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立ち回り 三

「イヤヤヤヤヤヤヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!!」

「ミ――――――――ト――――――――キ――――――――――――――ックッッッッッ!!!!!!」



 ゴンッッッ!!!!



 超絶級の大絶叫とともに、白い物体がドラゴンの横っ面にぶち当たった。


 大きなドラゴンの顔が勢いよく横に向きを変える。

 吐き出す直前だった炎は、あらぬ方向へ吐き出される。


「なっ……、何が???」


 両手を一杯に広げたまま、保健医が呟く。


「ミトとエルちゃんっ!」

「みととえるちゃんだぉ~っ!」


 庇う後ろの二人が、喝采とも呼べる声を上げて保健医の両手を掴んで顔を出す。


「あれはミトくんだったのか?」

「ああ、おれだぜ?」


 問い掛けた言葉に即返事がある。

 見れば、横に鼻を擦るミトが立っていた。


「危なかったな」

「ありがとう、ミト~~」

「ありがとうだぉ~~」


 きゃっきゃっとはしゃぎ、ハイタッチする三人。


「ねえねえ、ところでえるちゃんお空見てぼかーんしてるぉ~」

「エルちゃん、寝てるのかな?」


 間抜けなことを言っている二人に向け、上向いていたエルファスの頭がギギギと音をたて正面に向く。


 カッと目を見開いたエルファスが、おんぶしていたミトの首をギュウっと締めだす。


「違うわよっ! 私はただミトにおんぶされてただけなのに、いきなりミトが全速力で走って、全速力で飛んで、全速力で蹴ったから、すっごく恐くって放心してただけなのよっ!」


「待て待て、エルファス落ち着けって。そうでもしないと間に合わなかったからだって」


 首を絞めて、背中でグイグイ体を揺するエルファスに対し、ミトは説明して、


「それにだぜエルファス。まだ終わったわけじゃないんだから、しっかり掴まっておけよ?」


「へ??」

「何?」


 エルファスの間の抜けた声と、保健医の戸惑いの声が同時に出た瞬間、


 ミトとあーちゃんが動き出した。


「こっちだあーちゃん」

「分かったぉ~」


「嫌あああぁぁぁ――――っ!」

「ぐほっ!」


 一足飛びに動く二人に、無警戒だったエルファスと保健医が強引に体を引っ張られる。


 っっっずん!


 振動が響き、見ればさっきまでいた場所にドラゴンの頭があった。


「危なかったね」

「まあ、あれぐらい余裕だけどな」

「よゆうだけどな~」


 汗を拭うような仕草をしたミリアが言うと、ミトとあーちゃんが得意げに答える。


「う、動くなら動くって言ってよっ!」

「ぐ、ぐふ……、わ、私も言って欲しかった……」


 対応しきれなかった二人が避難の声を上げる。


「で、これからどうするんだ?」

「とりあえず、みんなと合流した方が良いだろうな」


 走りながらのミトの問いに、保健医は即座に答える。


「じゃあこっちに来て良かったんだな」

「だなぁ~」


 より得意げに笑む、ミトとあ―ちゃん。


 前方から「おおーい」と手を振ってる松がいた。


「よう松」

「まつぅ~」


 意気揚々にブンブン手を振り返すあーちゃん。


「いや~~助かったぜミト」

「お?」

「ドラゴンが炎を吐くのが分かって、おれっちも何とかしようとしたんだけど、全然間に合わなかったからな、ミトが来てくれて助かったぜ」


 合流し、並ぶようにして走りながら松とミトがパンッと手を叩き合う。


「あーちゃんも、あーちゃんもパンっ!」


 二人の間に割り込んであーちゃんが左右に両手を伸ばす。


「へへ」

「へへへ」


 笑いながら二人があーちゃんの小さい手を叩く。


「さて、気を付けろよ二人共」


「おう」

「おう~っ」


 振り返る必要もなく、走る三人の背後から地を揺るがす振動が響いてくる。


「なんだろうな、こう見ているだけって言うのは何というか少し落ち着かないな?」

「うん、でもあーちゃんを信じるしかないよ」

「そ、そうだよね。私もミトを信じてるよ」


 ぎゅっと、嬉しそうにミトの首に手を回したエルファスだが、


「あ、そういやエルファス。お前そろそろ自分で走れ」

「えっ⁉」


 ミトのあっさり過ぎる降りろ宣告。


「な、なんで? どうして?」


 裏切られたような心境で慌てるエルファスに、


「そんなん、おれがコイツをなんとかしてみるからに決まってんだろ?」


「えぇ――――っ! いくらミトでも無理だよ――――っ!」


「完全には無理でも、もしかしたらさっきみたいなことがあるかも知れないだろ? だからお前は自分で走れ。これぐらいのスピードならもうお前でも十分走れるだろ?」


「そ、それはそうだけど……」


「がんばれ。おれはお前が頑張ってるのを知ってるし見てるから、お前なら絶対に大丈夫だエルファス」


 返事はすぐにはなかった。

 少し、時間にして数秒、エルファスは頷いた。


「よし、じゃあ放すぞ」

「うん」


 互いの確認が済んで、おんぶされていたエルファスが降りる。


「じゃあエルファスとあーちゃんは、そのままみんなのところに走って行くんだぜ」

「え? ミト一緒に戻らないの?」


「さっきも言っただろ、あいつを少し足止めするって」

「へへへ、当然おれっちもな」


 気軽に手を振るミトと松が、向かい来るドラゴンに向かって走って行く。


 数秒して、後方からドラゴンの咆哮と暴れるような振動、そしてぶつかり合う打撃音が聞こえてくる。


「さすがはミトくんだな」


 あーちゃんに運ばれながらの保健医は、後ろを振り返り感心する。


「ミトは、昔っから負けず嫌いだから」


 ふて腐れたとも、自慢するとも、とれる声音でエルファスが前を向いたまま答える。


「まあ、もっとも、ミトくん以外にも君達の周りにいる者は、みんな恐いもの知らずというか勇気があるというか、そういう者ばかりだがな」


 語りながら、正面に向き直った保健医の横をリカとラーナ、そしてイヨリとジンタが通り過ぎる。


「よくみんなを守って頑張りましたわ、あーちゃんさん」

「エルファス殿もご無事で何より、後は我らにお任せを」


「ミリア、あーちゃん、エルファスさん、少しゆっくりしてなさいね」

「俺達であいつをとっちめてくるからな三人はゆっくりと休め」



 すれ違い様のほんの一瞬のやり取り。

 ミリア、あーちゃん、エルファスは「「「うん」」」と深く頷く。


 そして保健医だけは、誰からも労いの言葉を掛けられず、悲しそうに前を見ていた。



           ※※※※※※※※



 ジンタ達がドラゴンの元へ到着した時、足の速い『召喚されし者』達が、先に追いつきドラゴンを攻撃していた。


 一撃一撃は大したダメージじゃないが、疲れ切っているように見えるドラゴンにはかなり効いているようだった。


 スタミナに依存しているのか、それとも一時的とはいえさっきより自分の力が強くなっているのか、最初は通らなかったドラゴンの鱗への攻撃が通り出す。


「なんか柔らかくなってませんこと?」


 気付けば、隣に居たリカが同じことを思ったのか聞いてくる。


「ああ、なんか攻撃が入りやすくなってるよな」


 ジンタは答えつつ、直剣を斬り付け突き刺していく。


 先程まで血の一滴も流していなかった、ドラゴンの四本の足からドクドクと赤い血が流れ落ち地面を染めていく。


 効いている、確実に効いている。


 手に残る感触と実感が、暑さと疲労で疲れ切った体にムチを打ち、体を奮い起こさせる。


 周りでもそれは同じなのか、誰しもが必死に己が武器を振り回しドラゴンにダメージを与えていく。


 後どれ位かなど分からない。

 後何分かなど分からない。


 それでもひたすらに、手を緩めず攻撃し続ける。


『ぐがががああああああああ――――――――っっ!!!!』


 ドラゴンの痛々しい咆哮が空気を振るわせる。


 勝てる! そう誰しもが思い始めていた。

 攻撃を行っている全員の指揮が上がる。


 そこに、


『遅れて済まないッ! こっからは任せてくれッ!』


 カインとは違う、もっとどっしりとした感じの低い声が響く。

 同時に、ワ――――ッ! と、まだ疲れていない元気な叫びの群れが、ドラゴンに殺到していく。


 ミトが呼んで来た、東の砦の面々が到着したのだ。

 俄然ジンタ達も元気を取り戻す。


 振り下ろす直剣の攻撃は、戦闘当初のように鱗に弾かれる事なくドラゴンの鱗を断ち切り、肉を切り裂く。


 突き刺せば、見事に鱗を突き抜け、肉へとめり込む。


 ドラゴンが疲れすぎてしまい、筋肉が弛緩してるのだろう。

 手応えが全然違う。


 ジンタでそうなのだ。


 獣人化出来る『召喚されし者』達の鋭く力強い攻撃はより効果を感じられるだろう。


 これで勝ちは確定だ。


 誰しもがこの戦いの最後が近いと、より躍起になって攻撃を繰り出す。

 誰しもがこれで最後にしてやると、願いを込め、それぞれ最大の攻撃を繰り出した。


 ――たおせるっ! ――斃せるっ! ――倒せるっ!


 エルフ軍の指揮がうなぎ登りに跳ね上がり、それが最高潮に達する。


 誰しもが後は時間の問題だと、勝ちを確信した。その時だった。


 それが起きた。


 首を、頭を、空まで伸ばしたドラゴンが、何度目。いや何十度目かの咆哮を響かせた。

 それは今まで以上に大気を激しく震わせジンタ達を襲った。


 超音波のような咆哮に、ジンタは頭痛に耐えるように顔を顰め、耳を塞いだ。

 周りの攻撃していた者達も、ジンタ同様耳を塞ぎ、一時攻撃を中断する。



 バキッ



 耳を塞ぎ、ドラゴンの咆哮をやり過ごそうとしていたジンタの耳に、上空で何かが割れる音が聞こえた。


 バキバキバキッ


 一度聞こえてくると、それは何度となく聞こえてくる。


 耳を押さえ、見上げたジンタの目に大きな岩が迫ってくる。


「なんだぁ~~っ!」


 耳を塞いだまま、慌てて落ちてくる岩を躱す。

 岩は大小形は違えど、何度も降ってくる。


 超音波の如き咆哮が収まり出すのと、降ってくる岩が収まるのはほぼ同時だった。


 躱すのに必死になっていたジンタが、一呼吸の安堵の後、ドラゴンを見上げた。


「なっ…………」


 絶句した。

 自分の見ているモノが信じられず、声を失った。


「う、そ、ですわよね……」


 ジンタに変わり、隣にたリカが声を発した。


 二人が見上げる先のドラゴンは、先程までのトカゲの皮膚に亀のような形をそのままに、さらに追加するように、二対のコウモリのような翼が生えていた。


「まさか……、どこからあんなモノが……」


「背中の上に畳んでたみたいだぜ?」


 混乱しているジンタの背後からミトの声。


「畳んでいた?」


「ああ、おれは上にいたからしっかり見てたぜ。まるで岩の中に隠していたかのように、畳んでいたあの羽を広げやがったんだ、あいつは」


 体に不釣り合い、とまでは言わないまでも、やや小さく感じる翼ではあるが、それは確かに飾りと言うにしては立派すぎるものだった。


「まさか、あれで飛ぶと言うんですの?」


 さすがにリカも驚きを隠せないようで、やや声が上擦っている。


「どうだかな、でももし飛ぶんだとしたら……、さすがにちっとやばいかもな」


 ミトの言う通り、飛ばれるのはまずい。


 地に足を付け、平面で戦うのであればきっと倒せる。

 しかし、空という立体の空間を使い戦うのであれば、とてもジンタ達では勝負にならない。

 何故かなぞ考える必要もないことだが、空を飛べる仲間など全体の一割にも満たない上、遠距離で行う物理攻撃、魔法攻撃のほとんどが、遠くなればなるほどその効果が弱まるからだ。


 そして、恐らく一番の極めつけが、相手の炎のブレスが一番それに対し有効的に働く可能性が高いからだ。


 せっかくここまで追い詰めたのに、それが一気に崩壊するほどの秘密兵器をドラゴンは切ってきた。


 対してこっちは出し切っている。

 全てを出し切って、倒せると歯をくいしばり、残っている体力を振りしぼり、限界以上に頑張ってここまでやってきたのだ。


 もしドラゴンに飛ばれたら、これ以上打つ手がない。




 全員が祈るように見守る中、ドラゴンは大きく息を吸い込んで、体にしてはやや小さく見えるコウモリのような羽をはためかせた。


 ドラゴンの足下、ほぼ真下にいたせいか、体を巻き上げるほどの突風が吹き荒れる。


 地面にしゃがみ、しがみつくようにジンタは耐える。


「う、うお、うおぉぉぉぉっ」


 後ろからミトの絶叫が響き、ガシッと地面にへばり付き耐えるジンタの右腰にあるボストンバッグに力が掛かる。


「ちょっ! ミトお前っ!」


 振り返ったジンタの目に、涙一杯で半笑いしながらボストンバッグに掴まり、バタバタと宙にはためいているミトがいた。


「いや、まじで、おれ放したらとんでっちゃうから、ジンタ掴まさせて」


 もう掴まってるいるだろ。と内心で言い放ったが、さすがに口に出す余裕がない。


 必死だったのもあり、それがどれくらいの時間、何度目の羽ばたきだったのかは分からない。


 少しずつ収まっていく突風に安堵し頭を上向けると、目の前にあったはずのドラゴンの足が、もうジャンプしても届かないほどの高さまで浮いていた。


「ほんとに浮いてやがる……」


 この期に及んで間抜けな言葉だが、どうしても口からそうでてしまう。


 そう言ってる間にも、ドラゴンは羽をはばたかせ高度を上げていく。


「おいおい、あれじゃあ本当に打つ手なしだぜ?」


 隣に立ったミトの言葉に、ジンタは言葉を返せなかった。


 ……その通り過ぎて。



           ※※※※※※※※



「みりあ~、やっぱりドラゴンお空飛んだぉ~~」


 羽をはばたかせ、空へ空へと飛び上がっていくドラゴンを、少し離れた位置から見ながらあーちゃんが言う。


「え?」

「あ―ちゃん何を?」

「あーちゃんさんやっぱりとはどういう意味なんですわ?」


 その言葉に対して、倒すことが絶望的だと理解し、打ちひしがれていたロンシャンとエルファスとベンジャミンが、驚いたようにあ―ちゃんを見た。


「うん、あ―ちゃんの言う通りだったね。やっぱり先生に杖を借りておいて良かったよ」


 声を上げたマスター三人の他、その場に居た全員が驚くようなことを口にしたミリアを見た。


「ミ、ミリアちゃん?」

「どういうこと?」

「飛ぶことを知っていたんですの、ですわ?」


「うん、さっきドラゴンの頭の上に上がる時にね、あ―ちゃんが言ってたの。なんかこのドラゴンの背中に羽があるぉ~~って、だからきっと飛ぶんじゃないのかな~って話をしてたんだ」


 日焼け対策も兼ねて、薄いながらも長袖だったワンピース調の服の袖を捲りながら、ミリアは保健医から借りた杖を構えて続けた。


「そしてね、あのドラゴンに目を付けられた時から、飛んだら最後にきっとわたしに向かって炎を吐きに来るって、なんとな~く思ってたんだ」


 にっと笑むミリア。

 ミリアの語った言葉を全員が理解する。

 誰かがゴクリと喉を鳴らす音が合図だったように、全員が飛び立っていくドラゴンに目を向ける。


 空でホバリングのように宙を舞っているドラゴンの真っ赤な瞳が、確かにミリアを凝視していた。

 その瞳は怒りに染まったかのように揺らめき、全てを恨むかのように燃え上がっている。


『…………………………』

「…………………………」


 ドラゴンの羽ばたく音以外に、誰も何も発しない静寂が数秒流れる。

 時間が制止したかのように静まり返っている場に、ゆったりとした低い声が響く。


『よもや、ここまで痛めつけられるとは思いもしなかったぞ、白き小さき者達よ……』


 響く声の中に、抑えきれないほどの怒りを感じる。


『我は忘れぬ、傷を癒やし必ずやお主ら白き小さき者達を皆殺しにしてやる』


 さしずめそれは、天からの死刑宣告のように地を這って聞いている者達に聞こえただろう。


 しかし、ミリアだけは違った。

 すうっと息を吸い込んで、ドラゴンに向かい叫ぶように応じた。


「そんなことはわたしが絶対にさせないよっ!」


『くははは、この状況で、どうさせないと言うのだ?』


 高らかに笑い声を響かせるドラゴンに、ミリアも笑みで答える。


「そんな小さい翼で、しかも運動不足のぶよぶよの体で、ずっと飛んでいることは出来ないでしょ?」


『…………………………』


 図星を言い当てられたのか、笑い声をピタリと止めドラゴンが黙る。


「今だって、結構ギリギリで飛んでいるんじゃないの? ちょっと何かあればすぐ落ちちゃうぐらいなんじゃない?」


 からかう、と言うよりは言い当てる感じでミリアが続ける。


 ドラゴンのミリアを見つめる瞳が、大きく激しく揺らめく。


『小賢しき者よ。やはり汝はここで屠っておくべきか』


 殺意と怒りを内包した低音の声が響く。


「やれるもんならやってみなよっ!」


 体中を突き刺すほどの圧力を帯びたドラゴンの言葉と視線を受け止め、ミリアはカンッと保健医から借りた杖で地面を叩いた。


 それが合図だった。


 ホバリング状態のドラゴンが口を大きく開き、息を吸い込む。

 対し、ミリアもゆっくりと息を吸い込む。


『喰らえッ!』


 ピタリと息が止まった後、ドラゴンの声が響き、その口から真っ赤ともオレンジともいえる大量の炎が吐き出される。


「うおおおおいぃぃぃっ!」

「ミ、ミリアちゃんッ!」

「うわああああっっ!」

「ど、どどどどうしますのですわっ!」


 躱しようもないほどの大量の炎。触れるどころか、その周辺にいても熱気だけで体が焼け落ちるほど熱波。それが降ってくるのだ、誰しものがパニックになるのは当然。


 遠くで、ジンタやイヨリの叫ぶ声が聞こえてくる。

 見なくても分かる。


 きっと二人は今必死にこっちに向かってきている。


 だからミリアは、心の中でこう言う。


 ――大丈夫、わたしが絶対なんとかするから!


 と。


 襲い来る燃え盛る炎に向け、ミリアはもう一度保健医から借りた杖を標準を合わせるように向け直す。


 そして唱える。


「我を守る盾となれ! 『シールド』!」


 それは、最近習ったばっかりの魔法。


 自身の前方に魔力で形成した防御壁(盾)を作り、攻撃を防ぐ魔法。


 通常の者であれば、全身を隠す程度の盾を作る程度なのだが、ミリアの『エターナル』の力は、ドラゴンの吐いた降り注ぐ炎を全て受け止め、全員を炎から守るほどの大きさの五角形の盾を作り出した。


『ぬぅ、小癪なっ!』


 吐き出したブレスを全て防がれたドラゴンは、まだまだとばかりにはばたかせている羽を畳み急降下でミリアに突っ込んでくる。


「そっちこそ甘いよっ! 我を守る盾となれ『シールド』!」


 再度の『シールド』が、突進するドラゴンとぶつかり合う。


 ッッッッドスンッ!


 ぶつかり合った振動が大気を揺さぶり、地を揺るがす。

 盾ごと押し潰すように頭を擦りつけるドラゴン。

 しかし、ミリアの『シールド』はその突進を見事に受け止めきる。


『まだだっ!』


 ピタリと止まったミリアの『シールド』に頭を押しつけたまま、ドラゴンはまだ宙に浮いている下半身をドリフトさせるように回す。


 狙いは、尾っぽによるなぎ払い。

 詠唱をする時間を与えない、見事な連携攻撃。


 しなる下半身と尾っぽが、遠心力を纏い空を切り裂いて押し寄せてくる。


「ジンさんの技を借りるね」


 こんな鬼気迫る状況にも関わらず、ミリアは心の中でジンタに笑みを向けた。


「喰らうのはそっちだよっ! シールドアックスっ!」


 手に持つ杖を勢いよく地面に向けて振り下ろす。


 その動作に連動するかのように、ドラゴンを押さえ付けている五角形の盾が勢いよく横に倒れ込むように動く。


 っっっっっっずん!


 大地を抉り、地を盛り上げるほどの力でミリアの作り出した五角形の『シールド』の一辺は、地面にめり込んた。


 立ち込める煙が霧のように辺りにまき散らされる。


 誰しもがどうなったのか固唾を飲む中、


 っどん! と叩き付けるような音が響いた。


『グアアアアアアァァァァァァ――――――――ッ!!!!!』


 ほぼ同時に、断末魔のような低い音の絶叫が大気を激しく揺さぶる。


 直後、空から大量の生暖かい雨が降り注いでくる。


 地面をのたうつ音が響き、より砂が巻き上がる。


 痛みと苦しみを堪えるような声と、バタバタと暴れる音が地を揺らす。


 それが突如ピタリと収まる。


 そして荒い息継ぎとバサッバサッとゆっくりと羽ばたく音が響いてくる。


 徐々に遠ざかっていく羽音に混じり、声が響く。


『忘れぬぞ、絶対に忘れぬぞ、この痛み、この苦しみ、決して許さぬ、決して、だ!』


 そこで、声は途切れた。


 まだ立ち込めている土煙は収まってはいないが、それでも辺りを包んでいた緊迫した空気が一気に弛んだのを全員が感じたのだろう。


 辺りから「ふぅ~~」と息を漏らす声が聞こえる。


 ミリアも振り下ろした杖を、息を吐き出すのに合わせてゆっくりと戻す。


「「ミリアっ!」」


 聞き間違えるはずのない二人の声が同時に聞こえ、ばふっと柔らかい膨らみにぎゅ~~っと締め付けられる。


「い、イヨリ~~、く、苦しいよ~~」


 嗅ぎ慣れた匂い、よく知っている柔らかい感触、イヨリの胸で圧迫死寸前まできつく抱きしめられて、ミリアは両手をばたつかせる。


 しかし、今日はそれで開放してもらえなかった。


「みりあ~~」


 ばふっと、ばたつくミリアの太ももにまずはあーちゃんが。


「「ミリアちゃん!」」

「ミリア!」


 そしてマスターであるロンシャンやエルファスやベンジャミンがさらに抱きついてくる。


「むがむがっ」


 必死に這い出ようと、頭を持ち上げれば、


「お~お~ミリアよく頑張ったな」

「まったくだ、おれっちも感心したぜ」


 と、イヨリの胸から脱出し掛かった頭をミトと松に押さえ込まれた。


「がぼがぶがべっ!」


 と、自分でもよく分からない叫びを上げて、ミリアの意識は遠ざかっていった。



           ※※※※※※※※



 みんなに囲まれて、手足をばたつかせていたミリアの手が、ピクピクと痙攣した後パタっと落ちたのを見て、ジンタがやっと状況を理解して止めに入ったが、もうミリアは間抜け極まりない顔(口を半開きにして目を開けたまま)動かなくなっていた。


「さすがにこれは……」


 可哀相だ、と口を動かす前に、やっと舞っていた土煙が収まり、ちゃんとそれぞれの姿が見えるようになった。


 結果ジンタは、自分の中で血の気が引くのを感じながら、慌てて間抜け顔で気を失っているミリアの襟首を掴んで激しく揺さぶる形になった。


「お、おおいっ! ミリア! お前大丈夫か? そんな体真っ赤で。やっぱりどこか大けがしてるんじゃないか?」


 そう、ミリアの体はプラチナ色の髪から白い肌、真っ白だったワンピースっぽい服まで真っ赤に染まっていたからだ。


 強く揺さぶり、必死に声を掛けるジンタだったが、そのジンタの肩に手が乗る。


「リカさんっ! ミリアの奴が血塗れ……で……?」


 振り返ったジンタは、リカを見て目を見開いた形で絶句した。


 普段着ている真っ赤なドレス調の服はそのままに、金髪のウェーブ掛かった髪も白い肌も全身真っ赤に染め上がっているのだから。


「何ですのその顔は……。正直ちょっと不愉快ですわね」


 リカのコメカミに血管が浮くのが先か、ジンタの肩を掴むリカの手が力を入れるのが先かのタイミングで、ミシッと音が鳴る。


「ぐぉっ」


 激痛に体が歪む。


「周りを見てみなさいな」


 聞こえたリカの声に従うように、辺りを見れば、ニッと笑うみんながいた。


 そして誰一人として例外なく、頭の天辺から足のつま先まで真っ赤に染まっていた。


「こ、これは……」


「あ、あれのせいだと思います」

「んだ、さっきの雨も、きっとあれのせいだす」


 竹と梅が指差す方向には、大きな丸い何かが落ちていた。


「あ、あれって……」


「あれリゼット分かるっ! あれ、ドラゴンの尾っぽだぞジンタっ!」


 なぜ獣人化しているのか分からないが、真っ赤な姿のリゼットが両手の翼をバサバサさせて教えてくれた。


「尾っぽって……、まさかミリアの『シールド』が?」


「はい、そうみたいです。『シールド』は自分の身を守る盾を作るんですが、その形状はそれぞれの思い描いた形で作られるんです。例えば僕であれば自分を丸々隠す長方形の盾」

「わたしは、楕円形の盾かな」

「わ、私は四角ですわ」


 マスターである三人がそれぞれに自分のシールドの形を言っていく。


「で、ミリアちゃんはきっとジンタさんの持つ盾に憧れがあったんでしょうね。しかも盾としてだけじゃなくて、攻撃の手段としても扱えるその五角形の盾を」


 ロンシャンが指差す自分の左腕にある盾を見て、ジンタは思わずにやけた。


 ミリアがまさか、この中で一番弱いだろう自分の持ち物に憧れてくれているなんて、と思うとにやける顔が止まらない。


 そして、だらしなくにやけているのを自覚出来る状況で、みんなが自分を見ているのだ。しかも意味深ににやにやと。


 思いっきり照れた。


「と、とりあえず、あれだ! え~っと…………」


 苦し紛れに次の行動を促そうとするが、当然ジンタだって何にも考えていない。どうするかなど出てくるはずもない。


「とりあえず、あのドラゴンの尻尾は砦に持って帰ります。そして、けが人の治療もそうですが、とりあえず全員一度お湯を浴びないといけないですね」


 早口気味に次の行動を口にしながら、隻腕のエルフである総指揮カインが近づいてくる。

 その数歩後方に竜女と麗火の二人を従えて。


 その三人も例に漏れず、ドラゴンの血によって全身真っ赤っかだ。


「ミリアリタさんは大丈夫ですか?」


 イヨリに抱かれ、気を失っているミリアの顔を覗き込む。


「ええっと、一応大丈夫です。きっと疲れてたんだと思います」


 ミリアの行動に感動した自分がハグで落としたことを隠すかのように、イヨリが誤魔化し説明した。


「本当に、ミリアリタさんは良くやってくれました。正直ドラゴンが空へと飛んだ時、僕はもう頭が真っ白でどう指示を出していいのか分からなかった……。本当にありがとう」


 心の底からの感謝を示すように、カインは気を失っているミリアに深々と頭を下げた。

 同時に、後ろに控える竜女と麗火も同じように頭を下げていた。


 数秒、頭を下げていたカイン。


 その数秒が、カインの心からの感謝の意を表しているとジンタにも思えた。


 そして頭を上げたカインが、今度は全体に向け声を張る。


『皆さんお疲れ様です。ドラゴンを倒すまでは無理でしたが、十分過ぎるほどのダメージを与えたはずです。今日は我らの勝利ですッ!』


 勝ちどき。


 もう場は弛んでいたが、それでもカインの労う言葉と勝利の声を聞いて、周りから大きな歓声が上がる。


『今日はもうお疲れでしょうが、もう一頑張りしないといけません。この戦いによるけが人の方の治療、亡くなった方の回収、そして戦利品であるドラゴンの尻尾を砦に運びます、疲れているところ申し訳ありませんが、今しばらく力をお貸しください』


 深々と頭を下げるカインに、周りはガヤガヤとしながらも動き出す。


 ジンタも、もう一踏ん張りだ、と疲れて重く感じる体にムチを入れ動き始めた時だった、


「君よ、ちょっといいか? 話がある」


 みんな同様、ドラゴンの血を浴び眼鏡まで真っ赤に染めていた保健医が声を掛けてきた。

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