いんですか?」


 ミト以上に苦しげに渋面を浮かべ、片膝をついたロンシャンが聞いてくる。


「ご、ごめん。本当に俺には全然何とも……」


 どうして自分以外のみんながこれほどまでに辛そうで、苦しそうにしているのかジンタには分からず、しどろもどろにしていると、


「きっとあれのせいですわ……」


 苦しそうに、そして忌々しそうにリカが睨む。


「あれって……」


 最初に目が眩み、その後振り返ったせいでジンタは気付いていなかった。

 太陽の光を受けてなのか、それともソレ自身が発光しているのかも分からない、虹のように七色に輝き、風に靡くカーテンのように、空高くまるで絶壁のようにそびえ立つオーロラ。


 過去に一度、ジンタそれを見たことがあった。

 あれはミトとの里帰りの際、温泉に入った時。

 山々の遥か先に広がって見えていた神秘的な光景。


 近くまで行ってみたいと思った。

 そこに行こうとすると嫌な気分になると、ミトの母親トミは言っていた。

 どうしてそうなるのかまでは分からないとも。

 その先はすべてが何もない『無』だとも言っていた。

 それが真実ほんとうか知りたかった。


 でも結局、確認出来なかった。


 それは、この階層の一番隅。この階層の最果て。


 それを伝え現すモノ。



 ――『階層の端』――



 それが今、ジンタの目の前にある。


 カーテンのように風に靡くように、ゆらゆらと揺れているソレ。

『階層の端』は地面の下まで下りていて、ゆっくりと揺れていた。


「何となく、そうじゃないかと思っていました。入って来た方向の真逆に歩いて来てましたから……」


 後ろから苦しげな声でイヨリが言う。


 ジンタはそれに対し返事を返さなかった。それどころか振り返りもしなかった。


 いつもなら、全員を心配しすぐにでもこの場所を離れようと言って、踵を返しただろう。

 それが一番正しい行動だとも、きっと理解はしていた。


 しかし、それらを口に出し行動に移すことが、その時のジンタには出来なかった。


 それはどうしようもなく、掻き立てられる欲求。

 知りたいと望む、自身の中の渇望。

 今を逃したらきっと次はないだろうという確信。


 今、このチャンスを逃したら次は訪れないだろうと、心の中が叫んでいた。


 しりたい。

 知りたい。

 識りたい。


 その先を。

 今ここで。

 見てみたい。


 距離は、あまりの大きさに遠近がおかしくなっているが、それでもあと五十メートル程だろうか。

 それだけで、まるで風に靡くように揺れているこの『世界の端』に辿り着く。


 靡くソレをまるでカーテンを開くように動かしたその先は、果たして本当に『無』なのか、ジンタはとてつもなく知りたかった。


 だから、まるで引き寄せられる様にジンタは一歩、また一歩と足を前に動かした。


「ジンさん行っちゃダメだよっ!」

「ジンさっ!」

「ジンタさんっダメですっ!」


 苦痛に耐えながらも心配し叫ぶ家族の声は、確かにジンタにも聞こえた。

 しかし、それでも足は止まらなかった。


 一歩、また一歩と、足が前に動いていく。


 みんなの、呼び止める声が後ろから聞こえる。


 しかし、ジンタは止まらなかった。


 残り半分、二十五メートルほど。


 あの先を確かめる。


 それだけがジンタの心を支配していた。

 それだけがジンタの頭に響いていた。


 そしてさらに一歩を踏み込んだ時、誰かが戸惑い呟いた。


『なんだあれ』


 と。


 それが止まらなかったジンタの足を止めた。


 見とれて、常に向けていた正面の『階層の端』への視線が、ふぃっと上に逸れた。


 それは黒かった。


 晴れ渡る青い空とオーロラに輝くカーテン、そこにシミのように存在しているかのように黒かった。


 見た瞬間、ジンタの中で激しく警鐘が鳴り響いた。


 例えるなら、レントゲンに映る悪性の腫瘍のような。それは正常であればそこにあってはならないモノだ、と。


 黒い物体は、まるでジンタ達を見下ろすようにある一定の高さで、宇宙空間に漂う水のようにふよふよと浮いていた。


 大きさはジンタと同じほどか。

 吸い込まれそうなほど真っ黒で動かないソレだったが、ふいに感じた。


 ――目が合った、と。


 明確な視線となるものがあった訳ではなかった。

 何となく、だ。


 しかしそう感じたのがジンタだけではなかったのは、後ろからゴクリと息を飲む音が聞こえ、全員が一斉に緊張したのを感じて、理解した。


 見られた。


 それがどういう意味を持つのか分からない。

 しかし、嫌な気配は払拭されず、さらにジンタの中で膨らんだ。


 見つめ合う、いや睨み合う形でジンタとソレは対峙した。


 真っ黒で、浮きながらも蠢くソレが瀕死に近いダメージを受けていると感じたのは、その異様な動き方からだろうか。


 痛々しそうに身を捩るような、悶えるように身を翻すような、そんな動きを何度も見せた。


 数十秒。


 長い、すごく長く感じる数十秒を経て、ジンタはやっとそれに気付いた。


 ――こいつ自爆する気だ。


 なんで、とか、どうして、とか、そう言うのは自分でも一切分からなかった。

 ただ、何とはなしに、そう思った。


 どう確認すればいいのか分からなかったが、ジンタはとりあえず振り返った。


 そして目が合った、ロンシャンと。


 確信した。


 ロンシャンも、きっと確信は持ってなかっただろう。

 ただ、ジンタと目が合った瞬間、二人の中で確信に変わった。そんな感じだった。


 あいつは倒さないとまずい。


 すぐさま動いた。


「ロンシャン、分かるよな?」

「は、はい……」

「俺がやる。みんなの『浮遊石』を貸してくれ」


 襲い来る偏頭痛で集中しきれない全員からすれば、全然意味が分からない言葉だっただろうが、ジンタは早口に捲し立てた。


 宙に漂う黒い物体まで、高さはおよそ数十メートル。


 本来であれば、イヨリとリカにジンタをぶん投げてもらうことや、ミトと松に周りの木々を足場にしてジャンプして攻撃してもらうなど、他に色々手はあるだろうが、今ジンタ以外の全員が身体に異常をきたすほどの体調異常をおこしている。


 今、まともに動けるのはジンタだけ。


 そして、黒い物体が自爆しようとしていると感じたのも、ジンタとロンシャンだけ。


 なら、やるのは自分しかいない。


 身体能力が一番劣っているジンタがあの高さまで行くためには、飛ぶ必要がある。


 しかし、人間でしかないジンタに獣人化したリゼットのように空に飛ぶ翼がある訳ではない。


 だが、今のジンタ達の手元には『浮遊石』なる石がある。


 全部で四つ。


 一つ一つでは足下を数十センチほど浮かす程度だが、二つにすれば数メートル、三つではより高く、四つなら空に飛べるほどの力を持った石。


 それを使い、ジンタは己の中の魔力を使って、空に浮くあの黒く瀕死っぽい物体にトドメを刺そうとした。


 痛みに堪えながらも、ロンシャンとエルファスとベンジャミンの三人のマスターから石を預かった。


 少しでも自分を軽くし浮力を得るため、愛用している革の鎧とボストンバッグを下ろし、盾も外した。


 落とさないよう、手袋に縫い付ける形ではめ込まれた浮遊石三個を、強引に左手にはめる。


 右手に抜き身の直剣の手応えを確かめ、ジンタは振り返った。


 全員と目を合わせる。


 痛みに耐えるように顰めた顔で、みんながジンタを見ていた。


 だから少しだけ、強がった。


 軽く手を上げて、少し出掛けるつもりで、


「ちょっと行ってくる」


 と言い、笑んだ。


 みんなの返事を待たず、くるりと背を向けジンタは地面を蹴る。

 両手に、自身の中に感じる魔力を流し込む。


 ふわりと、自身の体の重みがなくなりエレベーターに乗っている時のような浮遊感を感じる。そこからはまさしく空を駈けるように上へ上へとグングンと体が進んで行く。


 幾ばくか小さく見えていた黒いシミのような物体がより明確に見てくる。


 やっぱり瀕死だったと理解出来たのは、かなり近づいてから。

 真っ黒の表面、そのいたる所にかなり深い切り傷が刻まれている。


 何故そんな姿なのかは、考えないことにした。

 とりあえず、今はコイツを倒すことだけ考えた。


 近づいてくるジンタに対して、ソイツは何の動きも見せなかった。


 ジンタは一番深い傷を探し、そこに直剣を差し込むため両手で握り込む。


「ハアアァァァァァッ!」


 刺す瞬間、自身の中の魔力をより爆発させるように吠え、加速し、勢いを付けて剣を両手で突き出した。


 ズルリ、と密度の濃い重たく感じるゼリーのような感触が、両手に伝わってくる。


 一気に根元まで剣が突き刺さる。


 しかし手応えが薄い。


 もっと奥、もっと奥に。


 そう心で唱えながら、剣を押し込み、魔力を爆発させる。


 ズズズッ


 手により深く刺さっていく感触が伝わる。


 もう少し。

 もうちょっと。


 確証があるわけではないが、そう信じてジンタは直剣を押し込んでいく。


 あと少し。

 もう少し。


 持てる力のすべてを注ぎ込んで、ジンタは直剣を押し込む。


『⁈⁈⁈⁈⁈』


 突然、今までまるっきり無関心で動きを見せなかった黒い物体が暴れ出した。


 あと一突きッ!


 確信したジンタが、渾身の力を込め直剣を押し込んだ。




 ――――ピシィィィィィッ!




 それは一瞬でジンタに伝わった。


 握る手から、ジンタの心に直接伝わってきた。


 ふっとジンタの両手から力が抜ける。

 両手で握っていた直剣から片手をゆっくりと離す。


 浅い一呼吸の後、


「ごめんな」


 ジンタは、剣に向かって謝った。


 この世界に来て、イヨリに買ってもらってからずっと愛用してきた直剣。

 どんな時も側にあった。


 手入れを怠ったことはないつもりだ。至らないことは多々あったかも知れないが。それでも常にジンタを守ってくれた、大事な相棒だ。


 だから分かった。


 剣の芯が死んだのを。

 これ以上、力を込めればパッキリと折れてしまうのを。


 ジンタはもう一度浅く息を吐いた。


 ――ごめんおやじさん。俺じゃやっぱり伝説の武器にしてあげられなかった。


 第一階層のおやじに、ジンタは心から謝った。


『いいか、これは上塗りだ。元は変わっちゃいねえ』


 そう言っていた第二階層のおやじの言葉を思い出す。


 ――ちゃんと教えてくれたのに、全然分かってなかった。ごめんおやじさん。


 自分の頭の悪さにつくづく呆れながら、ジンタは再度謝る。


 さて、と。こうなるともう……な。


 一度だけ、空になった左手をグッパッと握り開いてから、黒いソレに触れる。


「せぃっ」


 肩から押し込むように、上へ上へと押し上げジンタは黒い物体を空へと持ち上げて行く。

 黒い物体に抵抗する気はないようで、無抵抗のままジンタと共に上がっていく。


 どれ位の時間があるのかも、そもそも爆発するのかどうかも分からないがとりあえず押し上げる。


 押し上げながら、ジンタは地上の仲間達を見た。


 もうかなり高いせいだろうか。

 みんなの表情までは見て取れない。


 でも、全員が偏頭痛の痛みに耐えながらも、心配そうに見上げているのは分かった。


 覚悟は決めていた。でも、それでも涙が込み上げてきた。


 あそこにいるみんながいれば、どんなことでも大丈夫。


 そう思った気持ちは、今でも変わらない。


 ただ、そこに自分がいられなくなるのがちょっと、――いやすごく残念だ。

 出来ればずっと。それこそ、自分にも権利のあるだろう永遠を、みんなと一緒に生きていきたかった。


 これ以上考えると、勢いを止めてしまいそうになる自分がいる。

 だから、見下ろすのはやめた。


 上を見上げ、黒い物体だけを見つめる。


「はぁ~~、俺ってほんと格好つかないよなぁ~~」


 小さくぼやき、


「でも。どんなに格好悪くても、みんなには無事でいて欲しいからな」


 最後の本心を口にして、少しだけ悲しげにジンタは微笑んだ。




           ※※※※※※※※




 イヨリは、こめかみを押さえながら「行ってくる」と言って飛び立ったジンタを見送った。


 頭痛は、洞窟を出て目の前の『階層の端』を見た途端に訪れた。

 イヨリの生まれ育った場所からでは、たまに天気のすこぶる良い時にしか、『階層の端』の七色の光は見えなかった。

 だから、『階層の端』がまさかここまで綺麗で靡いているモノだとは知らなかった。


 しかし見た瞬間、それが『階層の端』だと認識した瞬間から襲ってきた痛みは、頭が物理的に割れるほど激しい痛みだった。


 今も断続的に訪れる痛み。

 周りの面々も、きっと同じなのだろう。

 苦痛な表情、もっと酷いと蹲っている者までいる。


 そんな中、一人まったく何ともなかったジンタが、空に浮かんでいる黒いモノを見て、振り返り顔を強ばらせた。


 その時にはもう、イヨリには意味を理解するほどの考える思考も働かなかった。


 ただ「ちょっと行ってくる」と微笑んで飛び立った最愛の人が、どこかいつも以上に遠くに感じていた。


 だが、周りを見渡し全員が自分と同じように考えることが出来ないのか、しないのか、とりあえずジンタの行動を理解出来ていないようだったので、自分もただ見ていた。


 痛む頭が、自分に考えることをさせてくれない現状でイヨリはなんとなく空を見上げていた。


 最愛の人が黒い物体に接触した。


 何度も何度も突き刺すためだろう、力を込めているのが分かった。


 そんな動きがピタリと止まった。


 数秒してから、ジンタは剣を突き刺すのではなく、まるで黒い物体を押していくような格好になった。


 ――ああ、遠ざかっている…………。――――なんで?


 鈍器で定期的に殴られているような痛み、考えることを否定されているような思考の中、イヨリの胸に一抹の不安が現れた。


 それは急速に胸の中に広がり鼓動を早くしていった。


 徐々に遠ざかるジンタの姿。

 胸を叩く鼓動は早くなっていく。


 そして遂に、頭を刺激するような痛みよりも、胸を叩く鼓動が上回った。


 同時に、どうして今まで考えなかったのだろう、と自分を叱咤した。


 どう見てもおかしいこの状況。

 不安な気持ちが延々と膨らむ。

 叫ぼうとしても、それが決定的な何かを呼び込みそうで声が出ない。


 ジンタが何をしようとしているのか、そもそもあの黒い物体はなんなのか。

 とりあえず、その答えを知ろうとイヨリは釘付けになっているジンタを見つめる視界、その一瞬だけ、ほんの瞬き一回分ほどの一瞬だけ視界を近くの仲間達に回した。


 みんな、先程の自分同様に頭の痛みに捕らわれ、思考が止まっている感じだった。

 しかし一人だけ、その痛みに抵抗し意思を持った目でジンタを見上げている人物がいた。


 ロンシャンだ。


「ロンシャンくん。あの、今ジンタさんは一体何を?」


 誰かに聞かれるのを恐れるように、ロンシャンだけに届くように囁く。


「イヨリさん……」


 震えた、自分の名を呼ぶ声だけが返ってくる。


「ロンシャンくん?」


 もう一度、名を呼んだ。


 返事はなかった。


 代わりに、後ろから数度、浅くも言葉を詰まらせるような息が詰まる音が聞こえた。


「まだ分からない。まだ分かっていない」そう言い聞かせても、心臓の音は先程までの頭痛以上に体と頭を叩いていく。


「ロンシャン――」

「ジンタさんは――」


 耐えきれず、もう一度名を呼ぼうとした時、ロンシャンの強い口調。


「ジンタさんは、あれを倒しに行ったんです……」


 悲痛な声音。


「『浮遊石』を使って、あれを倒しに行ったはずなんです……」


 くり返す、しかし決定的に違う意味の悲壮な声。


 声が詰まる。


 まるで、自分の周りの空気がなくなったように息が吸えない。


 ロンシャンの言葉。

 ロンシャンの言い回し。


 ロンシャンが何を言いたいのか、思考が考えを拒絶し、本能がそれを理解してしまう。その相反する自身の内面の感情がすべてをぶつけ合い互いを否定し始める。


「あ……」


 カラカラに乾いた喉から、ひび割れ血が出るほどの気持ちで声を絞り出す。


「だいじょう、ぶ、ですよね?」


 縋る、大丈夫と返答があることを祈って。


 しかし待っても返答がない。

 代わりに、嗚咽する声が聞こえてくる。


 見上げている先にいるジンタが振り返った。

 もう空高く、小指の先ほど小さくなっているにも関わらず、それが分かった。


 ジンタは、少し困ったようにはにかんで、それから少し悲しげに優しく微笑んだ。


 大きく叫ぼうと、吸い込もうとした息が詰まった。


 息も吸えず、声も出せず、イヨリはもがくように喉をわし掴んだ。

 詰まった喉を押し広げるように強くのど元を握り込む。


 吸えなかった空気が喉を通る。

 吸い込んだ空気を全部一気に吐き出そうと息を止めた時、


「ジンさ――――――――んっ!」


 ミリアが叫んだ。


 同時に、小さくなっていたジンタの姿が眩しく輝き、そしてもう一つの太陽のように輝いた。


 光が大きく円を描き瞬く中、大地を揺さぶる轟音と爆風が届く。


 周りにいる家族達、そして仲間達の驚きと悲鳴の声が聞こえる。


 大きく円を描いていた光が、過ぎ去った音と風を追い掛けるように収束していく。


 最後に小さくなり消えた先では、雲一つ無いまるで何ごとも無かったかのような青空が広がっていた。




「ジンタ……さん……?」




 見上げる先に問い掛けるようなイヨリの声。

 しかし、それに返事をしてくれる声の主の姿はなく、返ってくる言葉もなかった。

これで第二部は終了です。

第三部。一応頭の中で、話はなんとなく出来てはいるのですが、新しいキャラの名前や、書き出しなど、色々とまだ考え中のため、少し遅れると思います。


いつものように、生暖かく見守って頂けると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ