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「スマン スマン ワルギハナカッタンジャ」


 フォッフォッフォッと、真っ先にジンタを押し倒した半魚人の長老が笑った。


 集落に長老を呼びに行ったさゆとフロレの話では、二人が長老に男が来ていると話した瞬間、長老は以降の話を聞かず一目散に走り出したのだそうだ。


 そしてたまたま、さゆとフロレと長老の三人の話を聞いていたマーメイドの女性が「集落の外に男が来ている」と黄色い悲鳴を上げ走り出した結果、ジンタは押し倒され、その上に何十人もの半魚人とマーメイドに乗っかかれ、死に掛けたのがついさっきのことだった。


「オォ デハ ソナタラハ マチガッテ コノドウクツニ オチテシマッタト イウワケジャナ」


 さゆ同様、片言の固そうなしゃべりでジンタの正面に座る長老が頷く。


「ええ、それであなた方の集落のさゆとフロレに出会ってここに案内されたんです」


 向かい合う位置で座りながらジンタが説明した。


「デハ ケッシテ ワレワレノミライノタメニ キタノデハナイト ……」


「はい!」


 残念そうに俯く長老に、ジンタはハッキリと頷く。


 普段の優柔不断なジンタならきっとここまではっきりとは言い切らないだろう。しかし、今ははっきりとそのことを言い切らないと、色々と大変なことになるのが明白だったからだ。


 まず一つ目はイヨリ。先程から、後頭部に突き刺さる無言の視線が完全にジンタを貫いていた。


 これだけでも十分はっきりと言う理由になるのだが、実はもう一つ言い切らないと危ない理由があった。


 それは長老の後ろで、まるで集団お見合いの様に横並びに座り、ジンタの言葉を一言一句も聞き逃さずに聞いている半魚人とマーメイドの女性達の視線が前からジンタを貫いているのだ。


 数を数えるなぞ無粋なことはしたくはないが、如何せん目を合わせることもままならない状況(さっきから少し目が合っただけで、黄色い声が響いている)の中、挙動不審のように視線を彷徨わせていた結果、大体三十人程が、並んでいる事が分かった。


 なんとか視線を長老に固定するも、その長老までジンタと目が合うと、恥ずかしそうに頬を染め押さえているのだ。


 この状況は色々な意味でジンタに取って不幸極まりない状況だった。


 海に来て三日、初日は良かった。しかし昨日のミトと温泉入った件の話から今日まで、イヨリの不機嫌さはうなぎ登りで上昇中なことぐらい、いくら鈍感なジンタでも分かっている。


 少しでも機嫌を治してくれるよう努力しているのに、まるで海がジンタとイヨリを喧嘩させようとしているかのように不運が続いた。

 いや、正確に言えば、それは今も続いているのだ。


 こんな状況を少しでも脱する為に、ジンタは迅速に話を進めようとしていたのだが、


「半魚人にマーメイド。私が街で聞いた噂では、相当に凶暴なモンスターと聞き及んでいますが、本当にあなた方はその二種族なんですの? それとも他に別の集落があるとかですの?」


 ジンタの決死の最速解決をリカが堰き止める。


「僕もそれが気になっていました。半魚人とマーメイド。どっちも集団で行動せず大体単体で動いてると、しかも性格は凶暴で残忍、見つかっただけで襲いかかって来ると言う話を僕も本で読みました」


 ロンシャンまで、話に乗ってきたためジンタは最速解決である「では、これで出口を教えて下さい」の言葉を諦めるしかなかった。


 一度溜息のように息を吐いた後、ジンタが正面の長老を見ると、長老はその大きな目を瞑り、あごに手を置いて考えると言うよりは言葉を選ぶように大きな魚のような口を何度か開いては閉じさせていた。


「何か理由があるのか?」


 ジンタが促すように声を掛けると、長老は踏ん切りを付けるように頷き口を開いた。


「フム ソレハケッシテ マチガイデハナイ」


「間違いではない、と言うのは?」


「ワレワレハ コノドウクツヨリソトニデルト スウジカンデ ジガヲウシナッテシマウ ノジャ ソシテアレクルウモンスター二ナッテシマウ」


「自我を失う? この洞窟の外に出ると?」


「ソウジャ ハルカイニシエヨリムカシカラ ワレワレシュゾクハ ズットソウナノジャ」


 魚の、人ではあり得ない程の大きな丸い瞳に影を落とし、長老は辛そうに言った。


「すいません、それはここに居れば、自我を失わないと言うことでしょうか?」


 適度に考える間をもってから、ロンシャンが口を開く。


「ウム ココニ コノドウクツニオレバ モンダイナイ……」


 そう答える長老の声には、より深い辛さが滲んでいた。


「この洞窟の中に、ずっと居られない理由があると?」


 辛そうな長老の態度を知りつつも、ジンタはそう尋ねた。


「カクシテモショウガナイコトジャナ ワレワレハオトコヲウマナイ イヤ ウメナイノジャ」


「男が産めない……」


 その言葉の意味が何を意味するのかが分からず呟いたジンタに、長老は続けた。


「ソウジャ ワレワレハ ドンナニミゴモッテモ オナゴシカウメナイ オナゴシカウマレナイノジャ」


 より辛辣に吐き捨てるように答える長老。

 いまだその事の本質が見えないジンタを余所に、イヨリが口を出す。


「つ、つまりそれは、自分達の種族を守るためには、その……子を宿すための男性を探しに行かなくてはいけない、と?」


「…………………… ソウナノジャ ワレワレハ コノアンソクノチニイツヅケル タダソレダケデハ シュゾクガホロビテシマウンジャ」


 忌々しげに言い放ち、それから大きな口を閉ざす長老を見て、ジンタはやっとそのことの重大さを理解した。


 ここに住む半魚人とマーメイドは、この洞窟内で生活する分には何も問題はない。しかし、それは我が身一生だけを考えた時の話なだけだ。


 種族の将来、子供達の将来、そして自分達の将来の幸せを掴むためには、ここに居るだけではなれないのだ。とんでもないジレンマだ。


 なら、と口を出そうとしたジンタより先に、長老が口を開いた。


「ムカシハ ソンナワレワレノモトニ キテクレルベツシュゾクノオトコタチモイタラシイガ …………………… イマハソレモイナイ」


 そこで重い一呼吸をしてから、長老は続ける。


「ドウシテコナクナッタノカ シラベヨウニモ ワレワレニハ ソレヲシラベラレルホド ソトニデテイラレルモノガイナカッタノジャ」


 ここはラペンの街から約丸一日馬車に揺られて来る場所。


 ラペンから一時間もせずに着ける綺麗な川があるのに、わざわざこの果てである海に来る者などあまりいない。


 ましてや、凶暴な海のモンスターが出るとなればより来ないというものだ。


 つまり、この半魚人とマーメイドの集落は、種族としての存亡を掛けて、それこそ自我を失う、自分を無くすことを覚悟して、わずか数時間の外の探索に出ると言うことなのだろう。


「ちなみに、その外に出た後、次に数時間外に出て大丈夫なのは、どれくらいの期間をあけないとダメなのですか?」


 ずっと口を閉ざし、そして考え込んでいただろうロンシャンが静まり返った中、長老に聞く。


「ソレハ ヒトニヨル  イヤ ソレガワカラヌノジョ ジガヲウシナウノニ スウジカントイッタガ …… ハヤイモノデハ イチジカンモモタズニ ジガヲウシナイ アレクルウバケモノトカス イチドデテブジデモ ツギノホショウハナイノジャ」


「それは……、確かに調べようもない、ですね……」


 なんでも知りたがる聡明なロンシャンでも、さすがにこれはリスクが大きすぎるのだろう、曖昧な答えに頷くしか出来ない。


「街では、あなた方は出会うだけで死にもの狂いで襲ってくるモンスターと評判ですわ。もっとも私達はそんなことでは驚きませんが、私達みたいな者はほんの一部ですわ」


 腕を組み、胸を張りながらリカが続ける。


「そんなあなた方が、仮に運良く、自我を保っている数時間で我々の間でも貴重とされる男性に巡り会える確率、そこで話を聞いてここまで来てもらえる確率を考えると、それは死を賭した、命を掛けたギャンブルなんですわね」


 真っ直ぐ、長老を見つめるリカに対し長老は深く頷き、


「ソノトオリ イッショウノウン ソレラスベテヲツカッテモ ホトンドノモノガナシエナイコト ……」


 再度訪れる重い沈黙に、リカはフンッと鼻息を捲し上げて言った。


「そう言うことでしたら、仕方ありませんわ。分かりました、数日の間ジンタさんをあなた方にお貸ししますわ!」


「えっ!」

「なっ!」


 ジンタとイヨリが、飛び上がるほどの勢いで同時にリカを見た。


「これは人助け――、いえ、種族助けですわ。それともお二人は、命を賭しての彼らの生き様を聞いて、何とも思わないんですの?」


 口元を手で隠し、彼らが不憫だと言わんほどゆっくりと首を振るリカに、ジンタとイヨリが絶句する。


 ざわざわっと、ジンタの正面、長老の後ろで、まるでお見合いのように並んで座っている半魚人とマーメイド達が色めき立ち始める。


 さすがにリカの言葉を言い返せるだけの言葉は思いつかないが、リカの言った事が実行に移されるのはもっとまずいし論外と感じたジンタは、咄嗟に口を動かした。


「話は分かりましたが、しかし今の案はさすがに俺も困ります。もっとも、これで何もなしというのはさすがにそちらとしても落胆されるのは当然。ですので、こっちとしては別の案をお薦めしたい」


「ホホォ シテソレハ ?」


 ジンタの正面に座り、リカの案(ジンタを数日貸す)に目を輝かせている長老以下半魚人とマーメイドに向かって、ジンタは突き刺さる色々な意味の視線を遮り、落ち着くように一度深呼吸をした。

 ふっと右手に柔らかい感触を感じ、チラリと一瞬だけ隣を見れば、先程まで後ろに立っていたイヨリが座り、不安そうに見上げてきていた。


 そんなイヨリに首肯だけを返し、正面を向きジンタはゆっくりと口を開いた。


「あなた方に紹介したい人物がいる。そいつは我が友であり、この世界の女は全部俺のもんだ、と普段からのたまっ――豪語するほど、素晴らしい女ったら――体力の持ち主なんだが、どうだろうか?」


「「「「おおぉ~~~~」」」」


 広い洞窟内で、感嘆の声が空気を振るわせる。


「ソ ソレハマコトデスカ ダンセイノオンカタヨ ?」


 より確かな確認を欲するようにズイッと上半身を寄せてくる長老に、ジンタはごくりとツバを飲み、大きく頭を上下させた。


「大丈夫です、あいつならきっと皆さんを満足させてくれるはずです」


 ジンタの中で、獣人化し種族リザードマンに成ったあいつの姿が想い浮かぶ、そして目の前の半魚人である長老をそれと見比べて、


 ――まあ、リザードマンも半魚人も、緑で鱗で大体一緒だから大丈夫だよな……


 と、自分を納得させた。


「ス スコシオマチヲ ……」


 ジンタにも聞こえるぐらい大きくツバをのんだ長老は、そう言い器用極まりないぐらい最速の速さでくるりと同胞達の方へと向き直った。


 そしてそんな長老の周りにお見合いの様に座っていた半魚人とマーメイド達が集まり、何やら、話合いを始めだした。


 一時とはいえ、痛烈な視線の数々から開放されたジンタが大きく息を吐いて、纏っていた緊張の壁を霧散させる。


 隣のイヨリからも同じタイミングで溜息が洩れたのを聞こえ、握られていた手の力が抜ける。


 ついっとイヨリに首を巡らせると、同じタイミングでイヨリもこっちを見た。

 一瞬の何とも言えない間があり、二人はどちらともなく笑みを浮かべた。


 そしてイヨリが顔を近づけてきて、


「あの紹介したい方って言うのはもしかして――」


「ああ、当然ラインの奴だけど」


「やっぱりですか」


 口元に手を持っていき、クスクスと笑うイヨリにジンタも癒やされた。


 難航するかと思っていた、種族半魚人とマーメイドの話合いは意外とあっさり終わった。


 理由はいたって簡単だった。


 今ここで争うよりも、仮に嘘でもここにこういう種族と集落があることを伝えて欲しい、そして願わくば、この集落に来て欲しいと、長老始め以下半魚人とマーメイド達が思ったからだった。


 確かに、ここで無理強いをして争い色めきだっても、結果として以降に何もいいことはない。


 むしろ無事にジンタ達を帰すことで、今後の自分達の集落に対する他の種族の対応が変わる可能性に掛けたのだろう。


 その想いをしっかりと胸に刻み、ジンタは頷いた。


「それでは俺達はここを出たいんだけど、どうやったら出られますかね?」


 ジンタが必ずラインの奴をこの集落に差し出す覚悟を決めながら、そう尋ねると、


「ムムム …… ソ ソレハ ……」


 長老の声が重く響き、周りの者達の反応も幾ばくか動揺を見せる。


「何かあるんですか?」


 イヨリが尋ねると、長老を「ン~~ ン~~」と唸りながら大きな丸い目を上に下にと動かした。


「もしかして、ここから出る方法がないと言うんですの?」


 リカが、目を鋭くさせ剣呑に問うも、


「イ イヤ ソウデハナインジャガ …………」


 長老の歯切れが悪い。


「じゃあ何なんですの!」


 より威圧的に声を荒げ、長老に詰め寄ろうとするリカを、ロンシャンが押さえ、


「もしかして、何かお困りごとですか?」


 と、優しげな笑みで尋ねた。


「ジ ジツハ ――――」


 ロンシャンの、エルフ特有の美男子然とした顔と優しげな笑みに、頬を赤らめ長老はゆっくりと話しを始めた。


 元来、この洞窟の入り口である場所に、今はクラーケンなるイカの怪物が住み着いていて、通れないことを教えてくれた。


「イカの怪物、クラーケンか……」


 話を聞き終わったジンタが呟く。


「相手は海の中なんですよね?」


「ソウ デスジャ」


「じゃあ僕達が倒したら、海を泳いで帰るのかな?」


 ロンシャンの疑問に長老は首を振る。


「ソレハダイジョウブデスジャ デグチハオヨグホウト ソノワキニ アルイテカエルミチガ アルンデスジャ」


「そうですか」


 あまり泳ぎが得意ではないロンシャンがほっと胸を撫で下ろす。


「どちらにしても、このままここに居るのは、色々とジンタさんに問題が起きそうですし、そのクラーケンと言う怪物を倒して、さっさとここを出ましょう」


 イヨリが何時にも増してトゲトゲしい物言いで、好戦的に話を進める。


「ですが、相手が海の中だと言うのなら、戦うといってもかなり苦労しますわ」


 リカが冷静に返すと、さすがにイヨリも「うっ」と言葉を詰まらせた。


 ジンタ達が困ったように唸っていると、さゆとフロレの二人と再度合流し、話に花を咲かせていたミリア達が、大きな声で叫んだ。


「ええ――――っ! ここって温泉もあるの?」


「ウン ワタシタチハ ソコガオフロ ダカラ」


「遊んだ後はぁ、いつも入ってるですぅ~」


 悩み、行き詰まっているジンタ達大人の耳に飛び込んで来た情報。ついぞジンタ達がミリア達の方へと目を向けてしまう。


「へぇ~~、ここって温泉があるんですねぇ……」


 イヨリの呟き。


「……ああ、そうみたいだなぁ」


 少し後ろめたいジンタの相づち。


「確かにここに来て三日目。海には入っていますが、そろそろ一度、ちゃんとお湯に浸かって休んでみたいですねぇ」


 素直なロンシャンの感想に、


「わっちも、体をほぐしたいだ」

「海水ってやっぱりべとつきますからねぇ」


 同じく純粋な意味と言葉の梅と竹が頷いて、


「ロンシャン様の言う通りですわ。一度、色々な意味合いで、体と精神の汚れと臭いを取り除いた方がいいですわね」


 リカの完全に含みのある同意で、全員の頭から、クラーケンと言う由々し難いモンスターのことを横に置いて、それぞれの心と思考が温泉へと傾いた。


「フム デハ ドウジャロウ トリアエズ オンセン二ハイリナガラ ハナサヌカ ?」


 半魚人の長老の空気を読んだ言葉に、全員の目が輝いた。

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