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怪しい……

 翌日、まだ暑くなり始める前の早朝の砂浜で心地よく寝ていたジンタ。

 そこをドタドタと元気に走り回る水着姿のあーちゃんが器用に腹を踏みつけ、優しさとは無縁に問答無用で目を覚まされた。


「な、なんだ~~」


 上体だけを起こしジンタが声を上げると、クルッと振り返ったあーちゃんが、


「ジンさ、おはよ~~」


 元気に返事をしてきた。


 そんなあーちゃんは、頭の天辺から足のつま先まで見事びしょびしょに濡れていた。


 もう、海に入って来たのかと感心しながら、きっとあーちゃん同様にもう海に入っているだろうメンバーを見るため、ジンタからすれば背中側である海辺を見渡す。


 海辺では、ミトとリゼット、エルファスに松、そしてベンジャミンとジンタを起こしたあーちゃんが元気に遊んでいた。


 ほんとみんな元気だなと、もう一度感心したところでその海辺で遊ぶメンバーの中にミリアの姿がないことに気付いた。


「あれ? ミリアはどこだ?」


 もう一度海辺のメンバーの中に、ミリアを探しつつジンタが尋ねると、


「ミリアならこっちにいますよ」


 正面側で、今まさに朝食を作っているイヨリが答えた。


 正面を向くと、ジンタの鼻腔と胃を刺激させる匂いと音が響く。


 そしてちょうどその朝食を作るための鉄板を挟んだ向かい側に、ミリアが体育座りしてジィーっとジンタを見ていた。


「ミリアは遊びに行かないのか?」


 凝視に近い形で見てくるミリアに、ちょっと嫌な予感がしながらジンタが聞くと、


「うん、ちょっと考え事を、ね……」



「「「「え?」」」」



 ミリアが思案顔で答えた瞬間、その場にいた全員が真剣な顔でミリアを見た。


「ミリア、ちょっとこっちに来なさい、熱でもあるのかしら?」


 まずはイヨリが朝食を作る手を止め、ミリアのおでこに手を当てる。


「ミ、ミリアさん、調子が悪いようでしたら、私今から毛布を取ってきましょうか?」


「ワッチも手伝うだ」


 竹と梅が、立ち上がり掛け、


「リカ、確か僕の持って来てるカバンの中に薬の入った袋があるから、それを」


「分かりましたわ」


 ロンシャンがリカに頼み、


「風邪でしたら氷で周りを冷やすのは逆効果ですよね?」


「た、多分、そうじゃないかと……」


 雪目と水音がちょっと対応に困りドギマギする。


 どうしていいのか分からず、ばたつくみんなの中、当の本人であるミリアが叫ぶ、


「もう、別にどこも悪くないよ! そう言うんじゃなくって、私だって色々と考えてるんだから!」


 おでこに置かれたイヨリの手を払い除け、すくっと立ち上がり海辺のミト達の元へと走って行った。


「一体、ミリアのやつどうしたんだ???」


 動揺していたみんながボー然とする中、ジンタが代表するかのように呟いた。




 ミリアの何とも言えない雰囲気に、朝食を終えたジンタは、また海に走って行こうとするミトとエルファスに声を掛けた。


「え? ミリアちゃんの様子が変?」


「確かに元気がなさそうと言うか、何かを考えてるって感じっぽいよなぁ」


 エルファスは驚き、ミトは言われてみればと相づちを打った。


 三人が見つめる先では、ベンジャミンがミリアの側に行き、何事か二人で言い合いをしている。

 しかし、見ようによってはベンジャミンが気を遣う様に近づいているようにも見えなくない。


「で、今ミリアの様子がそんなだからさ、何もなければいいんだけど、やっぱ心配だからミト達もちょっと気に掛けて欲しいんだ」


 ジンタは頼み込むように頭を下げた。


「分かった。様子を見ておくぜ」


「悪いなミト。頼むよ」


 ジンタがもう一度頭を下げると、ミトはバンバンとジンタの肩を叩いて、海に向かって走って行った。


「私も見ておきますね」


 エルファスもそう言って、ミリア達の元へと走って行った。


「やれやれ、うちのマスターは大丈夫だろうか」


 心配げにもう一度ジンタがミリアを見ると、ミリアもまたこっちを見ていた。


「なんか、今日は良く目が合うなぁ~~」


 ミリアに向かい軽く手を振り、ジンタは呟いた。



        ※※※※※※※※



「――ってね、わたしは昨日の産卵を見て思ったんだよ」


「それは確かに私も、み、見たことはありません、ですが……」


「でしょ? わたしもないんだよ、だからさ」


「で、ですが、そう言うのは……な、なんと言いますか、そ、その時が来れば、し、自然と分かると言いますか、見れると言いますか……」


「じゃあベンジャミンは、見たくないの? わたしはこれも大事な勉強だと思うよ!」


「おぉ! お前等ケンカしてねえのか!」


「ミリアちゃんとベンジャミンが普通に話をしてるなんて……」


 普段なら言い争いになるはずのミリアとベンジャンの二人が、まるで仲良くお風呂に入るように波間に肩まで浸かって…座り、ちゃんとした会話を成立させていた。

 そこに、ジンタに見てて欲しいと言われたミトとエルファスが合流した。


「で、一体どんな話をしてたんだ?」


「そ、それは……、ですが……」


 言いづらそうにベンジャミンがモジモジと口籠もる。


 ベンジャミンの頬が赤く染まり、恥ずかしそうなその仕草にピンときたエルファスがミトに向かう。


「ミト、これはどうやら私達マスター同士、いや同級生同士である者達の話みたいよ。だからミトは少し席を外してくれないかな?」


「おいおいエルファス、いつも一緒にいるおれにまで話せないって言うのは……」


 そこまで言ったミトだが、三人から向けられる視線の冷ややかさに言葉が詰まる。


「えっと、お、おれも一緒に話を聞きたいなぁ~なんて……」


 えへへ、と頭を掻いてみるが、三人の視線は変わらず冷たいままで……、


「あ、ああ、そうかいそうかい! まあ、いいよいいよ、どうせおれは大人だからな! 一人で遊ぶのも慣れてるし、子供のお守りが無くなって清々するぜ!」


 そこまで強がり、ミトは三人にくるりと背を向けた。


 そして数秒してから、チラッと後ろを見る。


 そこには、やっぱり先程と同じ冷たい視線を向けたままの三人の姿がある。


「バッ、バッカヤロ――――‼」


 ミトは激しく傷つき、その場から走って逃げた。


「さて、じゃあ二人共、私にも話ししてくれるよね?」


 エルファスが腰に手を当てながら二人に言うと、ミリアとベンジャミンは一度目を合わせた後、来い来いと手招きしエルファスを同じように座らせた。


「実はね、エルちゃん――――」



        ※※※※※※※※



 海は色々危ない。ジンタも砂浜に座り遊ぶ全員に気を配るように視線を向けていた。


 まず見たのは、ミトだ。


 なんかとんでもなく悲しいことでもあったのか、スポーティーなビキニ姿で泣きながら海面上を走っていた。

 ミリアを気にして欲しい、と先程頼んだことも関係あるのか、その辺りの心境も気にはなったが、それよりもどうして海面の上を走れるのか、そっちの方が気になる。


 そしてそんなミトの後ろを、同じくスポーティーなビキニ姿で「うおぉぉぉぉぉ! おれっちもミトには負けねえ!」と叫びながら松も海面上を走っていた。


 元々このメンバーの中で、スピードに定評のある二人だ。

 あまり理屈を聞いても自分には出来ないだろうと、自覚しながらジンタはとりあえず次を見た。


 そこにはあーちゃんと竹と梅の三人が波打ち際の砂場で、砂を盛り上げ楽しそうに何やら作っていた。


 こちらは全員スクール水着のような形に、少しヒラヒラが付いたタイプを着用している。

 そして行動においても普通だ。至って普通に、海水浴に来ている人達の風景だった。


 あ―ちゃん達のその横に視線を向ければ、シャツを着てトランクスタイプの水着を着たロンシャンと、赤く胸をやたら強調する感じの水着を着たリカがいた。


 ロンシャンは手に試験管のようなものを持ち、海の水をすくっては中をジィーっと見ている。

 リカは、そんなロンシャンの斜め後ろでロンシャンのだろうカバンを持ち立っていた。


 研究熱心なロンシャンと、マスターであるロンシャンを一番に考えるリカのこと、これはこれでいつも通りだろうとジンタは頷き次へと目を向けた。


 視線を移した先では、なぜか海面上で氷漬けになってフワフワと浮いている昔のカラフル水着を着たリゼットがいた。


 一体何が? と頭を傾げたジンタの目に、やたら興奮し獣人化した雪目の姿が映った。


「これが海っ! これがアバンチュールなんですね! ふおおおおぉぉぉぉぉぉっ」


 異様な興奮を見せる雪目を無表情な目で見ながらジンタは、


 ああ、リゼットは被害者か……。


 と納得した。


 そんな暴走する雪目から少し離れた位置で、まるで大きすぎる胸を隠すようにヒラヒラの長い薄青のビキニを着た水音と、大人びたやや黒目のワンピース水着を着たラーナが日光浴を楽しんでいた。


 そんな二人を結構長い間見ていたジンタの後ろで、わざとらしく含みのこもったコホンという咳払いが聞こえたのはその時だった。


 一瞬ビクンとなったジンタは、平静を装いゆっくりと振り向く。


「や、やあイヨリ、片付け終わった?」


「ええ、終わりましたよ」


 つんっと澄ましたように言い、ジンタの隣に腰を下ろすイヨリ。


 イヨリは白のビキニに腰から同じく白の布を巻いたパレオ風の水着だった。

 先程まで、朝食の片付けをするためせっせと動いていたのだ。


「えっと、水着似合ってるね」


「そうですか?」


「う、うん」


「ジンタさんは、別のかたにも同じように目がいってるようですけど」


「う……」


 どことなく、トゲトゲしい感じに返され、胸が痛いジンタ。


 さてどうしようと、とりあえずイヨリの機嫌の直し方を考えながら、目を残りのメンツであるミリア達に向けた。


「うっ……」


 ジンタは一瞬、声に詰まった。


「どうしました?」


 さすがにちょっと声の質が異様だったのか、隣のイヨリが心配そうに目を向けてくる。


「い、いや、なんか今ミリア達の方を見たら、あそこの三人が俺を見ていたと言うか、睨んでいたように見えて……」


「ミリア達が?」


 イヨリがジンタの視線と同じ方を見る。


「私には普通に水の中に浸かって話をしているようにしか……」


「だ、だよなぁ……」


 気のせいだろう、と自分を納得させジンタは答えた。



       ※※※※※※※※



「でも、それならロンシャン君でもよくない? むしろロンシャン君の方が楽に思えるけど」


 エルファスが目の前のミリアとベンジャミンにしか聞こえない程度の声で呟く。


「それはエルちゃん甘いよ」


「そうですわ」


 ミリアとベンジャミン二人が否定する。

 そうなの? と首を傾げるエルファスにミリアは海面に人差し指を出して、


「いいエルちゃん。もし、ロンシャン君にこの計画を実行なんてしたら、わたしたちはイヨリの他に、リカさんにまで怒られることになるんだよ」


「ハッ! そ、それは危険だね」


「でしょ」


 正座し、波に揺られながらも三人の会話は続いた。


「となると、やはり狙いはジンタさんってこと?」


「うん、それが一番リスクが少ないよ」


「ですわね」


 三人が納得し頷きあう。


「でも、私達三人だけでやるのはいくら何でも……」


「それなら考えがあるよ」


 ミリアは辺りを見渡し、手を上げて呼ぶ。


「あーちゃん、ちょっとこっちにいいかな――っ」


 砂浜で竹と梅の三人で、何やら砂のお城のようなモノを作っていたあーちゃんが「むあ」と振り向いた。

 それから竹と梅といくつ言葉を交わしてからトタトタとやって来る。


「なに、みりあ?」


 波に合わせて体を浮かせながら、あーちゃんが尋ねた。


「あーちゃん、仕事だよ」


 まるで裏稼業の伝達人のようにミリアが言う。


「仕事っ!」


 最近、この手の絵本とは言い難い本に興味を持って読んでいるあーちゃんは目を輝かせた。


「うん、この仕事はちょっと難しいんだ。だからあーちゃんの力を貸して欲しいんだよ」


 ミリアが海面に手を出し、ぐっと拳を握る。


「あーちゃんみりあに力貸すよ」


 あーちゃんはニッと笑み、みりあの拳に自分の拳を当てた。


「これで四人ですわね」


「次は、ミト辺りかな?」


「先にリゼットの方が良くない?」


 あ―ちゃんを加えた一行は、次の仲間を求め人選を物色し始めながら、海面を移動し始めた。



        ※※※※※※※※



 怪しい、と思いながら、海面を座ったまま移動する四人をジンタは見ていた。


「なんか……、変な事考えてそうですね」


 隣のイヨリもミリア達の動きを見ながら呟いた。


「やっぱそう思うか?」


「ええ、あからさまに……」


「だよなぁ……」


 あれだけ海に来たがっていたはずなのに、海で遊ぶのをそっちのけで、こそこそ動く四人は普通に見て怪しい。


 そんな四人が、凍ったリゼットと雪目の元へと辿り着いた。


 まずは雪目と何事かを話している。

 時々、こっちをチラチラと見ながら。


 そして話をする雪目までも、途中からジンタをチラチラと見てくる。

 その視線はいやに背筋が凍るような不穏さを兼ねている。


「ジンタさん、ミリア達が何か悪巧みを実行する前に、止めましょうか?」


「ん、ん~~、あまりいい気はしないけど。でも、それが悪い事かまだ分からないし、もう少し様子を見ていてもいいんじゃないかな?」


「ですが……、なんと言いますか、絶対いいことじゃないと確信的な感じがしますが……」


「まあ、なぁ……」


 信じたい気持ちと何とも言えない不安な気持ちに挟まれながら、イヨリとそんなやり取りを交わす。

 そして、そんなジンタ達を尻目に、ミリア達は凍ったリゼットと雪目の居る場所でいまだヒソヒソと話をしていた。



        ※※※※※※※※



「ロンシャン様、どうされました?」


 海のことを知ろうと色々調べているロンシャンの後ろで、嬉しそうに付き従うリカが主であるロンシャンが辺りを見渡し怪訝な顔をしたのに気付き声を掛けた。


「ん、なんかちょっと変な感じが、ね」


 もう一度辺りを見ながらロンシャンが答える。


「変、ですか?」


 リカも、同じように辺りを見る。


「やっぱり、なんかちょっと変だな……」


 海の中、足の届く場所で集まるミリア達一団と、浜辺でそれを見ているジンタとイヨリを再度見比べた後、ロンシャンは「ふむ」と頷き、


「リカ、一度ジンタさん達のところに行こうか」


 調べるの止めて、浜辺に向かって歩き出した。


「分かりましたわ」


 一応、海辺に集まっている一団も意識しつつ、リカもロンシャンの後を付いていく。


「やあ、ロンシャン。調べるのはもう終わりか?」


 近づくと、ジンタが気さくに声を掛けてきた。

 もっとも、気さくっぽくであり、やはり言葉には幾ばくかの緊張が見て取れる。


「ええ、大分データが取れましたけど。それよりジンタさん、これは一体?」


 掛けられた言葉に対し、ロンシャンが笑みのまま返す。


「いや、なんかよく分からないんだけど、どうもミリアが主犯っぽくてなぁ」


 同じく、気さくな感じの笑みを浮かべたままジンタが返してきた。


「そうですかぁ……、何か心当たりは?」


「ん~~、今一つ、なぁ……」


「そうですかぁ……」


 互いに笑顔のまま、遠目からでは何でもない風に会話をしているように見せ、二人は話を進めていく。


「イヨリさん、これなら一度全員をお呼びになって、話を伺っては如何ですの?」


「え、ええ、私もそうするべきかな、と思ってはいるんですが……」


「形的にここまで来ると、もうそれは逆効果かも知れないですね」


「ああ、そうかも知れないなぁ……」


 会話する四人は、笑みのまま少し考えるように黙った。


「とりあえずイヨリ、昼飯の準備でもして見ようか」


 ジンタの問い掛けに、イヨリもパンと両手を合わせ、


「そうですね」


 と同意した。


「じゃあリカ、とりあえず僕らもしばらくここにいようか」


「畏まりましたわ、ロンシャン様」


 ジンタの横にロンシャンが腰を下ろし、そのロンシャンの隣にリカが腰を下ろした。



        ※※※※※※※※



「ねえねえまずいよミリアちゃん、ロンシャン君とリカさんがジンタさんの隣に座っちゃったよ」


「ぐむむむ……、これはちょっと予想外なんだよ……」


「イヨリさんは食事の用意でいなくなりましたが、これはこれでちょっと難しいですわね」


「あーちゃんりかと戦うのか? そうなのか?」


「そ、それは冗談で済まなくなるから、あ―ちゃんさん待って下さいね」


 何かを企てている面々(エルファス、ミリア、ベンジャミン、あーちゃん、雪目、(氷漬けのリゼット?))は、再度何かを企むように円陣を組んだ。


「ここはジンさんだけを呼び出して、実行に移すべかな?」


「どうでしょう、ジンタさんもさすがに警戒しているのは見てて分かるし……」


「そうですわね、来て下さいと言って素直に来るとは思えませんですわ」


「あーちゃんがジンさを捕まえて連れてくるか?」


「それは今度、私が頼んだ時にお願いしますね、あーちゃんさん」


「「「「むむむむ~~~~」」」」


 どうしたものかと、全員が呻き首を傾げ考え込んでいると、


『そろそろお昼ご飯ですよ――――っ!』


 イヨリの叫びが聞こえた。


「む? お昼ご飯か……」


「行かないといより怒るよ? あーちゃんおなかも空いたよ」


「そうですね、ここは一度ご飯を食べてからにした方が」


「ですわね、お腹を空かしたままでは考えも纏まりませんし、何よりこれ以上警戒されるのはさすがに、ですわね」


「では、お昼を食べに行きましょうか、皆さん」


 雪目が先導する形で、その場の全員が陸へと上がっていく。



        ※※※※※※※※



 ミリア達がお昼ご飯に呼ばれている時、ミトは仲間外れにされた悲しみを振り払うように海の上を走っていた、叫びながら。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――っ!」


 こぼれ落ちてくる涙を、手で拭うのではなく風で吹き飛ばすように、自身の第二段階の力である『纏い風』を足の裏に集中させ、浮力という形で海面に当てながら。

 そんなミトの後ろを、


「うおおおおぉぉぉぉぉぉ、おれっちも負けねえええぇぇぇぇ――――――っ!」


 負けん気全開に、こちらは純粋に『足が海の中に沈む前に、次の足を前に出す』と言う、本当の荒技で海面を走りながら。


 そのまま沖まで走って行こうとしたミトだったが、なぜかそれはそれでなんか納得出来なくなり、とりあえず走るのを止めた。


 ピタッと止まったミトに対し、松はつんのめる。

 そして飛び石のように海面を何度も跳ねてから海に落ちた。


「おいおいミト、いきなり止まるなよ」


 海面から顔を出して松が文句を言うと、


「ん? おぉ、松なんでお前がここにいるんだ?」


 ミトは、心底驚いた顔をした。


「決まってるぜ、ミトが海の上を走ってたからな。おれっちも負けじと走ってやったんだぜ」


 自慢げに鼻を擦る松に、ミトは嬉しさ一杯の顔をして、


「そうか、松……、お前だけだぜ。俺に付いて来てくれたのは」


 鼻をすすり上げた。


 そして、感涙しそうな顔を松から逸らすようにクルッと浜辺に向けてから、


「やっぱ、みんなと一緒がいいよな」


 すすり上げた鼻を擦り、


「よし、とりあえずそろそろ飯の時間だし、戻るか」


 来た時同様に、全力で海面を走りだす。


「おうさ!」


 返事をした松は、一度海面に潜り、勢いよく空中までジャンプし着地と同時に海面を高速で走り追い掛ける。



        ※※※※※※※※



 いつもは、ワイワイガヤガヤと騒がしいはずのご飯の時間。しかも、海に遊びに来ての昼食。にも関わらず、出されたスープをすくう際の音、パンを咀嚼する音まで聞こえそうなほど静かに、黙々と誰一人としてしゃべらずに食事は進行していた。


 竹と梅、そしてラーナと水音の四人はなぜこれほどまで誰もしゃべらないのか、疑問はあった。しかし、それを口にするのが憚れるほど、その場の二つの雰囲気は無言な上に大きなプレッシャーがあった。


 イヨリはジンタに目で訴える。


「ジンタさん、ミリアに何を考えているのか聞いてみましょうか?」と。


 しかし、ジンタの素振りでの回答は、もう少し待ってみようか、だった。


 その当人であるミリアは、いつもあーちゃんやリゼットと一緒にガツガツとそれこそイヨリが注意するまでがっついて食べるのだが、今日は静かに隣のエルファスと一緒にスープをすくって口に運んでいる。


 ただ、何やら目で会話をするかのように、視線がエルファスやベンジャミン、あーちゃんに雪目へと動いている。


 沈黙と何とも言えない重いプレッシャーが支配する場で、カタンと大きめに皿を置く音を響かせたのはリカだった。


「はぁ~、楽しいはずの旅行。その食事の席がこんなにピリピリしているのは一体どういうことですの? ミリア様」


 リカは目力鋭くミリアを見た。


「う……、な、何のことなのか、わ、わたしには分からないんだよ」


 リカの睨みから目を逸らし、シラを切るミリア。


「では、今日これからは何事もなく遊んで頂けるんですよね?」


「そ、それは……」


 ミリアは悪い子じゃない、嘘はあまり付く方ではないし隠し通せるタイプでも当然ない。そんなミリアがリカの言葉に言い淀むと言うことは、つまりこれから何かをすると言っているようなものだ。


「ミリア、なんでそこで言葉に詰まるの?」


 ジンタが気付いたぐらいだ、当然もっと付き合いの長いイヨリも気付いていた。


「う……、べ、別に詰まってなんて……」


 イヨリと目も合わせず、むしろ怪しいほどしどろもどろに答えるミリア。


 いつもであれば、各家族ごと、それぞれのテーブルの列順に座るのだが、今は少し違う。

 イヨリとジンタ、そしてロンシャンとリカが並び、左右に水音とラーナ、梅と竹、そしてちょうどジンタ達と向かい合うように、ミリアとあーちゃん、エルファスとベンジャミンと雪目が座っている。


 ジンタ側からリカとイヨリが目力強く対面に向けると、まだ小さいあーちゃんまでも動揺したように目を泳がせている。


「あーちゃんさん、こっちにいらっしゃいな」


 カナンでの大ケガで、よく寝ていたのもあり結構あーちゃんと良くお昼寝をしていたリカが呼ぶも、


「あ、あーちゃんはこれから、み、みりあたちとあそぶから~」


 と怪しげに拒絶してくる。


「エルファスさん、ミリア達と何をして遊ぶんですか?」


「えっ? えっと、こ、今後の、じ、人生に於いての勉強、で、でしょうか……」


 いきなりイヨリに振られたエルファスが、答える。


「人生の勉強、ですか? それって海じゃないと出来ないことなんです?」


「そ、それは……」


 どうしようと、仲間であるミリアやベンジャミンに助けを求めるように目を向けるエルファスに雪目がフォローする。


「まあまあイヨリさん。子供達が色々と勉強をしたいと言っているのですから、そこは我々大人が協力してあげてもいいのではないですか?」


 言っている言葉は優しげだが、異様に鼻息荒くジンタを見ながら、雪目はイヨリに言う。


「ゆ、雪目さん、なぜ俺を見てそれを言うんです?」


「え? ああ、失礼、これからの光景をしっかりと目に焼き付けておこうかと思いまして」


 えへ、えへへと、雪目はゲスな笑いをさせる。


 さすがにそこまでの状況を見て、何も感じないほど竹は鈍感ではない。ミリア達と一緒に行動しているのであろうベンジャミンに問い掛ける。


「べ、ベンジャミン? な、何か企ててないですよね?」


 言葉は弱気っぽいが、目だけは親が叱る時のように眉間を寄せ見つめる竹に、


「べ、別にちょっと遊ぶだけですわ」


 しらっと目を逸らし、トレードマークである縦巻きロールの左右の掴み、伸ばしたり縮めたりさせるベンジャミン。


 竹は知っていた、それはいつもベンジャミンが聞かれたことに関して隠し事をしている時に良くやる仕草だと。


 竹は、ジンタ達に目を向けて、こくんと一度頷いて見せた。

 これは何か隠していますと伝える為に。


 それからは食事どころでは無くなった。

 さっきまで以上の緊迫した空気が漂う。


 一つはミリア達。

 絶対に何かをやる雰囲気を纏い、それを成功させようと沈黙している。


 そしてもう一つはジンタ達。

 何をやるのかまだ分からないが、子供達(雪目含む)のいたずらに即座に反応しようとしている面々。


 大人と子供の思惑が、より深い沈黙と火花を散らしていた。


 そんな静かだが重苦しい食卓に、今まで氷漬けでしゃべれなかったリゼットが、沈黙の熱気に当てられ薄氷となった氷を割り吠えた。


「リゼットもジンタのパンツの中見てみたいぞ!」


 と。

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