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『アレ』

「「「「は? パンツの中?」」」」


 ジンタを始め、イヨリ、リカ、ロンシャン、竹とラーナと水音が同時に声を上げる。


「チィッ! まさか氷漬けのリゼットに聞こえていたなんて予想外なんだよ!」


 ミリアがいつもの間抜けな感じではなく、まるで主人公と敵対する切れるライバル的発言を発したと同時に、ベンジャミンも吠えた。


「仕方ありません、始めましょうですわ!」


 それが合図だった。


 ミリア側に付く全員が持っていた昼食の木皿を放り投げ、一斉に立ち上がる。


 まずはあーちゃんが獣人化し、新緑色の髪を深緑色の蔦へと変え、ジンタに向かい伸ばしてくる。


 始めから怪しいと踏んでいたジンタは、すぐ扱えるようにと座っている丸太の横に置いていた自身の盾と、一応の武器として置いていた木の棒でそれに応戦する。


 しかし、迫り来るあーちゃんの蔦の量は相当に多く、ジンタは一気に押し込まれていく。

 数に圧倒され、対応が追いつかなくなったジンタのトランスタイプのパンツに、あーちゃんの蔦が巻き付く。


「させない!」

「させませんわ!」


 そこで、ジンタの左右にいたイヨリとリカが獣人化し、その蔦をぶっ千切った。


「いたい、痛い、イタい」


 さすがに一気に何本もの蔦を切られ、あーちゃんは涙目でピョンピョンとその場で跳ね上がった。


「では、私がっ!」


 臨戦態勢状態だった雪目が、助けられ安堵するジンタの足元を凍らせる。


「うおぉっ!」


 足場の悪い砂場が一転、ツルツル滑る氷の地面になり、ジンタが尻餅をつく。


「今だよ!」

「今だ!」

「今ですわ!」


 ミリア、エルファス、ベンジャミンの三人が一斉にジンタに向かって飛び込んでいく。


「させないよ! シールド!」


 飛び込む三人とジンタの間に、ロンシャンが新しく覚えた魔法であるシールドを唱え、盾というよりは畳一枚分の薄い透明に近い壁を張る。


 ッッッゴン!


 飛び込んだ三人が同時に、その壁に頭をぶつけ、地面の上で悶絶する。


「ミリア! あなた一体何を考えているんです!」


 イヨリが真剣に叱りながら言うも、


「わたしだって男の人のがどうなってるか見たいもん!」


 ミリアが言い返す。

 それにはエルファス、ベンジャミン、あーちゃん、雪目、まだ頭以外が氷漬けのリゼットまで頷く。


「何をバカなことを……」


 言葉に詰まるイヨリに、今度はミリアが吠える。


「わたしはマスターなんだからジンさんのことをもっと知ってもいいと思うんだ! それにこれだって勉強だよ!」


 そうだそうだと、同調の声をあげる子供達。


「ば、バカなこと言ってるんじゃありません! そもそも『アレ』は、そんないいものではありません」


 言い返すイヨリだが、


「『アレ』って、イヨリ『アレっ』て何! イヨリは知ってるの! 見たの!」


「あ……」


 完全にミスをし、揚げ足を取られてしまう顔を真っ赤にしたイヨリ。

 その後ろでは、「そんないいものではない」と言われたジンタも、ちょっとブルーになっている。


「やっぱイヨリはジンさんのを見たんだ! じゃあわたしだって見る権利はあるんだよ!」


「ミリア様、そんなことをなさらずとも――」


「――リカさん、わたし達は今回ロンシャン君には手を出さないので手を引いて下さい」


 リカが、脱落した顔真っ赤のイヨリに代わり言い返そうとするも、エルファスが口を挟む。


「どういう意味ですの?」


「私達は、ロンシャン君でもいいんです。いえ、もしかしらロンシャン君の方がジンタさんよりも攻めやすいんですよ。それでもジンタさんにしたのは、リカさんがジンタさんだけを狙うなら、手を出さずにいてくれると、リスクが減ると思ったからなんです」


「ほ……う……」


 リカは、あごに手を置いてから一頻り考えて、


「そうですわね、ロンシャン様に危害が及ばないのでしたら、私には止める必要性がありませんわね」


 条件を呑んだ。


「リカ、それじゃあジンタさんは――」


「すいませんがロンシャン様。相手は私がジンタさんに手を貸せば、マスターであるロンシャン様も視野に入れると言っているのですわ。もしそれでも私がジンタさんを助け、それでロンシャン様に何かあったらと考えてしまうと……。私にはこれが一番正しい選択だと確信していますわ。それにもしロンシャン様の水着が脱がされるなんてそんな事があったとしたら、私は自分を制御出来るかどうかも怪しいものですわ……」


「で、でも――」


 返す言葉に詰まるロンシャンの背中に手を置き、


「さあロンシャン様、ラーナと水音さんの元に行きましょう」


 傍観者席とも言える少し離れた位置、いまだ戸惑う二人の元に歩き出した。


「さあ、これでジンタさんを守る双璧は崩れましたですわ」


 ベンジャミンの言葉が力を与えたように、五人が怪しげにゆっくりとジンタの元へと近づいてくる。


「ミリア! あまりバカなことやってると、私は本当に怒りますよ!」


「べ、ベンジャミン! あ、貴方もですよ!」


 顔を真っ赤にしたイヨリの叱責と、怒るとは無縁に近い竹の言葉も、


「バカなことじゃないよ! 知りたいって事は重要なことだよ!」


「そうですわ。一応見れば分かる事なら、見ておくべきですわ。竹だって見た事ないでしょ?」


 ミリアとベンジャンを止めるまでには至らなかった。


「さあ、ジンタさん。近いうちにちゃんと見せてもらえる予定の私ですが、とりあえず今日はお見合いと言うことで、見せてもらいます!」


 目をギンギンとさせた雪目の言葉を合図に、ミリア、エルファス、ベンジャミン、あーちゃんの五人が一斉にジンタに飛び込んだ。


「くっ!」


 とりあえず、盾を構えたままジンタは後退る。


 何とか守ろうとするイヨリが前に立つも、イヨリのゴーレムの腕をあーちゃんが数本の蔦を絡めて太くした蔦で押さえ込む。


「に、逃げて下さいジンタさん!」


 イヨリの必死の声に、ジンタも踵を返す。


 そこにミリア達マスターが一斉に飛びかかる。


 もうダメだ、と思った矢先に、


「お? 鬼ごっこか?」


 白い影が飛び込んで来て、ミリアとエルファスとベンジャミンの頭を手足で押さえ付け、雪目の顔面を蹴り飛ばした。


「「「「ミト!」」」」


 味方敵、同時に声を上げる。


「面白そうなことしてそうだな? で、何やってるんだ?」


 笑みで言うミトに、


「いや~~ミト助かったよ」


 ジンタはほっとし汗を拭った。


「ミト、ジンタさんを助けちゃダメだよ。今回ばかりは、絶対ミトはジンタさんの味方じゃなくてこっちの味方のはずだからね」


 エルファスが自信満々に断言する。


「俺がエルファスの味方? エルファスとジンタは敵同士なのか?」


 どういう事でそうなっているのか分からないだろうミトが、小首を傾げる。


「そうだよミト。今回はイヨリとジンさんが敵なんだよ!」


 ミリアが言い、


「そうですよミトさん。今回はジンタさんが標的なんです」


 雪目も言う。


「ジンタが標的ってなんだ?」


 ミトがどういうこった? とジンタを見るも、ジンタはさすがに答えられず、困ったように頬を掻く。


 ますます分からないと言った様子でミトが腕を組み、「ん~~~~」と唸った後、


「で、ジンタが標的って一体何が標的なんだ?」


 と、眉を顰めて聞いた。


「『アレ』だよ!」

「『アレ』だから!」

「『アレ』ですわ!」

「『アレ』なんです!」

「『アレ』だよぉ~!」


 ミリア、エルファス、ベンジャミン、雪目、あーちゃんの五人が一斉にジンタの股間部分を指差す。


 みんなの指と、それが指し示す場所を何度も首を往復させた後、


「………………は~~~~~~っ?」


 ミトは素っ頓狂な声を上げた。


「ちょ、ちょっと待て、お前達一体何を狙ってるんだ?」


 さすがに、顔を赤くさせミトが動揺しながら五人に聞く。


「だから、私達はジンタさんの股間の部分がどうなっているのか知りたいの、ミトもでしょ?」


 エルファスの決定的な言葉に、ミトの顔がより真っ赤になる。


「どう? ミトだって知りたいよね?」


 これで大丈夫とばかりにエルファスがミトの声を掛けるが、そのミトは顔を赤くさせたまま視線を宙に彷徨わせ、頬をぽりぽりと掻きながら、


「……いや、なんつーか、『アレ』は見てもあまりいいもんじゃねえって言うか……」


 ごにょごにょと口にする。


 そんなミトの言動と反応に、エルファスの目が一瞬で細まる。


「え? ちょっと待ってミト。なんでミトがジンタさんの『アレ』を知ってるかのように言ってるのよ、どうして?」


「え? いや、あれだ、その、それはなんつーか」


 畏まったように両手を体の前で組んで、高速で視線を彷徨わせ、言い訳染みた言葉を紡ごうと必死のミトに、


「ひょっとして見たの? ミトはジンタさんの『アレ』を見たの?」


 核心を突くエルファスの問いに、ミトはビクッと体を跳ね上げてから、


「な、何を言ってるのかなぁ~エルファス。お、おれがなぜ、じじじ、ジンタのを、み、みみみ、見たなんて事を言ってるんだよ~~~、ば、ばかだなぁ~~、あは、あはははは……」


 白々しいほどの言葉と、ミトの鼻の穴がぷくぅ~~っと膨む。


「見たことあるのね、ミト……」


 突き刺すようなエルファスの視線と言葉に、ミトの笑いは止まり、


「い、いや、あ、あれは事故って言うかなんて言うか……」


「見たのね?」


「……う、うん」


 間抜けな顔で畏まり、ミトが頷いた。


 これで場は一気変動した。


「……ちょっとジンタさん。……ミトさんが見たことあるって、それって一体?」


 一瞬、その場に居る全員がたじろぎ後退る程の殺気を放って、イヨリが黒髪を逆立てジンタに振り向く。


「い、いや、そ、それは事故で――」


「どんな事故なんです?」


「み、ミトの里帰り中に温泉に入って――」


「一緒にですか?」


「えっと、雪山の中で、かなり寒いところだったから、どっちかが待ってるのは色々としんどいと――」


「いっ・しょ・に・ですか?」


「は、はい!」


「へぇ~~~~」


 鬼の形相かと思われたイヨリの表情から、一気に感情の色が消える。


 あ、これなんかヤバそう……。


 素直にそう直感したジンタは、すぐに説明を始める。


「お、温泉で、俺が逆上せちまって、それをミトが引き上げてくれて――」


「そ、そそそ、そうだぜイヨリさん。その時におれがちらっとジンタの見ちまっただけで――」


 ミトも危険を感じたのだろう、ジンタと一緒に必死で言い訳する。


「温泉……いいですねぇ……」


 無表情のままのイヨリの呟きに、ジンタとミトがハッとなり顔を見合わせる。


「そ、そうだ。今年の冬は、温泉に行こう」


「そ、そそそ、そうだな、ジンタの言う通り。温泉はすごく気持ちがいいからな」


 二人が必死に愛想笑いをする中、イヨリが大きく息を吐き出す。


「まあ、分かりました。とりあえず今はミリア達の暴挙を止める事ですね。ミトさんまさかエルファスさん達に力を貸すとは言いませんよね?」


 イヨリの威圧的問いに、ミトは「と、当然だぜ」と答えエルファスに向き直る。


「と言うことで、おれはこっちに入る……」


 ミトの裏切りに、エルファス達から野次が飛ぶ。


「何よ~~、ミトのナイチチ!」


「そうだよ、だからミトはナイチチなんだよ!」


「そうですわ、それだから育たないんですわ!」


「ミトさんは胸と同じくらい友情に薄いんですね」


「ミト、おっぱい無いのか?」


 五人の言葉に、ミトのおでこがビキビキビキと血管を浮かせ、コメカミがピクピクと激しく脈打つ。


「ほ~~、お前等今日はコメカミグリグリ程度で済むと思うなよ?」


 悪鬼の如き形相を見せるミトに震え上がる五人だったが、そこにもう一人の英雄が現れる。


「話は分からねえが、ミトがそっちに付くならおれっちはこっちに付くぜ!」


 ただミトに抵抗したいがため、そう名乗りを上げたのは松だった。


「ま、松……」


 ベンジャミンが嬉しそうに声を弾ませると、


「で、一体なんでこれみんなで分かれて遊んでるんだ?」


 すっとぼけた顔の松。


「松さんは、まさかジンさんの『アレ』を見たことないよね?」


 ミリアがジンタの股間をビシッと指差す。

 松はミリアが指し示す場所、ジンタの股間を見て、


「おぉ? おれっちは見たことねえぜ?」


 と答えた。


「やっぱりそうですよね? ミトは見たことあるんだって」


 エルファスの暴露に、松の表情が一瞬固まった後、


「な、何だってぇ! それじゃあやっぱおれっちも見ておかねえといけねえな」


 へへんと鼻を擦り、松が断言した。


「ま、松さん何を考えているんですか!」


 それに待ったを掛けたのは言わんともない、家族である竹だった。


「べ、ベンジャミンも松さんも、そ、そんなバカなことは止めて下さい」


 竹の説得の声はしかし、


「竹、これはバカなことじゃないですわ。十分勉強のためですわ!」


「そうだぜ、おれっちだって、ミトが見ておれっちが見てないのは納得出来ねえ!」


 それぞれの勝手な言い分で、まったく届かない。

 そして、いつも静かな竹が切れる。


「そ、そそそ、そうですか! で、ででで、では私は、ふ、ふふふ二人に人様に迷惑掛けることが悪い事である説教をするために、わ、わわわ、私は、こ、こここ、こっちに付かせて頂きます」


 ハリゴンへと獣人化した竹の白茶の髪がトゲとなる。それを最大限に逆立て、竹が槍の代わりに焚き火用の木の棒を持ちジンタ側に立った。


 四対六。


 普通に考えて分の悪い戦いではあるが、ミリア、エルファス、ベンジャミンを含めているのを考えれば十分何とかなるだろうと読み、ジンタは戦いの火蓋を切るように言った。


「何でこんな事になったのか俺自身よく分からないけど、とりあえずお前等全員お仕置きだな!」



       ※※※※※※※※



 攻めつ守りつ、段々とヒートアップしていく場の中心にいる人物達を、遠巻きに見ながらロンシャンは呟く。


「これはジンタさん達、かなり分が悪いですね」


「どうしてです? イヨリさんとミトさんがいれば十分ではないです?」


 リカも現状の戦いを見ながら答える。


「ええ、このまま戦うだけならそうでしょうが……もし強化魔法を使い出したら……」


 ロンシャンがそこで言葉を止めて数秒後、それは起こった。


 まずは、エルファスが仲間であるミリアとあーちゃん、ベンジャミンと雪目と松の全員にスピードの強化魔法を掛けていった。


 そしてそれを見たと同時に、ジンタもイヨリとミトと竹に同じくスピードの強化魔法を掛けていく。


「あら、ジンタさんは今頃まで強化魔法を使っていませんでしたの?」


「うん、正確には『使えなかった』が正しいかな」


 主であるロンシャンの言葉を聞いて、リカは訝しむ。


「どういう事です?」


「見てれば分かる……かな」


 言われ、リカは幾分渋々に戦いの場に目を向けた。


 そしてすぐに、ロンシャンの言葉の意味が分かる事になった。


 交錯する戦いの中、強化魔法の輝き方が大きく変わった。


「ダブル強化魔法……」


 ジンタとエルファス、二人が掛けた魔法の効果は同等。しかし、そこにはミリアがいた。そして当然ミリアの最大の力は、強化魔法がさらに上掛け出来る事。


「そう、これが分かっていたからジンタさんは自分にさえも強化魔法を掛けられなかった、すぐに気付かれるかも知れないけど、使わないことで平等性を求められるから……。でも、一度その制約が切れれば、使うことに躊躇いはなくなる」


「そうですわね。確かに同じ条件で戦っていた場合、使えば有利になると分かっていても、なかなか使いづらいものですが、一度使い出せば後はなし崩し的に……」


「うん、そしてミリアちゃんの範囲強化は、それこそ場の流れを一気に変えるほどの力がある」


「これはジンタさんの水着が脱がされるのも時間の問題ですわね」


「……うん、そうだね」


 ここまで、戦いに対して真摯なほどの説明をしていた二人だったが、その理由が水着を脱がす脱がさないと言うふざけたような理由な事に、どうもしっくり来なかった。



        ※※※※※※※※



「やっぱりこうなったか」


 盾をかなぐり捨て、片手で自分のトランクスを掴み、辛うじて脱がされるのを阻止しながらジンタは舌打ちした。


 いつもは恩恵を受ける側であるミリアのダブル強化魔法の反則的効果を、こうして自分が相手にしてみると、本当にひどすぎる効果だなと愚痴の一つも溢したくなるほどだった。


 さっきまで、松をスピードで翻弄していたミトが、今は松に翻弄され。

 手加減しながらも、雪目とあーちゃんの相手をしていたイヨリも今は防戦一方に。

 そして、ベンジャミンとエルファスとミリアの三人からジンタを守っていた竹も、今は三人のスピードに追いつけず、てんてこ舞い。


 かくゆうジンタも、辛うじて水着を脱がされない程度に抵抗するのが一杯一杯で、まともな対抗策も思い浮かばない。

 ジリジリと追い込まれているのがよく分かる状況だった。


 このままじゃ脱がされちまう……。


 普通に考えてアホらしい言動だが、すこぶる真剣にジンタは生きるか死ぬかの戦いのように頭をフル回転させ、状況の打破を狙う。


「みんな、もうちょっとで今までの謎が一つ解き明かされるよ!」


 ミリアの、こんな時だけ無駄に説得力のある言葉に、攻める他の四人の気合いが上がる。


「あーちゃん! 本当にいい加減にしないと、私も怒りますし、お母さんにも怒ってもらいますよ!」


「あ、あう……」


 イヨリの、ある意味最終手段的言葉であーちゃんが怯え、ぴたりと動きを止めるが、


「大丈夫だよあーちゃん、わたし達も一緒に怒られてあげるから、そしたらいつもの半分も恐くないでしょ」


 本当に、なぜかこんな時だけ聖母のような優しさで怯えるあーちゃんの心を優しく包み込むミリアの言葉が、あーちゃんの恐怖を和らげる。


「ほんとに、何でこの子はこんな時だけ妙な説得力があるのかしら……」


 あ―ちゃんが復帰し、また防戦一方になるイヨリが悪態を吐く。




「おいいぃぃぃっ松ッ!」


 交戦しながら受けに回ることが増えたミトが、松に叫ぶ。


「何だミトッ!」


「お前はこんなんでいいのか? これが平等な戦いだと思っているのか?」


「何だとっ⁉」


「考えても見ろ。人数的に六対四、しかもお前はダブル強化魔法をもらって戦ってるんだぜ? それって卑怯じゃないか?」


「むっ。……た、確かに、これでおれっちが勝っても、本当の勝ちかなのかどうかは……」


 優勢に立ち回っている松に迷いが生まれる。


 この隙に松を倒すッ!


 ミトが、トップギアに入ろうと踏み込んだ瞬間、


「気を付けて松さん! そうやってミトは人を困らせて攻撃してくるよ!」


 迷い中の松の意識を戻すような、エルファスの叫び。


 我に返った松が、ミトの最高速の攻撃をすべて受けきる。


「ふぅ~、あぶねえあぶねえ、エルファスサンキューな」


 松のお礼に、エルファスがにっこり顔で手を振る。


「くっ! エルファスの奴め、余計なことを……」


 ミトが悔しげにエルファスを睨むが、当のエルファスはべーっと舌を出して、ミトの睨みに応戦した。




「べ、ベンジャミン! いい加減こんな事は止めなさい!」


 ジンタの前で、背のトゲを振り回し、正当な叱り方をする竹。


「竹こそ、私はマスターですわよ。その私の言うことをどうして聞けないんですの?」


 竹の攻撃を見事に躱しながら、ベンジャミンが言い返す。


「ひ、人様に迷惑掛けるような子に育てた覚えはありません! そ、それにこのままジンタさんの水着を脱がしたら、もうジンタさん達がどこか行く時、一緒に行くのを許可しなくなるかも知れませんよ!」


「む! むむむ……」


 ピタリと、唸りながら動きを止めるベンジャミン。


 ベンジャミンからすれば、確かに今回の事で、以降どこに行くのも誘ってもらえなくなるのは一番イタい事だ。


 それとこの戦闘の成功を天秤に乗せる事で動きが阻害される。


 しかしそこに、


「大丈夫だよベンジャ。あーちゃんも一緒に行くのお願いするよ」


「うん、そうだよベンジャミン! 次だってわたしもお願いしてあげるから!」


「あ、あーちゃんさんに、ミリア……」


 感極まったようにベンジャミンが鼻を啜り、


「もう、私に迷う事はありませんわ!」


 そう断言して、ベンジャミンはジンタの水着ヘ向け手を伸ばし始める。




「む、無駄に互いを知り尽くしてる分、色々厄介だな……。それにしても、意外と初めて知った部分も多いな……」


 追い込まれたジンタが、辛うじてまだ前に立ってくれている三人に呟く。


「本当ですよ。まさかミリアにこんな統制力があったなんて知りませんでしたよ」


「うちのエルファスだってそうだぜ。何だかんだで全体を見てフォローして動いてるしな」


「う、うちは、松さんはともかく、べ、ベンジャミンがあそこまで人と協調するのを初めて見ましたよ」


 それぞれが、マスターの成長をその肌で感じていたが、それもそろそろ終わりへと近づいていた。


 完全に押し込まれ、周囲を支配されたジンタ達四人。


「何か、何か手はないですか?」


 ジンタを守りながらのイヨリの必死な声に、ジンタは一つだけ妙案を思いついた。


「そうだ! イヨリあれだ!」


「え?」


 ジンタの言葉の意味を掴みきれず、イヨリがジンタに振り向く。


「あの失敗作の技をここで使うんだ!」


 ジンタはパシーンと木の棒を持つ右手の拳を左掌に叩き付ける。


「え? 失敗って『アレ』ですか?」


「ああ、その『アレ』だ」


「で、ですが、『アレ』は本当に自爆技で……」


「ここなら大丈夫だろ?」


 ジンタが地面である砂浜を指差す。


「あ……、確かにここなら……」


 イヨリも納得いったように同意する。


「よし、じゃあ『アレ』で一気に片付けよう!」


 ジンタとイヨリが頷き合う。

 ジンタは、どういう事だ? と見ているミトと竹にぺこりと頭を下げる。


「ごめん、これからイヨリが出す技は、きっと俺達にも被害が出る。だから先に謝っておくよ」


「私からもすいませんと謝っておきます」


 ジンタとイヨリの二人が適度に頭を下げる。

 それを聞いてミトが問う。


「それでこの戦いに勝てるのか?」


 ジンタはその質問に対し、少し考えてから、


「勝つ負けるで言えば、引き分けかな?」


「ひ、引き分けですか……」


「イヤ、かな?」


 ジンタが尋ねると、ミトと竹は即座に首を振った。


「いや、このままじり貧で負けるよりも、引き分けで十分だ!」


「そ、そうですね。こ、この状況で引き分けなら勝ちも同然です!」


 囲まれながらも四人は頷き合う。


「で、どうすればいい?」


「とりあえず全員をイヨリの半径二メートル以内まで引っ張り込む」


「引っ張り込むんですか?」


 帰ってきた答えに竹が驚いた顔をする。


「はい、この技はとてつもなく範囲が狭い近距離攻撃ですので……」


 済まなさげなイヨリの言葉に、


「まあいいさ、それで勝てるなら。なんせいくら何でも、まだおれはエルファスに負けるわけにはいかねえしな」


「そ、そうですね。わ、私も一度ここでベンジャミンと松さんをしっかり怒らないといけませんから」


 ミトは鼻を擦り、竹はもう一度ギュッと槍代わりの木の棒を握り直す。


「よし、じゃあ行くぞ!」


 ジンタの反撃の言葉と同時に、全員が動く。


 最初に動いたのは取り囲む中の一人、あ―ちゃんだった。


 深緑色の髪の蔦を適度に纏め、全部で五本にし、それを全員に一本ずつ巻き付ける。


「あーちゃんが全員を捕まえたよ!」


 自慢げに言うあーちゃんに、


「あーちゃん、それは悪手ですよ!」


 イヨリが答え「フンッ」とゴーレムの腕を引っ張る。


「おぉ?」


 一気に引っ張られ、小さく軽いあーちゃんの体がイヨリヘと向け宙を駆けていく。


「あーちゃん!」

「あーちゃんさん!」


 ミリアとベンジャミンがあーちゃんの足を掴むも、イヨリのバカ力は伊達じゃ無く、三人ごと一気に引っ張り寄せた。


 ドスン、と重痛しげな音を響かせ三人がイヨリの前でしこたま腰を打つ。

 と同時に、痛みが優先したのかミリアの範囲強化魔法が切れた。


「やば! だけど、おれっちだって!」


 松が焦ったように飛び込もうとするが、そこは竹が「テイッ!」と、意表を突いた見事に脛を狙った木の一閃を放ち、松をその場で飛び上がらせた。


「むむ、これは分が悪いですね」


 自分の能力と立ち位置を一番理解し、一番遠巻きに立っていた雪目が呟くと、その背後から、


「おいおい雪目~。まさか、分が悪いからって今更やめるって事はねえよなぁ?」


 ミトの低く怪しい声が響く。


「くっ、ここまで来たら死なば諸共です!」


 雪目は背後に立つミトを無視し、一気にジャンプ一番ジンタに向け飛び込んだ。


「じ、じじ、ジンタさんの息子さんに会わせて頂きます!」


 欲望全開の顔で突っ込んでくる獣人化した雪目に、ジンタは足を出す。


 ゴスッ!


 見事に雪目の顔面を足の裏で受け止め、ジンタはそのまま砂浜に叩き落とす。


「ジンタ! エルファスも行ってるぞ!」


 ミトの援護の声に、ハッとなったジンタは即座に自身の海パンを掴み引っ張り上げる。


 ガシィッ!


 引っ張り上げるとほぼ同時、いや少しジンタが早かったお陰か、海パンをズリ下げるような負荷を感じたが何とかそれを防げた。


「あ、あっぶねぇ……」


 ジンタが、安堵の言葉を口にすると後ろから、


「チッ! もう少しだったのに!」


 エルファスの悔しげな声が聞こえた。

 こうして六人全員を何と防いだが、


「ま、まだだよ!」

「そうですわ!」

「あーちゃんだって!」


 ミリア、ベンジャミン、あーちゃんが叫び、エルファス同様、ジンタの海パンをヒシッと鷲掴む。


「ぬおおおぉぉぉぉっ!」


 腰の部分から、必死に持ち上げるジンタと、


「「「「ぐぬぬぬぬぬぬぬっ!」」」」


 海パンの足部分を、必死に引っ張る四人のチカラ比べ。

 通常、そんな引っ張り合いのために作られたわけじゃない海パンがミシミシッと悲鳴を上げる。


「ジンタさん!」


 後ろからイヨリの心配そうな声。


「イヨリ、今だ!」


 ジンタは、必死で海パンを引き上げながら叫ぶ。


「わ、分かりました」


 まだ心配げな声音を残しながらも、後ろからぞわりとする気配が膨れる。


「な、何なの? これ……」

「い、イヨリが何かやろうとしてるよ!」

「くっ……、ここまで来て離せませんですわ!」

「あーちゃんも、離さないよ!」


 何かを感じているが、それでもジンタの海パンを引っ張り下ろそうとする四人。


 そしてジンタの耳に、イヨリがゆっくりと息を吸い込む音が聞こえ、それが止まる。


「行っっけええぇぇぇ――――っ!」

「パワ――ッ!」


 ジンタの叫びとイヨリの声が重なって響く。


「ゲイザ――――ッッ!」


 最後にイヨリの叫びが聞こえると同時に、背後でッッッズン! と地面が揺れるほどの音が響く。


 ジンタには見えていないが、背後ではイヨリのゴーレムの腕が地面の中に肘辺りまで埋まっていた。


 ジンタは海パンを引っ張りながら、強く目を瞑った。

 これから訪れる痛みに備えて。


 しかし、それは数秒経ってもやってこなかった。


「な、何? イヨリさん一体何したの?」

「イヨリの技……失敗したのかな?」

「ラッキーですわ」

「あーちゃん何とも無いよ?」


 あ然とした感じで、海パンを引っ張る四人が口にした。


「リゼットも、リゼットもジンタのパンツの中、見るぞ!」


 そこで真打ち、七人目の刺客が登場。

 リゼットがやっと氷漬けから脱し、獣人化したセイレーンの姿で急降下して来た。


「ぐおっ! こんな時にアホな子がもう一人っ!」


 ジンタが叫ぶと同時に、ガシッと海パンを掴んだリゼットがそのままの勢いで地面に突っ込んだ。

 さらにブチブチブチと繊維が千切れるような悲鳴を上げる海パンだったが、そこに、


 ッッズン! と重い音が響いた。


 ズズズズ…………


 その後、地面が一気に沈み込んだ。


「な、なんだ~~?」


 ミトの素っ頓狂な声が聞こえる中、沈み込んだ砂に流されるように一箇所に集まる全員。

 穴はすり鉢状に円で広がり、肘まで埋まったイヨリの右腕がその蟻地獄の中心だった。


 そして中心に向かい流れた砂のせいで全員がイヨリの腕の前でもんどり打ったように重なり合う。


「こ、これは一体?」

「なんなんなのこれ?」

「あーちゃん落っこちた?」

「く、苦しいですわ……」

「リゼット地面壊しちゃったか?」

「じ、ジンタさん、私はこのままこのままずっとお側に!」

「いてえ、痛えって竹! おれっちにトゲ刺さってるよ!」

「あ、危ないので、じゅ、獣人化を解きます」


 敵味方入り乱れて口を開く。


 そんな中ジンタは見た。

 穴の中心に右腕を突っ込んでいるイヨリが、痛みに耐えるようにプルプルと震えながら強く目を瞑っているのを。


「あ……、まだ終わってなかったんだ……」


 ジンタが思わず口ずさんだ瞬間だった。


 ッッッッッボン!


 ガス爆発が起きた音が響き、地中から押し上げてくる砂と空気の爆発をその身に受け、ジンタ達は為す術もなく空に吹っ飛ばされた。


 まるで、クジラの潮吹きのように……。



        ※※※※※※※※



 空高く飛び上がった十一人を見上げながらリカが呟く。


「一体何なんですの、あの技は……?」


「うん、正直とんでもない自爆技だよね……」


 リカ同様、空を見上げて答えるロンシャン。


「やっぱり自爆技だすか……あれは?」


「まあ恐らくそうでしょう。使ったであろうイヨリさんまで、空に飛んでいますからね……」


 梅も見上げ、ラーナが答える。


「そうだね。どうしてあんな技をイヨリさんが作ったかは分からないけど、どう見ても使った本人が中心になって爆発するから、完全に自分がダメージを受けるし、下手をすると相手は離れて避けられちゃうからね」


 ロンシャンが解説し終わると、隣で水音が、


「でも、気持ち良さそうですねえ、あんなに高く空飛ぶの……」


 ぽわ~っとした感じで呟いた。


 当然、この後ミリアを主犯とした全員が、イヨリの長時間の説教といつも以上に痛いゲンコツをされたのは言うまでもない。

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