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再会

「やっぱドラゴンってことはよ~、すげえ硬かったりするんだよなあ~」

「例えどんなに硬くても、私に掛かれば同じですわ」

「私はどうでしょう。殴って効果あるんでしょうか……」

「俺っちの蹴りも効果あるかなあ~~へへへ」


 カナンへ向けての馬車の中、一応殺る気に充ち満ちているメンバーの声。


「ねえねえロンシャンくん、ドラゴンってやっぱ強いのかなぁ~」

「ねぇねぇろんしゃくん、やっぱドラゴンって大きいのかなぁ~」

「うん、きっと大きくてすごく強いと思うよ。だってドラゴンはこの世界最強って言われている位なんだから」


「「おぉ~~~~」」


 興味津々な者達の声。


「い、いや~~……。私は夏休みを充実した日々にしたいとは思っていたけど……、別にこんな命を掛けたような充実感じゃなくて、もっと幸せに平穏に暮らす充実感が欲しかったんです」

「で、ですよねぇ……。わ、私も本当は今日武器屋のおやじさんに武器の手入れをしてもらって、ちょ、ちょっと買い物をした後、お、お家で冷たい飲み物を飲んでいたかったです」

「わっちも、家でゆっくりしてたかっただ……」


 後ろ向きな事を口にし、平穏に思いを馳せる者達。


「わ、私はロ、ロンシャン様が行くと仰るから、一緒に行くんですからね! 別にミリアさんがゴニョゴニョ」

「ふむ、ドラゴンか。私は種族ラミアで系統的には同系統ではあるが……。それよりもやっぱりドラゴンに踏まれると気持ちいいんだろうか?」

「リゼット、ドラゴンよく分からないけど、みんな大きい言ってたぞ? ラーナ踏まれたらペシャンコじゃないか?」

「最近お洋服の胸元がまたキツくなってきたんですけど、雪目さん新しい服を買っても良いでしょうか?」

「………………水音さん、あなた年齢的に成長期とっくに過ぎているのに、なぜそんなに育つのですか。私なんてここ十数年この服を着ていますが、胸のサイズ全然変わりませんよ……」


 そして、お門違いな話をしている者達。


 と、御者台で馬車を操るジンタの耳には、全員の声が聞こえてきていた。


「さて、とりあえずもう少しでカナンに着くけど、俺達はその後どうするんだ?」


 ジンタは前を向いたまま、口を開いた。


「ふむ、とりあえず仕事に参加してもらう予定だ」


「仕事?」


「まずはケガ人が多くてな。たった一度のドラゴンの襲撃だったが、如何せん、予想外、想定外、規格外でパニックになった生徒達とその家族達が一方的にやられてしまってな」


「なるほど……。――で、そんな状況なのに、保健医であるあんたが俺達をただ待っていただけじゃないよな」


「ふむ、君は最近ちょっとだけ勘が鋭くなったな」


「いや、俺だって少しは成長をだな……」

「まあ、それは置いといてだな――」


 置いとかないで、と言いたかったが、ジンタはそれをグッと飲み込む。


「実は我が中学校には、非常時の際にのみ開かれるという箱があってな」


「非常時にのみ開かれる箱?」


「ああ、過去に一度も開いたことのない箱らしいんだが……」


「……………………それ、本当に開くのかよ?」


 平目のジンタは、なんとなしに誰かがいたずらでそう言って置いていっただけの箱じゃないかと勘繰ってしまう。


「まあ、それを調べていたんだが開きそうもなくてな」


 ひょいっと、保健医が差し出したのは小さな箱だった。

 大きさ的にはちょっとしたオルゴールの箱のような大きさだ。


「おい、まさか箱って……」


「うむ、これだ」


「持って来たのかよ!」


「まあ、こんな小さな箱だからな」


「ちょっと触らせてくれ」


 両手で握っていた手綱を右手だけで持ち、ジンタが左手を差し出す、


 ペシッと払い落とされた。


「おい」


「これは、中学校で禁断と呼ばれるほどの箱なのだぞ、そうやすやすと渡せるものか! とりあえず君は、カナンヘ向け馬車をしっかり走らせたまえ」


 どうだ羨ましいだろ、と言わんほど胸を張る保健医に対して、ジンタは「はいはい」と疲れたように応じた。




「やあ、待っていたよ」


 爽やかな笑顔でジンタ達を出迎えてくれたのは、ゴブリン戦以来になる隻腕のマスターエルフ、カインと、種族サラマンダーでカインの護衛役(特に女に対して)の麗火だった。


「久しぶりだな、カイン」

「お久しぶりです、カインさん」


 ジンタとロンシャンが挨拶を返すと、ズイッと麗火がジンタの前に立ち、指を突き付けた。


「ちょっと遅いんじゃないの? ドラゴンが出てからもう何日経ってると思ってるの? ほんとのろまなのね、燃やしちゃうわよ」


 相変わらず烈火の如き文句が火を噴いた。


「いや、あれだ。こっちだって色々と用事があって――――って、人の頬を指で押すな!」


「まあ、麗火落ち着いて」


「むぅ……カインが言うなら……」


 ジンタが言っても止める気配がなかったが、カインが言えば渋々としながらもすぐに止めた。


 ――この人はいつもこうだったよ、確かにこうだったよ!


 納得出来ない気持ちが言葉となって喉まででかかるが、ジンタはそれを言わずに飲み下した。


 ジンタが飲み下しに時間を割いている間に、ロンシャンとカインで会話が続く。


「それでカインさん、ドラゴンは今はどこにいるんです?」


「巣に戻っているらしい」


「巣ですか?」


「うん、ゴブリンの森の南東に山岳地帯が広がっているんだけど、その一角に大きな洞窟があって、ドラゴンはそこを根城にしているようなんだ」


「では、そこを狙うと?」


「いや、ドラゴンは灼熱の炎を吐く。だからスペースを制限される巣で戦っては、こちらの被害がどれ程増えるか……」


「なるほど。となると次に現れた時に総攻撃をですか?」


「うん、そのつもりなんだけど」


「なるほど……」


 真剣に考え込むロンシャンを、まるで楽しむようにカインが見守ってる。


 そこに数人の影がカインの元へ飛び出す。


「ねえねえ、やっぱドラゴンは大っきい?」

「つおい? やっぱつおい?」

「攻撃はどうだ? おれ達の攻撃は通じるのか?」

「俺っちの爪でも切り裂けるか?」

「リゼットにご飯まだか?」


 ミリア、あーちゃん、ミト、松、リゼットと、次々に質問をぶつけていく。


「あの、えっと…………」


 勢いに押し込まれるようにカインが後退る。


「い・い・か・げ・ん・にしなさいっ!」


 ッゴン! ッゴン! ッゴン! ッゴン! ッゴン! と見事な音を響かせ、カインに詰め寄る五人の頭が、イヨリによって小突かれる。


「すいません、お騒がせして」


 ぺこりと謝ったイヨリにカインは「いえいえ」と笑う。

 それからコホンと場を戻すように咳をして、


「ドラゴンの大きさはゴブリンの森の木々の倍ほど、体長はそれ以上、長い尻尾の攻撃と踏みつけ攻撃がメインで、こちらの攻撃は一応通りますが、それも半端なモノでは通りません。魔法も同様で、高威力のもの以外は受けつけないようでした。そして一番の脅威はその口から放たれる灼熱の炎、触れるどころか、炎の近くにいるだけで皮膚と肉が焼かれます」


 その時の惨状を思い出すように、ぽつぽつと先程の問いの答えを口にするカインに、全員が緊張し息を飲んだ。


「や、やっぱ、そんなの相手に戦おうなんて、わ、私達にはまだ、ねえ?」


「そ、そうですよね。やはりここは先輩方に任せて、我々は救援の方に回るとかして――――」


「んだ。わっちもエルファスさんと竹さんの言う通りだと思うだ」


 三人が、声を震わせて言う。


「ですが、それだけであったなら、我々がここに呼ばれる意味がありませんのよね?」


 リカが涼しげに、しかし自信を持った目をカインに向ければ、カインは一度済まなさそうに目を逸らしてから、ジンタ達を見た。


「今回も、前回と同様、いや、それ以上に、皆さんの力、特にマスターミリアリタの範囲強化魔法を頼りにしています」


 キッパリと言い切ったカインの言葉に、場が静まり返る。


「まあ、そうだろうな。もし俺がお前の立場でも、やっぱミリアの力を当てにしちまうしな」


 一つ息を吐いて、ジンタが頭を掻いて答えれば、


「まあ、こんな経験めったにねえしな。一丁やってやるぜ」

「私がいるんですのよ? 瞬殺ですわ、おーほっほっほっ」

「精一杯、頑張ってみますね」

「おれっちもやれるだけやるぜ」

「私も目一杯手伝うよ!」

「あーちゃんも! あーちゃんも!」

「うぅ……、そう言われたら、私もやるしかないじゃないのよぉ……」

「エルちゃん、頑張ろう」

「わ、私も頑張りますですわ!」

「炎が相手ですか……私の氷と水音さんの水の力で、なんとかしてみましょう」

「はい、雪目さん頑張りましょう」

「リゼットは飛んでていいか? ちょっと逃げるように飛んでていいか?」

「はぁ~~、し、仕方ありませんよね。こ、こうなることはここにくると言われた時点で分かってましたから……」

「んだ、竹さん、一緒に頑張るだ」


 全員が、それぞれに思いを持ちつつ頷いた。

 たった一人、何事か悩むラーナを除いて……。


 そのラーナがカインの前に立つ。


「カイン殿、一つお聞きしてもよろしいだろうか?」


 神妙な顔のラーナに、カインも綻びかけた笑みを止め真顔になる。


「我々が相手にしようとしているドラゴンというのは――――」


 カインだけでなくその場の全員が息を飲む。


「男性でしょうか? 女性でしょうか?」


 右手の人差し指と左の人差し指を持ち上げてラーナはそう聞いた。


「――――――――は?」


 何を聞かれたのか、きっとカインの頭も追いつかなかったのだろう、小首を傾げ間抜けに口を開いた。


「いや、ですから、ドラゴンというのは男性でしょうか? 女性でしょうか?」


 もう一度両手の人差し指をくいくいと動かしてラーナが聞く。


「えっ……と、どっちなのか、僕にも分かりません」


 まったくもって当然と言えるカインの回答に、ラーナは腕を組んで、


「そうですか、分かりませんか……」


 困ったとばかりに真剣な顔で考え込むように踵を返した。


「えっと、それが分かると何が分かるのですか?」


 聞かれたことに対して、それにどういう意味があるのかどうしても理解出来ず、当たり前の疑問をカインがラーナにぶつけた瞬間、その場の全員が「「「「あっ」」」」と声をあげた。


 しかし遅かった。

 くるりと振り返ったラーナが、


「そんなのは決まっています。男性なら踏まれても正常ですが、女性なら踏まれると変態じゃないですか」


 きっぱりと言い切った。


「え? 踏まれる? ――――ああ……そう、なんですか?」


 きっと、それがどういう意味かこれまたまったく理解出来ていないのだろう、カインが助けを求めるようにジンタ達を見た。


「えっと、ラーナはとりあえずそういう人なんだ。だから、まあ大丈夫だ」


 何が大丈夫なのかジンタにも正直分からないが、とりあえずこう言っておくのが一番早くこの場を終わらせられると思い、そう伝えた。


 そうですか、と今だ腑に落ちない顔のカインだったが、深く突っ込まれてもジンタにだってどうしようもないし、答えようもない。


 しいて言えば性癖としか……。


 そこでパンパンと両手を鳴らして、今まで無言だった保健医が全員の真ん中へと立つ。


「さて、これからの話も大体纏まったみたいだな。とりあえずまず始めに、これから全員にそれぞれの仕事をしてもらうぞ」


 そう一同を見渡してから、指示を出していく。


「ミリアリタを除いた若木達はけが人の治療を手伝ってくれ。食事を作れる者はそっちの手伝い、それ以外は街の防衛力を上げるための力仕事全般だ、以上!」


 テキパキと指示し、最後にパンパンともう一度手を叩く保健医。

 しかし、誰一人として動き出そうとはせず、その場でぼう然としている。


「ん? どうした? なぜみんな固まっている?」


 さすがに誰も動かない状況に保健医が訝しむ。


 全員がそれぞれと目を合わせ、代表するかのようにロンシャンが一歩前に出た。


「せ、先生って、一応そうやってシャキシャキと的確に指示とかってだせるんですね」


「なっ……、お、お前達私をなんだと……」


 ショックを受け、仰け反るような格好で保健医が呟くと、


「変態教師」

「変態保健医」

「つるペタ」

「ダメな大人の見本」

「お風呂に入らない人」

「マッドサイエンティスト」

「給料ドロボー」

「結婚出来ない人」

「ダメな人」

「つるつるぺたん」


 などなど、とりあえずみんなが保健医に抱いている印象そのまま口にした。


「よし! 人にどう思われていようが私は寛大だからな、大概のことは許そう。しかし! 『つるペタ』と『つるつるぺたん』と言った者は、とりあえずここに残っておけ!」


 叫び、全員を指差す保健医の前のから、全員がクモの子を散らすように走っていった。


 残っているのはジンタとミリアとあーちゃん、そしてぼーっとしていたリゼットだけだった。


 残った四人を見て保健医は「ふむ」と頷き、ジンタの前に立ち、ベチンッ! と目一杯頭を叩いた。


「おい! いきなり何を――」


「君か? 君が『つるペタ』と!」


「違うわっ! ってか、ほんとお前それ引き摺ってるなッ!」


「当たり前だ! はっきり言おう私が何百年それを気にしていると思っているんだ!」


「そんなにかよ! もう気にするなよ! そこまで気にしてるんなら、なんか詰めておけよ! 大きく見せておけよ!」


「それはやったんだ! しかし突っ掛かりがないせいですぐにズレてしまったんだよ!」


「しるかっ!」


 互いに胸ぐらを掴み合い、口論する二人をその場に残る全員が可哀相なものを見るような目で見つめている。


 それに気付いた保健医は「こほん」と如何にもわざとらしい咳払いをしてから、


「ああ、若木であるミリアリタ。君にはこの街にいる全員の顔と名前を覚えてもらう、君の範囲強化魔法は相手を認識していないとダメなのだろう?」


「うん、知らない人にまで掛けちゃまずいでしょ?」


「うむ。範囲全てでは、それこそドラゴンにまで掛かってしまうからな」


「うん」


「ではカイン。君はミリアリタに次に戦闘があった場合、参加するだろう者達をミリアリタに会わせてやってきてくれ」


「はい、分かりました」


「あーちゃんは?」


 ミリアが手を繋いでいるあーちゃんを指差す。


「うむ、あーちゃんくんは、ミリアリタの護衛を頼もうか」


「うん、あーちゃん、みりあをまもるよっ!」


 はいっと元気に手を上げるあーちゃん。


「それで……」


 保健医だけでなく、全員がもう一人の残り人たるリゼットを見る。


「リゼット……、お腹空いたよ……」


 全員に見つめられたリゼットは、そう呟いてお腹をさすった。


「はぁ~。まあ君はそういう子だったな」


 何とも言えない溜息を吐いた保健医だったが、同時にぐぅ~~っと別の方向から腹の音が鳴る。


「わたしも減ったかも……」

「あーちゃんも……」


 お腹空いたに反応した二人がリゼット同様に俯く。


「分かった分かった、とりあえずリゼットくん、君もミリアリタ達と一緒に行動してくれ。カイン、まずはこの子達を食堂に連れて行ってくれ」


「はい」


 そのやり取りで三人の目が眩く輝いた。


「で、君はなぜ残った? まさか、やっぱり君が……」


 一気に目を細める保健医の顔をガシッと鷲掴む。


「俺はカインに聞きたいことがあって残っただけだ」


 ジンタは保健医にアイアンクローを決めたまま、カインに尋ねる。


「なあカイン、ラインはどこにいる?」


「え? あ、あ~~ラインですか?」


 言われたカインは面食らったような素振りをしてから、困ったように頬を掻き隣で控えている麗火を見た。


 麗火は呆れたように大仰に溜息を吐いてから目元を揉み、ゆっくりと口を開いた。


「あのバカなら今は治療中です」


「治療中? アイツもケガを?」


 その言葉にはさすがにジンタも心配になり一歩詰め寄るが、麗火はそれが分かっていたように手で制止、


「ええ、ですが、ドラゴンによるケガではありませんよ」


「え?」


「むしろあのバカ、ドラゴン戦では奇跡的にほぼ無傷と言って良いほどでした」


「はぁ? じゃあアイツは一体何で……」


 困惑するジンタの前で、再度呆れたような疲れたような大きく長い大仰な溜息を吐いて、麗火は口にした。


「数日前、浮気しているのが竜女にバレて…………」


「あ、ああ……、なるほど……」


 何となく納得したジンタが呆れて頷くと、


「な、なんでも、一番最初にドラゴンに襲われたのはラインと竜女だったらしいんですが、その際にラインが竜女に、お前とだったら一緒に死んでもいいとか、もし生きてたらもう浮気はしないとか、まあ色々と言っていたらしくて……」


 あはは……と呆れたようにカインが言うと、


「それを、たった二日で破ったのよあのバカは……」


 ことさら疲れたように麗火が引き継いだ。


「な、なるほど……、なぁ……」


 ジンタも苦笑混じりに同意するが、そのジンタも、これからラインに新しい出会いを紹介しに行こうとしていることは、さすがにここでは告げられなかった。




 とりあえず、ミリアとあーちゃん、そしてリゼットをカイン達に預け、ジンタはお見舞いと言う名の大義名分と、お見舞い用の一応の果物セットをぶら下げ、女ったらしでバカな男であるラインの見舞いへと向かった。


 一応、指揮官的立場であるカインの『召喚されし者』であるのと、このリリフォリアでは貴重な男というせいか、通常のケガ人が寝ている大きな箱部屋にカーテンだけで仕切られた場所と違い、ラインは小さいながらも一人部屋で療養していた。


 部屋の前に立ち、礼儀としてノックをしようとしたジンタだったが、その耳に何やら艶めかしい声が聞こえてくる。


 ――あの年中発情期野郎……


 こめかみと頬が必然とばかりにヒクつく。


 とりあえず、このまま引き戸式のドアを開けてやろうか、とも思ったが、それはなんかアイツが喜んで、自分がショックを受けそうなので止めた。

 しかし、このままただノックするのは、なんか悔しくもありジンタにとって面白くない。


 だからジンタは鼻を摘まんだ。


 そして、高めの声で、こう小さく言った。


「あら、竜女さんこんちにわ」


 と。


 直後が凄かった。


 ドタバタガシャン! 

「や、やべえ竜女の奴がきやがった!」

「え? え?」

「は、早くどけっ!」

「きゃあ何?」

「さっさと出て行け! 殺されるぞ!」

「い、いきなりなんで」

「その窓から出ろ、こっちはまずい」

「ちょっと、私まだ服を――」

「いいから、服持ってさっさと行きやがれ!」


 ガラッドン!


 もう、見事なほどの慌てふためきぶりに、最初は笑ってやろうとしていたジンタだったが、少しやり過ぎたと引いてしまったほどだ。


 しーんと鎮まった部屋の前、やり過ぎたことに自分の方が動揺し、ジンタは数秒その場で深呼吸と「俺のせいじゃない俺のせいじゃない」と呟きくり返した。


 その甲斐あって、ドクドク鳴る心音が落ちつき、ジンタは気を取り直して引き戸式のドアを叩いた。


「開いてるぜ~~」


 白々しいほどの声で中から返事がある。


 一応、まだ残る後ろめたさから、ゆっくりと引き戸を開けて、声を掛ける。


「よ、よう、元気だったか女ったらし」


「お? おう、なんだどーてー卒業生かよ」


 普通に声を掛けるつもりが、いつもの売り言葉に買い言葉だ。


 目を向ければ、ラインはベットで横になっていた。

 完全に横になるのでなく、枕を腰に置き、やや上体を起こしたように横になっていた。


 この暑い中、頭と上半身にぐるぐると包帯を巻き、汗をかきながらも毛布を一枚掛けている。腹から股間にかけて……。


 そして、毛布から下に見える足は、見事に素足だ。


 ジンタの中で痛々しい姿よりも、なぜかあの毛布の下がどうなっているのか、想像もしたくないのだが、つい想像力が働いてしまう。


 やり切れないほどの不快な気持ちが迫り上がってくる。

 それと同時に、途中にさせてしまったことに申し訳ないようような気持ちも幾ばくか出てくる。


 ジンタが色々な意味で葛藤していると、ラインは竜女が来てないことに安堵したのか、ほれほれと「土産を寄こせ」と言うように手を差し出した。


「お前よぉ、俺様の見舞いに来るの遅くねえか?」


「あ?」


 ちゃらけた感じの物言いと仕草に、ジンタの頬が心配からではなく、ムカつきからの痙攣をする。


 ああ、なぜだろう、見ればそれはもう痛々しいほどグルグルと包帯を巻いているのだが、ほんとになぜだろう、心配する気持ちもいくらかはあったはずなのに、こうしてあの白々しい顔とちゃらけた声を聞くと、なぜか腹が立ってくる。


 よくよく考えれば、包帯をあれだけたっぷり巻いているくせに、ヤルことはしっかりやっているんだがら、こいつもう大丈夫なんじゃね? と思ってしまう。


「お前、ほんとはもう大丈夫なんじゃねえの?」


 ベットの横に倒れていた丸イスを起こし、ドカッと座ってジンタは見舞い用に持って来ていた果物セットからリンゴのような果物を一つを取り、自分でクシャリと食べ始める。


「おめえ、それ俺のために買ってきたんじゃねえのか⁈」


 ムキになって、ジンタの咀嚼する果物をぶんどろうとするラインの手を、ジンタはペシリと叩き落とす。


「おっ」

「お?」


 振り回す腕の勢いが良かったせいか、その手を叩き落としたジンタのタイミングが良かったせいか、どしんっとラインがベットから転げ落ちた。


 仰向けで、ちょうど腰の部分をジンタの膝の上に…………。


 ブホッ!


 盛大に口の中の咀嚼物を吹き出すジンタ。


「冷たっ! おめえどこに吹き出しやがんだ!」


 吐き出された咀嚼物は、見事に素っ裸のラインの股間に吹き飛んだ。


「お前がいきなり汚えもんみせるからだろうがっ!」


「ばっ、お前、俺のこれは女泣かせって言われる最強の武器だぞっ!」


「知るかっそんななまくらッ! どうでもいいからさっさとしまいやがれっ!」


 ジンタがラインを振り落とす。

 ラインは必死にベットへと戻る。


「はぁはぁ、とりあえず喉が渇いた。俺にも果物寄こせ」


「はぁはぁ、分かったから、とりあえずその汚えもんをまずは隠せや!」


 ベットに戻ったラインだが、未だにすっぽんぽんのまま、ベットに横になっている。


「別に見られて減るもんじゃねえだろうが!」


「俺の目が腐るんだよ! 色々と俺の中の何かがガリガリと減っていくんだよ!」


「けっ!」


 悪態を吐きながらも、ラインがしょうがなさそうに股間にシーツを掛けた。


「これでいいだろ。さっさと俺にも寄こせ」


 差し出す手に、ジンタは果物を一つ渡す。


 とりあえず、シャリシャリと頬張る音を響かせる二人。


「で、ドラゴンだって?」


 先に食べ始めた分、ジンタが先に食べ終わり、咀嚼代わりに口を開いた。


「ああ、間違えねえ、あれは間違いなく最強の男、そしてドラゴンだった」


「男って……、まあとりあえずどんなだったんだ?」


 二つ目に、バナナのような果物をお見舞いのカゴからむしり取るジンタ。


「あれは、理想だな」


 頬張るのを止め、思い出すように窓の外を見てラインが呟く。


「理想?」


「ああ、俺の理想とする体、って感じだな」


「お前の?」


「ああ……」


 ジンタはバナナのような果物を頬張り、考える。


「ドラゴンってかなり大きいんだろ?」


「デカかったぜ、すげえデカかった……」


「それがお前の理想なのか?」


「まぁな」


 ふっと笑むラインを見て、ジンタは平目になる。


「お前さ、そんなバカデカかったらさ、誰も抱けねえんじゃね?」


 言い終わり、バナナのようなものをモシャモシャと頬張るジンタの顔をラインが間抜けに口を開け見てくる。


「そ、そう言われればそうだよな……、あんなバカデカかったらナニもでけえもんな。つか、あいつもしかしてドーテーかも知れねえな?」


 その言葉に、ジンタもハッとなる。

 ゴクンと咀嚼物を飲み込んだ後、


「だよな。まさかもう一体同じような大きさの奴がいたら別だけと、そんなんいたら困るし、きっといたとしたら今頃この階層はドラゴンで埋め尽くされているよな」


「だよな! そうだぜ、あいつはきっとドーテーだ。それは確定だ」


「だな、それには俺も賛成だ」


 なぜか、互いに笑んで勝ち誇ったように握手をする二人。


「で、冗談はこの辺にしてだ。アイツの鱗、あれは俺にとって理想の鱗だ」


「鱗か……」


「ああ、触った瞬間にビビって来たぜ。あの触り心地は俺が理想としているモノだった」


「そんなにか?」


「ああ、あれは別格だ、相当硬えぜ。あれで鎧と盾、そして剣を作ればかなりの業物になる」


「お、おお、ドラゴン装備か!」


「ああ、ドラゴン装備だッ!」


「それはいいな」


「いいだろ」


 武器を扱い、盾を扱う者同士、琴線に触れたのか二人は笑いながら手を握り合う。


「ジンタ、もしアイツを倒したら、鱗をきっと持ち帰って来いよ」


「ああ、もちろんだ」


 ビッと親指を立てる。


 一つの話の区切りを経て、二人の間に微妙な雰囲気が流れる。


 ジンタは半魚人やマーメイドの件をラインに話すつもりでいたのだが、それは詰まるところラインに押しつけることになる。

 果たしてそれはいいことなのかどうか……と、もっとはっきり言えば、ジンタ自身の中の良心の呵責が話を切り出せない壁となっていた。


 そんなジンタの素振りに何かを感じたのか、それともただ何となくその雰囲気がいやだったのか、ラインが先に口を開いた。


「なんだぁ~、イヨリちゃんが遂にお前では物足りなくなってきたから俺に抱かせてくれ――――」


「よしっ! お前今死ねっ! すぐ殺されろっ!」


 良心の呵責が一気に吹き飛び、ジンタは本気でラインの首に手を持っていく。


「じょ、冗談だって、ほんとマジで冗談だ!」


「次言ってみろよ、本当に殺してやる……」


 怪しく笑うジンタに対し、ラインは優しく笑んで、


「イヨリちゃんとはうまくいってるようだな。じゃあ一体なんの相談だ?」


 カゴから果物を一つ取り、頬張りながらラインが聞いてくる。


「んんんんんん~~~~~~…………」


 改まってそう聞かれると、どうしても言い淀んでしまうジンタ。


「本当に何だよお前は。もしかしてお前がケガした俺に女を紹介でもしてくれるってのか?」


 冗談めかして言ったつもりなのだろうラインだったが、まさしくその通り「女を紹介する」と言う一番大事な部分をピンポイントに言い当てている。


 ジンタが驚いた顔でラインを見ると、


「おい、ちょっと待て、お前まさか本当に……」


 たらしの直感か、はたまた第六感か、ラインの目が鷹のように鋭くなる。


「あ、あ~~、い、一応だぞ、その、なんだ」


 凄むラインの視線を避けるように、右に左に、上に下に、視線を彷徨わせるジンタ。


「おい! まさかお前本気で俺に女をっ!」

『女が何かしら?』


 ジンタの両肩をガッチリホールドしラインが詰め寄った瞬間、部屋の扉がスライドし、やや不機嫌そうな女性の声がした。


「「ヒィッ!」」


 ジンタとライン、二人が同時に悲鳴のような短い声を発する。


 聞こえてきた不機嫌な声、その声にはジンタも聞き覚えがあったからだ。


 十中八九間違いなく、ラインと同じカインの『召喚されし者』の家族で、そしてラインとは恋人の女性、竜女その人の声だ。


「ねえ、ラインにジンタ君、一体何の話をしているのかしら?」


 悠々と靴音を鳴らし、竜女が近づいてくる。


「よ、よう、竜女。きょ、今日は来るのが早くないか」


 平静を装って言ってるつもりなのだろうラインの声はしかし、完全に上擦っていた。


「そうかしら? それならきっと、そこにいるジンタさんの家族とその仲間の方々が来てくれたお陰で、かなり仕事が進んだせいしょうね」


 背中側から、感謝するようにやや高めの声で喋っている竜女なのだが、何故かジンタの脳裏にはイヨリの機嫌が悪い時の顔を思い起こさせる。


 目の前に見えるラインなど、真っ青な顔と、半ば開きかけた瞳孔でジンタの後方を見ている。

 顔同様に真っ青になっている唇を震えさせて……。


「で、二人でなんの話をしていたのかしら?」


 ぽん、と後ろに立った竜女が、ジンタの肩に軽やかに手を置いた。


「かはッ! な、なんでもありません……」


 肩に置かれた、女性にしてはやや大きめの右手が、ジンタの右肩を万力のようにミシミシと締め上げていく。ジンタの右肩がなで肩のように下がる。


「お、おい竜女、も、もうその辺で――――」

「何、かしら?」


「……い、いえ、なんでもありません……」


 さっきまでジンタに見せていた、傍若無人、唯我独尊的態度が今は鳴りを潜め、ラインは素っ裸の腰の上に掛けた毛布を、震える手でギュッと握り俯いた。


 ――ああ、やっぱコイツも完全に掴まれてやがる。


 痛みで、自分の右肩をなで肩のように下げながらも、ジンタは自分が最近イヨリにキッと睨み一つで、つい怯えるように俯いてしまうのと同じ行動だと理解した。


 何故か、勝てないのだ。

 何故か、それまでは多少怯んでもなんとか言い返せてたものが、言い返せなくなるのだ。何か得体の知れない何かを鷲掴みにされたように。


 そういう場の支配力というか、圧倒的精神の強者的な、そういう関係になると女には生まれるのだ。


 痛みに涙が浮かんでくる中、ジンタは言う。


「お、俺、もう行くわ。ラ、ラインおまえもゆっくり治せよ……」


「ああ、ああ分かってるって。しっかり治す、治すから早く行け」


 自分では見ないようにしているが、右肩に食い込む竜女の指がジンタの肉にめり込んでいくのが、感触で感じられる。

 ラインにはそれがくっきりと見て取れるのだろう、必死に頷き促してくれた。


「あら、そう? もっとゆっくりしていけば良いのに」


 地獄から天国、ふっと一気に弛んだ右手がジンタの肩から離れる。


「は、はは、い、いえ、俺もみんなの所に戻って仕事しないと――――」

「ああ、皆さんなら砦側――東の城壁の外で新しい防壁を作っていますのでそっちに行くといいわ」


 獣人化の出来ない貧弱なジンタに、竜女は有無も言わせないタイミングと視線で、強制肉体労働場所へと案内した。


 ――満面の笑顔で……。

年末なせいか、ちこっと忙しくなかなか書く時間が少ないため、遅くなっています。

ゆっくりとまったりとでも進めていきますので、よろしくお願いします。

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