出発
今回のが、今年最後の投稿になりそうですが、来年も書き続けますので、よろしくお願いします。
ジンタ達がカナンへ着いてから、五日目。
そしてジンタが、竜女の命令で強制労働的肉体労働をさせられて、四日と半日。
「も、もうだめだぁ~~~~」
ビッフェ形式の食堂で、ジンタはゴンッとテーブルにおでこを置いた。
「ジンさん、ダメだよ! 朝は一杯食べないと体がもたないよ!」
「ジンさ、いっぱい食べるんだぞぉ~」
いつものように、どうしてその小さい体にそんな量の食べ物が入るんだろうと思えるほど、山盛りにして持って来た皿の食べ物を頬張りながら、ミリアとあーちゃんがもぐもぐ口を動かして心配する。
「ん~~、二人は相変わらず元気そうで何よりだよ」
テーブルにおでこをつけたまま、ジンタが言えば、
「もぐ、それはそう、もぐもぐ、だよ。だって、もぐもぐ、これからが、ごくん、わたし達の、ぱくもぐ、出番なんだ、もぐもぐ、から!」
「でばん、むぐむぐ、なんだ、むぐごくん、から」
皿から口へと動く手と、咀嚼と喋るを行う口の動きを全開にさせて二人が答える。
「二人とも食べるか喋るかどっちかにしなさい!」
見かねたイヨリがそう言えば、二人はピタリと喋る方を止めた。
そんな二人の素直すぎる態度に、やさぐれ気味のジンタは思ってしまう。
やっぱ俺の心配より食い気だよなぁ~、と。
「ジンタさん大丈夫ですか?」
心配そうに声を掛けてくるイヨリに対して、テーブルに頭を置いたまま、右手を上げ親指を持ち上げる。
「ふふふ、大丈夫。と言いたいけど、まあ、あと一週間もあれば、きっと俺は精も根も尽き果てるだろうな……」
言っている言葉が無茶苦茶後ろ向きだが、事実そうなりそうだったから仕方がない。
この四日半ジンタのやっている作業は、ジンタからすれば全部とんでもない仕事ばかりだった。
例えば、ゴーレムへと獣人化したしたイヨリと一緒に大木を運ぶとか、同じくハリゴンへと獣人化した竹と一緒にコンクリートのように乾燥すると固くなる土などを運んだりとか、ノームへと獣人化した梅と一緒に、運んできたコンクリートのような土に水を加え一緒に捏ねる作業などなど、獣人化特有の技能でカバーすればそうキツくもない作業だが、それが一切出来ないジンタからすれば、それらすべてが重肉体労働でしかない。
そんな状況がもう四日半も続いているのだ。
これもひとえに、竜女の一声あっての事。
「女を紹介してくれるのか」きっとあの一言を聞かれていたのだろう。
ジンタは竜女に相当警戒されている。
それだけ、竜女があの女ったらしのラインのことを好きなのだろうが、なんというか、つきあい始める前も竜女はかなりイライラしていたが、付き合ったら付き合ったで、今度は別な意味(浮気の心配)で竜女は苦労しているのだろうと、ジンタも多少竜女に同情してしまう。
もっとも、そんな竜女の防衛しようとする努力のお陰であろう、あの日以降ジンタはラインの元へと行くことが出来ていない。
正確には、そんな体力が残っておらず、部屋に帰るなり、夕食も食べずにばたんきゅーとベットに倒れる日々だった。
「ジンタさん、さすがにそれではこれからのことに支障がでますよね。私の方からも竜女さんに言いましょうか?」
イヨリが心配そうに言うが、
「いや、いい……。そんなことしたらイヨリの方までとばっちりが来るかもしれないから……」
恋は盲目。今の竜女にそんなことをしたら、イヨリにもきっととばっちりが行きそうだ。
ほんと、あのバカは……。普段からご機嫌取りやら優しくするやら、ちょっと色々自制して竜女さんの警戒を緩めておくとか出来ないのか……。
と、思ってしまうが、一秒も掛からずに答えが出る。
まあ、あいつにそんなこと期待出来ないわなぁ、と。
とりあえず、ラインのことはこの際後回しにするとして……。
ジンタは、のそっと頭を持ち上げる。
今、この場にはジンタを始め、ミリアとあーちゃん、そしてイヨリと、家族である四人しかいない。
それ以外のみんなは、それぞれの家族ごとに別れて行動している。
理由は、少しでも多くの情報集めのため。
クラーケン戦では、まったくと言って良いほどの情報不足で戦い、こっぴどい目に合っている。だから今回は少ないとはいえ、集められるだけ情報を集めようと、それぞれが広い食堂の中で、バラバラのテーブルに付き、話聞こえてくる情報を集めていた。
今こうしてイヨリ達と話をしていても、ジンタの耳にドラゴンに付いての話が聞こえてきている。
もっとも、実際にドラゴンが現れ一週間以上、これだけ経つと情報に尾ひれや過剰な表現と歪んだものも増えてくる。
ドラゴンの舌は数十メートルも伸びて獲物を捕獲するだの、ドラゴンが歩くとその場所にマグマが噴き出るだの、さらにひどいのだとドラゴンは空を自由に飛び回るだのと、もう言いたい放題だ。
遭遇したとはいえ、たったの一回。
しかも、こっちは浮き足立ち逃げ惑う形での話だ。
すぐの話でもあやふやなものが多いのに、日が経てばよりそれが濃くなるのは明白だ。
ジンタは、意識を遠くの声達ではなく、自分の家族の方へと向けた。
「もうめぼしい情報はあまり無さそうだな。とりあえず、今日の夕飯時はみんなで食べよう」
いくらか声を潜め、ジンタが言えば、
「分かったよジンさん。ロンシャンくん達にも言っておくね」
「分かったぉ」
「はい」
と三人が頷いてくれた。
「さて、それじゃあ今日も一杯しごかれに行きますか」
自分を元気づけるように言いながら、ジンタは席を立った。
※※※※※※※※
朝食を食べ終わり、ここ五日通っている治療病棟となる建物にロンシャンはいた。
この五日の間にけが人の治療らしい治療はほとんど終わり、ロンシャンは保健医に言われた通り、エルファスとベンジャミンの二人に魔法を教えていた。
「どうかな、大体『ハイヒール』のコツは分かった?」
「うん、なんとな~く分かったけど。一応今度ミトがケガした時に実験してみるね」
「私も何となく分かりましたですわ。エルファスさん同様に、今度松がケガした時実験してみるですわ」
「実験っていうとなんか二人が可哀相に思えるけど、でもそれでいいかもね」
ニタッと不気味な笑みを浮かべる二人に、ロンシャンは苦笑する。
「それで、次の魔法は『シールド』だね」
「うん」
「はいですわ」
「これは言葉通りで――――」
厳しいとは程遠くも、それでも着実に力を付けていくマスター達。
※※※※※※※※
「そ、そうなんですか。で、では今日は皆さんと一緒に夕飯を食べると言うことですね?」
「そうなんだけど、竹さんに梅さんはどうかな?」
ジンタが、仕事開始前に竹と梅の二人にそう持ち掛けると、
「わ、私は構いません」
「わっちも、竹さんと一緒だす」
二人は快諾してくれた。
「じゃあ、とりあえず今日の仕事も三人で頑張ろう」
「は、はい」
「はいだす」
こうして三人は今日一日の開始した。
※※※※※※※※
「そうですか、分かりましたわ。今日の夕食は皆さんで、と言うことですわね」
「はい、そうなんです。大丈夫そうですか?」
「もちろんですわ」
いつもの真っ赤なドレスのような服ではなく、作業用のややくたびれたような服を着たリカは、まったく同じような服を着たイヨリとそんな話をした。
二人共、左右の肩にそれぞれ三本ずつの大木を担ぎ、平然と歩きながら。
※※※※※※※※
「リゼット、見てるだけでお腹空いてくるぞ」
「いえ、先程朝食をたべたばっかりですよ、リゼットさん」
「そうですよねぇ~。でも、見てるとお腹空く気持ちも分かりますよ~」
「…………」
リゼット、雪目、水音の三人は、朝食終了と共に、厨房に入り今度は昼食を作るために動き始めた。いつも通りに、リゼットは作る二人をヨダレを垂れ流しながら眺めるだけだったが。
※※※※※※※※
「それで、あそこにいるのがミナミさんとキタさんで、あっちの奥にいるのがニシさんとヒガシさん」
「ふむふむ、ミナミ、キタ、ニシ、ヒガシ――さんっと……」
「ふむふむ」
「あっちにいるのが、ウエさんとシタさんで、そのちょっと隣を歩いているのが、ミギさんとヒダリさん、だわ」
「ふむふむ、ウエ、シタ、ミギ、ヒダリ――さんっと……」
「ふむふむ」
即席で作られた櫓の上から地上を見下ろし、ミリアはあ―ちゃんと共にカインと麗火の二人に今日も人の名前と顔を教えてもらっていた。
※※※※※※※※
「それで――あのドラゴンは本当に男性なのでしょうか?」
「いや、それは私も知らんが……。私からすれば、ラーナ君、君がそこまでそのことに執着していることの方に興味がでてくのだが、良ければちょっと脳を見せてくれないだろうか?」
「それは出来ません。なにせ私は変態ではありませんので」
「え…………?」
マスター達が勉強中、ラーナと保健医、二人の変態の不毛な言い合いは続いていく。
※※※※※※※※
「じゃあおれっち達も、今日の夕飯はみんなと一緒に食べるんだな?」
「ああ、だからちょっと飛ばすけど、松、付いてこれるか?」
「へへっ、おれっちは負けねえぜミト!」
そう言い合いながら、二人はカナンから南東の砦へと向け、より力強く加速していく。
※※※※※※※※
全員がそれぞれに日常を開始した時刻、ソレはまどろみのような眠りから目を覚ました。
自分がいつも眠っているそこで、いつもの目覚めのように軽いアクビと伸びをした。
ゆっくりと立ち上がり、さて、どうしようか? と、まだ眠っているのだろう働かない頭で考え出す。
ゆっくりと吸い込んだその鼻に、何か不快な臭いを感じた。
立派すぎる上体を力強く持ち上げると、四肢に軽い痛いみが走る。
『ぐぉるる』
自身では小さく唸ったつもりだが、そこは発光苔によってほの暗くも明るい洞窟の中、音が無数の壁に反響し響き渡る。
不快。その感情が、自分が何故寝たのかをソレに思い出させた。
多少であっても、体が大きくとも、痛みというのはいいモノではない。
それに、久々に動いたことで多少なりとも疲れもあったのだろう。
だから少しお昼寝のつもりで寝たのだと。
そこまで思い出せば、後は川の流れのように、次々と思いだしていく。
腹を満たすため、少しの暇を潰すため、いつものように小さき者達を虐めてやろうとしたのだが、反撃にあったことを。
それはあまりに久方ぶりの抵抗だった。
またその反抗が今まで記憶にないほど小さき者にしては強かったこともあり、微かに鱗を痛めたことに少し落ち込んだことを。
そこでソレはふと、長い首を傾げた。
――いや、それは本当に初めて経験した強い抵抗だったろうか、と。
遙か遠い昔に、そういった経験をしていなかったかと考える。
しかし思い出せない。
長き眠りとまどろみが、考えようとする頭に靄を掛ける。
もう一度、軽く溜息程度に息を吐き出すと、それは突風の如き音を洞窟内に響かせ、出口へと抜けていった。
そしてソイツは切り替えた。
思い出せない過去よりも、今を楽しもうと。
――多少イラつきもするがまあいい。とりあえず今は、小さき者の中では強いのであろうあの者達を相手に少し遊びに行くか、と。
まるで絶対的強者が自分が負けないことを前提に、相手を楽しみながら虐めるかのように、まるで猫が捕らえたネズミをいたぶり楽しみながら殺すように、その程度の気持ちでソイツは洞窟の出口へと向け歩き出した。
久々の暇潰しを、楽しそうに思い浮かべ。
※※※※※※※※
最初に、ジンタの耳に届いたのは松の大声だった。
きっと全速力でここまで走って来たのだろう、激しく息を切らせて松はやって来た。
ドラゴンが動き出した、と。
ここ数日、その言葉に誰しもが色々な思いを抱いていただろう。
ある者は、力試しに。
ある者は、仲間の敵討ちに。
ある者は、このままずっと寝ていてくれと。
ある者は、ビクビクと震えながらに。
そんな色々な思いを抱いている全員が一斉に動き出す。
それまで行っていた仕事を中断し戦闘の準備を始めるために。
ジンタも手に持っていた左官用の道具を放り投げ、すぐに借りで与えられた宿に戻り防具と武器を身に付けていく。
着替えている途中で、同じく作業服を着替えに戻ってきたイヨリと手短に話をする。
「俺は着替えたら馬車の準備に行ってくる」
「はい、私も皆さんを見つけて馬車に行くよう伝えます」
「ミリアとあーちゃんも探しておいてな」
「はい、分かっています」
先に着替え終わったジンタが、最後に右腰の後ろにぶら下がる格好の大きめのボストンバッグの中に目を通してから外に飛び出す。
「じゃあ、先行くからな」
「気を付けて」
再度の短いやり取りで、ジンタは馬車小屋に向け走り出した。
着くなり、用意されていた二頭の馬を慌ただしく動く周り同様に荷台へと誘導し準備を始めた。
最初に来たのはロンシャンを始めとしたリカ達だった。
「他に何か手伝えることはありますか?」
こんな状況でもしっかり周りを見る事が出来るロンシャンに感服してしまうが、ジンタ首を横に振る。
「いや、とりあえずロンシャン達は馬車に乗っててくれ、周りは見ての通り大わらわだから道を少しでも空けておいた方が良い」
「そうですね」
一度左右にを見てロンシャンも頷き、リカに手を引っ張られ荷台へと上った。
それからエルファス達、そしてベンジャミン達と続けて来たのに対し、我が家族達は姿を現さない。
「あれ? うちのはどこに……」
もう馬車の準備も整い、ジンタも御者台で待機している格好だ。
周りの馬車も、半数以上が出発していく。
更に待つこと数分。
イヨリに手を引かれながら、ミリアとあ―ちゃんが姿を現した。
「おいおい、一体その格好は……」
見たジンタが、呆れたように尋ねる。
「もうこの子達、来ないと思ったら食堂でご飯食べていたんですよ!」
プンスカお怒りのイヨリだが、当の本人達は風呂敷を包んだような袋を担いで持っている
「だって今から行くんだったら、お昼食べれないでしょ!」
「でしょ!」
もぐもぐと口を動かし、その口の周りにきっとスパゲティだったのだろうケチャップのあとをつけながら、二人が抗議する。
「なんで貴方達はこんな時に、そんなマイペースなこと言っていられるのか、私には分かりませんよ」
本当に分からないと言った素振りを見せるイヨリだが、それでも荷物を持った二人を荷台へと押し上げて自分も上がる。
「よし、全員いるな? 行くぞ」
ジンタの掛け声に「おう」とか「はい」と返事がある。
頷き返し、勢い良く手綱を振り下ろそうとしたジンタの耳に別の声が響く。
「お~~~い、待ってくれ~~~~」
と。
見れば、両手にかばん、脇の下に杖を挟んだ保健医がヒィヒィ息を切らせて、フラフラしながら走ってくる。
「よし! 行こう」
ジンタは、見なかったことにして馬車を発進させようとしたが、
「『ウインドストライク!』」
声が響き、圧縮された空気の塊が今まさに馬車を走らせようとしているジンタの横っ面を殴るように突き抜けた。
「ぶほっ」と声を上げ、意表を突かれて殴られたジンタは大きく上体を横にすっ飛ばされた。
二人座れる御者台の空いている側に倒れ込み、そのまま勢いで地面に落ちたジンタの背中に足を乗せ、踏み台にした挙げ句、保健医は御者台に座る。
「ふ~~、なんとか間に合ったな」
汗を拭い、息を切らせながらも平然と言い切る保健医。
「おい、何が、なんとか、だ! お前出発しようとしていた俺を魔法で吹き飛ばしただろ!」
「それは君が「待ってくれ」とお願いしている私を無視して、出発しようとしたからだろ?」
あっさりと返されて、ジンタはグゥの音も出ない。
事実なだけに。
無言で御者台に戻ったジンタは、再度みんなに声を掛けて馬車を発進させた。
ドラゴンが来るであろう、本来はゴブリン達を見張るために作られた南東の砦へと向かい。
「ま、松さん。ドラゴンは本当に現れたんですか?」
「いや、おれっちもゴブリンの森から連絡係の報を受けて、すぐに来たから見てはいねえんだ」
「そうだすか……」
伝達係だった松に、家族である竹と梅がパタパタと風を送る。
もう息は整っているが、ここまでの距離を走ってきたのだ。やはりかなりしんどいはずだ。
「ミトは大丈夫そう?」
「ああ、大丈夫だと思うぜ。ミトはおれっちとは別で、東の砦に伝えに行ったから」
「そうなんだ」
ほっと胸を撫で下ろすエルファス。
「ドラゴンの住処はゴブリンの森の更に先、南東の岩山と聞いています。その岩山の先には階層の端であるオーロラが広がっていると聞きました」
「つまりこの階層の一番端っこにいたってことだな」
ロンシャンの言葉に、御者台で馬の手綱を握っているジンタが応じる。
「そうなりますね、そしてそんな端で寝ていたとは言えドラゴンは相当に大きい、その大きさとこちらの連絡係の移動時間を加味しても、きっと到着した時には戦いが始まっているかも知れないですね」
みんな予想はしていた。しかし実際にそう言われると緊張感はより深まる。
ましてや、言っているのがロンシャンともなれば、それが確定事項のように聞こえてくる。
かなりの速度で移動をしている馬車内は、ガタゴトと相当に激しい振動と音が響いている。
いつもであれば賑やかなほど聞こえてくるみんなの声が、御者台で手綱を握るジンタの背中からは、今日は聞こえてこない。
そんな静寂の中、ジンタの隣から声が発せられる。
「おい君。もう少しこう振動とか揺れとか抑えられないか?」
必死になり、座っている御者台にしがみついているのは保健医だった。
「いや、周りもみんなこの速度で走っているだろ? 俺達だけゆっくりにするわけにはいかないだろ」
「そうかもしれない。だが、見た限りみんな普通に乗っている、なのになぜ私はこんなに乗りづらいのだ?」
「いや、だからそれは――――」
「はっ、そうか! これは君の操縦技術が拙い証拠と言うことだな?」
「ちげえよ! あんたが馬車に乗り慣れてねえからだよっ!」
「ふむ、それもあり得るな」
「それだけなんだよっ!」
これからドラゴンと戦う。
その緊張で思考どころから体まで固く緊張していたジンタだったが、その緊張が一気に解けるほど、間抜けなやり取りが始まった。
「そもそも、あんたはなぜ今回俺達に同行してきたんだ? 戦場ではあんたなんの役にも立たないのに」
「し、失敬なことをいうな君も。こう見えても私はヒーラーだぞ、戦場において回復役というのは、常に慢性的に足りないというのが相場ではないか!」
「そうかも知れないけどよ」
「それにな、私だってドラゴンなんてものをこの目で見ておきたいと思うのが、そんなに不思議なことか? 見たいと思うのは世の中の常識だろう?」
「職権乱用に野次馬根性かよ!」
「そうとも言うな、はっはっはっはっ」
大笑いする保健医に、呆れたような溜息で頭を振るジンタ。
こんな他愛もない、そしてどうしようもないやり取りが、ジンタだけでなく後ろの全員の緊張を取り除いていった。
「そうですね、確かにドラゴンなんてものは、見てみたいと思いますよね」
「おいおいイヨリ……」
「そうですわね、見たいなら見せて差し上げますわ。もっとも私が動かなくなるまで切り裂いた後にゆっくりですが、おーっほっほっほっ」
「ちょっと……リカさんまで……」
「おれっちだって蹴り倒してやるぜ」
「わたしも、みんなにしっかりと魔法を掛けるよ!」
「あーちゃんも、あーちゃんもぶんって投げるぉっ!」
さっきまで重苦しかった雰囲気が一気に弛んだせいか、いつもの、いやいつも以上のテンションでみんながしゃべり出す。
やんやわいわいと話が盛り上がる荷台のみんなの話を耳に、御者席でミリア達が持って来た昼食用のサンドイッチをジンタは頬張った。
ジューシーな肉とサラダ、そしてドレッシングの味を良く吟味し、飲み下す。
そして遠くを見つめてふうっと一つ息を吐く。
「どうしたのだ? こういう雰囲気は嫌いか?」
気付いた保健医が首を傾げる。
「いや、重苦しい雰囲気よりはいいけどさ。ただあまり気を抜きすぎるのはよくないよなぁって思ってさ」
「ああそれはそうだな。しかし悲観だけしていては、勝てるものも勝てなくなるぞ?」
「確かに、な」
ちらりとジンタが隣を見れば、ちょうどクイッと眼鏡を押し上げた保健医だった。
ひょっとしてこいつ、みんなを解すためにあんなことを言ったのか? と、何となく絶対にそんなことは聞きはしないぞと思いつつ、心の中だけでそう問い掛けた。
ジンタが正面に向き直ると、小さく、ジンタにも聞こえるかどうかの声で保健医が呟く。
「(まあ、とりあえず見たいと思ったのは事実さ。だが、最悪本当にどうしようもない怪物なら、上の階から人を喚ばなければならないからな)」
馬車は、着くまでをめい一杯の速度で移動した。
そして、報告を受け三時間後、お昼を幾ばくか過ぎた真夏の炎天下の中、ジンタ達は南東の砦へと到着した。
「あれが……、ドラゴン………………」
「でかすぎやしないか………………」
まだいくらかの距離があるのに、頭一つ、いや体半分近くを砦の砂を二メートル以上盛り上げた防壁の向こうからはみ出させたドラゴンの姿が、そこにはあった。
ごくりとツバを呑むジンタの耳に、
「あんなん倒せるのかよ…………」
誰かの上擦り掠れた声が聞こえた。




