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絶望と望みと

「……え?」


 凝視していたスマホの画面が遠ざかり、地面にバウンドする光景。

 さらに言えば、自分の腕が地面に落ちるというあまりに唐突で不可解な現象に、ジンタは間抜けな声を漏らした。


 ゆっくりと地面に落ちたスマホを見つめ、そして一緒に落ちた自身の左腕を見る。

 よく見れば、肘から下ではなく、二の腕の途中からだった。


 なんともよく分からない状況での正確な自己情報に、ジンタが納得したところでそれまであまりの切れ味の良さに、驚き止まったままだったジンタの体である傷口から一斉に血が噴き出た。


「う……うわああああぁぁぁぁっっ!」


 タイマツに照らされるも、暗闇に近い中でドバドバと地面にこぼれ落ちる大量の黒く見える液体。それが自分の血だと思うとジンタの頭はさらにパニックに陥る。

 それまで意表を突かれたように動きを止めていた全員も、ジンタの悲鳴を皮切りに警戒を周囲に向ける。


「一体何がっ?」

「わかりませんわっ!」


 タイマツをジンタにではなく、周囲に向けようとした瞬間だった。

 周囲へ振り向くリカとイヨリの間を、何かが通り過ぎる。


「なっめるなぁっ!」

 ミトがいち早くその存在に気付き、獣人化した渾身のカカト落としを振り落とす。


「ぐぎゃっ!」


 当たったのが分かる見事すぎる悲痛な声を上げた存在に、雪目はすぐさまタイマツを掲げる。


「ハーピーッ!」


 リゼットが、照らされたモンスターを見て叫ぶ。


「「「ぎゃぎゃッ」」」


 リゼットの叫びが合図だったように、周囲から奇怪な声が上がる。


「こんな夜に夜目の利かないハーピーって!」

「はぁ~。ほんっっと今日はうんざりですわっ!」


 イヨリとリカもそれぞれ獣人化し、上空を含む周囲を見渡す。



「ジンさん大丈夫!」

「ジンタさんっ!」

「大丈夫ですかっ!」


 エルフの三人が、切られた傷口から止めどなくこぼれ落ちる血の海の中にうずくまるジンタに近寄り、心配しながら声をかけてくる。


「とりあえず手当をっ!」


 ロンシャンが、ジンタの切られ落ちた左腕に手を伸ばしたとき、白い糸が先にジンタの左腕に巻き付き、引っ張った。


「「あっ!」」


 引っ張られていくジンタの左手を追い掛けるエルファスとミリアの脇を通り、獣人化したリゼットがジンタの左腕を、その鋭いかぎ爪で掴み引っ張った。


 よく見れば茂みの中に大蜘蛛の姿が見える。数瞬の引っ張り合いの後、ブチリッと切れた音と共に蜘蛛の糸が弛緩し、それまで勢いよく引っ張っていたリゼットが後ろにいたミリアとエルファスに背中から突進した。


「うぎゃっ!」

「ぐえっ!」

「きゃっ!」


 三者三様の声を上げる中、蜘蛛が新しい糸を飛ばし、ジンタの左腕から落ちたスマホを絡め取り、茂みの中へと姿を消した。


 それと同時に、上空で睨みを利かせていたハーピー達も退散していく。


「一体何なんですの?」

「わかりません……」


 イヨリはリカの言葉に答えながらも、落ちているジンタの左腕を拾い上げ、更に呟く。


「でも、なぜか相手は私達ではなく、ジンタさんのあのスマホというものを狙っていたように見えます」

「ああ、おれにもそう見えたぜ。ってかそうとしか見えなかった」


 ミトも同意するように頷く。


 その間にも、ロンシャンがジンタの傷口を縛り止血し、ミリアとエルファスが薬草を傷口に押しつけるも、こぼれ落ちる血を止めきれない。


「ここまでひどいと、もう僕達のヒールじゃ治せない……」


 治せない苛立ちと、悔しさ、そしてソレが意味することの恐怖にロンシャンが声を上擦らせる。

 悲鳴とも取れるその声と大量の血の放出で、頭の血がなくなったせいかジンタは逆にしっかりと正気を取り戻すことが出来た。

 遠ざかる意識と痛みの中、ジンタはロンシャンを見る。


「これは……、もう、治せない……か?」


 朦朧もうろうとし、こぼれ落ちていく自身の命を感じながらジンタがロンシャンに訊ねる。


「ぼ、僕達には無理です……、でも……、でも、もし学校まで大丈夫なら、きっと保健の先生が治せますっ!」

「うん、あの先生なら死んでない限り、どんな傷もケガも絶対治すって言ってたもんっ!」

「そうですよっ」


 泣きながらミリアとエルファスが頷くのを見て、ジンタは呟く。


「どんな傷でも……、か……」

「うんっ!」


 ジンタは、限界近く薄れる意識の中、チカラを振り絞る。


「……雪目さん、お願いがあります」

「なんですか?」


 マスター達のさらに外側で見守るように立っていた、雪女姿の雪目がジンタの側に寄ってくる。


「俺の、俺の傷口と左手を凍らせてください……」



「「「「‼‼」」」」



 どこか諦めかけていた全員をよそに、ジンタは一縷の望みを掛けてそう呟いた。


「……分かりました。この雪目にお任せ下さい。最高の状態で凍らせて見せます」


 その言葉を聞き届けてから、ジンタは意識を失った。



 雪目は、一度だけ気を失ったジンタの頭を撫でてから、右手に氷の結晶を纏わせ、無造作にジンタの左腕の傷口に手を触れた。


 ピキッピキピキッ……


 ジンタの傷口がみるみるうちに凍り固まっていく。


 傷口全体から肩口付近までゆっくりと凍らせて、雪目は深く息を吐く。

 見守る全員の張った空気も少し弛む。


 雪目が、次も同じようにジンタの左手に手を伸ばす。

 そしてまた、無造作にジンタの左腕を抱きしめ、全員に振り返る。


「あの、このジンタさんの左手……、少し凍らせるの待ってもいいです?」


 どう見ても人としてダメそうな怪しげな笑みを浮かべる婚活中の雪目の言葉に、


「「「「ダメですっ!」」」」


 全員が声を大にして却下した。

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