目覚め
ジンタ達が海旅行へと出掛ける前日の夕刻。
ジンタの親友(悪友?)であるラインは、最近慣れてきたせいか、何かここ居心地がいいよなぁ~と思い始めてきた大蛇の口の中にいた。
ざっざっざっと勇むような足音に合わせて体が揺れる。
それがどういう事かと言えば、なんてことはない。家族であり恋人の竜女に捕縛され、連行されている最中だった。
何をやったのかなんて聞くまでもない、分かりきっている。
なんせ、この男は世界中の女は俺の物と豪語しているほどの女好きなのだから。
いつも通り怒りを露わにした競歩の如き竜女の足取りは、さらにいつも通りにビタリと急停止した。
そして、これから起こることはこれまたいつも通りギャーギャーと文句を言われ、泣き出し、最後は優しく抱き締め、ちょっと優しく「俺にはお前だけだ」と言えば万事解決と高を括っていた。
そんな風に、いつものように甘いことを考えていた最低ヤローのラインだったが、今日はそんないつもとは違うと感じたのは、この後だった。
いつもなら止まりブラブラと揺れている内に、今いる竜女の右腕である大蛇の口の中からべっと吐き捨てられ、有無も言わせず猛烈な勢いで説教をされ、左腕の大蛇の尾っぽでビシバシとしばかれるのだが、今日は止まった後の揺れが見事に収まっても吐き捨てられる気配がない。
それどころか、ッッッズン! と訳の分からない振動が伝わり、止まったはずの揺れが再開される始末だった。
ん、ん~~、これは……さすがにちょっとやらかしすぎたか?
と、サイテー男も再度の揺れが収まり掛けた時、反省しかけたのだが、さらにもう一度地響きの重低音が体を揺らした。
さすがにちょっとおかしいんじゃないのか? と異変を感じ始める。
竜女は身長こそそれなりあるが細身の体型、いくら獣人化で大の男を持ち上げられると言っても、今のように地を揺さぶるような重量のある振動を出せるとも思えないし、出してるのを見たことがない。
つまり、だ。この振動は竜女が出している振動ではない、と言うことだ。
そこまで思考が進み「ふむ」と居心地の良い、大蛇の口の中で頷いた時、もう一度揺れた。
「おい、竜女。一体この揺れは何だ?」
密閉された口の中、響くような音響でラインは尋ねた。
返事はすぐにはなかった。数秒して竜女が変な事を言ってきた。
「ええと、ラインあなたは種族リザードマンよね?」
「あぁ? もう何年も一緒にいて、そんな事聞くなんてお前寝ぼけてるのか?」
「いえ、何というか、ね。あんたの種族って第二段階や進化すると大きく成ったりするのかしら?」
「大きくだぁ~? そりゃあ筋肉とか付けばそれなりに大きく成るだろう。現に俺だって――って、一体お前は何が言いたいんだ?」
竜女が言わんとするところがさっぱり分からないラインは、とりあえずここから出せと竜女に命じた。
べっ、といつも以上に勢いよく吐き出されたラインは、ゴロゴロと前転しながらごんっと何かに当たって、地面に座る格好で止まった。
「おいおい、いくら出せと言ったからって、もうちょっと優しくだ……な…………」
竜女に文句を言いつつ、右手でぶつかったモノに触れたラインの言葉は止まる。
それは触れた瞬間に稲妻が走り、自分の本能とも言える直感が理解したと言うべきだろうか。
ラインは、振り向いた先に居た竜女から、ゆっくりと首を正面に戻した。
未だ触れているだけの右手の他、赤ちゃんのように座ったまま、左手を伸ばした。
まるで小さい子供が砂場で作った砂山に、座りながら触れるような格好で。
ペタペタと触るその手触りに、ラインは酔いしれたように夢中になる。
自分が女ったらしだと、ラインは自覚している。
そしてそれ以上に醜いほど嫉妬深く、いやらしいほど強さを求める、征服欲の強い男とだと誰にも言わないまでも自覚はしている。
種族リザードマンの中であれば、自分はこの階層にいるどんな奴よりも強いと自負している。
しかし、それは種族リザードマンだけとしてだ。
他の『召喚されし者』である他種族を交えた場合、自分が強いとは到底思えていない。
なぜなら、種族リザードマンはまったくと言って良いほど特筆すべき部分がないからだ。
全てを切り裂くほどの爪や力もない。
全てに負けないほどのスピードもない。
全てを防げるほどの防御力もない。
イヤと言うほど知っている。
突出したモノを持つ『召喚されし者』達が皆、その力を自負し、物に頼らず相手を蹴散らす姿と強さを。
圧倒的なまでの力があればその拳で。
鋭く切り裂く爪があればその爪で。
他社に負けないスピードがあればその速さで。
他にも特殊な技能を持ち、それを駆使して戦う奴もいる。
そんな中、自分の種族リザードマンは平凡と言っても良いほど何もない。しいて上げれば少し他より本当に少し体が硬いという事だろうか。
しかし、それも少し鋭い爪で引っかかれれば傷付く。その程度だ。
だからラインは獣人化しても武器を持ち盾を持つ。
獣人化しても、人化のままの戦闘スタイルで戦う。
ラインは常に劣等感に苛まれているのだ。
だから求めるのだ。
もっと強い力を、もっとスピードを、もっと硬さを、と。
その気持ちがラインに獣人化第二段階もバランス型の二乗と言う形にしたのだと、自分でも理解していた。
しかし、願わくば、何かを、どれかを、突出させたいと強く想っている。
そして、そのことに恋い焦がれているからこそだろう、目の前の硬さと感触に、自分の理想が重なり、目も心も奪われた。
それは土埃に塗れてくすみ乾いた緑色、いや土色とも取れるかも知れない。
だが、ラインはその汚れでさえ、美しいと思った。
自分が理想としているモノ、喉から手が出るほど自分が欲しているモノが、今自分の目の前にあるのだと確信出来た。
何度も何度も取り憑かれたように手を触れさせ、それから立ち上がり、ゆっくりと見上げていく。
その、理想の硬さを持つモノが一体何なのかを理解するために。
「ちょっとライン……あんたいい加減そろそろ……」
頭を上げ始めたラインに対し、竜女が注意を促す。
「ああ、分かってる。――でも一体これは、何なんだ……」
ラインは夢うつつのように言葉を返した。
それは反射と言えるほどの対応なだけで、実際は竜女の言葉をほとんど聞いてはいない。事実、竜女の言葉が怯えたように震えていたことも気付かないほどだった。
首が目一杯に後ろに折れる。
目一杯に見上げたラインの瞳に、ギラギラと輝く赤い光が映った。
それが瞳だと気付いたのは目が合った事で、相手の大きすぎる敵意を感じたからだろう。
そわっと背筋が一気に撫でられた。
「かッ――――」
強者たる者の一睨み。
ラインは、背筋の悪寒と同時に、一瞬にして金縛りにあった。
『ぐるるるるっ…………』
大方、猫で言うとこの猫撫で声程度の感覚で、ソレは喉を鳴らしたのだろう。
ラインはその瞳が笑ったように見えた。
――やべえ……。
本能がそう言った。
それほど圧倒的な力がラインの体を支配した。
正常で無意識ともいえる体の機能、呼吸すらも自分がしていない事にラインは気付かない。
ゆっくりと赤い瞳が近づいてくる。
今だ動かない体だが、足だけが近づく瞳に重さを感じているかのようにガクガクと震えていく。
何か、大事なことを忘れていると感じる。
しかしそれが何なのかが思い出せない。
頭が停止している。
動けない。
動かない。
考えれない。
考えない。
パニックではない。
真っ白だった。
近づいてくる瞳が微かに上に動く。
その下に白銀の如き何かを光らせて。
一度だけ、ピタリと瞳が止まった。
それがどうしてなのかラインの意識には分からなかったが、なぜか心なのか、頭なのか、直感なのか、が理解した。
――終わった。
と。
止まった赤い瞳が、細長い残像を残すように動いたと同時に、ラインの首根っこに何かが巻き付き引っ張った。
「がほっ!」
手加減一切なく締め付けられ首から引っ張られたせいで、息を止めていた肺が空気を求めるように動き出した。
そしてラインが止まった頭を混乱へと移行させた瞬間、
ッッッッッッッッッッズン‼‼
大地を大揺れさせるほどの衝突音を響かせ、地面から大量の土の塊が跳ね飛んできた。
どがががががっ!
響く音がそのまま体に痛みを与える。
それが、ラインの意識と体を一気に繋いだ。
「グガッガッガッガッガッ!」
本人は何か叫ぼうとしているのだろうが、如何せん首は巻かれ絞まった状態、声も空気もだせない。
どさっと地面に叩き付けられるまでが、えらく長く感じた。
そして同時に首に絞まっていたモノが解かれ、ラインは大きく空気を吸い込んで、そして咳き込んだ。
「大丈夫、ライン!」
吸い込んだ酸素のお陰で頭が動き出し、叫んだ声が竜女だと理解する。
「お、おう! 助かったぜミランちゃん!」
親指をグッと立て、会心の笑顔で振り向いたラインの目の前に、眉間に激しくシワを寄せて立つ竜女がいた。
「あれっ!」
「やっぱ死んでこい!!」
言うのが先か蹴られるのが先かのタイミングで、ラインはドカッと尻を蹴り飛ばされた。
「わ、悪ぃって! マジで済まねえ!」
蹴られた勢いを使い立ち上がりクルリと竜女の方へ振り返ったラインは、獣人化すると同時に竜女を担ぎ上げ、一目散に走り出す。
「あんたってほんっっとサイテーよね!」
おとなしく担がれながらも、竜女は罵りの言葉を浴びせてくる。
「いや、マジで。ミランちゃん? なんでそんな名前が出たのか俺にも分からねえんだって!」
言い訳しながらも、精一杯に走るライン。
森の中、生い茂る木々をうまく躱しながら走るラインの後方から、ッズン! と大地を揺らす振動が響く。
「ちょっと……、アレこっちに来るわよ」
ちょうど抱えられ、後ろを見る格好の竜女が声を震わせる。
「アレって、やっぱアレなのか?」
全力疾走なため、息も絶え絶えなようにラインが聞くと、
「ええ、間違いないわ……。あれは……ドラゴンよ」
竜女は、ラインの予想通りの回答をよこした。
「やっぱドラゴンかよッ! しかもかなりでっけえなあ!」
「ええ、とんでもない大きさよ! なんかすごい睨んでるけど、あんたの種族とアレって親戚じゃないの? 説得してよ」
竜女があっけらかんと無茶なことを言う。
「ばっ、お前それはあちらさんに失礼だろ!」
「え? そうなの」
「俺はトカゲだ! あっちは竜だろ!」
「でも、同じじゃない? 緑っぽいし鱗あるし……」
「お前、それ言ったらお前だって、蛇だろ! 鱗あるだろ! は虫類だろ!」
「ああ、確かに、そうかも……?」
「俺は前を見て走るのに忙しいんだ! 試しにお前が説得してみろよ!」
「ええ……、どうやって?」
「そんなん、ちょっとは自分で考えろ! 同じは虫類なんだから誘惑でもして見ろって!」
「う~~ん……」
少し唸るような声をさせた後、チュッと全力疾走中のラインの耳に音が響いた。
っっっっずん!
直後、さっきまで以上に大地が大きく揺れた。
走るラインの体が一際大きく宙に跳ねる。
何とかバランスを取り、再度全力疾走を再開させてラインは叫ぶ。
「お、お前一体何をしたっ!」
「な、何って誘惑しろって言うから、投げキッスを――――」
「はぁ~? それでドラゴンはどうなったっ!」
「なんか、より怒ってるみたい、な?」
「おいぃぃぃっ!」
そんなやり取りをしながらも、ラインは必死に走った。
「ちょ、ちょっとライン、まさかこのまま砦に帰ろうとしてないでしょうね」
「はっ! ――ば、ばか言うな。そんなことする訳ねえだろ」
そう答えたラインが、走る方向を少しづつ右にずらし始める。
「とりあえず、どこまで付いてくるのかしら、このドラゴン……」
「知らねえよ! それより俺の体力の方が持つかどうか心配してくれよ!」
「それもそうね」
必死のラインに対し、何となく余裕のある竜女の声、その声が「あっ!」と、驚きを漏らした。
「どうした?」
「ちょっとやばいかも……」
「何がだ?」
「ドラゴン、口を大きく開けてるんだけど……」
「おいいぃぃぃぃぃぃっ!」
全力疾走しながら叫ぶライン。
「来るっ!」
竜女の声と同時に、ラインは竜女を自分の胸へと抱きしめて、地面に伏せる。
「ぐっ」と力を込めるように声を漏らし、絶対に竜女だけは守るように、強く抱きしめる。
強ばるラインの上空を熱波が通り過ぎていく。
熱波の勢いだけで、以降の痛みが来ない。
もしかしたら痛みを感じる間もなく自分が死んだのか、とラインが思った時、
「ライン、どうやらアイツは、私達をどうしても自分で食べたいみたい……」
守り、抱える竜女の声に目を開けた。
そこに広がる光景は一面の火の海。
後ろのドラゴン、そして前方の火の海。
それでラインにも理解出来た。
「ああ、なるほど。俺達を焼き殺すんじゃなくて、俺達の逃げ道を無くすために吐いたのか……あいつは……」
どこかすっきりしたように、ラインは目の前にある竜女の顔を見た。
「お前さあ、この状況でなんでそんな落ち着いてられるんだ?」
今の心境で言えば、諦めたラインももう落ち着いているが、思い返せば竜女はラインが必死に逃げている時から、どこか落ち着き払っていた、それがラインには分からない。
「あら、分からないの? きっとライン、今あなたが思っていることと一緒のはずだけど?」
「なるほど……、な。お前は俺なんかより早く、覚悟を決めていたってことか」
「まあね。あなたが他の女の上で死ぬぐらいなら、こうして抱きしめられて一緒に死んでも良いかなって思えただけよ」
「あ~~はいはい分かった分かった」
言われて恥ずかしくなったラインが戯けたように答える。
クスクスと本当に楽しそうに笑う竜女の口を塞ぐようにキスをして、ラインはその時を待った。
竜女の顔を、穏やかに真っ直ぐ見つめながら。
プロローグ的な感覚で書いていたら、こうなってしまいました。
気付けば、ラインと竜女しか出ていないと言う……。




