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『神様』と『エターナル』

「さあ、私を敬いたまえ! そして謝りたまえっ!」


 ジンタの目の前で大きくない、いや全くないに等しい胸を張り保健医は言った。


「さあ! さあっさあっ!」


 さらにズンズンとジンタに近寄ってくる。


「分かった、悪かったよ!」


 チッと一度舌打ちして、ジンタは嫌そうに歪めた顔のままで「ごめん」と謝った。


 ここはカナンの街の中、時刻にして明け方近くだろうか、うっすらと空が明るくなり始めていた。


 カナンの街の被害、けが人の治療やら火災の鎮火作業やらがあらかた片付き、落ち着きだした時間だった。


「大体君はな、いや君達はな、この優秀な私の頭をみんなで二度も三度も小突いておいて、一度だけ謝れば終わりだと思っているのか?」


 見せつけるように頭のてっぺんをジンタに向ける保健医。


 いつもは綺麗にアップにさせている髪型だが、今はこれでもかとばかりに崩れかけている、言うまでもなくそうなったのは全員が保健医の頭を叩いたからだ。


 ジンタは疲れたように(本当に色々疲れているが)うな垂れる。


「じゃあどうすれば――――」

「解剖――――」

「断るッ!」


 やり取り的に、次に何を言うのか分かっているため、その会話は互いに最後まで言い終わらずに進む。


 そして、


「そもそもあんたが、あの状況で変なうんちくを語ろうとしてなければ、俺もゲンコツなんてしなかったし、みんなもしなかった」


 ジンタが、どこか殴って申し訳ないなぁ程度にその場を離れているみんなに代わりに説明する。


「何を言う。三ヶ月ぶりに会った旧知の君達に成長した私の饒舌トークを披露しようとしてだな――――」


「それでリカさんが死んでたらどうする気だったんだ!」


「大丈夫だ」


「何がだ?」


「リカくんは早々簡単に死んだりはしないよ、はっはっはっ」


 高らかに笑う保健医。


 笑う保健医を疲れた顔で見ているジンタの耳に、ちょっと離れた位置でまだ血色の悪い青白い顔のまま目を覚ましたリカの言葉が届く。


「――それにしても。私さっきまで綺麗なお花畑の真ん中で、緩やかに流れる川を渡ろうとしている夢を見ていましたのですわ」


「それはさぞいい夢だったんでしょうね」


 お花畑と聞き、イヨリが「まあ」と羨ましげに答えている。


「ええ、本当に綺麗で今思い出してもうっとりしてしまうほどですわ」


 おっほっほっと、まだチカラのない青白い顔で笑うリカ。


 全員が、リカの無事にほっとし笑みを浮かべる中、ジンタだけはそれを聞き、


 ――それって三途の川だったんじゃ……。


 と、リカほどではないが顔を青白くさせる。


「ほらな、あの状況でお花畑の夢を見ていられるほどリカくんはまだ大丈夫だったろ?」


 勝ち誇ったように再度胸を張る保健医に、苦虫を噛み潰したような顔を向けるジンタ。


「とりあえず、みんなを代表してお礼だけは言っておく。マジにありがとう、あんたがここにいてくれて本当に助かった」


 ジンタは本心からの言葉で頭を下げた。


「いや、まあ間に合って私もよかったと思っているが……」


「ん? どうした浮かない顔して?」


「なあ君よ、私からも聞いてもいいか?」


 一度考え込むようにアゴに手をいてから保健医はジンタを見る。


「なんだ? 解剖はダメだぞ?」


「それは残念極まりないことだが、それよりも君達は戦いの時、強化魔法の色合いがおかしくなかったか?」


 あ……、と明るくなり始めた空に視線を泳がせ、ジンタは声を漏らした。


「さあ、どういうことか説明してもらおうか?」


 やっぱりそうだったか、と保健医が怪しげな笑みで眼鏡を押し上げながら顔を近づけてくる。


「いや、あれは、その、なんだ……」


「範囲強化魔法を扱った者がいるのか?」


 先程までの冗談交じりの顔ではなく、真に真顔になりそう尋ねてくる。


「ああ使った――」


 誤魔化せない、いや誤魔化しちゃダメだと感じたジンタは、正直に答えた。


「一体誰がそんな魔法を扱えた? それは誰なんだ?」


 追及し顔を近づけてくる保健医に、ジンタは上体を少し仰け反らせる。


「いや、近いって」


「そんなことはどうでもいい、誰がそんなあり得ない魔法を扱った?」


「えっと、それ、は……」


「ミリアリタか?」


 言い淀むジンタに、保健医は鋭く言った。


「う…………」


 言葉を詰まらせたジンタが、さっき以上に目を泳がす、それに確信を得たように保健医は続ける。


「そうか、君はそのことをかなり前から知っていたのか?」


「そ、それは……」


「つまり、君は――いやミリアリタは『神』と話をしたのか? それとも独自で理解したのか?」


「ちょっと待て、『神』? あんたが言う『神』と言うのは『神様』ってことか?」


 詰め寄る保健医を一度ぐいっと引き剥がし、今度はジンタが詰め寄る。


「ああ、そうだなさまは付けるべきか、いや付けるべき何だろうがな、その『神様』だろう」


「この世界にはそんなのもいるのか?」


「いるのだよ。私自身は出会ったことがないがね、でも確かに存在している」


 どこか曖昧に、しかしはっきりと言い切る保健医。


「じゃあ、あのとき、リゼットの体を借りていたのは、あれは『神様』だったのか……。いや、だけど。もし居るのなら、なぜ普段その話がまったく出ない? あの時ロンシャンもミリアも『神様』なんて存在のことをおくびにも出していない」


 思わず内緒であったことを口にしてしまうジンタに、保健医は「やはりか」と頷き、


「君とミリアリタ、そしてロンシャンが話をしたのだな?」


「あ、ああそうだ」


「『神』がリゼットくんの体を借りて、か?」


「ああ」


「なるほど、リゼットくんが進化したのはその影響か?」


「少し長く体を借りたからと、褒美と言っていたかな?」


「なるほど、な……」


 納得したように、一つ溜息を吐く保健医。それから少し考え込む素振りを見せる。

 それを見て、今度はジンタが質問をぶつけた。


「な、なあ。なぜ『神様』が存在しているのに、みんなはその存在を知らない? なぜ敬ったり拝んだりしないんだ?」


 ジンタは、自分が居た元の世界のことを思い出しながらそう口にしたが、保健医は何を言っているのだ? と理解し難いような目でジンタを見た。


「そんなの言えるわけなかろう?」


 訝しむように眉根を寄せ、保健医は言う。


「なぜ? だって『神様』って言うのは俺達より強いっていうか、すごいチカラを持っているんだろ? だったら――」

「――だからこそだろ」


 言い掛けるジンタの言葉に重ねて保健医は口を動かした。


「だからこそ、言えないんだろ?」


「え?」


 意味がまったく分からなくジンタが首を傾げる。


「君の居た世界では『神』は存在したのか?」


「……いや、存在はしていなかった。少なくとも俺はそんな存在を目にしたことがないし、そのチカラを実際に見たことがない」


「つまり偶像と言うことだな?」


「……そうだけど」


「それならば広めても問題はなかろうな、いやむしろ広めるべきか」


「一体どうして?」


 より意味が分からなくなり、ジンタは説明を要求する。


「あのな君よ、もし君が自分の持つ最大限のチカラを持ってしても、到底足下にも及ばない存在を目にした時、君はその存在に対して尊敬するか?」


「えっと……、俺のチカラじゃあ、ここにいるほとんどの人が俺には到底追いつけない存在なんだけど……」


「…………それもそうだったな」


 ぽんっと握った右手を開いた左手に置いて保健医。


「すまないな、言い方を変えよう。君達全員が立ち向かってもまったく歯が立たない圧倒的存在を目にしたら、君は、いやそうなった場合は、君達になるのか。まあそれは置いておいて、とりあえず君は、その存在に対して敬えるのか? 拝むのか?」


 保健医の言っていることを、頭の中で反芻はんすうさせるも、ジンタにはその意味が良く理解できなかった。


「えっと、やっぱよく分からないんだけど……」


「ああ、つまり、だ。第一階層で君は、私も一緒にいたがトレントを倒したよな?」


「倒したな」


「もしあれが倒せなかった場合、もしあのトレントが、完全に回復した状態のままで、あそこに存在していたとしたら、君はどう思う?」


「どうって……、そんなのは恐いだろうな。圧倒的チカラを持ってるし、なるべく近づかないように、そして機嫌を損なわせないように……」


「そうだろう? 普通にそうなるだろう?」


「まあそうだな――――っ!」


 そこで、ジンタにも保健医の言っている言葉の意味が理解出来た。


「分かったか?」


「ああ、分かった。もし自分よりも圧倒的チカラを持っている者が存在し、その存在を知ってしまったら、人は怯えてしまう。遠ざかろうとしてしまう」


「そう、ましてや、その圧倒的存在のチカラの一端を見てしまったのなら、なおのこと、な」


 保健医はそこまで言い、何かを思い出したのか疲れたように眼鏡を持ち上げ目元を揉んだ。


「チカラの一端って、あんたはそれを見たことがあるのか?」


「あるよ。それは君達がこのまま先に進めば見られるはずだ、その時に見ればいい」


「この先……」


「君達はこれから大変だぞ、ミリアリタが伝説の『エターナル』なんだとしたら、いずれは『神』に殺されるかも知れないしな」


「は?」


 誰にも聞かれないように小さい声で呟くように言った保健医の言葉に、ジンタは我が耳を疑った。


「ちょっと待て、あんたは『エターナル』という存在も知っているのか? それになぜ、そのチカラの使い方を教えてくれた『神様』が『エターナル』という存在、ミリアを殺すんだ?」


「ミリアリタはやはり『エターナル』だと告げられたのか?」


 目を見開き、保健医はジンタの両肩を掴んできた。


「ああ、言われた。確かに言われた。そして俺は『原始の者』だとも』」


「『原始の者』だって!」


「知っているのか!」


 自身の両肩を掴む保健医に対し、ジンタも興奮して保健医の両肩を掴む。


「いや、全く聞いたことがない」


「あら」


 平目で答える保健医に、盛り上がっていたジンタの興奮が一気に崩れた。


「しかし、そうか。ミリアリタは本当に『エターナル』と言われたのか……、だとしたら知っておくべきなんだろうが……」


「なんか知っているのなら教えてくれ」


 なんとか気持ちを立て直し、ジンタは言う。


 保健医は軽く目を瞑り、何かを考えるというよりは整理するように口元をブツブツとしばらく動かしてから、ジンタを見た。


「すべてを教えることは出来ない。それはこれから先の君達の歩む道を教えてしまうことになるからな。だが、教えても良さそうなことだけは教えておく」


 保健医にしてはすこぶる慎重に、言葉を選びながらの言い方、ジンタにもそれが分かったので、一言一句聞き逃さないように、保健医へと顔を近づける。


「うむ、さすがにちょっとそれは近すぎないか?」


 互いの吐息が掛かるほどに近づいていた顔同士、保健医がぐいっとジンタの顔を引き剥がす。


「す、すまん」


「いや。とりあえず――、私が知る限りこのリリフォリアの歴史において『エターナル』という存在は、最低二人は存在していた。私はそう認識していると言った方がいいかな」


「二人……」


 くり返し呟くジンタ。


「うむ、そして今、その二人はこの世に存在していない。さっきも言った通り、二人共『神』の、その『裁き』によって殺されたんだ」


「……………………」


「とはいえ、今はまだ大丈夫だろうよ。エターナルが『神』によって殺されたのは、少なくともまだまだ上の階層だったからな」


 絶句するジンタをなだめるように保健医はジンタの肩を優しく叩いた。


「ただ、ミリアリタが『エターナル』か……」


 そう小さく呟いた保健医は、空を睨むように見上げた。


 ジンタもそれにならうように空を見上げた。


 気付けば、もう日は昇りきり青い空が目に飛び込んできていた。


 今見上げている空、そのもっと上の階層に『神』は居るのだろうか、あのとき話をした存在が『神』だったとして、ジンタにはあの『神』なる人物がミリアをたばかろうとしているようには見えなかった。だが、保健医も嘘をついているようには見えない。大きな不安と纏まらない考えが頭の中をグルグルと巡る。


 そしていつしか、体も頭も疲れ切ったジンタはぐっすりと深く眠っていた。

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