クラーケン 三
作戦の失敗。
ジンタの人生で、何度も経験していることではあるが、今回は特にひどかった。
まず、クラーケンを見た目通りのイカの怪物だと、だから足は十一本なんだと勝手に思い込んだこと。
そこから始まり、そのせいで見誤った指示を出し、マスターであるエルファスに本人からの初めての要望、初陣を失敗という汚名で汚し、さらにケガまでさせてしまったこと。
そして変化と言えばのいいのか、擬態と言えばいいのか、クラーケンの姿がイカからタコへと変わったこと。
もっとも、これに関しては、きっとどんなに考えても、ジンタの頭では想像出来なかっただろうが。
そんな中続いた悪夢、今まで自分達が他の者達より大きく恩恵を受けていたミリアの範囲強化魔法が扱えなくなったこと。そしてその理由。
ジンタは神様ではない。
今回のように色々と重なりすぎた。
ジンタでは、これまでに起こった全てに対して予想や対応は出来なかっただろう。
しかし、そこまでは出来なくても、もっと注意深く臨機応変に動けるよう、思考を働かせるべきだった。
せっかくやる気を出し、協力してくれた半魚人やマーメイド達集落の人達にも申し訳ないと思ってしまう。
今回の敗因を胸に刻み、撤退を指示した。
そして撤退の原因を数日間は悔やみ、自分を戒め、楔を慢心する心に打ち付け、その過ちを猛反省して、それから落ち着いて次の作戦を練り、もう一度動くはずだったのだが……。
そこに、もう一つの誤算。
恐らくこれが今回のジンタの予想の中、一番の予想外だったことが起きていた。
「あ、あのジンタさん……」
手を繋ぎながら、必死に走るジンタのやや後方で、息を切らせながらイヨリが言う。
「な、なんだ、イヨリ」
イヨリが何を言わんとしているのかジンタ自身も分かっているが、一応そう問う。
そこに割り込んで来たのは、いつの間にか隣に併走していたミトだった。
「おい、ジンタ! クラーケンって海の怪物じゃなかったのかよっ!」
叫ぶミトの背中では、まだ幾分調子が悪いのだろうエルファスがチカラなげに、ジンタに「私は大丈夫ですよ」と伝えるように手を振っている。
エルファスの無事に、幾分ほっとするジンタ。
そして、ミトの叫んだ通り。
ジンタが撤退を指示し、全員が海から陸へと上がり逃げたのだが……。
なぜか真っ赤な大タコと成ったクラーケンが、海の中からその全貌を現し、陸の上を走るジンタ達を追い掛けて来たのだ。
まずは集落の皆さんを先に逃がして。
そしてマスター達と、戦闘に不向きなみんなを先に行かせ。
しんがりを受け、逃げ走っていたジンタにしてもこの流れは完全に想定外、予想外のさらに外、そもそも自分の中のクラーケン成る生物の常識や知識が大間違いだったことを思い知らされた。
反省などもってのほか、後悔をしている余裕もない頭で考えたが、ジンタも自分の常識が信じられないし、今後の対応の仕方など分かるはずもない。
だから答えると言うより、キレ気味に叫んだ。
「俺はそう認識していたんだ! でも、まさか地上に這い出てくるほどアグレッシブで行動的な怪物だったなんて、俺でも想像出来んかった!」
叫んだお陰か、少し落ち着いたジンタの頭がゆっくりと動き出した。
こんな攻撃的かつ行動的な怪物なら、そもそも海に逃げないようにする当初の作戦自体が間違いだった……。
などと、ネガティブな方に。
そして心底思う。
これなら始めから怒らせて地上に上げさせておいた方が良かった気さえする。
と。
「まあ、混乱するのは分かるけどよ、それでこの後はおれっち達はどうする?」
「そうですわね、このまま逃げると集落を踏みつぶしていくことになりますわね」
少し距離を取って同じようにしんがりを走っていた松とリカも来た。
「いや、だからさ俺も、もうどしていいのか、どうすればいいのか、さっぱりなんだけど……誰かいい案ない?」
イヨリの手を握り、必死に走りながら涙目でジンタが問うが、誰一人として答えてくれない。
「じゃあ、このまま集落に突っ込むしかないんですか?」
走るのが人一倍苦手なイヨリが、ジンタに手を引かれ、みんなより少し後方から息を切らせながら問い掛けてくる。
「「「………………」」」
その問いに誰も答えられず、走る荒い息遣いと、クラーケンの這いずるような音と振動だけが、その場に響く。
「このままじゃ…………」
イヨリのそう呟く声が聞こえた、その時。
「おいおいおいっ!」
ミトの切迫した声が重なった。
何事か、と俯いていた視線を上に向ける。
「げっ!」
ミトの声の理由が分かり、ジンタも呻いた。
正面、ジンタ達が走り向かっている集落。そのかなり手前で、あーちゃんが両手を広げ通せんぼするように立っていた。
集落の入り口、あーちゃんの背中に向け「危ないから戻ってきなさい」「あーちゃんこっちに来て」などと、ミリアやロンシャン、ベンジャミンや竹や梅、みんなが呼び掛けているのだが、あーちゃんの深い緑色の瞳が、やる気満々に真っ赤に燃えていた。
――あっ、これだめなやつだ……。
好奇心旺盛、闘争心上等、わんぱくっ子、おてんば。色々あるが、あーちゃんは間違いなくこの部類だろう。
ただ、悪い事に対して、ではない。
正義感が強いのだ。
何かを守ろうとする強い意志がそうさせるのだ。
あーちゃんはそれが特に強い。
まったく誰に似たのか。
その負けん気の強さは……。
内心でぼやきつつ、ジンタは後方を走るイヨリに言った。
「イヨリ、ちょっとの間手を放すよ、あーちゃんを捕まえる」
後ろを見ずに、ジンタはイヨリの手を放す。
そして迫る、通せんぼするように両手を広げるあーちゃんをすくい上げるように持ち上げ担ぎ上げる。
「はよ?」
肩に担がれた格好のあーちゃんが、間の抜けたような声を上げた。
「まったくこのおてんば娘め」
お説教というには、あまり怒った感じでもなくジンタがあーちゃんを担ぎ直す。
続けて、
「悪いイヨリ、あ―ちゃんは捕まえたから」
後ろに手を伸ばしながら言うが、数秒待っても手を掴む感触がない。
あれ? と、ジンタが思った時、
「ジンさ、いより通せんぼしてるよ?」
ジンタが担ぎ、後ろを見ている状態のあーちゃんが羨ましそうに言った。
「…………」
走りながらの三歩分ほど、あ然とした後、ジンタは思いだした。
――しまった。普段あまり顔を出さないからすっかり忘れていたけど、あーちゃんのこのやんちゃぶりはイヨリ譲りだった……
と。
急ブレーキで走るのを止め、ジンタはあ―ちゃんを降ろし、あ―ちゃんの肩を掴んだ。
「あーちゃん、みんなの――」
「あ―ちゃんも戦うよ!」
場所に戻れ、と言い切る前に、頬を膨らませたあーちゃんが言い切った。
こ、この頑固者め……。
そう怒鳴りたいのを押し込むように俯いたジンタの横から、
「あーちゃん、ちっと悪ぃけど、エルファスをみんなの元に連れて行ってくれねえか」
ミトが、あーちゃんにお願いした。
「うっ……、で、でもあーちゃん……」
まだ渋るあーちゃんに、ミトの背中から降りたエルファスが、ふらつきながら地面に膝を付き、
「あーちゃんお願い、私まだ一人で歩くのは無理なんだ」
えへへ、と少し困った笑顔をあーちゃんに向けた。
「むむむ……」
まだ幼い眉間に目一杯のシワを寄せ、唇を尖らせ考え込むこと二秒、あーちゃんはドンッと小さい胸を叩いた。
「分かったよぉ。あーちゃんエルちゃんのこと連れて行くよ」
ふんっと鼻息を荒くしてから、あーちゃんは獣人化し、エルファスを蔦で絡め、頭の上担いでトタトタとミリア達の元へと走り出した。
遠ざかるあーちゃんの頭の上で、エルファスがこちらに向け手を振っている。
「ミト、ありがとうな」
「んや、それよりおれ達も急がねえと」
振り返ると、イヨリの横には、もうリカと松が立っていた。
「はぁ~~~、まあ、このまま集落に突っ込ませるわけにも行かないよな」
「ああ、そうだな」
「まったく作戦なんてないけど、いいか?」
「まああれだな、なんかいい案が浮かんだら、その都度言ってくれ、なるべく聞くからよ」
「悪いな、いつも……」
ミトが差し伸べた手を掴み立ち上がったジンタは、腰の鞘から剣を抜き、後ろに引っかけていた盾を掴んだ。
――さって、とりあえず全力でぶつかるか!
考えなしに、ただ全力でぶつかる形に踏ん切りを付け、前で待つ三人に向かいミトと共に走り出した。
※※※※※※※※
エルファスを運び、また戦うみんなの元へと走り出そうとするあーちゃんを、竹と梅の二人と一緒に、抑えなだめながら、ミリアは戦闘を始めた五人を見た。
再開されたクラーケンとの戦いは、見ているだけしか出来ないミリアから見ても劣勢そのものだった。
強大な大タコに成ったクラーケンに立ち向かう、ジンタ、イヨリ、リカ、ミト、松の五人は、必死にクラーケンの足の攻撃を躱し、チャンスを見て攻撃に転じてはいた。
しかし、決定的なダメージとなる攻撃が出来ず、どうしても防戦を強いられる形になってしまう。
唯一、一撃でクラーケンの足を切り飛ばすミトの攻撃だが、連発して放てるわけではなく、幾ばくかの溜める時間があり、放てばまた纏う風を集めるまで切れ味が落ちる。
次いではリカの攻撃だが、こちらはその時その時で回数は違うが、それでも数回、同じ場所を攻撃すれば足を吹き飛ばせている。
もっともその数回も同じ箇所でないといけないこともあり、かなりの手間が掛かっていた。
それ以外の三人では、切り飛ばせるまで行くことも出来ない。松の爪とジンタの剣はそれなりに切ってはいるのだが、切り飛ばすまでが行かない。
イヨリに至っては相性が最悪なのだろう。殴る叩く引っ張るなどの攻撃をしているのだが、どれも効果らしい効果がでない。
それでも時間を掛ければと思わなくもないのだが、戦う全員の疲労の方が圧倒的に早く訪れることは間違いない。
どう見てもじり貧な戦いだった。
普段であれば、範囲強化魔法でみんなを援護するのだが、何故か先程から何度も試している範囲魔法が発動しない。
だからこそだろう、やり切れない気持ちと歯がゆさが、ミリアの唇を白くなるほど噛ませる。
「やっぱりこの怪物……クラーケンは再生するのか……」
突然、隣でミリア以上に食い入るように見ていたロンシャンが独り言を呟く。
「え……?」
ミリアがロンシャンを見るが、当のロンシャンはより集中して戦いに目を向けている。
ミリアがもう一度戦いへと目を向けた時、ちょうどミトの『纏い風』が、クラーケンの真っ赤に染まったタコ足を切り飛ばした所だった。
――再生する……
ロンシャンの言葉を自分の中でくり返し、ミリアはさっきまでのように切り飛ばされた足を見るのではなく、本体側に残った切られた足を凝視した。
切られて痛いのだろうか、振り回す足と違い、うねうねと足をうねさせる引っ込んでいく。
そして、その足が本体の腹の下、地面との間に隠れて二十秒ほど、にゅるにゅると出て来た時には、もう切れた箇所が元に戻っていた。
「そ、そんなっ……」
思わず大きな声が出て、ロンシャンの肩を強く掴む。
驚いたようにミリアを見るロンシャンと目が合った。
「ロンシャンくん、あの怪物、足が元に戻っちゃうなんてずるいよ!」
思わず、ロンシャンに文句を言ってしまう。
言われたロンシャンも、面を喰らったように上体を仰け反らせるが、一呼吸して口を開く。
「このままじゃ、じり貧だし、きっと僕達に勝ち目はない、よね……」
いつも、手助けしてくれるロンシャンがお手上げのように答えるのを聞いて、慌ててミリアは聞いてしまう。
「ど、どうしよう……」
「…………」
ミリアの言葉は聞こえていたはずだが、ロンシャンは何か考えるように口元を手で隠している。
動揺しているミリアには聞こえなかったのだ。
口元を隠しているロンシャンが、小さい声で、
「間に合ってくれ」
と呟いたことに。
※※※※※※※※
浜辺からの戦闘開始、それからどれ位の時間が経ったのか荒い息遣いをくり返しながら、振り回されるクラーケンの足をかいくぐり、飛び躱しているジンタには、もう分からなくなっていた。
長くも、そして短くも感じる戦いの中で、ジンタが今思っていることは、自分のせいで圧倒的不利になってしまっているみんなを、少しでもフォローすることだった。
攻撃を躱しつつ、攻勢に出た仲間、主にミトとリカに対し、強化魔法『スピード』から火力を上げるための『パワー』の瞬間強化魔法を行い、そして攻撃終了と同時に『スピード』の強化魔法を掛け直す。
自分自身の動きに合わせて扱うよりも格段に難しい相手に合わせる簡易瞬間ダブル魔法を、ジンタはこの五人対クラーケンの戦闘が始まってから、自分の浅はかさ、申し訳なさの気持ちを凄まじい集中力に変えて、くり返していた。
「ジンタさん、そんなに無茶しないで下さい」
唸り、襲い来るクラーケンの足を、岩の腕で大きくはじき返しながらイヨリが叫ぶが、ジンタは疲れで白くなった顔を向け、大丈夫と言うように笑みを浮かべて見せる。
ミリアが範囲強化魔法を扱えれば、常に掛かっている状態を作り出すのが、これほどまでにキツいとは考えもしなかった。
自分のマスターであり、ちょっとお馬鹿で『エターナルエルフ』などと呼ばれる特別な存在でもあり、性格的に不器用なところもある、憎めない可愛いさを持つミリアに、本当の意味で、そのすごさを初めて知った気分だった。
――はぁ……。これは街に帰ったら、少しミリアにお菓子を買ってあげないとな……。
ちらりと振り返った先のミリアは心配そうにこっちを見ていた。そんなミリアの隣では、こっちに来ようとしているあーちゃんが数人に押さえ込まれている。
――ああそうだったな。ミリアだけに買ってあげるとあーちゃんが怒りそうだから、あーちゃんにも買ってあげないとな。
ふっと気が弛んだジンタの耳に、松の檄が飛ぶ。
「ジンタ、避けろ!」
運が良かった、気を張り直すのと呼吸を吸ったタイミングが合った。
なぎ払うように振るわれたクラーケンの足を、ジンタはジャンプで躱した。
「ぼーっとするなよジンタ」
栗色と黒のメッシュ髪を汗だくの額に張り付かせ、獣人化し紋様の浮いた顔でニッと笑む松に、
「悪いな、助かったよ、松」
そう答え、笑みを返した。
正面を向いたジンタの目に、突き刺すように向かって来る真っ赤なクラーケンの足が見えた。
――これならっ!
一瞬の閃きだった。
向かって来る足に対しギリギリの距離で右にステップを踏み、腕を折りたたみ、肩で押さえるように縦向きにして構えた盾の角に直剣を添える。
直線的に向かってくるクラーケンの質量の詰まった足、その薄い皮をジンタの盾を支えにした形で突き出された直剣が受け止め、切り裂いていく。
ビイィィィィィィィィ――――――ッ!
圧倒的に押し込んでくるチカラを踏ん張り耐えるジンタの耳に、絹を裂いていくような音が響く。
「ギギギギギッシャアァァァァ――――――ッ!」
恐らく、足の長さの四割近くを切り裂いたのだろう。
声というにはあまりに聞き取りづらい、しかし相当痛いのだろうと分かる痛々しい叫びを真っ赤なタコ型クラーケンが上げる。
押されるチカラを感じなくなり止まったクラーケンの足から、ジンタがもう一度離れるようにステップを踏み距離を取る。
限界のようにガクガクと震える足に活を入れ、手応えを感じ裂いたクラーケンの足を見れば、ソーセージの皮が裂け、中身が飛び出したような感じになっていた。
「おぉ! 何気に美味そう」
詰め込んだ薄い皮がぶにゅりと裂け、詰まっていた中身が外にせり出しているのを見て、ついそう言ってしまった。
「何を言ってるんですの、こんな時に」
ジンタからかなり離れた場所で、クラーケンの足の上から怒鳴るリカに「確かにそうだよな、ごめん」と謝ると、
「ですが……、そうですのねぇ……、普通にばっさりと切り落とすより、縦に引き裂いた方が色々ダメージがあるようですわね、このタコには……」
リカは一度大きく栗色のウェーブが掛かった髪と汗を払うように頭を振り、遠目からでも分かるほど残忍にニッと笑んだ。
「ああ、そうだよなぁ~~。切り落とすことばっか考えてついつい無駄に力を使っちまってたけどよ~~。な~んだ、こいつには落とすより裂いた方が効果ありそうじゃんなぁ」
「ああ、おれっちもすげえ苦労していたけど、切り落とすんじゃなくて裂くだけでいいなら、十分出来そうだぜ」
同じくジンタから離れた位置で立つミトと松が、ゆらゆらと上体を怪しく揺らして笑む。
「ほほほっ」
「はははっ」
「へへへっ」
三つの恐いほど低い笑い声が洞窟内に響くと同時に、クラーケンの声に聞こえない叫びが響いた。
縦横無尽に切り裂き始めたリカとミトと松に対し、今まで一方的に攻撃するように繰り出していたクラーケンの足が、嫌がるように三人を遠ざけるような動きへと変わっていった。
三人とクラーケンの戦いを、射程ギリギリまで離れた位置から、ジンタはイヨリと並び見ていた。
ジンタはもう戦うにしては体が動かない。イヨリはそんなジンタを守るために、だった。
「何か三人とも怖えな、おい……」
「ええ、そうですね。でも羨ましいですよね……」
言ったジンタに対し、イヨリはやや不機嫌に答えた。
「羨ましい?」
ジンタが問いながらイヨリを見ると、イヨリは頬を膨らませて正面を見ていた。
「だって、私だって本当は爪で切り裂きたいんですよ、でも皆さんのような鋭利な爪なんてないですから……」
さっき以上に頬を膨らませ、イヨリがジンタを横目で見た。
まるでどうしたらいいですか? と聞くように。
「ええっと、そうだなぁ~、イヨリは確かに切るとか裂くってタイプじゃないしなぁ。どっちかって言うと、殴るとか潰すとか撲殺……系の……」
言ってて、ちょっと恐くなってきたジンタが口籠もると、イヨリは頬が限界になったのか、今度は唇を尖らせ始めた。
「ええ、そうですよね。私はどうせ暴力的な行動しか出来ませんよ」
そう言って、ついっっとそっぽを向いてしまう。
「い、いや、こう言うのは色々と種族的な特性の問題とかもあるんだし、それはしょうがないって言うか、何というか……」
フォローと言うにはあまりに曖昧な言い方でジンタがわたわたしていると、
「あ、竹さんと梅さんとあーちゃんが――――」
イヨリが指差した。
ジンタが目を向けると、鉄の槍を持った梅と、赤黒色の髪を土に変え両腕に纏い、その腕の土を鋭利なカッターのように尖らせた梅、そして獣人化し髪を深緑色の蔦へと変え、その蔦の先端に器用にも色々な鋭利な刃物を持ったあーちゃんが、クラーケンの元へと向かっていった。
「おぉ……、みんなやる気だなぁ……」
感心し、「おー」と叫び走って行っている三人を見ながらジンタが呟くと、隣のイヨリが、
「そうですよね……。ないなら作れば……、大きくて何か鋭利なモノがあれば……、私だって……」
視線を戦いから後方に向け、イヨリは集落方向を見渡し始めた。
――ああ、これで何とかなるだろうか……。
ジンタはそう思いながら、後方のまだ調子が戻りきっていないエルファスと、その周りにいるミリア、ロンシャン、ベンジャミンの元に重い足を動かし、歩いた。
「すまないエルファス、俺のせいで――――」
ジンタがエルファスに向かって頭を下げると、エルファスは大きくかぶりを振った。
「い、いえ、私もすごく緊張してて、もっと周りを注意しながら見ないといけなかったのに、全然見えてなくって」
「いや、でもだな。俺の作戦がそもそもこんな不出来で曖昧すぎたせいで――」
「それはしょうがないことですよジンタさん」
ジンタが言い訳がましくもエルファスに説明しかけたところで、ロンシャンがそれを止め、続けた。
「そもそもこの戦いは突発的なものでしたし、まさかイカの形をしていたクラーケンがタコに変わり、しかも切った足が再生して、その数がイカとタコ、二体の足をたしたより多く、さらに地上に上がってまで追い掛けてくるなんて誰も想像出来ませんから」
ロンシャンはそこまでを一気に言って、だから仕方ないですよ、とジンタに笑顔を向けた。
「確かにロンシャン様の言う通りですわ。でも、これで何とかなりそうですわ」
戦闘を見つめていたベンジャミンが言う。
「うん、これなら倒せるよ!」
ベンジャミンの隣で、一生懸命両腕を振りながらみんなを応援するミリアも、元気な声で同意した。
全員の励ましの言葉を聞き、ジンタは助けられたように肩の力が抜け、ほっと胸を撫で下ろした時、
「行きます! うおおおぉぉぉっ!」
今まで聞いたことがないほど生き生きとした叫びを響かせたイヨリが、獣人化したゴーレムの両腕に、その腕に負けないほど大きく鋭利に尖った岩の欠片を持って、クラーケンに向け走っていく。
「イヨリの奴、あれをどこから……」
ジンタが嬉々として走るイヨリを目で追い掛けながら呟くと、
「多分あれだと思います、ジンタさん……」
エルファスが苦笑しつつ指差す。
もくもくと煙が立ち上るそこは、きっと小さい岩の小山があったのだろう。
辺りに破片が散乱している。
――そう言えば、さっきドゴンッ! って音が響いていたような……。
クラーケンのなんと言ってるのか聞き取りづらい大きな悲鳴に混じって、聞こえてきていた音を思い出す。
てっきり、あれは痛がるクラーケンの足が地面を叩いた音の一つだと思っていたのだが、どうも違ったらしい。
ジンタの見据える視線の先、やっとクラーケンに辿り着き、手に持つ鋭利な岩を目一杯にクラーケンの足に振り下ろすイヨリの姿が映っていた。
ッズン!
見事に叩き付けられたイヨリの一撃が、ぶっつりとクラーケンの足をぶった切る。
「おいおい、だから切り落とすんじゃなくて、そこは裂かないと……」
勢いよく、足をぶった切ったイヨリを見て、思わず「あははは」と全員が笑う。
確かに今回のこの戦いで、一番やり切れない思いをしていたのはイヨリだったのかも知れない。
普段であれば先頭に立って、みんなを守り、みんなより多く敵を屠ってきたのだ。それが今回に限っては、守ることも、そして何よりみんなを傷つける相手にダメージさえも与えられなかったのだ。
きっとその心境は、ジンタが思う以上に悔しくていたたまれなかったに違いない。
嫌がるようにクラーケンが少しずつ後退し始める。
「これで終わるかな」
ジンタが呟くと、
「いえ、このままではダメですよ」
ロンシャンが答える。
「このままでは倒せないし、倒しきれずに逃がすのは非常にまずいかも知れないです」
「ロンシャン?」
ジンタが呟くと、ロンシャンは表情を硬くして更に続けた。
「ここで倒しきれず逃がした場合、僕達はここを安全に出られますが、ここの集落の人達はどうなるのでしょう。クラーケンが地上を歩けること、そして敵意を露わにし、その敵意の矛先を向けられるだけの知性があることがわかりました。これは可能性の一つですが、もしここで逃がして完全に傷を回復させてしまった場合、あの怪物はまたここを襲いに来るかも知れない。しかも今度は、悠長に待つのではなく、一気にここを潰しきるつもりで襲って来るかも知れない……、そうなった時、ここの人達はどう対処すればいいのでしょう……」
ロンシャンの話を聞いていく内に、ジンタは再度自分の浅はかさと愚かさ、認識の甘さを痛感していた。
そこまで聞いてしまえば答えは当然、このまま追い返すだけではいけないと言うことだ。
そして、どうやってこの怪物クラーケンを倒しきるか、だった。
「なあ、ロンシャン。こいつを倒すならやっぱミトの『纏い風』だろ?」
戦いを見つめ、考えながらもジンタが問うと、
「そうなりますね。ですが……」
言い淀むロンシャンに変わり、今度はエルファスが口を開く。
「ミト……、相当疲れてるね。あれじゃ最初ほどの風の刃を出せないかも……」
見つめる先のミトは、至って普通に戦っているようにジンタには見えたが、よくよく見てみると、纏う風がいつもより小さく、要所要所で大きく膝をがたつかせている。
ジンタのように、限界が近い証拠だった。
リカや松、そして今はまだ元気そうに動いているイヨリ達にしても、しっかり見ていると要所要所で疲れを隠し切れていない。それほど疲労困憊しているのだ。
「だったらどうする? 説明して、また集落の皆さんに力を貸してもらうか?」
「それは無理ですわ。皆さんは確かに私達より疲れていませんが、地上においての戦闘には不向きですわ」
ベンジャミンの言う通り、半魚人とマーメイドである集落の人々では、地上においての戦力としては心許ない、と言うより不安しかない。
戦っているみんなの残っている体力。
怒りを募らせながら、逃げるように後退していくクラーケン。
それらを見ながら、必死に頭をフル回転させるが、ジンタの疲れ切った頭では何も思い浮かばない。
周りにいるマスター達も押し黙ったまま。
――このまま追い返すだけで精一杯なのか……。
「クソッ……」
口から、答えを出せない頼りない自分に向け、声が吐き出される。
ズズズ……
クラーケンが、岩場の足場から砂浜まで後退った。
――もう、無理か。
必死に攻撃をしているみんなの頑張りを心の底から応援したいが、倒せなかった場合の可能性。
この集落が襲われるかも知れないことを考えると、ジンタは両手を上げて喜べない。
悔しさが込み上げ、ジンタは唇を強く噛んだ。
ズズズ……、
大タコのクラーケンが、さらに海へと近づくための砂浜を這う音が耳に付く。
どうしようもないんだ、と思っていても悔しさで拳を握り締めてしまう。
ずずず……
追い返すだけでも精一杯に頑張ったと思う気持ちと、逃げ切られるのにあと何度聞こえるだろう、大きな体を引き摺る音が悔しく耳に届いた時、
「お――――いロンシャン。リゼット偉いぞ! 連れてきたぞ!」
半ば負け戦のようになり、悲壮な雰囲気だったジンタ達の耳に、リゼットのどや声が響いた。




