ドラゴン
「はぁ~~~~? ……………………ドラゴン?」
素っ頓狂な声を上げて、ジンタはハゲ頭にタオルを巻いた武器屋のおやじをまじまじと見つめた。
海旅行から、落ち着ける我が家へと到着したのが、昨日の深夜。
馬車の返却やらなんやら、もろもろの用事などを次の日に回して、昨晩は全員がすぐに部屋で爆睡した。
そう言った経緯もあり、朝食を済ませ馬車を返し、お土産話ついでに武器の手入れ頼もうとラペンの街の武器屋へ寄ったジンタだったのだが。
「ああ、何でもゴブリンの森に新しく作っていた砦が襲われたらしいぞ」
「……ま、マジで?」
「かなり被害も出たらしい」
「はぁ……」
「今この街がちょっとギスギスしているのも、それが原因だ」
「なるほど、ねぇ……」
出された、と言うよりは、自分で汲んできたヤカンから水を飲み、ジンタは納得した。
朝、街に来た時から周囲の様子がおかしかったのは分かっていた。
第二階層でも、ラペンは一番大きな街だ。賑わいはいつものことだが、今日はその賑わいに、ザワザワと焦るような慌ただしいような、どこか落ち着かない雰囲気が漂っていた。
ドラゴンなんてジンタも架空でしか知らない存在が現れたのなら、街が慌ただしくなるのも納得だった。
そんな架空の中でも上位の存在の名を聞いて、まだ自分が落ち着いていられるのは、第一階層でのトレント、そして先日のクラーケンという大型のモンスターと戦っているのもあるのだろう、とジンタ自身も思う。
「で、そんな怪物が現れたとして、なんでおやじさんがそんな気合いを入れて鉄を叩いてたんです?」
ジンタがここに顔を見せた時、おやじはそれこそ見たことがないほど気合いを漲らせて鉄を叩いていたのだ。
「ああん? そんなのはあれだ、討伐に行くとしたら武器が必要だろ、しかも通常のモンスター用じゃねえ。それこそ対ドラゴン用の超大型の武器が大量に必要になるだろうってんだ」
そう言って「ふんっ」と鼻息荒くジンタの持っていたヤカンをひったくり、おやじはごくごくと水を飲み干した。
「そんな、大きいんですか?」
「話じゃ、ゴブリンの森に生えている木の高さの倍はあるって話だぜ」
「まじですか……」
さすがにそれには驚いた。
ジンタの記憶通りなら、あそこの森の鬱蒼とした木々、その倍の高さということは、足を入れたクラーケンほどの大きさ、つまり三〇メートル級となる。
「まあそんな訳でよ、俺もちょっと忙しいんだ」
水を飲んだせいかぶわっと汗の吹き出た顔を、頭に巻くタオルでゴシゴシ拭き取り、再度頭に巻き直して、おやじは仕事場である鉄床へと踵を返した。
「なるほどね」と、ここに来て何度目かの頷きをして、ジンタは行こうとするおやじの肩を掴んだ。
「おやじさん、だったらやっぱり先に俺の方をやってくれません?」
自分の持つ直剣と盾を渡す。
そして続けて、
「それと、ドラゴン用に武器を作っているのなら、種族ゴーレム用の両手武器も作っててくれないかな」
注文を出した。
「はぁ~~? お前の武器と種族ゴーレム用って……お前何を言ってんだ? 前回のゴブリンやオークの襲撃の時みたいな、どうしてもの状況ならまだしも、まだ二学年のお前らにドラゴン退治の要請がある訳ないだろ」
面食らった顔で言ったおやじの肩を「まあまあ、とりあえず頼むよおやじさん」と言いながらぽんぽん叩き、ジンタは武器屋を後にした。
足早にラペンの街を歩きながら、空を仰ぎ見て呟く。
「……やっぱ、昨日のあれは冗談とかじゃなかったんだなぁ……」
昨日の深夜、我が家に戻った時、扉に数枚の紙が貼られていた。
それは、殴り書きにも近い書き方で『戻り次第至急保健室に来るように!』と書かれていた、のだが……。
如何せん限りなく眠かったのもあり、どう見ても相手が『あの保健医』だったのもあり、びりっと剥がしてクシャクシャにして、ぽいっと投げてしまい、ジンタはすっかりそのこと自体を、頭の中から投げ捨ててしまっていた。
「こうなると、やっぱあの紙の呼びだしの理由はそうなるよなぁ……」
真夏の眩しい空を見上げたまま、ジンタは足を学校へと向け動かした。
※※※※※※※※
ジンタが武器屋で話をしている時、イヨリは呆れたように頭を押さえていた。
「あーちゃん、それよりこっちの方が一杯入ってるからこっちの方がいいよ」
「あーちゃんはこれ! これが食べたい!」
海旅行を終え、あーちゃんのお母さんに会いに行く途中、お土産はお菓子がいいよ! と言い張る二人に連れられ、お菓子屋に来たのだが……。
まあ、お菓子を欲しがっているのはあーちゃんのお母さんではなく自分達なのもあって、なかなか決められない(互いに譲らない)のだ。
「『ソレ』なら、こっちにも入ってるんだよ、あーちゃん」
「でも少しだぉ。こっちは『ソレ』が一杯入ってるんだぉ!」
どうにも二人の間では、ある一品が多く入ってるかどうかが鍵のようで、意見が分かれている。
そして『ソレ』とは、クッキーの間にたっぷりのレーズンクリームを挟んだイヨリも結構お気に入りのお菓子だ。
あーちゃんが持つ袋には、『ソレ』が六つほど入っている。
ミリアの持つ袋は、確かに別の品の数は多いが『ソレ』は三つしか入ってない。
なら両方買って行きましょう、と言えば至極簡単に解決するのだが、イヨリもそれは言えない。いや、正確には言わないのだ。
最近ちょっとその辺りを甘やかしているせいか、二人共こうしてれば、一番最初にイヨリが折れると思っているようで、言い合いを長引かせている節がある。
実際、たま~に二人がちらっとイヨリの顔色を見てくるのだ。
まるで、まだかな~と確認するように。
だから呆れてても、今日は自分から折れないように我慢していたのだが、それが無意味となった。
「そんなに『ソレ』が欲しいのなら、『ソレ』を一杯入れた大きめのセットを作ってあげるよ」
店番のお婆さんが大きめの袋をバサリと広げて言ったからだ。
「あ、あの、そんな事しなくても、何でしたら両方買わせて頂きますから――――」
さすがにそれは悪いと、イヨリが二人の間を割って言ったのだが、
「いいのよ。なんせ大きなドラゴンが現れて、この街だって危ないかもって話じゃないか。もし本当にそんなモンスターがこの街に向かっているんだったら、お菓子の一つや二つおまけしても、全部ダメにされちまうより、食べてもらった方が損にはなんないさ」
ふぇっふぇっふぇっと笑いながら、袋にお菓子を詰めていくお婆さんをイヨリはぼー然と見ていた。
今お婆さんが言った事が一瞬理解出来なかったからだ。
お婆さんは、何が現れたと言ったのか。
お婆さんは、何で危ないと言ったのか。
そして、どうしてお菓子が損にならないと言ったのか。
頭がそれらを噛み砕き、イヨリが理解し始めたと同時に、両脇の二人が呟いた。
「「ドラゴン……」」
頭の中でパーツが揃い、はっとなってイヨリが二人を見れば、お菓子を選ぶ時より目をキラキラさせて、二人はお婆ちゃんを見ていた。
「お婆ちゃんドラゴンって、あのドラゴン?」
「おっきいんだよねぇ、すっっっっごく大っきいんだよねぇ!」
持っていたお菓子の袋をイヨリに押しつけ、二人はお菓子を詰めているお婆ちゃんに詰め寄る。
「ええ、ええ、何でも森の木より大きいって話だねぇ」
「へえぇ~~~~~」
「ほえぇ~~~~~」
イヨリから見れば完全に後ろ姿の二人だが、二人が確実に嬉しそうにしているのが、落ち着きなさそうに上体を揺すって足踏みするようにしているのを見て分かる。
(ああ、なんてことかしら……、街に帰ってきて、ちょっとはゆっくり出来ると思っていたのに……)
イヨリは、どこか遠くを見つめるように視線を上向けた。
(ああ、思い出したくないのに思い出したわ。そう言えば、昨日家の扉に怪しい紙が張ってあったわ……)
見るからに、ろくでもなさそうな内容の紙だったので、ジンタがぽいっと捨てたのを見て、一緒に記憶からぽいっとしていたことを、思い出してしまった。
とりあえず溜息一つ吐いて、イヨリは両手に持つ、さっきまで二人が言い争っていたお菓子の袋と、お婆さんが今詰め終わった袋、計三つを買って、目をキラキラさせている二人を引き摺るようにして、歩き出した。
とりあえず、あーちゃんの母親に旅行から帰ってきたことの報告をしてから話を聞こう。
今、この第二階層に何が起きているのかを。
※※※※※※※※
ジンタが学校に着き、保健室のスライド式のドアをノックもせずに開けると、
「やっと来たのか、この唐変木ののろまめ」
カーテン越しに、いきなりな罵声を浴びせられた。
「いあ唐変木って……。俺だって普通に旅行帰りで「おかえり」の一つぐらい言ってもらってもいいんじゃないのか?」
「ちなみに、君達が帰ってきたのはいつなんだ?」
「ん? 昨日の夜中だな」
「もう半日も経っているではないか」
「いや、そこはまだ半日だろ?」
「まあいい、とりあえずここまで時間を空けてきたと言うことは、大まかな話は聞いたからだろう?」
「まあ、本当に大まかな話だけどな」
「では、話は移動中にすればいいだろう、とりあえず行くぞ」
慌ただしげに部屋とドアの間にあるカーテンが開かれる。
目が合った保健医にジンタは、躊躇いがちに問う。
「いや、行くって……、俺とあんただけでか?」
それに対し保健医は、ぽかーんとジンタを数秒見てから、疲れたように俯いて、
「いや、君だけでは一人分の戦力にもならんだろう? この役立たずめ……」
とんでもなく胸に突き刺さる言葉を、呆れたように投げて寄こした。
言われた事が、まったくもって間違いでないこともあり、ジンタは大きなショックとともに目元を押さえながら、吐き捨てるように答えた。
「ほんとひでぇなあ、おい……」
「では、君達は海への旅行中にも、そんな冒険をしていたのか」
何度目だろう、眼鏡を押し上げ目元を揉みながら、疲れ切った声で保健医に言われ、ジンタは乾いたような笑いをして、「まあ、なあ」と答えた。
「まったく、君達が行くところには問題しか起きないのか? ほんとこれほど色々あると人生も退屈しなくて済むだろう?」
「それには返す言葉もないな」
胸を張るジンタ。
「大体分かったよ。とりあえず半魚人とマーメイドの事に関しては、私も後で話に乗ろう。しかしだ、今その事は端に寄せておこう」
「そうだな。その事を優先してこの街が無くなっちまったら元も子もないしな」
「その通りだ」
「で、ドラゴンって言うのは本当なのか?」
「ああ、間違いないなさそうだな。まあ、見るだけならトカゲの亜種と取れなくもないらしいが、如何せんかなりデカイらしいからな」
「ドラゴンなんて、マジかよ……」
「私からすれば、クラーケンだって十分マジかよってレベルなんだがな……」
疲れたように呟くジンタに対し、保健医も呆れたように言い返す。
「そうかもな……」
海のクラーケン、地上のドラゴン。
どっちも、普通に伝説級だ。
いや、よくよく考えると、ここにいるモンスター全般がジンタのいた世界では普通に伝説級と言うか、伝説の中の話なのだが……。
最近はこの世界が普通に思えて、その事をすっかりと忘れている自分がいる。
「で、そのドラゴン様は、なぜ今頃ここに?」
「ふむ、それなんだがな。どうも我々が知らなかっただけで、実はここ数百年、ゴブリンとオークは結構な被害を受けていたらしい。もっともドラゴンの巣の位置から考えるとゴブリンが主に、らしいがな」
「数百年も?」
「ああ、今回ゴブリンの森の中に作っていた砦が襲われ、撤退を終えたと同時に即座にあんな化け物がどこから来たのかを調べさせたらしいんだがな、どうもそうらしい」
「はぁ……。つまり俺達はゴブリンとオークの領地内に攻め込んだばっかりに、余計な怪物に気付いちまったって言うのか………………よ……………………」
言い終わりかけたジンタは、そこである言葉を思い出した。
『――こ、これで、これで、いい……ざまあ、み……ろ……』
今砦を作っていた場所。ゴブリンとの最後の戦いで、ジンタはその言葉を耳にしたのだ。言ったのは長と思われるゴブリン。
それがどういう意味なのか、問いただそうとしたが、その時にはもう相手は事切れていたが……。
あいつのあの言葉は、ひょっとしてこの事を……?
『これでいい』
つまり、これで俺達マスターであるエルフ達や家族も、ドラゴンとの事に巻き込まれると。
倒すか、倒されるか、の渦中に入れさせた、と。
そう考えれば、ゴブリンがオークをそそのかした割に、全然エルフ領を攻めるのに積極的でなかったことの合点がいく。
あいつらは、――いや、この場合、あのゴブリンの長は、始めから俺達の領土を奪おうとしていたのではなく、俺達とドラゴンを互いに認識させ、攻めさせ襲ってくるよう仕向けるのが目的だったのか……。
「おい、いきなり無言になって、どうしたんだ?」
大きく揺すられ、ジンタは現実に意識を戻した。
「大丈夫か? あんまりにも返事が返ってこないものだから、つい採血でもしようとしてしまったぞ」
ひょいっと右手に針と左手に瓶を持つ保健医。
ジンタは「テイッ」とその両手にチョップを入れた。
「ぬおっ! な、何をする! 一応これらは貴重な品なのだぞ!」
「そんな貴重なら、俺の前にほいほい出すなっ!」
辛うじて落とさずに済み、ほっとする保健医に対して、ジンタはそう言い放った。
「で、君はなんでぼーっとしていたのだ?」
瓶と針をしまいながら、保健医は聞いてくる。
「実は、ゴブリン達との最後の戦いで、俺は、――いや俺達はゴブリンの声を聞いたんだ」
「ほう……しゃべったのか? ゴブリンが?」
「ああ「これでいい、ざまあみろ」ってな」
「ふむ」
「その時は、ソレが何を言っているのか、そもそもそれが本当にそいつの言葉だったのか確信が持ちきれなかったんだけど……」
「今の状況を見ると、こうなるように仕向けた、と言うことか……」
「……多分」
少し長めの沈黙が続き、保健医は「ふむ」と頷き、立ち上がった。
「とりあえず君達には、私と一緒に第二の街である『カナン』まで行ってもらう予定なのだが、大丈夫か?」
「まあ『俺達』と言うよりは、ミリアの『エターナル』の力を、だろ?」
「いや、それだけではないぞ。イヨリ君やリカ君、ミト君や松君、他にも獣人化出来る仲間達の力、そして同世代、いや、恐らくこの階層にいるマスター達の中でも、実戦経験、実力共に抜きに出たロンシャン、エルファス、ベンジャミンの三人の力も必要だぞ」
深く頷く保健医だが、ジンタはしらっとした目を向け言う。
「お前さ、何気にその言い方って『俺だけ』抜けてるよな?」
「お? 気付いたか?」
「…………」
ケラケラ笑う保健医に、思わず右手を振り上げてしまうジンタだった。
ジンタが保健医と別れ、手入れを頼んでいた武器屋のおやじさんから装備を受け取り、「ただいま」と我が家の扉を開けると、ミトを先頭に全員が詰め寄ってきた。
「おいジンタっ! ドラゴンだってよ! ドラゴンが出たんだってよ!」
「ジンさんジンさん! 大っきいんだって! すっごく大きいんだって!」
「お山よりもおっっっっっきいって、あーちゃんのママ言ってたぉ!」
「リゼット、大丈夫か? どこか逃げた方がいいか?」
「ジンタさん! 昨日の張り紙はきっとその事ですよね! 保健医の先生とはもう会ったんですよね? 行くんですか! 僕達も討伐に行くんですか!」
「お、落ち着いてよロンシャンくん、私達はまだ二年生なんだよ、それに今はまだ夏休み中なんだよ? 行くわけないでしょ! そんな訳ないでしょ!」
「わ、私はロンシャン様が行かれるのでしたら、ご一緒しますですわ(それに行くならミリアさんも行くはずですから)」
「おいジンタ! やっぱドラゴンって硬えのかな? おれっちが蹴ったら効くかな?」
「お、おおお、おち、落ち着いて下さい、松さん。わ、私達は、そ、そんな危ないモンスターの相手を、す、するわけないじゃないですか!」
「んだ、んだ、わっちも竹さんの言い分に賛成だ」
混乱極まるみんなの勢いに、ジンタは思わず扉を閉めてしまった。
数秒待って扉をゆっくり開けると、全員がジンタを見つめていた。
その目は期待している目、不安そうな目、悲しそうな目と色々だった。
コホンと、一つ咳払いをしてから、ジンタは部屋の天井を見つめ、
「え……っと。用意出来次第、俺達はカナンに向け移動するらしい……」
「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――っ!」」」」
「「「「いやああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――っ!」」」」
言った瞬間、同時に喜びの雄叫びと悲しみの絶叫が我が家に響いた。
師走だけに、ちょっと忙しくなり、遅くなりました。
何とか頑張って一週間に一度ぐらいは更新出来るようがんばります。




