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立ち回り 二

 苛立っていた。


 本来であれば、自分が一方的に小さき者達を蹂躙するためにここまで来てやったというのに、気持ちよく尾っぽを振り回し、鼻歌感覚で小さき者が群がる四肢を持ち上げ踏みつける、その予定だった。


 しかし、そのどれもがドラゴンが思い描いていたよりも手応えがない。


 つまり、見事に自身の攻撃が躱されていると言うことだ。


 さらに、前回以上に数が多く、その攻撃は前回以上に自分に痛みを与えてくる。


 それは致命的とまではいかない。

 チクッと針で刺された時のような、体の神経がビクッと逆撫でされるような痛みが頻繁にくり返されいるのだ。

 それらがドラゴンの苛立ちを募らせていく。


 もっとも、それ以外にも何か、もっと別の何かが、自分の中にイヤなもやもやを作り出しているのが分かる。


 ただ、それが何なのか自分でも分かっていない。


 ただ、とりあえず振り払いたかった。

 ただ、少しでも感じている苛立ちを吐き出したかった。


 だからドラゴンは、ムキになった。


 ムキになって、小さき者達を殺してやろうと思った。


 胸の中のモヤモヤする感情ごと外に吐き出すように、口の奥、喉の奥から荒ぶれる灼熱の炎を小さき者達へと吐き出した。


 尾っぽと四肢も、より力強く勢いよく振り回して。



           ※※※※※※※※



 ドラゴンが炎をまき散らし、今まで以上に暴れ出した。

 さっきまでの順調さが嘘のように、カイン率いるエルフ軍は攻撃するよりも逃げることだけで精一杯になり始めた。


「ジンタさん、どうしましょう?」


 隣に立つイヨリの問いに、ジンタは返答しなかった。


 なんとか止められるのならそうしたいが、小山ほどの大きさであるドラゴンが火を吐き、じたんだを踏み、尾っぽを振り回してるのを、どうやって止めるのかなぞジンタにも分かるはずもない。


 聞こえてくる隻腕のエルフカインの声も、ジンタと同じらしく、とりあえずドラゴンから離れろ、と声高に叫んでいる。


「確かにこれじゃあ近寄れないが……でも離れすぎたら……」


 ゴクリと、ジンタが口の中に溜まったツバを飲んだタイミングで、ドラゴンのブレスが横になぎ払うように吐かれた。


 燃え盛る森と、それが紛れもない事実であることを伝える焼けた臭いが当たりに充満する。


 聞こえてくる絶叫と悲鳴。


 散らばるように逃げ惑うエルフ軍。


「チクショウ……、一体どうしたら……」


 歯痒さに噛んだ唇から血の味がしてくる。


「大丈夫だよ、ジンさん」

「うん、ジンさ、大丈夫」


 ミリアとあーちゃんの二人が、ジンタとイヨリの隣にそれぞれ立ち言う。


「大丈夫って、あなた達何か分かるの?」


「うん、分かるよ」

「うん、あーちゃんも分かるよ」


 イヨリの半信半疑の問いに、二人は即答する。


「一体何が分かるんだ? 二人共」


 自信満々の二人に、どうしていいのか答えが見いだせないジンタが、縋るように聞く。


「だってあのドラゴンって、ずっと眠ってたんでしょ?」

「ずっと、おねむで、ずっと座ってたんでしょ?」


 暴れるドラゴンを指差し二人が口を開くが、一体何を言いたいのかジンタにはまだ分からなかった。


「いつもゴロゴロしてて~~」

「ご飯いっぱいたべて、すぐに横になって~~」

「掃除や洗濯のお手伝いもしないで~~」

「怒る人もいなくて~~」

「ゲンコツもされなくて~~」

「どんな時でも、やりたいようにやれて~~」

「だからうごかなくて~~」


 ミリアとあーちゃん、二人は互いに体ごと向かい合い、遊びだろうか、まるでどっちが多く言えるか勝負しているかのように体を左右に揺らしながら、次々と言葉を紡いでいく。


「えっと、なんか途中私のことがいくつか挟まっているようだけど……、結局二人は何が言いたいの?」


 いい加減何を言いたいのか分からず、しかも途中でどう見てもいい意味で取れない位置に自分の名前が出て来ることに、不満そうな顔のイヨリが口を挟んだ。


「え~~~、いつもイヨリが言ってるじゃん」

「そうだぉ~~、いつもいおりが言ってるぉ~」


「えっ! 私が?」


 不満全開の二人の避難の声に、イヨリが戸惑ったように自分を指差す。


「そうだよ~~」

「そうだぉ~~」


 二人は自信満々に頷いて、


「「「そんなゴロゴロして体を動かさないと、動けなくなっちゃうんだからね」って」」


「ヘ?」

「あっ!」


 ジンタは素っ頓狂に、イヨリは思い当たったように声を漏らした。


「だから、あのドラゴンはきっとすっごい運動不足だよ!」

「お腹ぶくぶくだし、きっとすぐはぁっはぁって疲れちゃうぉ~」


 二人は自信満々に言い切る。


 ジンタはドラゴンなどという存在を実際に見たことがない。

 だから、今目の前にいる小山ほどあるドラゴンが初めて見るし、それが実際で見る全てでもある。


 実際に目にしている目の前のドラゴンは、円盤形と言えばいいのだろうか、トカゲというよりは亀のようにも見える体型。

 横よりもさすがに少し縦が長いかも知れないが、それでも楕円、ラグビーボールよりもさらに丸いそんな形だ。


 自分達は、ドラゴンと呼んでいるが確か保健医はトカゲの亜種かも、とも言っていた。 それならばジンタが知るトカゲと、今目の前にいるドラゴン(トカゲの亜種)を比べれば、確かに目の前のドラゴンは太りすぎのトカゲだ。


 それも、少し程度ではない、かなりぶくぶくと太っている。


 もし二人の言う通り、ドラゴンがただ太っているのなら、確かに長時間動くのは苦手ではないか、と思えてしまう。


 ジンタが、そんなことを考えている間にそれは起きた。


 二人の言葉が本当のように、暴れていたドラゴンの動きが急激に止まる。


「あら……」

「マジでか……」


 イヨリとジンタ、二人がドラゴンを見つめる先で、確かに荒い息遣いにお腹を激しく上下させるドラゴン姿があった。


 驚くイヨリとジンタの間にミリアが立ち、右手を高々に上げる。


「対象は『範囲』、効果は『回復』、魔法は『ヒール』っ!」


 唱え終わると、ミリアを中心にキラキラ輝く粒子が大空へと舞い上がり、まるで花が咲き開くように空で破裂した。


 キラキラ舞い降りてくる輝く粒子は、触れると先程まで傷付いていた体と疲れを癒やしていった。

 そしてそれはエルフ軍だけでなく、ドラゴンのブレスによって焼かれた森にも降り注ぎ、新しい芽や、まだ生きている草を大きく成長させていった。


 ただ唯一、その恩恵にあずかれなかったのはドラゴンだけだった。


 キラキラと降り注ぎ、安らぎと温かい回復を振りまく神秘的風景に、戦い最中であるにもかかわらず、その場全員が動きを止めていた。


「ミリア……」


 そしてジンタもまた、一連のミリアの行動に半ばぼう然としていたのだが、そのミリアがドラゴンをもう一度指差した。


「ジンさんイヨリ、あいつが疲れて動けないうちに終わらせよう!」


 はっとなった。


 見上げたミリアが頷くと、ジンタはほぼ無意識のうちに、腰の直剣に手を伸ばし、引き抜くと同時に走り出した。


 吠えるような大声を上げて走るジンタの隣では、同じようにイヨリもまた両腕をゴーレムの腕へと変え走っていた。


 疲れているのか、ドラゴンの頭は地面に触れそうなほど低く下がっていた。


 静まり返る戦場において、ジンタとイヨリの雄叫びだけが響く。


「うおりゃあっ!」

「たあぁぁっ!」


 二人が同時に、下がりきったドラゴンの口元を切りつけ殴りつけた。


『ぐがあぁぁっ!』


 イヤそうな声を上げ、下げた頭を勢いよく持ち上げるドラゴン。

 それが全員の動きを戻す合図だった。


『ぜ、全員突撃ッ! ドラゴンの頭を狙えッ!』


 我に返り、勢いを付けて押し寄せていくエルフ軍。


 一度は頭を高く持ち上げたドラゴンであったが、その頭がまた下がり始める。

 そこに遠距離攻撃と魔法が集中して当てられていく。


 足下を攻撃している者の中には、よじ登り、背中にまであがって剣や爪を突き刺し始める者もでてくる。


 ジンタは剣を振るい確信する。


 ――これは勝てるッ!


 と。



           ※※※※※※※※



 一気に攻勢にでたエルフ軍に対し、ドラゴンは大きく戸惑っていた。


 少し本気で動いただけだった。

 自分では全然余裕のつもりだった。


 しかし、思った以上に自分が動けなくなっていることに、その時になって気付いた。

 おかしい、こんなこと今まで一度だってなかった。


 自己の中でくり返される言葉。


 俺が、こんなに動けないはずはない。


 そして、同じくらいくり返される驚きの事実。


 息が苦しい、頭が、足がうまく上がらない。


 どれ位の年月を生き、どれだけの年月を眠ってきたのか、本人ももう覚えていない。


 ただ時々腹を空かし目を覚ましては、少しだけ洞窟を出て森の木々や動物を食べ、ちょっとした気晴らし程度に、この向かって来る白き小さい者達ではなく、逃げまどう緑の小さき者達を襲って、また気が晴れたら寝るという生活をくり返していた。


 これがドラゴンの生活だった。


 人であれば、親が、家族が叱り、友達が遊びに誘い若いうちからゴロゴロダラダラさせないような環境になるものだが、このドラゴンにはそれがなかった。

 叱ってくれる家族も、自分を呼びに来てくれる友達もいなかった。

 ましてや自分を脅かす者など、いなかった。


 だから自分がここまで動けなくなったことを確認する必要もなかった。


 その結果が、今のこの状況を、すぐに息切れを起こし動けなくなる自分を育てていた。


 自分の動けなさが、より自分の中の怒りを増幅させる。


 もともと、この白き小さき者達には、何故か苛立ちを感じていた。

 それが何でなのか、それは分からないし思い出せない。

 しかし、自分の中でそう言っている声が、叫びがしているのは分かった。


 そこに更にもう一つ。

 自分の中で叫んでいる心の更に奥、自分の根幹とも呼べる場所から語りかけてくる声がある。


 この中に、自分が絶対に許せない存在がいる。


 何が許せないのか、どうして許せないのか、そんなことはさっぱり分からない。なぜならドラゴンはそんなことを考える必要が今までなかったから。


 だから自分の一番深いところが、どうしてそう思っているのか、どうしてそんなモノが沸き起こってくるのかを全然理解することが出来なかった。


 だか、確かにそれは存在し、それが誰なのかも自分の目が捕らえていた。


 小さき白き者達の中、その者を中心に風が流れてきている。

 先程、辺り一面に舞った輝く粒子の柱の中心にいた者。


 白銀プラチナ色の長い髪をなびかせ、右手を高々と上げ、隣に深緑色の髪をしたもっと小さき者を従えた者。


 その者が自分の深淵から語りかけてくる声と不愉快な感情をわき上がらせてくる存在なのだと、ドラゴンには理解出来た。


 ――あの者だけは、許さない。


 ドラゴンは一際鋭く目を細め、その者を睨み付け動き出した。


 凄まじく重く感じる体を動かして。



           ※※※※※※※※


 その場で足踏みをし、尾っぽを振り回すだけだったドラゴンが大きく一歩を踏み出した。


「ジンタさん。ドラゴンが――」


 ッズン! と響き揺れる地面に耐えながら、ジンタは不安一杯の声を上げたイヨリに頷く。


 まだ一歩しか動いていないが、ドラゴンがミリアを狙っているのが分かったからだ。

 そしてジンタもまたそれを知った。


 二人は攻撃を中断し、踵を返した。

 マスターであり、娘であり、家族でもあるミリアと、そこに一緒にいる同じく家族のあーちゃんを守るために。



           ※※※※※※※※



「みりあ、来るぉ~~」

「うん、あーちゃんお願いだよ」


 獣人化したあーちゃんの髪の毛、深緑色の蔦がミリアの細い胴体に巻きつく。


 ッズン!


 一歩二歩と確実に、その姿を大きくさせてドラゴンが向かって来る。

 ドラゴンの真っ赤な瞳はミリアだけを睨む。

 そして、ミリアの金色の瞳もまたドラゴンを見据えている。


「あーちゃん、躱せる?」

「わかんないぉ~」


 ドラゴンに目を向けたまま、ちょっと不安になったミリアが尋ねると、あーちゃんが悪びれもなく本当のことを答えた。


「そうだよねぇ~」

「そうだぉ~、でも絶対躱すぉ~」


 確定ではない、でも絶対的自信をいつもあーちゃんは持っている。

 いつも一緒にいる妹のようなあーちゃん。

 そんなあーちゃんは、ミリアにとって信用にたる相棒だった。


「あ―ちゃん避けてッ!」

「おうだぉ~っ!」


 一度大きく持ち上げられたドラゴンの首が、勢いよくミリアとあ―ちゃんの元へと向け、振り下ろされる。


 どっっごんっっ!


 まるで隕石が落ちたかのような衝撃と、飛び散る地面の破片。


 そのまま、その場にいたら確実に潰されていただろうミリアとあ―ちゃんだが、見事に躱していた。


 あーちゃんの深緑色の蔦は、今八本になっている。

 そこまでの太さにまで纏めると、二人を支え、移動するにしても十分過ぎるほど力を得ている。


 一本の蔦でミリアを掴み、四本の蔦で、バネの様に丸め地面を跳ね、残りの三本を使い、木々の枝を掴み引っ張りながら移動することが出来る。


 そうすることで普通に走るよりも数段早く、数段鋭角に動くことが可能となる。


 しかし、これはあーちゃんが考え中心となって動くため、当然、掴まれているだけの形であるミリアからすれば、


「ぐえっ! ぶふぉっ! おおぉぉぉっ!」


 と、あり得ない方向、予想外の方向に常に体が引っ張られると言うことだ。


「…………あ、あーちゃん」


「みりあ~、あ―ちゃん全部避けたぞぉ~」


 ガッツポーズするあ―ちゃんに対し、ミリアは口元を抑えていた。


 地面に叩き付けた頭を、長い首をもたげ、もう一度真っ赤な瞳でミリアを睨むドラゴン。


「ミリア――――っあ――――ちゃ――んっ! 早くそこから逃げなさいっ!」


 イヨリの叫ぶ声が聞こえるが、ミリアは目を向けない。


「みりあ、いけるか?」


 あーちゃんの問い掛けに、ミリアの頬に汗が流れる。


「んっと、実はちょっとまずいかも……」

「まずいのか?」

「うん、さっきヒール使ったでしょ?」

「うん」

「あれで、リングにヒビが入っちゃって……、範囲強化魔法もどこまでかな~って感じなんだよねえ」


「それは、まずいんだぉ~」

「どうしようか、あーちゃん」

「ん~~、とりあえずせんせーのところ行くかぁ~」


 あ―ちゃんが指差す方に、見覚えのある白衣が見えた。


「うん、いいねえ、あの人のところに行こうか」


 ミリアはなんの迷いもなく、そう答えた。


 なぜなら、あの人にならどんな迷惑を掛けてもきっとだれも怒らないから。



           ※※※※※※※※



 ジンタ達の乗る馬車に飛び乗って一緒に来ていたが、正直ここまでの大きさのドラゴンがこの階層にいることなど予想だにしていなかった保健医は、一人、完全すぎるほどの安全場所まで避難して、どうしたものかと心底悩んでいた。


 見つめる先にいるドラゴンは、先程から炎までまき散らし、、誰か特定の倒す相手を見つけたのか移動まで開始している。


「しかし、まさかこんな大物がこの階層にいるなんて……」


 呟きながら眼鏡の真ん中をクィっと持ち上げる。


 なんか、第一階層でも私は同じことを言ってたような???


 デジャヴを感じながらも、どうしたものかと考えを元に戻す。


 上の階層に連絡を入れ、応援を頼むとしても一ヶ月はかかる。それまであんなバカでかいドラゴンを抑えきれるかどうか……。


 それとも緊急要請として、即座に『天翔る橋』を起動させるか……。


 答えが出ないまま、保健医はポケットの中の左手に持つ小さい箱にも意識を向けた。


 まさかこの『開かずの箱』は、このドラゴンのことを知ってて用意されたものなのか? それともただの冗談、本当に誰かが暇潰し感覚で置いていったものなのか……。


 未だウンともスンとも言わない箱については、保健医とてどうしていいのかチンプンカンプンだ。


 真剣に、意識の深くで箱のことそして今後のことを考えていたせいか、保健医は気付かなかった。


 っずん! と響く足音と、それによる振動が大きくなっていることに。


 それに気付いたのは、突然目の前に人が降り立ったからだった。


「先生っ! 魔法の媒介ありますか?」


 現れたと同時に右手の手の平を見せているプラチナ色の髪をしたエルフの若木の少女に、保健医はあろうことか口を鯉のようにパクパクと動かすという恥ずかしい姿を見せていた。


「おぉ~~、せんせいがお口ぱくぱくしてるぉ~~~~」


 右手を差し出しているエルフの少女の隣で、髪を深緑色の蔦にさせた少女と言うよりは幼女の女の子が笑いながら保健医を指差した。


「み、ミリアくんにアリディアくん」


 やっとのことで動かす口から声を発した保健医に対して、ミリアが白衣をガクンガクン揺する。


「先生、あのね、わたしの魔法の媒介のリングがもう壊れそうなの、これが壊れたら範囲強化魔法も消えちゃうし、ドラゴンを倒すのも難しくなっちゃうと思うの、だから早く先生の媒介を貸してっ!」


 切羽詰まったように早口で捲し立てるミリアに、保健医は苦虫を噛み潰したような顔を作った。


「こんどは、まずそうなお顔だぉ~」


 嬉しそうにパチパチ手を叩くあーちゃん。


「先生早くっ!」

 差し出す右手を大きく上下に振るミリア。


「いや、貸すって、君に貸したらまた壊されてしまうかも知れないだろう?」


「今はそんなこと言ってる場合じゃないんだよっ!」


 切羽詰まったままのミリアが後ろに振り返るのを見て、保健医もそちらを見上げた。


「ぶっ!」


 先程まで、ほぼ安全圏まで遠くにいたはずのドラゴンの顔が、岩のような皮膚とカサブタのようなシワの形までくっきりと見える位置にあった。


「ちょっ、もしかしてドラゴンに追われているのって――――」


「わたしっぽいんだよぉ~~~~っ!」


「ぐほっ! それを早く言ってくれっ!」


 言うが早いか、振り向くが早いかの勢いで保健医は走り出した、ドラゴンから遠ざかるために。


「お~~いせんせ――、杖、早く媒介の杖を貸して~~」

「貸してだぉ~~~~」


 必死に走る保健医の真横で、バウンドするように跳ねているミリアとあーちゃん。


「ぶほっ! ちょっとそれはズルくないか?」

「先生も、運ぼうか?」

「で、できるのか?」

「できるぉ~~」


「た、頼んでいいかな? 実は私も最近運動不足でな? いや、正確には元々運動というのは苦手な部類でな」


「うんうん、分かるよ。私もゴロゴロしてたいもん」

「あーちゃんもごろごろがいいぉ~~」


「違うぞっ! 私は別に君達が考えてるような自堕落な生活をしたいと言っているのではなくてだな――」


「でも、先生ってお風呂に入らないんでしょ?」


「なっ! し、失敬な! 三日に一度は入る!」


「え~~、イヨリは毎日は入りなさいって言うよ~~」

「うん、言うよぉ~~」


「私は大人だからな、その辺は自分で決めていいのだよ! わっはっはっはっ」


「ずるいなぁ~~」

「ずるいぉ~~」


「それよりだな、ほんとにそろそろ私もその蔦で持ってくれないかアリディアくん、本当に足がもうつんのめりそうで、胸がバクバクして息が苦しいんだが……」


「杖――貸して?」


「…………」


 考える余裕さえなかった。いや正確には足を動かす三歩分は考えたが、保健医はミリアが差し出す右手に背中に背負っていたバッグに繋いでいた魔法の杖を渡した。


「ありがとう、先生」

「さあ、私もその蔦で絡め取ってくれっ!」

「はいぉ~~」


 あーちゃんが空いている一本の蔦で、保健医のウエストと同じぐらいの胸元を絡めとる。


「ちょっアリディアくん、なぜウエストではなく胸元を掴むっ!」


「だってねえ、あーちゃん?」

「うん、掴みやすいからだぉ~~」


「どういう意味じゃ――――っ!」



           ※※※※※※※※



「ジンタさんこのままじゃ……」

「くっ、追いつかない」


 ジンタとイヨリはミリアとあーちゃんを追い掛けるドラゴンを追い掛けていた。

 しかし、まったくといっていいほど、追いつかなかった。

 一歩一歩の歩幅も当然そうだが、何よりその一歩の際に起きる地震のような揺れが走るのを邪魔する。


「ジンタさん、ドラゴンが追い掛けてるのってミリアちゃんですか?」


 気付けば、隣にロンシャンを始めとしたリカとラーナとリゼット、そしてベンジャミンを始めとした松竹梅の三人がいた。


「ああ、あのドラゴンいきなりミリアに的を絞りやがったんだ」


「ミリア様の力にお気付きになったとか?」


「分からないですけど、でも、追い掛けているのは事実です」


 必死に走りながらも、やり取りは続いていく。


「このままじゃ追いつけないですわ。とりあえず足の速い人か、飛べる人が、ミリアさん達のところに行って、真っ直ぐ逃げるだけじゃなくて、方向転換右をしてくれと頼みに行かないとですわ」


 ベンジャミンの言っていることはもっともだ。というように全員の視線が必死にみんなに追いつこうと走っているリゼットに向く。


「ギャギャッ! みんな何その目! リゼット無理だよ! あんな大きなのの上を飛ぶの恐いよっ!」


 まあリゼットじゃそうだろうなぁ~と全員が思っただろう。

 これ以上は見るのも可哀相だとばかりに、全員がリゼットから目を離す。


「じゃあ、やっぱここはおれっちが行くしかないな」

 へへへ、と松が鼻を擦る。


「すまないけど、頼んでいいか?」

「どうか松さんあの子達をお願いします」

「松、ミリアさん達を絶対に助けて来てよ、お願いだからね! ですわ」


「ああ、分かってるって、おれっちに任せておけ」


 親指を立てた松が、グッと低姿勢に沈みこむ。

 溜めたバネのように、ギュッと最大限まで縮こまった後、リスの下半身と化した足が勢いよく伸ばされた。

 そこからは、走り幅跳びのように、一歩一歩が遠く長くへと伸びていき、松の姿はあっという間に見えなくなった。


 頼む、ミリアとあーちゃんを助けてくれっ!


 一生懸命に走り、追い掛けながらもジンタは、遠ざかる松の背中にそう頼み込んだ。



           ※※※※※※※※



「ところでアリディアくん」


「んん~~、なんだぉ~」


「君はどうしてこっちに走っているんだ?」


 胸元に三重で巻かれた蔦にしがみつき、保健医は聞いた。


「どうしてって…………、どうしてだぉ?」


 ピタリと止まったあーちゃんが、ミリアと保健医に首を傾げた。


「えっと、確か先生のところにだったら行っても誰にも怒られないからとりあえず来たんだけど……」


「おいっ! それは一体どういう意味だっ! 分かりやすく言って見たまえっ!」


「えっと、何となく?」

「うん、何となくだぉ~」


「くっ…………」


 真っ向から答えられてもイヤだが、こうして漠然としてそう思われているのもイヤなものだと保健医はつくづく思った。


「まあ、それはいいとしよう」


「いいの?」

「いいのかぁ?」


 首を傾げる二人に、やりきれない何かがあるが、それはとりあえず飲み込む。


「と、とりあえず、こっちに逃げても、もう誰もいないだろ?」


「うん、もう誰もいないかも」

「うん、いないかもぉ」


「じゃあ、こっちに逃げてもドラゴンは倒せないんじゃないか?」


「そう、だねぇ」

「そうだよねぇ~」


「じゃあみんなの方に戻らないといけなくないか?」


「はっ、そうだよね!」

「そうだぉ~~っ!」


 本当にやっと気付いたような顔をしてみせた二人に保健医は眼鏡を持ち上げ目元を揉んだ。


 そう言えば前に彼が言ってたなぁ、この二人って何か考えているようで考えてなくて、考えて無さそうで考えてるって……。なんとなくその言葉の意味が今分かったよ……。


「じゃあとりあえず向こう側に――――――」


 とりあえず進むべき道が決まったので、保健医は振り向き指差そうとしたが、そこに大きな口を開けたドラゴンの姿が見えた。


「げっ!!!」


 どう見てもブレスを吐き出す瞬間、


「あーちゃん!」

「むおっ!」


 あ―ちゃんが動こうとする気配は感じた、しかしどう見てもそれが間に合わないタイミングだと保健医にも分かってしまう。


 ――ここで終わりか……


 どこかに諦めがあった。それもしょうがないと、もう何百年も、過去を引き摺ってただ生きてたようなところもあるから、これでやっと自分も家族達に会えると、本当にそう思っていた。

 そして、それと同じくらいこの『エターナル』であるだろう若木と、その若い家族の二人まで巻き添えにしてしまうのは忍びないと思った。


 だから、最後に自分ができることをやってやろうと、二人を庇うように両の手を思いっきりに広げた。


 大きく口を広げたドラゴンの頭が前に向かい動き始める。

 炎を吐く直前だった。


「イヤヤヤヤヤヤヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!!」

「ミ――――――――ト――――――――キ――――――――――――――ックッッッッッ!!!!!!」


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