もう一つの戦い 決着
「喰らいやがれ! ミトキ――――ック‼」
助走こそほとんどないが、アルミラージ化したミトのウサギのような下半身のバネを最大限に使った強烈な蹴りだった。
しかし、
ドンッ!
重く蹴る音が響くも、親玉オークはびくとせず、むしろ蹴ったミトが大きく後ろにはじき返され、ベンジャミンの手前の位置まで戻ってきた。
「おいおいおいおい! なんなんだあの硬さは!」
ミトが呆れたように首を振る中、
「おれっちの攻撃も喰らいやがれっ!」
松もオークに攻撃を仕掛ける。両腕の爪攻撃に加え、回し蹴りを叩き込んだ。
しかし結果はミト同様相手にダメージらしいダメージを与えられず、こちらは自力で下がり戻ってきた。
「ありゃあダメだ。全然効かねえ」
松も手と首を振る。
「ベンジャミンなんかいい手はねえか?」
悲しい顔を向けてくる松に、ベンジャミンは考え込むように下を向く。
「いい手といえなくはないんですが……」
「なんかあるのか!」
「なら教えろよ、ベンジャミン!」
食いつくミトと松。
「ですが、簡単でありそうで、すっごく難しいことですけど……」
言い淀むベンジャミンに対し、
「難しくたって、あいつを倒せるんならやるぜ、だからそれを教えろベンジャミン!」
「ああ、おれっちも教えて欲しいぜ、ベンジャミン」
ミトと松は、はっきりと口を揃える。
「分かりましたわ、教えてあげますわ」
「おうっ」
「どうすればいいんだおれっち達は!」
「なんてことないですわ、ただ、第二段階か進化をしてしまえば倒せますわ、恐らくですが」
「第二段階に――」
「――進化~~~?」
二人が激しく眉根を寄せる。
「ええ、とりあえずそれが一番簡単な方法だと私は思っていますわ」
「「いやいやいやいやいやいや――――」」
ミトと松、二人が同時に両手と首を振った。
「お前簡単に言うけどよ。それが出来るならとっくにやってるって」
「そうだぜベンジャミン。おれっちも何度もチャレンジしてるけど全然出来ねえし、どうやって成るのかもさっぱりなんだぜ、ほんとに」
「そうですか、それでは向こうの皆さんのところに戻りましょう、そうすれば第二段階へと成りましたリカ様が瞬殺で倒して下さいますわ」
ベンジャミンは言い、クイッと親指で後方を示す。
ベンジャミンを凝視していた二人の目が、ベンジャミンの親指を辿るように動き、そして止まる。
「なんだ、あのリカの腕は……」
「普通の人化の腕に茶色い毛が一杯生えているようにおれっちには見えるぜ」
「ええ、どうやらリカ様が第二段階へと成ったようですわ」
言いながらベンジャミンも振り返る。
ベンジャミンもリカに目を向けたとき、ちょうどリカが分厚そうな鎧を纏ったオークの大斧を軽く押し返したところだった。
「リカ様のあの姿なら、きっとどんなに硬く分厚い鎧も軽く切り裂きますわ」
ベンジャミンがそう言っている最中にも、リカはおもむろに鎧オークに爪を立て、軽く手首のスナップだけで分厚い鎧を切り裂いた。
「「お、おぉ~~~~」」
その光景を見ているミトと松の二人が感嘆の声を上げる。
「あれならきっと、偉そうなオークの金鎧も軽く切り裂きますわね」
リカから視線を外し、ベンジャミンは羨ましそうにあんぐりと口を開けている二人にもう一度目を向ける。
「では、私達ではあいつの鎧に傷すら付けられませんし、あっちに合流してリカ様にあいつも倒してくれるよう頼みに行きましょう」
にっこり笑顔でベンジャミンがそう告げると、
「ふっざけるなよ~~、リカだけにいい格好させるかってんだ!」
「おれっちだって、いい格好してやるぜっ!」
間抜けな顔をしていた二人が目を輝かせながら、偉そうにふんぞり返っている金鎧オークに向き直った。
「ここはリカに頼まねえ!」
「おれっち達が倒す!」
ミトと松、二人が同時に歩き出す。
「そうですか、ではがんばって来て下さいな二人共」
広げた扇子で口元を隠し、ベンジャミンは呟いた。
※※※※※※※※
ミトは、歩きながら目の前でふんぞり返るオークを睨み付けていた。
しかし頭の中では、
――いっや~~、マジでどうしよう、一体第二段階とか進化ってどうやんの? 誰か教えてくれ。ってか、リカの奴一体どうして成れたんだ? ちっくしょ~~、一番大事な所がさっぱり分からねえ。
と大混乱しつつ、鼻の穴をぷく~っと膨らませていた。
それは隣を歩く松も一緒のようで、チラリと一瞬ミトが見ると、指をパキポキ鳴らしながら額に汗が玉のように大量に浮かび、紋様のある頬に垂れていた。
左右を目だけで確認すれば、みんな頑張ってくれているのか、援軍のオーク達をほとんど抑えてくれていた。
それはつまり、歩くペースは一切落ちることなく金鎧のオークへと真っ直ぐに向かえて行っている証拠、そして考える時間が少ない証拠でもあった。
あと二歩ほどで互いに射程圏に入る位置でミトは止まった。それに合わせるように隣の松も止まっている。
チラリと松を見れば、松も口元を笑みで引き攣らせたままミトを見ていた。
――ああ、やっぱこいつも何も浮かんでねえ、どうしていいのか分かってねえ。
即座に理解出来た。
固まったままの笑みで、ぷく~と鼻を膨らませていると、目の前の金鎧オークが大きく体を上下に揺すりだした。
笑っているのだ。
歩いてきたはいいが、何も出来ない二人に向かい、ゲラゲラと――いやブヒブヒと大笑いをしてきたのだ。
「こんっの、くっそブタヤロ~~~~っ」
頬を今まで以上に引き攣らせ呟くミトの背中に、
「ミトッ! 何やってんのよ!」
エルファスの声が響く。
エルファス? とミトが内心で呼び掛ける中、そのエルファスは続けて言った。
「ミトはバカなんだから、考えたって分かるわけないでしょっ! 足りない頭使おうとするより、もっと無駄に余っている体力を使いなよっ!」
直球で叫んだ。
ミトの頬の引き攣りが止まり、代わりにピシッとコメカミが引き攣った。
「エ~ル~ファ~ス~」
腹の底から湧き出るような低い声を漏らし、ミトは振り返る。
視線の先のエルファスは、「ヒィッ」とコメカミグリグリを警戒して頭を抱え込んでいた。
しかし、ミトからしてもエルファスの言う通りだった。そしてそれはいつもミトがエルファスに言っていたことでもある。
考えて動けなくなるぐらいなら、いっそ考えるよりも動いていろ、と。
ミトはエルファスに笑みを向け、グッと親指を突き立て正面に向き直った。
「へへ、まさかエルファスに活を入れられるとはな」
ちょっぴり嬉しい気持ちで鼻下を擦る横で、
「いやいや、エルファスちゃんもいいこと言うなあ、おれっちもあれこれ考えるぐらいなら体を動かしている方が合ってるってなもんだぜ」
同じように鼻下を擦る松が答える。
二人は目を合わせた後、
「じゃあ、いっちょやるか!」
「おうさ、やるか!」
グッと体を低くし、勢いよく動き出した。
金鎧を纏ったオークの動きが、ミトと松に追いつけないほど二人は動き攻撃を繰り出した。
時には一発だけを叩き込み離れ、うまく後ろを取れれば三発は蹴り、隙あらば渾身の一撃を叩き込んだ。
しかし、そのどの攻撃をもってしてもオークの金鎧を砕くほどのチカラはでなかった。
鎧を纏う偉そうなオークは、二人の攻撃を受け、その衝撃で内部を揺さぶられ、時々「ブヒ」「ブッ」「ボフッ」など声を発するが、それが致命傷になるほどではないことはミト達にも分かっていた。
それでもミトと松は動いた。
止まることなく動き続け、攻撃を続けた。
二人の頭の中は、ただ、ただ、それぞれに一つのことだけを意識して動き続けた。
※※※※※※※※
最初に異変が起きたのは松だった。
すばやく動き、攻撃する中で、その身が変わり始めた。
松は、元来種族大リスのバランス型の『召喚されし者』。体の両手足の肘と膝部分までを獣人化させて戦っていた。
金鎧のオークを蹴り、切り裂いては離れ、地を強く踏み込んでから、もう一度飛び込んでいく。
今はそんな戦い方だった。
そんな松が自身の中で、ただただ純粋に思っていたこと、それは、
――もっと速く、おれっちなら出来る、もっと速く強く動く。
一つの念いだけが、松の頭の中を占めていた。
その気持ちが体全体に広がったとき、松自身が見ている視界が徐々に徐々に低くなっていった。
まるで自身が小さく縮んでいくように。
しかし、そのことを松は焦らなかった。
いや、焦るより興奮していた。
自身の胸にある獣人石が激しい熱を帯びていた。
それに呼応するように下半身が燃えるように熱くなっていった。
視界が一定値まで下がり止まる。
その時には、松の放つ蹴り攻撃は、相手の鎧をヘコまし、よろめかすほどのチカラとなっていた。
――これなら行ける。
そう確信した松はペロリと舌で唇を舐めた。
※※※※※※※※
高速攻撃の中で、ミトは松の体の変化をその目に捕らえていた。
松の下半身が輝き、ミトの獣人化のようにスピード型の獣人化、両腕の変化をそのままに下半身そのものがリスのように成っていくのが。
それに合わせ、松の攻撃が金鎧のオークを大きく揺さぶりはじめていっていることも。
だが、それを目にしてもミトは落ち着いていた。
松の変化を目にしその攻撃力を見ても、ミトは一つのことを念っていた。
――あれじゃあダメだ。あれではあの鎧をヘコませても引っぺがせない。おれは偉そうなオークのヤツを、あの偉そうな金鎧から引っぺがしたいんだ!
と。
そう念い、何度となく金鎧を蹴りつけるうちに、ミトの体の中心、獣人石が唸りを上げ突風を放った。
着ている少し大きめのシャツが、バタバタと激しく中から外へとはためく。
突風となって、獣人石から出ていく風が自身の下半身を覆い纏わる。
今まで億劫に感じていた、超スピードによる風の抵抗がピタリと止む。
地を蹴った後の風の抵抗、その感触がなくなる。
相手を蹴り飛ばす際の、振り上げた足に感じる空気の壁が感じられなくなる。
そしてミトは理解する。
これの使い方はこうだ!
と。
強く大地を蹴り、徐々に近づく金鎧のオークを見つめ、ミトはいつもよりやや遠目で足を振るう。
シュッ
空気が裂ける感覚が足の先端、指先に感じる。
今までの足の甲で蹴り飛ばす感覚ではなく、相手を切り裂くような蹴り。
蹴った後の道筋を目で追えば、金鎧に一筋の痕が刻まれている。
――おれが求めていたのはこれだっ!
ミトがニッと不敵に笑む。
※※※※※※※※
松の蹴りが偉そうなオークが纏う金の鎧をヘコませ、ミトの蹴りが金の鎧を切り裂いていく。
高速で動く二人の攻撃に、今までの安全安心感を無くしたオークが数歩後退る。
ドンと音をたて、下がるオークの動きが止まる。
後ろにある大木に、オークの背が当たっているのだ。
「ブヒブヒ」
何を言っているのかなぞミトや松には分からない。
だが、その声が助けを求めているのだけは、その情けない声音で分かった。
しかし、そんな声を聞いても二人は攻撃を止めるつもりはなかった。
ッドン! と松がより強くオークを木に叩き付ける。
シャッ! とミトが木の反動で戻って来るオークの鎧を切り裂く。
ドンッ! シャッ! ドンッ! シャッ! と綺麗に辺りへ響く音に反して、金鎧がオークの体から無残に剥がれ落ちていく。
頭部以外の鎧がはだけ、中から醜くだぶついた体が剥き出しになる。
そこにまずは松が叩き込む。
ッドン!
激しい音が響き、オークの醜い脂肪が水辺の波紋のように大きく広がっていく。
シャッ
脂肪という名の鎧までもがなくなったオークの腹に、ミトの切り裂く蹴りが縦に切り込みを入れる。
ミトと松、二人はここで初めて大きく後ろに下がった。
今までの激しい動きがなくなり、しんっと辺りが静まり返る。
周りでは戦っていた仲間やオーク達が動きを止め、この戦いを見守っていた。
「ブヒ?」
一歩、たった一歩、足を前にだした頭以外丸裸になった偉そうなオーク。
それが合図だった。
オークの醜い体に一本の縦筋が現れる。
ミトの蹴りで作られた縦筋の最上部から、最初はゆっくりと血が噴きだし始め、それが徐々に下へと広がっていき、最後には一斉に噴きだした。
盛大に大量の血と、臓物をまき散らしたオークがバタリと大の字にひっくり返る。
その光景を、ミト達同様に周りのオーク達も傍観していた。
いまだビクビクと体を震わせる自分達の長の姿を見て、どうしていいのか頭が働かずにいるようだったが、
「オークの長を討ち取ったぞ――――ッ!」
遠くから高らかに宣言される叫び声に、オーク達は我に返る。
指導者を失い、慌てふためくオーク達は、互いにぶつかり合い転びあい、それでも我先にと必死になって散り散りに逃げ始めた。
逃げ惑うオーク達の姿に、完全には気を抜かずも一つ溜息を吐いた後、ミトは自分達ではないところで、別のオークの長を倒したと宣言した方を見た。
歓喜に沸く仲間達の中心で、倒れ息絶えた大きな巨軀が見え隠れしていた。
そしてミト達のところ同様にオーク達が逃げていくのが分かった。
これで戦いは終わった、とミトはここで初めて完全に安堵した。
「ねえミト、私達も勝ちどきを上げなくていいの?」
気を抜いたミトの後ろから、エルファスの言葉が届いた。
ミトは頬をポリポリ掻き、
「あ~~、勝ちどきかぁ~……、エルファスやるか?」
顔に笑みを作り振り返る。
「え? え~~、恥ずかしいからヤダ……」
エルファスがそっぽ向くのを見て、
「いや、おれもあれはちょっと……」
「だよねぇ」
ははは……、と苦笑しあう二人。
その二人の前に、待ってましたと松が現れ、
「じゃあおれっちがやってもいいか?」
クリクリお目々を楽しそうに動かして言った。
「おう、任せた」
「うん、松さんお願い」
二人が、松にバトンタッチするように体を叩く。
「任せろって!」
言うなり松は大きく息を吸い込み、
「こっっっちも―――――っ! 偉そうなヤツ倒しゴホゲホゴボ――」
勝ちどきの途中で、大きくむせ込んだ。
「あ~あ、まったく何やってんだか」
呆れた素振りをしつつ、ミトが松の主であるベンジャミンに「何か言ってやれよ」と言うつもりで目を向けるも、そのベンジャミンが顔を蒼白にして遠くを見ていた。
「おい、ベンジャミンどうした?」
あまりの顔色に、思わずベンジャミンの肩を激しく揺すった。
「あ、ああ……、リ、リカ様が……」
震える声とそれ以上に震える指先で、ベンジャミンが指し示す。
「リカ? リカがどうした――――」
振り向きつつ見つめた先の光景にミトは言葉を失った。
真っ赤な血の色に染まったロンシャンに抱き抱えられるリカの姿に。
「うそ、ロンシャンくんが抱いているのってリカさん? ミト……違うよね?」
隣にいるエルファスの言葉が、遠くに聞こえる。
「う、うそだよな」
エルファスの言葉に答えるのではなく、ミトは自分に言い聞かせるようにそう呟き、おぼつかない足取りでゆっくりと歩き始めた。




