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「いいですか! もうこんな事はしてはいけません!」


 洞窟内に響くのはイヨリのお説教の声。


 そんな怒るイヨリの前で正座させられているのは、当然ミリアとあーちゃん、そしてなぜかマーメイドと半魚人の二人の少女。


「貴方達もそうです! もしあれで近づいてきた人に襲われたらどうするんですか! みんながみんなミリアみたいなお馬鹿じゃないんですよ!」


 真摯になって叱っているのだが、何気にミリアをお馬鹿呼ばわりするイヨリ。


「ゴメン ナサイ……」

「ごめんですぅ……」


 すっかりヘコんで、ミリアとあーちゃん同様に謝る半魚人とマーメイド。


 さっきまでのミリアとあーちゃんの不可解な行動が、全くの無意味極まりない(本人達曰く、なんかやったら向こうが乗ってきたから)動きとそれに対する驚きで気付かなく、あまりよく見ていなかったが、こうしてイヨリに説教されているところを見ながら、二人を観察して見ると、


 半魚人の方――、名前を『さゆ』と言うらしい。


 見た目は、全身緑の鱗に覆われリザードマンにも見えなくもないが、ちょうど腰辺りから背骨を通って後頭部まで背びれと言えば良いのだろうか、とりあえずそれが生えている。そして手足には鋭い爪と水かきがあり、あまり興味はないが、胸と腰に粗末程度に布が巻かれている。


 そして何より、リザードマンは緑の鱗に覆われた人の顔にやや大きめ口、そこに牙を生やした感じだが、半魚人であるさゆは、首がなく鱗に覆われた顔が異様にでかく肩の上に乗っているような感じだ。しかも、見た目は人の顔と言うよりは魚のようにギョロギョロとした大きな丸い目とパクパクと開く大きな口をしている。鼻も小さい穴がその部位にあいていると言った感じだ。


 そんな半魚人のさゆの隣で、正座と言うよりは横座り的に丸々魚の下半身を折りながら座るマーメイドは、名を『フロレ』と言うらしい。


 こちらは下半身こそ完全な魚だが、上半身は見事に人の女性そのものだ。こちらも年相応以上の胸元を隠すだけの水着を付けている。


 ただ一箇所だけ、整った顔の横、耳だけは幾分大きめでヒレのようになっていることだけだろうか。


 二人共、イヨリに怒られながら色々聞かれ、泣きそうになりながらも素直に答えていた。


 年齢は共に十四才、ミリア達と同じ年齢と言うことだ。


 そして、半魚人とマーメイド、見た目も種族もどう見てもまったく別なのだが、同じところに住んでいて、生まれた時からの仲、つまりは幼馴染みらしいということ。


 今日は、いつものように二人でここへ遊びに来たら、すごい音がして様子を見ていたら俺達が次々と天井から落ちてくるのが見えて、興味をそそられたらしい。


 そしてミリアの不可解な行動に感化され、こうしてお近づき? になったと言う訳だ。


「なんか、とても凶暴なモンスターには見えませんね……」


 イヨリに怒られている四人を、ジンタの隣で見ていたロンシャンが呟いた。


「まだ、子供だからかな?」


 ジンタの後ろから見ていたエルファスが、同じ年である二人を見ながらそう返す。


「ですが、もし大きくなって凶暴になるのでしたら、この子達にケガが一つもないのは変じゃありません? ですわ」


 エルファスとはジンタを通して反対側から覗いていたベンジャミンが答える。


「ん~~、確かになぁ……」


 そうこうとジンタ達が話をしている間もイヨリの雷は四人に落ち続け、とうとう鼻をすすり上げる音までしてきた。


 さすがにこれ以上は可哀相だと思い、ジンタは横やりを入れた。


「二人は、この近くに住んでいるのかい?」


「エ……エグ……、ハ、ハイ」

「こ、ここから歩いて十五分ほどのところですぅ……」


 瞳を大きく揺らめかせて、半魚人のさゆは片言の固く聞こえる声で、フロレはややおっとりとした感じの美声で答えた。


「そこで二人で?」


「ウウン カアチャン ト イッショ」

「違います、母と一緒ですぅ」


「他には?」


 再度のジンタの問いに、二人は一度顔を見合わせて両手を顔の前まで持ち上げ、


「タメサン、イトサン、アグチャン、ワタリサン…………」

「ラコさん、ゆわこさん、いまりちゃん、ライミさん…………」


 指を折りながらそれぞれに名前を言っていった。


「………………」


 二人が十の指を折り終え、今度は開いて行き始めるのを見て、ジンタは頬を掻く。


「集落クラスの数がいるようですわね」


 ロンシャンの隣に来たリカも、数が多いことに眉を顰める。


「で、ですが、どの名前も、じょ、女性の名前のようですけど……」


「んだ、わっちにもそう聞こえるだ」


 まだ名前を言い続けている二人を見ながら竹と梅が言う。


「おいおい、それが全部凶暴なモンスターだって言うのか?」


 松が困ったように頭を掻き始めた瞬間、


「ソシテチョウロウ!」

「そして長老!」


 二人が互いを指差し、異口同音で声を合わせた。




「あ、あのジンタさん。本当に、あの子達の……、モンスターの集落に行くんですか?」


 イヨリの心配げな言葉に、「ははは……」とジンタも困った笑みを返す。


 今、ジンタ達は半魚人のさゆとマーメイドのフロレに連れられ、二人の暮らす集落へと向かっているのだ。


 当初、ジンタを始め大人達で話をして、当然モンスターの集落なんて行けるはずはない。と話は進んでいたのだが……。


 大人が話をしている間に、子供達同士の話の方がトントン拍子で進んでいて、大人達が結果を出す前に、『遊びに行く』ことが決まってしまったのだ。


 最初は、イヨリと竹とリカの三人が猛反発をしたが、そこは勝手知ったるなんとやら。 子供達の方が上手だった。


 まずロンシャンがリカを説得。


 まあこれも説得どうこうまで話がいくわけでもなく、ただ単純にロンシャンが「僕はこの二人から聞いた通り、もしほんとにみんながおとなしく生活しているようなら、それを見てみたい」と、目をキラキラさせてリカに言っただけで、リカは「分かりました、ロンシャン様の意見が一番です」と、即刻寝返った。


 次いで、ベンジャミンが竹――を相手にするのではなく、松をダシに使い。

「松はどう思うのです? 私は戦うことになっても松ならちゃんと守ってくれると信じていますわ」などと褒め言葉をのたまい、それで有頂天になった松が「まあまあ竹。ベンジャミンが自分から行ってみたいって言ってるんだから」と説得側の竹を宥めだした。


 最後にうちだが……。

 これもこれで、もう何というか子供二人が切り札を出してきた。


「だってイヨリもよく夜はジンさんの部屋に行ってはダメって言うのに、自分は内緒で、夜ジンさんのところに行ってるじゃん」

「あーちゃんも知ってるよぉ~、いより~、よく夜にジンさのところ行ってるぉ~」


 このセリフを、今この場で口にされたら、もう俺とイヨリは何も言えない……。

 どことなく冷ややかに感じる周りの目を意識しつつ、俺とイヨリは『その禁断な話』の口止め代わりに、二人で「分かった行こう」と頷くしか出来なかった。


 結果、ジンタ達は出会って間もない別種族のモンスターである少女二人に連れられ、洞窟内を歩いていた。


 ジンタ達が落ちた体育館のような場所に比べれば、天井が半分ほどの高さまで低くなり、通路が四人で並べるほどまでに狭くなった穴を歩き、ジンタ達は進んだ。


 案内されている間も、先頭を歩くモンスター少女の二人を囲い、ミリア達は(リゼットと何気にミトと松も加わっている)和気あいあいと話を弾ませていた。


 半魚人のさゆは、普通にがに股な感じで歩くのに対し、下半身が魚であるマーメイドのフロレはピョンピョンと跳ねるように歩いている。


 あれで、尻尾? 足? のヒレとか傷付かないのかジンタもちょっと心配になるが、まあよく遊びに来てるなら、多分大丈夫なのだろうと納得した。


 そして、歩き始めて十五分ほど、洞窟内の各所にぽっかりと開いているいくつもの穴の中を数度迷うことなく進んだ先で、ジンタ達が落ちた場所よりもさらに広く天井の高い場所へとやって来た。


「ココ ワタシタチノ スンデルバショ」

「ここが、私達の住んでいる場所ですぅ」


 子供達に囲われて歩いていた半魚人のさゆとマーメイドのフロレが振り向き言った。


 広さと高さに奪われていた視線を正面に向けると、子供達が立つ向こう側に、家というには簡素な屋根がテントのような作りの建物がそこかしこに建っていた。


 正面の建物群から向かって右側に、浅い上流の川のような水の流れる場所がある。


 そして、向かって左側には海だろうか、パシャパシャと定期的な波の音を響かせている砂場と、その先には波に揺れる湖のような水溜があった。


「わあぁ~~~~、ここがさゆちゃんとフロレちゃんの住んでるところなんだ~」

「すごぉおい~~~」


 ミリアとあーちゃんが辺りを見渡しながら声を上げる。


「ウン ワタシタチ ココニスンデル」

「ちょっと待っててぇ、今長老を呼んできますぅ」


 そう言うと、二人はやや足早に、テントがいくつも建っている村の方へと向かって行った。


「えっと、とりあえず行かせちゃったけど、エルファス達はちょっと後ろに行かせた方が良いかな?」


 さっきまで、一緒になってはしゃいでいたミトが振り返る。


「そうですわね、これが向こうの手かも知れませんからね」


 年相応の笑顔で、嬉しそうに話しをしていたロンシャンを見て、少しご立腹のリカが、前に出る。


「ベ、ベンジャミンも下がりなさい」


 竹も獣人化し、その手に鉄の槍を構える。


「あ、あれ? 竹、その槍ってどこから出した?」


 同じく、イヨリと一緒に子供達の前に立とうとしたジンタが、イヨリ自身が飛び降りて一緒に持って来た直剣を腰の鞘から抜きながら、疑問顔で聞いた。


「え? こ、これは、水着では持ち歩くのも何でしたので、じゅ、獣人化の中に隠してました」


「獣人化の中に隠す??」


 余計に意味が分からない、とジンタが首を傾げる。


「あれ? ジンタって知らなかったっけ?」


 第一段階の両手足の肘と膝までを大リスの腕と足に獣人化させ、頭の後ろで手を組み大きなもっふもふの尻尾を揺らして、松が「ちょっとおれっちにジンタの剣、貸してみ」と、手を出してきた。


「これを? そのまま?」


 自分の右手に持つ剣を指差しながら、きょとんとするジンタに、「そうそう」と答えながら、手の平をクレクレと動かす松。


『?』一杯の頭で、ジンタはとりあえず松に剣を渡した。


「見てろよ」


 受け取ったジンタの直剣を、軽く確かめるようにぽんぽんと弄んだ後、ジンタの前に右手で持った直剣を差し出して、松はジンタに向けニッと笑う。


「いくぞ」


 そう言った後、松は目を瞑った。


 松の男のような立派な胸元にある獣人石が輝きだして、すぐに収まる。


 松の腕が、良く日に焼けた人の腕に戻った。

 そして獣人化の際にその手に持っていたはずのジンタの直剣も綺麗に消えていた。


「あ、あれ? 俺の剣は??」


 キツネに化かされたのか、手品に騙されたのか、間の抜けた顔をしたジンタが呟く。


「ああ、ジンタの剣はおれっちの獣人化に隠したんだ」


「獣人化に……隠す……」


 くり返して呟くも、ジンタにはまだ思考が追いつかない。


「じゃあ出すぜ」


 松がへへへっと笑い、もう一度目を瞑る。


 松の胸元の獣人石が輝き、それが収まると、種族大リスの第一段階へと獣人化した松の手に直剣が握られていた。


「ほれっ、つまりこういうことだ」


 投げられた直剣を何とかキャッチしたジンタが口をパクパクとさせる。


「うわ~、ジンさんお魚さん見たい~」

「みたいぃ~~」


 面白そうに見上げてくるミリアとあーちゃん。


 二人に声を掛けられたお陰で、止まっていた思考が何とか動き出した。


 今起こった現象を、もう一度思い起こすように頭に浮かべる。


 松の種族大リスの手に合った自分の剣は、獣人化を解いた松の手にはなく、もう一度獣人化した時には、その手にあった。


 つまり、この現象が意味するものは。


「…………………………………………」


 動き出した頭を今度はフルで動かすが、ジンタにはまったく理解出来なかった。


「まああれだな、おれっち達は獣人化と成り、自分で扱う武器程度なら獣人化の中に隠て持てるってことだ」


 ジンタの困った顔にうんうんと満足そうな笑みをして、松が言った。


「それはちょっと違いましてよ。正確には『自身のその手に持てる程度のモノなら』ですわ」


 リカの否定の言葉に、自信満々に言った松の方が『うそっ!』と驚きの顔をした。


「ええ、リカさんの言う通りです。今回も持って来ていますが、良く旅行に行く際持って来てるあの料理を作る鉄板、あれは私が獣人化の中に隠して持って来てるんですよ」


「あの鉄板も……」


 新事実に言葉が出ないジンタに、イヨリは言ってませんでしたっけ? よ申し訳なさそうに続ける。


「はい、いくらなんでもあんな大きな鉄板をカバンに入れて持って来たら、移動中の馬の負担も相当になってしまいますし」


「た、確かに……」


 川に行った時も、そして今も、旅行先でイヨリが使う料理の鉄板は、畳一枚分より大きく、置く際には四隅にバランス良く石を積み上げたところに置いただけの代物。


 火で炙っても、歪んだり、曲がったりしないあの鉄板の厚さと大きさを鑑みれば、その重さは恐らく百キロは下らないだろう。

 それを馬二頭で、十人以上の人と荷物を込み込みにして引いたら、馬の方が耐えられないだろう。そもそも、それをしまっておくカバンの大きさだってとんでもない。確かにリカとイヨリと何気に竹のカバンはジンタ達のカバンより大きく、相当パンパンに荷物を詰めているが、それでもあの鉄板が入るほどではない。


 今更ながらにその事に気付いたジンタが、もう一度イヨリに尋ねる。


「じゃあイヨリはずっとあの鉄板を持っていたってこと?」


「そういうことになるんでしょうか?」


 ジンタの問いに、イヨリは考え込むように答える。


「じゃあ、あの鉄板を持っている時のイヨリは、あの鉄板分も、その、重いってことなのか?」


 イヨリが種族ゴーレムらしく、とんでもなく力が強いことはジンタも知っている。百キロ程度のものなら軽々と持ち上げて歩けることも。


 しかし、それはイヨリが持つ時のことであって、イヨリにプラスで百キロされたイヨリを、ジンタが持ち上げるとなると、いくら鍛えているとはいえ、きっと困難だろう。


 つまり、今後はその辺りも気を付けないと、互いに色々と大変なことになりそうだと、こんな状況で考えてしまったジンタなのだが……。


 イヨリは激しく左右に頭と両手を振り、


「い、いえ! 獣人化に隠している間はその物の重さはなくなりますよ! もしそれが残っているのなら、そもそも私の種族ゴーレムとしての重さだって、普段加算されないといけないですし!」


 もっともな回答だった。


 ジンタだって、普段の獣人化していないイヨリを何度か抱き上げたことはある。決して女性の中では軽いとは言えないだろう健康的な肉付きの良いイヨリだが、それでも女性としての範疇である。

 まあジンタが抱きつかれる近場の女性が、ミリアやエルファスなどのほっそり体型というより、重さを感じないほど、見事に洗練された体型を絵にしたようなエルフなのを考えれば分かるだろうが。


 そのイヨリが獣人化し、種族ゴーレムと成った時はさすがに持ち上げられないだろうと思える。――いや、待て……。ひょっとしてああ見えて実は今と同じぐらいの重さなのでは? と頭をぎる。


 ゆっくりとイヨリを見、それを頼もうとした瞬間、イヨリはジンタの考えを察したのか、目力を込め首を大きくゆっくりと横に振った。


 ――ああ、やっぱそんな訳ないよなぁとジンタもさすがに納得した。


 しかし、だ。そう考えると、種族ゴーレムであるイヨリ程顕著な例は少ないが、獣人化の際の変化する重さというのは、普段一体どこに消えているんだろう? と疑問が浮かび上がる。


 ジンタが今まで意識していなかったことでもあるのだが、そもそも『隠す』というのは、獣人化の肉体的変化も『隠している』とは取れないだろうか、と。


「ジンタ、考えるのはそこまでのようだぜ」


 考えに耽っていたジンタの耳に、幾ばくか緊迫したミトの声が入って来た。


 考えることから意識を戻し、ジンタが正面に目を向ける。


 まず、目に入ったのは大きな土煙だった。

 テントのような集落から、こんなに土煙が舞うのだろうかと思えるほどの土煙が見えた。


 次いで、ドドドッと多数の走ってくる足音。


「おい……、これって……」


 さすがに少し怯んだように、前に立つ松が振り返る。


「さすがに数が多そうですわね」


 逆に、振り返った松のさらに前に立ったのは、両腕に焦げ茶色の熊の毛を纏った、第二段階のリカだった。


「さすがにこれでは、対応するしかありませんね」


 イヨリも両腕に岩を纏い、種族ゴーレムの姿で前に立つ。


 土煙が近づくにつれ緊張からか喉が渇き、ゴクリとジンタは喉を鳴らした。


 視界にモンスター達の姿が見えてくると、先頭を走るのがさゆと同じ半魚人だと分かった。

 それ以降は、半魚人も、そしてフロレ同様のマーメイドもピョンピョンとこれまたかなりの速度で飛びながら走ってくる。


「な、何でしょう。み、皆さん必死に走って来てますけど……」

「ん、んだ、なんか来る人達の目が恐いだ……」


 ジンタのやや斜め後方の竹と、その竹の少し後方に隠れるようにして梅も言う。


「とりあえず、強化魔法を掛けていきます」


 ジンタ達が守るように後ろに庇っている、マスターのロンシャンが言い、


「あ、私も掛ける」

「私もですわ」


 エルファスとベンジャミンも同じく強化魔法を掛けていく。


「あれ? 何だろう、魔法がいつもよりうまく掛けれない……」


 最初に口にしたのは、エルファスだった。


「うん、さっきから少し感じていたけど、ここってなんか魔力が薄いように感じられるよね」


 ロンシャンがそれに答えた。


「確かに、いつも以上に魔法を掛けるのが疲れます、ですわ」


 ベンジャミンもややお困り気味だ。


「わたしはあんまりそんな感じがしないけど……」


 ミリアだけは平常運転だ。


 そんな中、ズイッとイヨリ達のところに歩いて行こうとする小さい影があった。


「あーちゃんは行くよっ! 最初に行くよっ!」


 無駄にやる気で、今にも走り出しそうなあーちゃんだった。


 ジンタは剣を鞘に収め、息巻いて歩いているあーちゃんを抱っこした。


「ジンさ! あーちゃんも前行くよ! 戦うよ!」


 好戦的というか、目立ちたがり屋と言うか、将来楽しみではあるけど、今は困ってしまう、そんな我が家族のお子ちゃまに「はいはい、分かったから、とりあえずまだ状況が分からないからあーちゃんは後ろで待とうな」と説得しながら、ジンタはあーちゃんをミリアに預けた。


 そしてもう一度正面を見て、向かって来る相手を見定めるように目を細める。


 徐々に大きくなるモンスターの姿と、一向に衰えない走りで巻き起こる土煙がジンタ達に緊迫感を増加させる。


 完全に姿の分かる位置、距離にして二十数歩の位置まで来た時、ジンタの後ろでミリア達と隠れるようにしていたリゼットが口を開いた。


「あれ? おかしいよ。リゼット、なんか空気が痛くないよ?」


 おそらく、この中で一番恐怖や殺意に敏感なリゼットが、戸惑ったように声を張った。


「リゼット、それって向こうに戦う意思がないって事?」


 マスターであるロンシャンが、戸惑い小首を傾げるリゼットに問うと、


「うん、リゼットはなんか悪い感じがしないんだぞ」


 腕を組み、首を傾げた格好でリゼットは答えた。


「つまりあれか、あんな風に土煙をあげてはいるけど、あれは襲いに来ている訳じゃないと?」


「たぶん……?」


 本人も不確かなようで、いつも以上にアホ毛をくるくると動かしながら曖昧に答えた。


 不確かならと、警戒は解かずにいるが、これがもし本当に襲撃ではないのなら、獣人化し身構えて待つのは礼儀としてどうなのかと、ジンタは考えてしまう。


 そして、ジンタがそう考えたのと同じ結論に達したのだろう、前に立つイヨリとリカが同時に振り返った。


「あ、あの、どうしましょう」

「早く決めてくださいな!」


 迫る半魚人とマーメイドの群れ、その先頭が残り十歩もない距離まで来た時、


「イヨリとリカさんは左右にどいて!」


 ジンタが判断しきれず困る中、背中越しからミリアが叫んだ。


 弾かれるようにサッと左右にどいた二人の間を突き抜け、半魚人とマーメイドは一直線にジンタの元、――いやこの場合はジンタの後ろにいるマスターであるミリア達に向かってだろうか、とりあえず勢いを殺さず向かって来た。


 ミリアの、そして答えられなかった自分の判断ミスだったと悔いながらジンタは盾を構えた。


「よしかかって来やがれッ!」


 勢いよく向かい来るモンスターの群れに、自分を奮い立たせ、相手を威嚇するように叫んだ。


 そして、ジンタの気合いの入った叫びの後、


「オトコジャ――――――‼‼」


 先頭を走る半魚人がジンタ以上の気合いの入った雄叫びを上げ、ジャンプ一番飛び込んできた。


「え? なに?」


 自身の気合いを入れた叫びが一気に削がれたジンタは、飛び込んで来た先頭の半魚人にラグビーのタックルよろしく、腹回りをガッシリ掴まれ押し倒された。


 以降、続くマーメイドや半魚人達に次々と上に乗っかかれ、遂にその姿が全員の前から見えなくなった。

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