解剖と保健医
ジンタが目を覚ましたとき、そこは明るく白い天井の見えるベットの上だった。
「ふむ、やっと目を覚ましたか」
横から聞こえる声に、まだ鉛のように重だるい自分の体と朦朧とする意識でジンタは目だけを動かした。
ジンタのベットの横に、白衣を着て金色の髪をアップで纏めたメガネを掛けたエルフの女性がジンタを見下ろしていた。
「あ、あんたは?」
うまく動かない口で発した言葉だが、女性は聞き取ったのか答えてくれた。
「私はこの第一階層に一つしかない小学校の保健医をしている者だ」
「……保健医?」
呟き、数秒考える時間を費やしてから、ジンタは思い出したように口を開く。
「じゃあ、俺は助かるんだな?」
「ああ、それなんだがな……。正直、今私は迷っているのだよ」
保健医の、エルフ独特の若々しい顔、その眉間に本気のシワが寄る。
「……なにに?」
意味が分からずジンタが聞き返すと、
「いやなに、今私の目の前に獣人石を持たない珍獣とも呼べる男が寝ているだろ? 色々調べるには死体の方がいいのか、生きている方がいいのか、それが問題でな」
寝かされているジンタの裸の胸、その中央にゆっくりと指を這わせ、保健医は答えた。
「おいおい、それって俺の事かよ……」
「ここには、他に誰もいないだろ?」
「悪いが、見渡せるほど、元気がないんだよな~、俺……」
「ふむ、その微妙な状態が、より私に治すか無視するかを悩ませるのだよ。君」
「そっか……、じゃあ俺元気だから、早く治してくれ。はははは……」
精一杯のカラ元気で言ったつもりだが、
「ふむ、やっぱもう少し放置しておくか……」
保健医は溜め息一つで、ツカツカと遠ざかっていく。
「……胸がまな板のオバハンめ……」
ジンタが最後のチカラを振り絞り、悪態をつくと、
ッゴン!
本気で頭を保健医に小突かれ、ジンタは意識を失った。
次にジンタが目を覚ました時、安心したように笑うミリアの顔があった。
「……ミリア?」
まだやっとしゃべるほどの状態のためか、どうしても声が掠れる。
「うん、ジンさん大丈夫?」
「ジンタさん、大丈夫ですか?」
視野が狭いせいか、声が聞こえて隣にエルファスとロンシャンがいるのに気付いた。
「ああ、みんなのお陰でなんとか助かったみたいだよ……、って俺助かった?」
夢うつつのような中、保健医とのやり取りを思い出しジンタは尋ね直した。
「うん、先生がちゃんと腕はくっついたし大丈夫だって」
「ええ、とても残念そうな顔で……」
「舌打ちしながら言ってたけどね……」
なんとなく、その表情が目に浮かび、ジンタも疲れたように溜め息をつく。
「そだ……、それで結局あの後ってどうなったんだ?」
ジンタが気を失っている間のことを尋ねると、ちょうど学校のチャイムのような音が鳴った。
「ほらほら、心配で毎時間授業が終わって見に来るのはいいが、授業はちゃんと受けろよ、エルフの若い苗木達」
胸の平らな保健医が現れ、手をぱんぱんと鳴らし、猛抗議するミリア達を部屋から追い出した。
「さて、目を覚ました直後で申し訳ないが、私から二、三聞きたいのだが――」
ジンタに振り向く保健医に対し、ジンタは寝たふりをして目を瞑った。
「…………」
保健医は一度遠ざかり、カチャカチャと何かを持って戻ってくる。
「ほ~~、そうかそうか、まずは本人の了承を得てからと思っていたが、本人に話を聞く意思がないのなら私も自分の興味と意思を優先させよう――――では解剖を始めようか」
カチャッと聞こえる音に、ジンタは最速で目を開け、
「待てッ! 起きてる! 意識はしっかりあるっ!」
保健医の意思と興味の優先を止めさせる。
「チッ!」
「ほんっっとうに嫌そうに、舌打ちするなッ!」
ジンタに再度目を向け直し、保健医は尋ねてきた。
「さて、話は三日前、君がここに運ばれてきたときに、大体は聞いているのだが……」
「三日? 俺はあれから三日も眠り続けてたのか?」
「ああ、実に大変だったぞ。エルファスのところのミトくんが、息を切らせながら君を抱えて来て「君を治してくれ」と言いぶっ倒れ。それから君が一度目を覚まし、また意識を失った。さらにその後、ミリア達一行が息を切らせてやってきて、君は無事かとすごい剣幕で怒鳴るもんだから、ついつい私は間違って「生かすか殺すか考え中だ」と本音を漏らしてしまってな……。それからはもう、これでもかと罵られ、怒られ、不快ながらもしょうがなく君を治療したんだ。さあ感謝してもらおうか!」
淡々と語り、最後に偉そうに言い切る保健医に、ジンタは頬を引き攣らせた。
「えっと、つまりあれか? ミリア達に怒られなければあんた俺を治すかどうか今でも考えてるところだったのか?」
「はっはっはっ。まさか、いくらなんでもあれから三日だ。あの状態で放置してれば君は確実に死んでたさ」
悪びれずに保健医は答える。
「そうか……、そうだよな。それは感謝しないとな……」
「そうだぞ君。私を神のように崇め、そして私の言うことには全部「はい」と答えるぐらい、私を敬いたまえ」
「ああ、一応治してくれてありがとうな。先生」
「うむ、では話もしたし、治ったところで解剖を――――」
「待てッ!」
「返事は「はい」だろ?」
「あんたは確かに治してくれた人かも知れないが、話を聞く限りミリア達に感謝はすれ、俺はあんたに蔑みの気持ちしか覚えんわっ!」
「…………なぜだ? 治しただろう? 私が、君を?」
「ミリア達に罵られてしょうが無く、だろ?」
「うむ」
治したたんだぞと胸を張る保健医。
「言われなかったら?」
「私は緩やかに揺れる自分の生命の天秤に戸惑い、君を放置していただろうな!」
これでもかときっぱり答える。
「それで俺はなぜあんたを敬うと?」
「治した……から?」
「疑問符で首を傾げるなっ! しかもミリア達に言われてだろっ!」
「うむ!」
見事な堂々巡り。なんとも腹立たしいこの会話が五巡ほど回り、ジンタは疲れからまた意識を失うように眠った。
3度目、ジンタが目を覚めすと、即座に保健医の声が聞こえた。
「目覚めたか?」
「ああ、目を覚ました」
幾分調子が良くなってる――回復に向かっているのか、ジンタは目だけでなく首を巡らせ辺りを見るが、声の本人である保健医がいない。
「あんたはどこにいるんだ?」
「ふむ、私は君のベットの下にいるのだよ」
意味の分からん回答が返ってきた。
大概にろくでもないことが起きたのだろうと、思いながらもジンタは問う。
「えっと、一応聞いとくが、なぜ俺のベットの下に?」
「うむ。実は君がまた気を失ったのを見て、私は君が解剖するのを許可してくれたのだと思ってな。いざ開かんってときに、ここにイヨリくんとミトくんが来て「何をしてるんですか?」と聞いてきたから「解剖を始めるところだ」と答えたのだが、直後にミトくんとイヨリくんに羽交い締めにされ、それからロープでグルグル巻きの拘束を受けたのだよ。はっはっはっ」
「なんか俺、すごく運がいいな……」
この保健医の魔の手からことごとく難を逃れていることに、ジンタはエルフ少年少女の三人、それとイヨリとミトにありがとうと心の底から感謝する。
「それで、二人は今どこに?」
「うむ、ちょうどお昼なので食堂に出掛けたようだが」
「そっかぁ、飯かぁ……」
言われると、三日も寝ていた、つまり三日も何も食べていないことを思い出し、自然と腹が「ぐぅ~~」と鳴った。
「さて、それでは君が気を失ってから今までの経緯も伝えたし、私のロープをほどいてくれないか?」
「ほ~~、ほどいた後、あんたは何を?」
「決まっているだろ? 君の解剖をだな――」
「うん、じゃあほどくわけないよね? 絶対にっ!」
ジンタは言い、まだあまり色々な意味で実感がない重く感じる左腕を見る。
見ながらゆっくりと左手を動かすと、微かに指が動く。次にジンタは腕全体に力を込め持ち上げる、左腕がゆっくりと持ち上がり、さらに動かし、ジンタの顔の正面に左手を持ってくる。
「ほんとに……、動くんだな」
指を意識して動かすと、ちゃんと動くのが感じられた。右手でつねれば触った感触や、痛みがある。
「ふむ、私はヒール専門のエルフと言っても過言ではないほどのヒールマスターだったからな。それ位当然だ」
ベットの下から偉そうな保健医の声が聞こえる。
「そうか、ほんと頭と胸はともかく、あんたのヒールと治療の腕は確かに認めるよ」
ジンタが言うと、ベットの下でガタゴトと暴れる保健医。
どうも、胸のことを言われると殴りたくなるらしかった。
「それで解剖はさせる気はないけどさ、情報って部分ではお互いに話をしてみないか?」
ジンタが持ち掛けると、保健医はしばらく黙った後、
「ふむ、色々と私達にも制限があるが、言える範囲内であれば情報交換をしよう」
理解してくれたようだ。
そこから話し合いが始まると思った矢先に、ミリア達が入って来た。




