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海と神秘

 風通しの良い草原の上、雲一つない空から降り注ぐ真夏の日射しを受け、視界が眩しく輝き白む中、ミトの檄が飛ぶ。


「そうだ! エルファスその調子だ!」


「くぅ~~~~~っ!」


 ミトの檄に刺激され、エルファスの額や頬を伝い流れ落ちる汗がより増える。


「もっと動け! 動きを止めるな! 呼吸は最小限に! 歯を食い縛れッ!」


 さらに檄を飛ばすミトに向かい、エルファスは円運動でミトに連続の攻撃を放っていく。


「ほらほらほら、威力が落ちてきてるぞ! もっとだ、もっとラッシュだ!」


「くぅ~~~~~~…………。ぷはぁぁ~~~~~、もう無理ぃ~~~~~~」


 フラフラしながらぱしんとミトの手に幾十度目かのパンチを当て、エルファスはその場で膝を付き、荒く息継ぎをくり返す。


「まあ、こんなもんか、じゃあ五分休憩な」


「え~~~~、まだやるのぉ~~~~こんな暑いのに……。ミトの鬼ぃ~~~~~~」


 半泣きを通り過ぎ、ほとんど本泣き寸前にエルファスがぼやく。


「あのなぁ、エルファス。確かにすっげえアチいけど実戦の戦いなんてもんは、場所も季節も選ばせてくれねえんだぞ?」


「そ、それは……分かるけどさ~~~~」


「でも、まあ確かにエルファスも頑張ってるとは思うけどな」


「で、でしょ~~、ならさ~~」


「でも、だ。これもお前のためなんだぜ?」


「うぅ……、それも分かるけどぉ……」


 座ったままうな垂れるエルファスの頭に、ミトはぱさりとタオルを落とす。


「まあでもなあ、確かにこの第二階層に来て二年目。去年もそこそこ暑かったが、今年は特に暑いよなぁ」


 ぼやき、ミトも自分の汗を拭い、眩しい太陽を見上げた。


「お~~~い、エルちゃんにミト~~~~っ!」


 汗に濡れるTシャツの胸元にパタパタと風を送っていたミトの耳に声が届いた。


「あ、ロンシャン君とリゼットだ」


 ミトが、声の主を見ると同時にエルファスが言った。


「なんだ? リゼットの奴、なんかいやに変な服着てねえか?」


「うん、水着……かな?」


「ああ、それっぽいな」


 二人がそんなやり取りをしている最中も、ロンシャンとリゼットは走り続けてきている。


 その場で待つこと一分ほど、到着した二人は汗を滴らせ、膝に手を置き荒い息遣いをしながら、


「エルちゃん、海に行こうよ!」


「ミト、海だぞ!」


 ぐっと親指を立て言った。



        ※※※※※※※※



 同時刻。


 木陰で幾ばくか涼しい森の中。


「こ、これは……、やっぱまだまだ未完成だな……」


「はい、どうも攻撃した自分のダメージも相当のようですから……」


 どうやったらこれほど見事に破砕出来たのか、固い地面が激しく隆起陥没した中、その隆起した地面に持ち上げられ俯せに倒れるジンタと、陥没した場所で仰向けに倒れ腕や顔に擦り傷やアザを作っているイヨリがいた。


「いや~~しっかし、失敗ではあるけど、威力はやっぱさすがだなぁ~~」


「ええ、使った私もすごいダメージですけど……」


「すまん……」


「いえ、私こそ未熟ですいません……」


 俯せと仰向けのまま二人がやり取りをしていると、


「イヨリ~~~~ジンさん~~~~」


「いより~~~~ジンさ~~~~」


 ミリアとあーちゃんがやって来た。


「おぉ! これは一体……」


「地面がぼっこぼこだよぉ~~」


 ジンタ達の元に来たミリアとあーちゃんが、目をまん丸にさせる。


「ジンさんこれは?」


「い、いや。まあ新しい技をイヨリに教えてたんだけど……、ちょっと失敗だったみたいでさ」


「一体どんなのぉ? あーちゃんも見てみたいぉ~」


「い、いえ、この技は加減も出来ないし自分も痛いので、今日はもう勘弁して下さい……」


 起き上がったイヨリが言い、擦り傷とアザだらけのイヨリを見て、あ―ちゃんが獣人化して葉っぱを渡す。


 葉っぱを食べ、痛みが消えたイヨリが二人に尋ねる。


「それで、二人はこんな暑い中、一体どうしてここに?」


「そうだった」

「そうだぉ」


 二人は思い出したように手を叩き、西に向かい指を突き付け、


「海だよ!」

「海だよぉ!」


 嬉しそうに声を揃えた。



        ※※※※※※※※



「で、なぜ海?」


「いえ、たまたま暑いねぇと話をしていたんですが――」


「そしたら水遊びの話になって――」


「海はしょっぱいだぉ――」


「リゼット見てみたいぞ――」


「――と、なったのですわ」


 我が家に全員が戻り、冷たい水で喉を潤してからジンタが聞くと、ロンシャン、ミリア、あーちゃん、リゼット、最後にリカが答えた。


「なるほどなぁ~~」

「ミト私は大賛成だよっ!」


 ソファーの背もたれに体を預け納得したように頷くミトの眼前で、エルファスが元気に手を上げた。


「私も海を見たことありませんから、一度行ってみたいとは思っていましたけど……」


「ロンシャンくんが言うには海ってすっごい大っきいんだって!」


「大っきいんだって!」


 興味ありそうに言うイヨリに、ミリアとあーちゃんが両手を一杯に広げて説明する。


「海かぁ……」


 呟いて、ジンタは思案顔になる。


 ――確かに第一階層に居た時は、海の話はあまり聞かなかったなぁ。


 理由として、第一階層ではジンタ達の住んでいた街ラペン自体が階層の中心で、その周りをグルッと円を描くように世界が広がっていた。

 その中で海は、ミトの故郷とは真逆の位置、階層の西の果てにあり、まともに移動しようと思えば、何日も歩き、色々な集落を通ることになるため、行こうとは思わなかったのだ。


 もっとも近場に川があったからと言うのもあるが……。


 しかしここ第二階層において、今ジンタ達が住んでいるラペンの街は、かなり西側にあるようで、海は馬車で一日ほどで辿りつけるらしいのだ。


 ――この第二階層の果てに近い位置にあるから、果てであるオーロラも見えると言っていたな……。


 と、最近この世界に付いての情報を集める機会のなかったジンタも少し興味をそそられた。


 考えに浸り込んでいたジンタがふいっと頭を上げると、全員がジンタを見ていた。


「あ……、まあいいんじゃないかな。色々知るのも経験だし……」


 ジンタがそう言うと、大喜びにバンザイするミリアやあーちゃん達と一緒に、厳しい修行から逃げられる嬉しさに、涙を流しながらエルファスもバンザイしていた。


 喜び一杯の我が家の玄関がバンッと開け放たれたのは、その時だった。


「私達も一緒にいきます、ですわ」


 スカイブルーの髪に四本の縦巻きロールの持ち主、ベンジャミンがワンピース型のピンクの水着を着て言い放った。


「ちょっと、なんでベンジャミンが、もう水着を着てるんだよ!」


「そ、それは、川遊びに誘いに来たら、海に行くって――ゴニョゴニョ」


 突っ込まれ、モジモジしながらベンジャミンが小さな声で答える。


 その後ろから、


「おう、話は外から聞かせてもらったぜ、良かったらおれっち達も一緒にいいか?」


「ど、どうかお願いします」


「お願いしますだ」


 ペッタンコというには筋肉で盛り上がってそうな松がスポーティーな水着姿で言えば、麦わら帽子に大きな日傘とシートと大きなカバンを担いだ夏の半袖短パン姿の竹と、この暑いのに律儀に長袖とマントを羽織った梅がぺこりと頭を下げた。


 海に行くことは確定。ではいつ行くか、それは雪目と水音、そして今日はたまたま依頼を受けに街へと出ていたラーナが帰ってきてから決める事となった。


 夕刻、全員が揃った夕食中。


「ええ、ええ、それは良いですね。海、それはアバンチュ~~~~ルな一夏の思い出……色々燃え上がるんですよね、ね、ジンタさん」


「海……ですかぁ……、確か水の中に塩が一杯入ってるんですよねぇ……」


「ふむ、海、ですか。確か今日見た依頼の中に、海での依頼がいくつかあったような、なかったような……」


 三者三様の反応ではあるが、別段反対意見もなく、海に行くことは決定となった。


 翌日、水着やその他の準備をするため、ジンタ達は総出でラペンの街に買い物に向かった。

 まずは、水着を買うために衣料店へと赴き、それぞれの水着といくつかの着替えを補充し、次に役所へと行き、先日ラーナが言っていた海での依頼を数件、全員で分けて受けた。


 昼食を取ってから、ジンタと竹とラーナとエルファスは鍛冶屋へと行き、おやじさんに武器や防具の手入れを頼んだ。


 他のメンバーは、海への移動のための貸し馬車と、数日分の食料、それと「これは絶対に譲れない」と数名が言い張り、お菓子屋さんへと行く事となった。




 翌日の早朝、夏の早い日の出よりも早い時間から、我が家を出発したジンタ達。


 向かうは、一日ほど西に向かったこの階層の陸地の端である浜辺とその先に広がる海。


 ジンタとミトが交互に馬車の手綱を握り、道中は比較的安全に進みはした。


 が、如何せん暑かった……。


 とりあえず、ラペンの街を出て最初の草原は、吹き抜ける風がすべからく熱風と化し、荷馬車の後部にはテントが広げられているが、御者台側は日に晒されている、直接太陽の日射しを受けるジンタとミトの肌は、まるで突き刺さるような感覚を味わいつつ肌を焦がされた。


 突き刺さるような日を遮る森林地帯でホッと安堵し、また日の下に出てはがっくりとうな垂れるを繰り返し、馬車は進んだ。


 そんな、人生の苦楽を教えるような太陽が沈む頃になって、ジンタの鼻腔に潮の香りが漂いだした。


「おぉ、なんかよく分からないけど、すっごいニオイがするよ!」


 昼間は、荷馬車の後部で汗だくになっても寝ていたミリアが御者台にひょっこりと顔を出す。


「ああ、これが潮のニオイだ」


 手綱を握っていたジンタが教える。


「これが潮のニオイですか……」


 聞こえたのか、ロンシャンも顔を覗かせて、やや上向き鼻をスンスンとさせる。


「これがしおのにおいかぁ~~」


 同じく顔を出したあ―ちゃんも、ロンシャンのマネをし鼻をスンスンさせた。


「ジンタさんは海を知ってるんですか?」


 リカと竹と梅の三人と一緒に、あの猛暑の中をアフタヌーンティーで楽しんでいたイヨリも顔を出した。


「ん~、この世界の海は知らないけど、ニオイを嗅いでる感じでは大体俺が居た世界と同じようなニオイだから、多分一緒だと思うかな?」


「へぇ~、ジンタは海を知ってたのか~」


「まあな。でもここはリリフォリアだろ? 俺の居た世界とは違うかも知れなかったし、だからなかなか言い出せなくてな」


「……しかし、この生臭いようなニオイが海のニオイだと言うのであれば、本当に入って大丈夫なんですの?」


 思いっきり眉根を顰めたリカが顔を出す。


「まあ確かに魚とか海藻が一杯住んでるぐらいだから生臭くはあるよなあ……」


 ジンタは「ははは……」と笑い、頬を掻いた。


 夕闇が夜闇に変わった頃、ジンタの耳にザザザァ……と波を打つ音が聞こえた。


 闇夜の林道がぱぁーっと開け、漆黒が視界に広がる。荷馬車を引く二頭の馬のカッポカッポと響く音がジャッジャッと砂を蹴る音に変わり、荷馬車の車輪ががたんと体を揺らした後、柔らかい砂の上を走るような感触が体で感じられた。


「着いたな。もう下は砂場みたいだし、目の前は海だ」


 馬車を止めたジンタが言うと、ドタドタドタと荷馬車の後ろが激しく揺れ、ジンタと一緒に御者台に座っていたミトが飛び降りた。


「うおぉぉぉぉぉぉッ! 着いたぞ――――――ッ!」


 山で、ヤッホ――と叫ぶようにミトが叫ぶと、同じく馬車を降り走って来たミリア達が同じように、


「これが海か――――――っ!」


「うみゅかあ――――――っ!」


「リゼットは着いたぞ――――っ!」


「着いたぞ、ですわ――――――っ!」


「ミトのナイチチ――――っ!」


 ッゴン!


 黒い影達がそれぞれのシルエットで動くのを見ながら、ジンタも馬車を降りた。


「ここが海ですか?」


 同じく降りたイヨリが、近寄り呟いた。


「ああ、もう目の前だけど、夜はちょっと危ないから海で遊ぶのは明日以降かな」


 御者台の下からバケツを取り出しながらジンタが言うも、


「それはもっと早く言うべきでしたわね」


 同じく来たリカが言う。


「え?」


 ジンタが顔を上げると、


「もうみんな走って行っちゃいました……」


 ロンシャンが指差す先のシルエット達が、軽快に海の方へ走っていってる。


 ジンタはガックリと頭を垂れ、


「はぁ~~……。悪いけど、夜の海は色々危険だからみんなを連れ戻してきてくれるかな?」


 イヨリ達に、暴走娘達を連れ戻すように頼んだ。




「め、目の前に、うぐっ、目的地があるのに、えぐっ、明日までなんて、ひっく、我慢出来るわけないよ……、ジンざ~ん」


「あーちゃんもぉぉぉぉ~~~~、我慢出来ないよぉぉぉぉぉ~~~~」


 頭のてっぺんに大きなたんこぶをこしらえ泣いているミリアとあーちゃんが、林道の草場で馬を繋ぎ、水をやっているジンタの足元にしがみつく。


「いや、でもだな。夜の海は本当に危険なんだよ……」


「でもぉ~~~~ひっぐ」


「でもぉぉぉぉ~~~」


 ジンタの説得にも、ごねる二人だったが、


「二人とも、早くご飯食べちゃいなさいっ!」


 一喝するイヨリの声に、ビクッと体を直立させ「はいっ!」と返事した後、二人は焚き火をしているみんなの元へと走って行った。


 そんな二人を見送りながら、ジンタは決して本人達の前では言えないが呟く。


 ――まあ、気持ちは分かるんだけどなぁ……


 と。


 みんなと共に、砂場の上でキャンプファイアーのように焚き火を囲い、漆黒の闇の中、煌めく星を見上げジンタは耳を澄ます。


 焚き火のパチパチと枯れ木を爆ぜさせる音と、まるで子守歌のようなさざ波の音が心地よく、ついつい意識が遠のく。


 ハッとなり目を開け、眠気を払うように首を振ると、


「どうぞ」


 と、隣のイヨリが氷水の入ったカップを差し出してくる。


「ありがとう」


 お礼を言ってから冷たい水を口に入れ一息吐く。


「綺麗な星空ですね」


 小さな声でイヨリが言い、少し体を寄せてくる。


「うん、海はやっぱ雰囲気が良いよな」


 答えながら、ジンタも体を寄せてきたイヨリの肩に手を回そうとする。


「あのお二人さん。ここにはみんなも居りますので、出来ればそう言うのはお二人の時になさって下さいますか?」


 みんなを代表するようなリカの言葉に、ジンタとイヨリの距離がバッと離れた。


「な、何を言ってるんですリカさん」


「そ、そうですよ。わ、私達は別に……」


 顔を真っ赤にさせた二人のことをみんながジィーっと見つめる中、


「シッ!」


 短く、唇に指を当て、警戒を告げるミトの声。


 ミトの警戒する雰囲気に、全員が気を引き締めて辺りを見渡す。


「どうした?」


 一通り、暗闇の砂浜を確認したジンタが、いつでも動けるように腰を浮かせ小さく聞く。


「いや、なんか砂を這って進むような音が聞こえるんだ」


「這う?」


「ああ、ずーっ、ずずーって感じに……」


「モンスターか?」


「分かんねえ、でも動きは遅そうだ……」


 もう一度、漆黒の闇の中を見逃さないように見渡す。

 しかし、どんなに目を凝らしてもジンタには闇以外のものは見えない。

 耳を澄まし、音を確認しても、波打ち際の音が心地よく耳に響くだけ。


 しかし、ミトを始め数人がその這う音に気付いたのか、火を囲うジンタ達の場所には、より緊張感が増していく。


 小さく浅く、ゆっくりと息を吐いた後、ジンタはもう一度より注意深く辺りを見ようと目を凝らした時、


「あそこだ!」


 ガバッと立ち上がった松が指差した。


 全員の目が、松の指が示す方へと向けられる。


「あれか!」

「見えたよ!」


 ジンタとミリアが、小さいながらも同時に声を上げる。

 ジンタの見つめる先で、地面スレスレの位置を黒く大きなモノが動いている。


 その歩みは遅く、ただ視線を普通に辺りに向けても、見落として不思議ないほどだった。


「敵対するような気配はない、ですわね……」

「ええ、そうみたいですね」


 リカとイヨリが、その物体に目を向けたまま告げる。


「でも、結構大きいよね?」

「うん、大きいね」


 エルファスとロンシャンが言えば、


「と、とりあえず、あ、明かり代わりに火の付いた薪でも投げてみますか?」

「竹さんのそれは名案だす」


 竹と梅が案を出すが、


「しかし、向こうはこちらに気付いていない、と言うよりは相手にしていない感じが……」

「そのようですねぇ」

「なんか必死な感じですが、こちらに対してではないようですし……」


 ラーナ、雪目、水音の三人が言う。


「リゼットも、あんまり危ないって感じしないぞ?」

「あーちゃん捕まえるか? 持ち上げるか?」

「それは待って下さい、ですわ。あーちゃんさん」


 リゼット、あーちゃん、ベンジャミンがそれぞれ口にする。


「とりあえず、俺が見てくる」


 ジンタが、焚き火の中から、持つにちょうど良い薪を一本取り、それを持って黒い物体へとユックリと向かって行く。


 手に持つ薪の、弱々しく揺れる炎を前面に押し出し、ジンタは黒い物体に目を凝らした。


「こ、これは………………」


 動きの遅いその物体の正体が分かったジンタは、一度息を詰まらせた後、体全体に纏っていた緊張をほどき、薪の火を消して全員に向け手招きをした。


「おーい、あまり大声やドタドタせずに、ゆっくりとこっちに来てみ」


 先程までの強ばった雰囲気とほど遠い緩み切った雰囲気で声を掛けたジンタに、全員が困惑しながらもジンタの元へと歩いて来る。


「うわぁ~~……」

「すごい、ですわ……」

「これって……」

「大っきぃ亀さ~ん」

「海亀、ですか?」


 ミリア、ベンジャミン、エルファス、あーちゃん、ロンシャンの五人が目を輝かせ、必死に波打ち際から砂浜へと這って行こうとする、体長一メートルほどの海亀を見つめた。


「一体この大きな亀は何をしにここへ?」


 もっともなリカの問いに、ジンタは答える。


「きっと産卵しに来たんだろう」


「産卵、ですか?」


 小首を傾げ呟くイヨリ。


「ああ、今は夏、俺の居た世界なら、確かちょうど海亀の産卵時期だったはず」


「つまり、この亀は今から出産をしに行くんですね」


「あ、ああ……」


 息遣い荒く、やや恐い感じで顔を寄せてくる雪目から逃げつつジンタは頷く。


「そうなんですかぁ……産卵を……。私たちはそれを見ていていいんでしょうか?」


 いつもはどこかフワフワしている感じの水音も、興味があるのか子供達に負けないぐらい目を輝かせて聞いてくる。


「ん~、あまり騒いだり、ちょっかい出したりしなければ、いいんじゃないかな?」


「う、海亀の産卵と言うのは、ど、どれ位時間が掛かるものなのでしょうか?」


「俺も詳しくはないけど、それを見るツアーなんてのもあったぐらいだから、二時間とか三時間ぐらいじゃないかな?」


「それなら、少し眠いわっちも起きていられそうだす」


「リゼットも頑張ってみるよ、亀がんばれ」


 梅とリゼットも海亀に注視したまま答える。


「ま、まあおれは別にそんなの興味ないけどよぉ~、みんなが見るって言うなら~」


「そうさ、おれっちだってあんまりそう言うのは興味がないけど、みんながなぁ~~」


 チラチラと海亀を観察し、頭の後ろで腕を組んだミトと松が言うが、どう見ても興味津々にしか見えない。


 みんなが見ているのを知ってか知らずか、漆黒の闇の中、岩を思わせる甲羅を背負い海亀は必死に前足であるヒレを動かし砂浜を上がっていく。


 波打ち際から、ちょうどジンタ達が夜営をしている位置ほど上がってきた海亀は、そこで立ち止まり今度は後ろ足で砂を掻き始めた。


「ジンさん、これはこれは? 何やってるの?」


 勉強の時もこれ位興味を持って欲しい、と思えるほど目を輝かせっぱなしのミリアがジンタの服を引っ張る。


「多分、これから穴を掘って卵を産むんだと思うけど」


「これから……なんですね」


 いつも、どこか大人びてる感じのエルファスまで、興奮し無邪気に目を輝かせている。


 ジンタの言った通り、その後海亀が必死に穴を掘り始め、自身の体、その半身が隠れるほど深く穴を掘った。


 一番深く掘られた場所は下半身で、すっぽりと穴に埋まっている。


 それから、ボロボロと涙を溢し掘った穴、その一番深い場所に小さく丸い卵を産んでいく。


「うわぁ~~」「ほぉ~~」「へぇ~~」言い方は色々だったが、全員が思っていることは一緒だっただろう。

「がんばれ」と涙を流し息む海亀にエールを送った。


 いきむ海亀と一緒になって、息を止めたり吐いたりすること数十分。


 卵を百個近く生み終わった亀が、今度はその卵を隠すように砂を掛け埋めていく。


 丁寧に綺麗に産んだ痕跡を消し、卵が狙われず無事孵れるよう整える。

 それも終わると、海亀が疲れた体を引き摺り海へと戻っていく。


「なんか、すごくいいものを見れたかな……」


「うん、すごく感動した……」


「私も感無量でした、ですわ」


「ほんと生命を生むって、大変なんだね」


 マスターであるミリアとエルファス、そしてベンジャミンとロンシャンが、波打ち際まで辿り着き、海に戻っていく海亀を見ながらそれぞれに呟いた。


 しかしそれは、子供達だけでなく、ジンタ達だって同じ気持ちだった。


 少しの間、その神秘的だった光景の余韻に浸り、ぼう然と立ち尽くしていたジンタ達だったが、時刻はもう夜中に差し掛かっていた。


「さあもう遅いですし、そろそろ休みましょうか」


 イヨリが言い、ずっと放置し消えかかっていた焚き火の元へとみんなが戻った。


 産卵などという色々と考えさせられるものを見た為、子供達みんなが興奮して眠れないんじゃないかと思っていたが、その予想はあっさりと覆り、みんなすぐにぐっすりと眠ってしまった。


「みんなすぐ寝ちゃいましたね」


 隣に座るイヨリに言われ、「そうだな」と答えたジンタはゴロンと砂浜に寝転がり、


「まあ明日からはこれでもかってぐらい遊ぶだろうから、見張るのは結構ハードそうだよな……」


 と、イヨリに苦笑を向けた。

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