もう一つの戦い
時間は少し遡り。
ジンタ達が鎧オークと戦っているリカとラーナの元へ向かっている時、ミトと松もまた、自分達の配属先であった北東砦を落とされた際に見た、偉そうな金色の装飾鎧を纏ったオークと対峙していた。
「へへへっ。お前だよな? おれの見ている前で砦を落としたのは」
三十ほどのオークを間に挟み、ミトは声を大にして言った。
「フゴゴ、フゴ、フグ?」
見つめる先にいる金の装飾鎧を着た偉そうなオークは、左右に待機しているちょっと上等そうな衣服に身を包んだオーク達に向かい、ミトを指差し何事が話をしている。
「なあミト。あれっておれっち達のことバカにしてるのかな?」
「な、なんだとっ!」
「いやだってよ、あいつ等の顔って笑ってるように見えないか?」
松が指差す通り、金鎧のオークとその周りの衣服を着たオークが「ブヒブヒブヒヒ」と盛大に体を上下に揺らしていた。
「ぐぬぬぬぬぬっ」
ギリギリと歯ぎしりするミト。
「で、どうする?」
問う松に対し、ミトの答えは至ってシンプル。
「ブッ倒すっ‼」
叫びつつ、ミトは金鎧のオークを守るように立つオークとゴブリンの群れ、その最初の相手を蹴り飛ばした。
「よしっ! じゃあおれっちも!」
鼻下を指で擦り松も走り出した、ミトが蹴り飛ばすオークの群れに向かって。
※※※※※※※※
「うわ~~、ミトと松さん始めちゃったよ」
竹と梅、そして雪目と水音に守られながら、ミト達の元へ走り向かっているエルファスが、おでこをペチンと叩き呆れて溜息を付いた。
「まったくですわ、松も一緒になって……、どう見ても二人で突破出来る戦力ではないですのに」
エルファス同様、隣では守られ走るベンジャミンが相づちを打つ。
「え? ミトと松さんならあれ位の数、余裕で蹴散らせるでしょ?」
「あそこにいるだけならそうでしょうが……」
二人は、戦うミトと松に目を向けたまま話を続ける。
「いるだけって?」
「そのままの意味ですわ。あの偉そうな金鎧のオークは、きっとオークの中でも相当にチカラ、、この場合は権力を持っている立場なのでしょう。そんな者があの程度の戦力に守られているだけのはずがないですわ。エルファスさんも見て下さいな、あのオークの背後はもう森ですわ。戦力を隠しておくにはうってつけの場所ですわ」
「森の……中……?」
エルファスは戦うミトと松から視線を外し、二人が倒そうとしている金鎧のオークをも飛び越し、奥の森へと視線を向けた。
ちょうどエルファスが森を目を見たとき、鬱蒼と茂る枝葉が揺れ数体のオークが突き進むミト達の追加の壁になるように並んだ。
「うそっ!」
驚きに叫ぶエルファスの見ている先で、オーク達は倒された数を補充するかのように森から姿を現し、隊列を作り加わっていく。
「あれじゃ、いくら倒しても辿りつけないじゃん」
ずるいよっと、叫ぶエルファスにベンジャミンは冷静に答える。
「そうですわ、ずるいんですわ。でも、あの程度なら全員が辿りつければ突破出来ますわ」
「ほんと!」
「ええ、突破は出来ます、が…………」
なら急がなきゃと意気込むエルファスに対し、ベンジャミンはやや不安げに眉を寄せてた。
※※※※※※※※
襲い来るオークに、強化二重スピードの速度で左右のハイキックを顔面に浴びせ、意識を刈り取るミト。
それに対し松は、自身のモッフモフのリスの尻尾を使い、オークの意識を尻尾へと向けさせ、切り裂き蹴り飛ばす。
二人が倒し一歩前へ出ると、そこにはもう次の相手が待ち構えている。
それがもう何度もくり返されていた。
「ん?」
ミトがふっと、何かに気付き声を漏らした。
「「ん」がどうしたミト? トイレか? 大きい方か?」
「ちっが~~うっ!」
松の言葉に、完全否定の叫びを上げてから、ミトは松に聞く。
「松、お前さあ」
「なんだ?」
「今こいつら何体倒した?」
「何体って――」
そこまで口にして松は首を傾げ、迫るオーク一体の顔にもっふもふの尻尾を叩き付けながら、
「そんなんさすがに覚えてるわけないだろ?」
と答えてきた。
「いやいや、戦いが始まってからじゃないぞ? 今、目の前にいるあの金色豚との戦いが始まってからだ」
カポエラ然とした逆立ち体勢で、オークを蹴り飛ばしミトが再度聞けば、
「ああそういうことか」
尻尾で叩いていたオークの首筋、その動脈を長くはないが鋭い爪でかっきり松は頷く。
「そうだなあ、聞いて驚けよ、今倒したのでちょうど二十ぐらいだ」
どうだっとばかりに胸を張る松に、
「そっかあぁ、お前は二十か、俺は二十二だ」
へっへっと、ミトは勝ち誇った笑みを浮かべてみせる。
「なんだって! ミトはちょっと攻撃を待て、おれっちが後二体倒すまで!」
ムキになって前に出る松に、ミトはヤレヤレと首を振りかけて、
「いや、だからちげえって松!」
松のモッフモフの尻尾を鷲掴んだ。
「んきゃっ!」
普段の松からは、考えられない可愛い叫びが飛び出て、その場で全身を総毛立たせ飛び上がる。
「お、なんだ松ってそんな声もだせるんだな」
新しい発見にもう一度キュッとミトが尻尾を強めに握る。
「ひゃうっ!」
その場でピンッと背筋を伸ばす松。
「ほほお~、これはなかなかおもしれえな」
何度か、キュッキュッと握りミトが松の反応を楽しみだす。
「ちょ、ひゃっ、ま、きゃふっ、ミ、はふっ、何か、きゅんっ、話が、ちゅんっ」
眼前に迫るオークより、背後のミトの手の動きが気になってしまう松だったが、
「お、お前、おれっちになんか言おうとしてなかったか?」
一回のミトのキュッを最大限で我慢し、そこまでを一気に叫んだ。
「ん? おれが?」
「そうそう、なんか言い掛けてただろ」
「……あれ? なんだっけ?」
考えながらも松の尻尾を離さないミトが首を傾げた時、
スッパ――――ン
見事な音を響かせ、ミトの後頭部がひっぱたかれた。
「一体いつまで握ってるのミトっ! 早く助けてあげないと松さん本当に危ないよ!」
エルファスの叫ぶ声に「お?」っと間の抜けた声をだし、ミトが松のふっさふさの尻尾を横にどかし、背中越しにその先を見た。
複数のオークが、雪崩のように松に斬り掛かろうとしている。
松は尻尾を握られチカラが出ないのか、ぴんっと体を伸ばしたまま動かない。
「うおっ!」
声を張り上げながらミトが動く。
松の前に立ち、オークが松に向かい振り下ろそうとする剣、その持ち手に向かい蹴りを突き出す。
振り下ろすチカラに、まるでつっかえ棒のように出されたミトの足。結果、振り下ろす自身のチカラがミトの足と挟まりそのまま自分の指を押し潰し、オーク達は持つ剣を落としていった。
「あっぶねえ」
ミトが、両手で冷や汗を拭う。
「いや~おれっちも驚いちまったぜ、まさか尻尾を握られるのがこんなに体からチカラが抜けるなんてな」
「なっはっはっはっ」
「はっはっはっはっ」
スパパ――――ン
高らかに笑い合う松とミトの背後から、エルファスが二人にハリセンを叩き付ける。
「ほんと、ちょっとは状況を見てよ、二人共!」
声を張り上げるエルファスに、二人は「ごめん」と素直に頭を下げた。
「さて、おふざけはそこまででよろしいですか、三人とも」
さらに、エルファスを含めた三人を窘めるようにベンジャミンが静かに言えば「はい、すいませんでした」とエルファスまで一緒に頭を下げた。
「って、ベンジャミン、お前!」
見事に謝りきってから、松が勢いよく頭を上げた。
「なんですの?」
扇子を広げ、口元を隠すベンジャミンを、松がまじまじと見つめる。
「…………マジになってるのか?」
問い掛けながらも、じっくりベンジャミンを見ている眼前の松に、
「おい、ベンジャミンのヤツどうしたんだ?」
「さっきから少し変なんだよね、いつものぎゃーぎゃー騒ぐだけのベンジャミンじゃないんだけど」
ミトがエルファスと一緒に松に尋ねる。
「いや、なんつーか……」
いつもはっきりとモノを言う松が、振り返り頭を掻きながら口籠もる。
「ま、松さん、ベンジャミンは今、本気になってますよ」
竹が、そこに口を挟んだ。
「「本気になる?」」
ミトはエルファスと異口同音で口にし、そして同時に下あごに人差し指を当て首を傾げた。
「やっぱりか、でもいいのか?」
ミトとエルファス二人を憚りながら、松がもう一度確認するようにベンジャミンに尋ねる。
「いいんですわ。この相手は少々厄介そうな相手みたいですから」
ベンジャミン本人が、パシンと見事な手首の返しで扇子を閉じ答えた。
「へへ、そうか。んじゃベンジャミン久々に本気の命令頼むぜ」
「分かってますわ」
指をポキポキと鳴らし、松がミトとエルファスの横を通り、陣形を組み待機しているオーク達の前に出る。
「おいおい、一体どういうこった? 本気って?」
頭の中にクエスチョンマークを大量に浮かべながら、松の背にミトは問う。
しかしその問いには竹が答えた。
「す、すいません、別に騙すつもりはなかったんですが、この子ベンジャミンは実はかなり頭が良くって、学校に行かず家で引き籠もっていた時からずっと本を読み、勉強だけは欠かさずやっていまして」
「ええ! ベンジャミンが!」
叫ぼうとしたミトの顔を横に押しのけ、大声を出したのはエルファスだった。
「で、でもベンジャミンって、いっつもビリかビリから二番目で、ミリアちゃんと最下位争いを――」
「え、ええ、ベンジャミンはミリアリタさんを本当に気に入っていますから、いつも側にいたくて、学校や普段はそのように」
「う、うそ……」
本気とかいてマジと読み、大マジで驚くエルファス。
「私も普段から結構手を抜いて、成績を調整してここ一番(雪目に成績が上がったらお菓子を買ってと言う時)で本気を出すけど……。ベンジャミンはそれをただミリアちゃんと一緒にいたいがために、いっつも、しかもビリから二番目にするように行っていたの?」
なんてことだろうと、呆れ顔のエルファス。
「ほう……、エルファス、やっぱお前は普段手を抜いているのか……、いっつもおねだりした時、成績が上がるのはそう言うことなんだな?」
ミトも、そして恐らく雪目も薄々は気付いていたことだが、間違った場合を考えると本人に悪いと思い、なかなか聞き出せないことだったが、ベンジャミンの衝撃的真実に驚き、本人が口走った言葉だ嘘であるはずがない。
しかもミトが見つめる先で、エルファスは「あっ」と口元を隠した。
パキポキと指を鳴らし、エルファスに近づこうとするミトだったが、それを竹が止める。
「ま、待って下さい、今は仲間内で揉めている場合ではありません。ベ、ベンジャミンが皆さんの前で本気になったということは、実際ここはかなり危ない場所なのでしょうから、皆さんも気を引き締めて下さい」
竹の言葉が言い終わると同時に、ベンジャミンが全員に強化魔法の上書きを始めた。
それはすべからく防御、つまりプロテクトの強化をだった。
ミリアの掛けている範囲強化はスピード、つまり単体強化のプロテクトと掛け合わせ、全員の体の発光が空色へと変わる。
「おい、ベンジャミンなんでプロテクトなんだ?」
とりあえず竹の言う通り、エルファスに対しての説教を後回しにしミトが問うも、ベンジャミンはただジッと金鎧のオークだけを睨んでいる。
「と、とりあえず戦いましょう」
竹がベンジャミンとエルファスの前に立ちつつ、鉄の槍を構える。
「んだ」
その横に種族ノームの梅が、両腕を泥で纏って立つ。
二人は完全に、ベンジャミンを守る体勢で構える。
雪目は絶世の美女である雪女の姿のまま、その体の周りに水音の生み出す霧状の水をダイヤモンドダストのようにキラキラと輝き纏わせ、水音は霧状にした水を雪目に送りつつ、自身の獣人化し流れる水流の髪を両腕に纏わせている。
そしてミトは、松の横、最前線に立つ。
「へへ、とりあえずあいつをブッ倒す!」
「ああ、おれっちもそれには賛成だ!」
二人が動き出すと同時に、今まで隊列を組んだまま動きを止めていたオーク達が動き出した。
最前線のミトと松が大暴れを始めると、隊列が横一列ごとに、二人に群がっていく。
「六人一列の五列ですか、これはやっぱり守りに特化した、いえ、それ以外には対応しない形なんですわね」
そう言い納得したように頷いたベンジャミンは、閉じた扇子をすっと隊列後方の中心に向ける。
「雪目さんに水音さん。お二人で隊列の中心よりやや奥の位置を範囲攻撃出来ますか?」
「ええ、それは可能ですが……」
「私も出来ますが……」
「ではお願いしますですわ」
お願いされるが、雪目も水音も戸惑うように顔を見合わせる。
「雪目に水音、二人ともベンジャミンの言うことを聞いて」
マスターであるエルファスの言葉で踏ん切りを付けたのか、二人はそれぞれに攻撃の準備を開始する。
まず始めに動いたのは水音だった。
両腕を高く上げ、纏わせた両腕の水を指定された上空に集めだす。
次に雪目が白い襦袢姿の両腕を広げ、自身の周りに纏わせていたダイヤモンドダスト化させている冷気を水音の広げている水の層の下に広げる。
「では雪目さんいきます!」
「いつでもどうぞですよ、水音さん」
掛け合いの後、水音はバッと右手だけを下に振り下ろす。
同時に上空の水の塊、その半分が水の針となって落ちていく。
次に雪目が、広げた両腕を抱き締めるように左右に振り抜く。
それが合図のように、上空のダイヤモンドダストがピキピキと激しく活性化しだす。
水音の雨のように降り注ぐ水の針が、雪目の冷気の層をくぐり、氷の針となる。
それが隊列を組み、動かない後方のオーク達に降り注ぐ。
後方三列、そこに降り注いだ氷の針は見事に、盾と剣を正面のミトと松に構え、皮鎧しか纏っていないオークの分厚い脂肪と肉を切り裂き、抉り突き刺さした。
一列ごとにミトと松を攻撃させていた形が一気に崩れる。
「ここですわね」
ベンジャミンはやや右側を指し示し、
「梅、あっちの地面を柔らかくして頂戴ですわ」
梅に命令する。
「ガッテンだす」
梅は両腕を地面に付け、纏わせていた土を地面に潜らせていく。
ミトと松にやられていく最前列の補充に加え、一気に倒された後方の補充をするため、森の中からバタバタと現れだしたオーク達、最後方にいる偉そうな金鎧のオークと、その周りで上等な衣服を纏ったオーク達を迂回するように走る森から出てきたオーク達が軒並み、まるで草を結った罠に引っかかるように転んでいく。
「エルファスさん。あの転んだオーク達を弓で仕留めていって下さいな」
「わ、分かったわ」
普段は背中に、しかし今は左手に持つ綺麗に湾曲した大弓に、左右の腰にある矢筒から取り出した矢を番え、放つ。
対象が弛んだ土に足を捕らえられ動けないとあって、エルファスの弓は的確にオーク達を射貫いていく。
「雪目さんと水音さんは、逆の左側を何とかして下さい」
攻撃を終えた雪目と水音に、いつものミリアと顔を合わせればギャーギャーと騒ぐだけのベンジャミンがテキパキと指示をだしていく。
「さて、これでとりあえず中央の援軍は抑えられましたが……、問題はここからですわ」
左右の戦況も視野に入れつつ、一見すれば優位に立つ状況。
しかし、正面を見つめるベンジャミンの顔はいまだ晴れない、むしろ険しくなっていた。
――ここまでは良い感じですわ、ですが……
ベンジャミンの見つめる先で、ミトが敵の防衛陣を突き抜け、金色の装飾鎧を纏う偉そうなオークヘ向け、蹴りを放った。




