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洞窟

いつも通りの遅さで、本当にすいません……

 次の日、前日の『アレ』な騒動が嘘のように、子供達は海辺での遊びを謳歌していた。


 キラキラと輝く太陽の下、水着姿で戯れるみんなの姿を見て、老けた父親然のようにジンタもやっぱり来て正解だったと満足そうに頷く。


 がしかし、全てがうまく行っている訳ではなく……。


 休憩所としている、海辺よりも馬と馬車を休ませている林道側よりの浜辺で、丸太に座りながら元気に遊ぶみんなを見ていたジンタの横へ、スッとイヨリが座った。


 きっと朝食の片付けが終わったのだろう。


「………………」

「………………」


 別段、喧嘩をしている訳ではない。

 こうして、暇が出来ると隣に座リに来るのだから、決して喧嘩している訳ではない。

 かといって、熟練の老夫婦のようなわけでもない。


 ただ、どうにも話掛けづらい……。


 もっとも、その大方の原因はジンタにも分かっている。

 昨日の見せた見られたの件で、ミトと一緒に温泉に入ったと言うのが原因なのだろうと。


 しかし、それをここでぶり返し話をしたところで、なんとな~くより状況が悪化しそうで、ジンタからもその話を振れない、いや触れれないのだ。


 結果、イヨリと二人だけで並んで座っていると、喧嘩をしている訳ではないのだが、なぜか無言で重苦しい雰囲気になってしまっているのだ、昨日から……。


 遠くから聞こえるみんなのはしゃぐ声を聞きながら、ただ隣り同士で座るジンタとイヨリ。


「あ……、今日の朝食も美味しかったよ」

「そ、そうですか、ありがとうございます」


「………………」

「………………」


 何とかジンタなりにさりげなく話そうとすると、こうなる。

 こうして再度沈黙が続き、段々と居づらくなってきた時、


「あの、ジンタさんちょっといいですか?」


 隣、と言うにはやや距離はあるが、それでも全員の中で一番近い場所にいるロンシャンが声を掛けてきた。


 居たたまれない雰囲気からの開放。

 何となくほっとしながら「どうした?」と声を掛けジンタは立ち上がった。


 ロンシャンは、リカと一緒に昨日イヨリが放ち爆発させたパワーゲイザーでえぐれた蟻地獄のような逆さ円錐状の穴を調べていた。


 何でも、昨日の爆発にはいくつか疑問があるらしく、もしかしたらこの下に何かがあるんじゃないかと、ロンシャンは言っていて、それを調べていた。


「何か見つかったのか?」


 待っていたロンシャンに問いながら、幅の直径三メートル、深さはジンタが丸々入ってもまだ底に届かない二メートルほどの穴の中を覗き込むと、それなりの長さの木の枝やらやや大きめの石やらが投げ落とされていた。


「見ての通りです。それなりに、モノを投げ入れてはいるんですが、反応が芳しくないんです」


「ほほう。で、俺を呼んだ理由は?」


 ロンシャンの説明に、あごを手で撫でながらジンタが聞くと、


「簡単なことですわ」


 ロンシャンの斜め後ろに立つリカが答えた。


 ジンタを見つめたまま、ゆっくりと腕を伸ばし、腕が伸びきると人差し指を伸ばす。そしてジンタを見つめたままニッと笑みを浮かべて、クイッと人差し指ごと手首を下に向け、


「誰かがこの穴に落ちるのが一番手っ取り早いとなったのですわ」


 笑みのままのリカに対し、ジンタはやっぱりか……、


 と、うな垂れる。


「あ、ですが、落ちるというのは表現的には正しくなくてですね、ちゃんと体をロープで結んで――――」


「ジンタさん時間が惜しいですわ、落ちて下さいな」


 ロンシャンの安全面に対する説明空しく、ジンタはリカに背中を押され蟻地獄の中に向け押された。


「やっぱこうなるよなぁ……」


 何となくリカの行動に想像がついていた分、ジンタは押された時、堪えず素直に足を一歩蟻地獄のような穴の中に踏み出した。


 ずざざざざ…………


 サーフィーのようにバランスを取りながら、砂の円錐の底まで滑り落ちる。


「もうリカは! そんな強引なやり方で、もしジンタさんになんかあったらどうするつもりだったんだい!」


 底に辿り着きジンタが止まったのを確認してから、ロンシャンがリカをたしなめる。


「すいませんロンシャン様、しかし元々この穴をイヨリさんが作るきっかけになったのは全部ジンタさんのせいなのですわ。でしたらご自分で調べるのが筋というモノですわ。何もロンシャン様がこの暑い中、汗を流しながら調べることではありませんですわ」


 どうもリカは、ロンシャンと海で遊べずイラついているようだ。


 そしてロンシャンが遊ばない理由である、この蟻地獄のような穴を作る一番の原因となったジンタにそれをぶつけてきているようなのだ。


 なんか俺って海は鬼門なんだろうか……。


 色々と、ジンタにとって不運というか、はたまた不幸というか、そういうことが続くとジンタもさすがに気落ちしてしまうし、内心で「俺のせいじゃないのに」と幾ばくかふて腐れてしまう気持ちも芽生えてくる。


 その腐ったような気持ちを踏み潰すように、ジンタが蟻地獄の底の砂を軽く蹴るように踏み込む。


 ――ずずず……。


 小さかった。しかし、確かに円錐の底が少し下がった感じがした。


「あ、あれ?」


 余りに微かな変化だったため、慌てることはないのだがジンタが戸惑う。


「ジンタさんどうしました?」


 ジンタの声が聞こえたのだろう、ロンシャンが上から声を掛けてきた。


「いや、なんか、今――」


 ズズズ……


 ロンシャンを見上げる形で口を開いたジンタの足裏が、いやな振動を響かせ沈んだ。


「あ――、なんかこれやばいかも……」


 ジンタがそうロンシャンに伝えた時、


「ジンさ、楽しそうぉ~~」


 地面に届きそうな長い新緑色の髪を海水でびっしょりと濡らし、太陽の光でキラキラと反射させたあーちゃんがロンシャンの横にひょっこりと顔を出した。


 その瞳は輝く髪と同等かそれ以上にキラキラ輝いている。


 ……あ、なんかやばいかも……。


 どう考えても、いい方向に考えが向かない中、それでもジンタはあーちゃんに向け口を開こうとした、


「あーちゃん、あぶないから――――」


 出来るだけ落ち着かせるように、ゆっくり口にしたのが裏目に出た。


 ジンタが止めるように発した言葉が終わるより先に、あーちゃんが顔を引っ込め、お尻からジンタに向かい飛び込んで来た。


 ズンっ!


 ズズズズズズズズズ……………………


 飛び込んで来たあーちゃんを抱っこした格好のまま、ジンタの足が膝まで砂の中に埋まった。


「じ、ジンタさん⁉」


 覗いていたロンシャンも、さすがにジンタが沈んだのが分かったようで、慌てたように声を上げる。


「ま、まだ大丈夫そうだ」


 ジンタが慌てるロンシャンを落ち着けるようにそう言ったのだが、


「おお~、ジンさ、ここ涼しいよ、いいところだよ!」


 キャッキャッと、ジンタに抱っこされながらも子供らしくはしゃぐあーちゃん。


 そんなあーちゃんがはしゃぐたびに、ずずずっとジンタの足が砂の中に沈んでいく。


「リカ、早くジンタさんを引き上げて!」


「まったく、しょうがありませんわね」


 慌てたロンシャンの言葉で、ヤル気のなさそうなリカが、上から顔を出す。


「さあ、お掴まりなさいな」


 リカは、種族大熊の第二段階である普通の女性の腕に、焦げ茶色の毛を生やした腕をジンタに向け差し出した。


「早く捕まりなさいな」


 ヤル気のないリカの声、しかし、もうその腕が差し出された時には、ジンタは腰まで砂に埋まっていた。


 片手であーちゃんを抱っこし、空いている片手をめい一杯に伸ばす。

 しかし、ジンタの手はリカの腕を掴めない。


「もう少しですわ、早くお掴まりくださいな」


 リカの方も、精一杯に腕を伸ばしている。それでも掴めない。


 必死にリカの伸ばす腕を掴もうと、自分の腕が痺れるぐらいめい一杯に伸ばすジンタが叫ぶ。


「リカさん! なぜ第一段階の長いクマの腕にしないんですか!」


 リカの獣人化は確かに第二段階の腕の方が、力、スピード、利便性とすべてにおいて第一段階のクマの長い腕よりも性能が良い。しかし、こと『長さ』と言うことに置いては、断然で第一段階の方が性能が良いのだ。


 ジンタの叫びを聞き、リカは小首を傾げる。


「そんなの決まっていますわ。美しくないからですわ」


 しれっと言い切ったリカの言葉を聞き、ずっこけるように上体を傾げたジンタは、あ―ちゃんを抱いたまま砂の中に一気に沈んでいった。


 ズズズズズズズ……………………


 しっかりとあーちゃんを抱き締め、ぎゅっと目を瞑るジンタの耳と体は、砂の擦れる音と、体が下へと流されていく砂の感触が体を包んだ。


 しかし、それも幾ばくも無く途切れた。


「お?」


 圧縮されるような、砂の束縛から解放されたジンタが声を上げると、 今度は目を開ける暇無く、落下する感覚がジンタとあーちゃんを襲った。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――――っっっ!」

「おぉぉぉ――――――っ!」


 引き攣り叫ぶジンタに大歓喜なあーちゃんの叫びが重なる。

 実時間的に数秒ほど、ジンタ的感覚時間で数十秒の落下を経て、ジンタは尻から地面に着地した。


「がはっ!」


 落下の衝撃すべてが、鼻の穴から突き抜けるような感じを味わいジンタは呻いた。


「ジンさ、大丈夫か?」


 抱き抱える格好のあーちゃんが目をキラキラさせながらも、しかし幾分心配げな顔でジンタを見つめてきていた。


「だ、大丈夫……」


 やせ我慢しながら、ジンタは引き攣った笑みであーちゃんの頭を撫でた。


「しかしここは……」


 あーちゃんを下ろし、まだ痛みの残る尻と腰を摩りながら、ジンタは立ち上がり辺りに目を向けた。


 周囲は体育館のように広く、見上げた先の天井は、ゆうに五メートルはあり、鍾乳洞のように岩とつららで緩やかなドーム状に覆われていた。


 そんなドームのちょうどジンタが落ちてきた辺りだけ、ぽっかりと岩がなく穴が開いていた。


「なるほど……昨日イヨリがあそこの天井岩を壊したから、上の砂場とここが繋がったのか」


 状況の確認に声を出して対応しながら、今度はジンタが尻餅をついた地面を見る。


 デコボコする堅い岩の地面が広がり、どう見ても洞窟のそれだった。


 そしてジンタが無傷とは言わないまでも、この程度で済んでいたのはひとえに、そのデコボコの岩の大地の上に落ちた砂のクッションがあったお陰だろう。


 そして、日も当たらないこの場所を、そこまではっきりとジンタが見て取れたのは、辺りのいたる所で淡いが照らすには適度に良い程度の発光をしている苔が生えていたからだ。


「ジンさ、ここ涼しいよぉ~」


 ジンタ同様辺りをキョロキョロ見ていたあーちゃんがジンタの海パンを軽く掴みながら言う。


「確かに、涼しいな」


 いくら、氷柱を何本も立てていたとはいえ、真夏の日射しを直接受けていたさっきまでと比べると、ここは格段に涼しく過ごしやすそうだとジンタも思った。


 もう一度辺りを見渡し、別段怪しいモノがなさそうなのと、これからどうしたものかと考え始めた頃、


『ジンタさ~~~~ん、大丈夫ですか~~~~~~』


 何重にも壁を挟んだ先から、叫んでいるようなロンシャンの声が洞窟内に響いた。


「お? ここまで声が届くのか」


 これで、もしかしたらどうにかなるかも知れないと、ほっとしながらジンタは天井に向け叫んだ。


「ああ、こっちは大丈夫だ! ただ、ここから出る方法が分からない――っ!」


 大声で叫び返した後、


『なになに~~? ジンさんとあーちゃんがこの下にいるの?』


 ロンシャンの時よりトーンが小さいが、誰かに問うようなミリアの声がした。


「みりあ~~、あーちゃんここだよぉ~~っ!」


 聞こえてきたミリアの声に対し、あーちゃんは元気に答え、天井に向け両手を大きく振った。


『お? なんだなんだ? この穴がどうしたって?』

『ちょっとミト、あんまり押さないでよ!』

『リゼット、これ見てると目がグルグルするぞ』

『ロ、ロンシャン様は、こ、これの何を調べているんですか? ですわ』

『おれっちにもちょっと見せてくれって!』

『ま、松さん、あ、あまり人の背中を押すのは……』

『竹さんの言う通りだ、松さんあんまり押さないでけろ』

『ちょっと貴方達、あんまりロンシャン様の邪魔はなさらないように』

『ジンタさん! そっちはどんな感じですか――っ!』


 かなり……、人が集まっている事が洞窟内で反響する声で窺えた。


 これがいいことなのかと聞かれれば、ジンタは即座に『NO』と答えたい。

 聞こえてる声のメンバーを察するに、色々と問題があるというか、問題を起こすというか……。


 ジンタが不安そうに目元を揉んでいると、


『松! あんまり押すな! リゼット、落ちちゃう! ってか落ちたよ!』

『おれっちだって、わ、わったたた……』

『わ、わわわわ! ちょ、ミト、人の腕に掴まらないで!』

『お、落ちる落ちる!』

『う、うわあああっ』

『た、竹しゃん! わっちの手にっ!』

『み、ミリア! 早く掴まって』

『べ、ベンジャミン、と、届かないよ~~』

『ロ、ロンシャン様!』

『いたたた、わ、わわ、リカ来ちゃダメだって!』


 慌てる声達とドタバタと響く足音。

 そして、ドーム型の岩の天井、そのぽかりと空いた穴から、サラサラとこぼれ落ちてくる綺麗な砂……。


 何となく予想がつくし、やっぱりこうなかったか、とジンタが疲れたように顔を覆った。


『きゃああぁぁぁぁ――――――っ!』

『うわあぁぁぁぁぁ――――――っ!』

『ひ――――――っ』


 と、それぞれに悲鳴を上げながら問題児一行が落ちてきた。大量の砂と共に……。




 なんとか全員(ミリア、エルファス、ロンシャン、ミト、リゼット、リカ、松、竹、梅)無事?(リゼットとミリアだけは着地に失敗し、盛大に尻餅をついた)なのを確認する。


「はぁ~……、結局こうなるのか……」


 ケガ(お尻を痛打)をした、ミリアとリゼットにあーちゃんの葉っぱを食べさせながら、ジンタは首を横に振った。


「なあなあジンタ」


「何だミト?」


「ここは一体何なんだ?」


「まあ、普通に考えて洞窟、――鍾乳洞だろう」


「そうですね」


 ジンタの回答に、辺りを見渡していたロンシャンも頷く、それからもう一度辺りを見渡して、


「しかし、この規模の広さの鍾乳洞があの砂浜の下に埋まっているとは、ちょっと驚きですね。見てください、あちらにまだ先に進める道がありますから、ここで立ち止まっていてもしょうがないですし、行きましょう」


 普段見たことがないぐらいロンシャンが目を輝かせてみんなに言った。


「あ~~、ロンシャンちょっと待ってくれ」


「はい?」


「一応このメンツなら大丈夫とは思うんだが……、せめて俺の剣と盾を上から下ろしてもらっていいか? このままだとほんと不安で、な……」


「そ、そうですね。確かに僕もちょっと急ぎすぎました……」


 興奮していたロンシャンが恥ずかしそうに俯いたのを見て、ジンタは「いや、ロンシャンの珍しい姿を見れて良かったよ」と年相応な姿に微笑んだ。


 それから上に向け、叫んだ。


「お~~い、ベンジャミン――っ!」


「は~~い、ですわ」


 見上げた先はもう砂で覆われて居らず、ぽっかりと開いた穴から太陽の光が差し込んでいた。


「このままじゃ外に出れないから、移動しようと思うんだが、すまないが俺の剣と盾を持ってきてくれないか!」


 三度ほど、言葉を切りながらジンタはベンジャミンにお願いをする。


「ちょっと待っててですわ~~」


 ベンジャミンの返事を聞き、ジンタは安堵し、ほっと息を吐いた。


 待つこと数分。


「ジンタさ~~ん」


 上の穴から聞こえてきたのはイヨリの声だった。


「イヨリか?」


「はい~、そちらは大丈夫ですか~~?」


「ああ、こっちはみんな無事だ。これからこの洞窟から出るための探索をしようとしてて、それで武器と盾を――――」


「はい――っ! じゃあ今から届けますね」


「ああ、頼む!」


 そう答えたジンタが、天井の穴を見上げていると、なんと武器を両手に抱えた格好のイヨリが落ちてきた。


「ゲッ!」


 まずはジンタが声を上げた。

 次いで、


「「「ゲッ!」」」


 全員が同じように声を上げた。


 当然、全員がジンタ同様に穴を見上げていたのだ。そんなみんなも当然落ちてくるのはジンタの剣と盾だと思っていたのだろう。

 ジンタと同じような声を上げ、わたわたと落ちてくるイヨリを受け止めようと手を伸ばした。


 ドシンッ!


 結果として、ジンタが身を挺してイヨリを受け止めた。


「いたたたた……」


 ジンタがイヨリの下で呻く中、「すいません」と謝ってイヨリがすぐさまどいた。


「いや、それはいいんだけど、一体何でイヨリまで……」


 いてて、と上体を起こしながらジンタが聞くと、


「だって……、なんか私だけ除け者扱いされているようで……少し嫌だったから……」


 恥ずかしそうに、けれどどこか怒ったように唇を尖らせ、イヨリが答えた。


 その仕草にドキッとしたジンタは、幾分挙動不審気味に視線を彷徨わせ、頬を掻きながら、


「そ、そうなのか」とだけ、なんとか答えた。


 そんな二人の雰囲気をぶち壊すように声が響く。


「松~~っ!」


「お? 何だ~ベンジャミン~~」


「私も行くですわ~~っ!」


「を! 待て待て待て!」


 言うが早いか見えるが早いかで、ベンジャミンまでも天井の穴から降ってきた。


「おおお? おぉ? おおおおお?」


 両手を広げ、松が落ちてくるベンジャミンを受け止めようと右に左に体を動かす、そして、


 っずん!


 ベンジャミンは見事に着地した。――――松の顔に……。



 こうして、洞窟の出口を探すためのメンバーは揃った。


 地上で、まだ何が起きているのかも分からず、優雅にうたた寝をしているラーナと水音と雪目を残して。




 落ちた洞窟内の探索を開始して二十分ほど。


「何かが居るような感じですね」


 先頭はミトと松に預け、左にイヨリとあーちゃん。右にリカと竹と梅。そして後方にジンタとリゼットが歩き、真ん中にマスター四人を置く形で洞窟内を歩きながら、ロンシャンが辺りを興味深そうに、目を輝かせながら呟いた。


「なんかここって、誰かが居るような奇妙な生活感を感じるよなあ……」


 最後方で歩いていたジンタも同じように呟く。


 別段、何か物があるとか足跡があるとかそういうのはないのだが、何となくそんな気配がするのだ。


「だな、いたる所にそんな気配が残っているぜ」


 先頭のミトも、幾分気を張った声で頷く。


「言った側から、なんかいるぜ……」


 ミト同様先頭を歩いていた松が、声を低くし言った。


 全員が松の声に反応し身構える。それから松の視線の先へと目を向ける。

 距離にして、普通に歩幅三十歩ほど先の壁際、そこに人の姿をした緑色の何かがいた。


「あれ、なんだろう……?」

「あんまり大きくない、ですわ」

「あーちゃんよりは大きいよ」

「リゼットよりは小さいぞ」

「大きさは私達と同じぐらいかな? そもそもあれって何?」


 子供達の疑問に答えたのは、リカだった。


「あれは半魚人ですわね」


「「「「半魚人?」」」」


 子供達が同時に口を開くと、


「ええ、立派なモンスターですわ。ちなみにここに来る前にラペンで受けた依頼の中にも、名前が挙がっていますわね」


 より詳しい説明をリカがしてくれた。


「じゃあ、とりあえずあれはやっちまっていいんだな?」


 ミトが指をパキポキ鳴らし近づいて行くと、半魚人は魚の顔に大きな目をクリクリとさせ、ちょうどジンタ達からでは壁で見えない方を向き、何事か話をしてサッと姿を消した。


「おいおい、まさかまだ仲間がいるってのか……」


 歩いていたミトが立ち止まる。


 緊迫した雰囲気が数秒続いた後、


 ピョンと、半魚人が姿を消した場所に上半身が人、下半身が魚の姿をした女の子が姿を現した。


 ビクッと半歩後退ったミトを見て、女の子は口元を両手で押さえクスクスと笑う。


「あれはマーメイドですわね」


 リカが言うと、


「半魚人の後はマーメイドかよ」


 ミトが驚かせるなよと、汗を拭う素振りをしてほっと安堵する。


「でもよ、これで最低二体はモンスターがいるって分かったぜ」


 ミトの横にパシンと拳を突き合わせながら松が行く。


「半魚人とマーメイド……。どっちもかなりレアなモンスターだと本で読んだ気がするけど……」


 ロンシャンが思い出すように口にすると、


「ええ、ロンシャン様の言う通りですわ。そもそもこの海の依頼自体、ここに来るからと受けてはいますが、実はかなりレアな依頼で、普通に会えなくて当然な依頼なのですわ」


 リカが、少し間が開き離れたミトと松とロンシャン達の間に立ち説明した。


「そんなレアなのに出会っちまうなんて、俺達って運が良いのか悪いのか……」


 ジンタが、この海に来て何十度目かの溜息を付いた。


「さって、とりあえずどっちも依頼を受けているモンスターなんだろ? じゃあやっぱやっちまうしかねえよな?」


「ええ、それは構いませんわ。どうぞお好きに」


 ミトの問いに、リカがどうでも良さそうに答えた。


 そして、ジンタ達を見てクスクスと笑うマーメイドの女の子へ、ミトと松が一歩前に踏み出そうとした時、


「待って!」


 緊迫した声でミリアが進もうとする二人を止めた。


「「なんだ?」」


 同時に振り向く二人に向かい、ミリアはズンズンと前に進んだ。

 そして振り返る二人を、まるで門を開けるように左右に押し退け、二人の一歩前に立った。


 口元に両手を当てたままのマーメイドと、胸を張って立つミリアが睨み合う。


「ミ、ミリア?」


 数秒の緊迫する雰囲気の後、イヨリが心配そうに声を上げた、それと同時だった。


 まずは、ミリアが動いた。


 さっさっさっ、と、まるで野球の配球の指示を出すキャッチャー、いやバッターに指示を出す監督のサインのように、三つほどの動き(顔を撫でるような、鼻を触るような、口を拭くような)をした。


 それに一体何の意味があるのかなんて、ジンタにはさっぱり分からなかった。しかし、それに反応した者がいた。ジンタ達の見ている先のマーメイドだった。


 大きく目を見開いたマーメイドは、口に当てていた手を一度下ろし、それから、さっさっさっ、と、今度はやり返すようにミリアに向かい、おでこを触り、左右の肩を叩き、最後に両手で自分のホッペタをギュッと押し込んだ。


 ますます意味が分からないジンタ達だが、それを理解しているかのように今度はミリアがまたいくつかの動きをする。


 それを見たマーメイドも同じように、しかし違う動きでそれに応える。


 それを四度程、二人がくり返した時。気付けばミリアの隣にあーちゃん立ち、マーメイドの隣には半魚人が立っていた。


 そして今度は、二対二の形で訳の分からない動きが交差していく。


 それが程よくくり返された後、今度は向かい合う両者が一歩ずつ進み合い、距離を詰めていった。


「お、おい。アイツ等一体……、そもそも近づいて行っていいのか……?」


 ミリア達を一番近場で見ていたミトが、前を向いたままジンタ達に問いてきた。


「い、いや……、そもそもあの四人がやっているあれは一体……」


 ジンタが答えようが無く、問いに問いを重ねながら前に立つロンシャンとエルファスとベンジャミンに問いた。


「ぼ、僕はあんなのまったく知りません……」


「私も全然分からないです……」


「私も全然……、く、悔しいですわ」


 三人も、それぞれに困惑した面持ちでそう答える。


 ジンタ達がそんなやり取りをしている中も、ミリアとあーちゃん、そしてマーメイドと半魚人の距離はみるみる近づいて行く。


 そして後一歩の距離まで互いに近づいた四人は、ピタリと動きを止めた。

 スッと、さっきまでの動きが嘘のように両手を下ろした四人が見つめ合う。


 また緊迫した雰囲気がその場を包む。


 そして、見つめ合う四人が同時に右手を持ち上げそれぞれの正面の相手を指差す。


 ミリアはマーメイドを、マーメイドはミリアを。

 あーちゃんは半魚人を、半魚人はあーちゃんを。


 そして、四人が同時に息を吸い込むのが聞こえ、ジンタ達も息を飲む。



「「「「あんた、だれ?」」」」



 四人が同時に言った瞬間、全員がずっこけた。

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