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 オークの大斧に叩き付けられた地面は、まるで爆発したかのように土を抉り、その破片を弾丸のように辺りに飛び散らした。まるでイヨリのショットガン発頸のように。


 岩の両腕をクロスし、体と顔を隠したイヨリにもその衝撃が突き抜けていく。人化のままの足に当たった土の破片は、当たった箇所に青いアザを作っていく。


 時間にして一瞬、がその一撃がおさまった時、その痛々しさをイヨリは知った。

 辺りから聞こえる、家族や仲間達の苦痛な声を耳にして。


 あーちゃんを庇い、背を向けていたジンタはうずくまり苦痛の声を漏らしていた。

 あーちゃんは、ジンタに自身の蔦に生えているヒール効果のある葉を食べさせていた。

 ラーナは両腕で自身の持つ大きな盾を構え、リゼットやミリア、そしてロンシャンを庇うように立ってはいたが、庇いきれない部分の体のダメージに苦しそうにうめいている。


 しかし、身を挺して守ったラーナの後方で、


「ロンシャンくんっ!」

「ロンシャン大丈夫か!」


 ミリアとリゼットの叫びが響いた。


 見れば、コメカミから血を流し倒れるロンシャンの姿が映った。


 ラーナの盾と細い体をすり抜けていた飛礫つぶてが、ロンシャンのコメカミに当たったようだ。


 倒れているロンシャンは動かない。

 気を失っているのか、それとも……。


 嫌な予感が頭を過ぎるイヨリの目の前、そこをリカが走り過ぎて行く。



※※※※※※※※



「ロンシャン様ッ!」


 振り返り固まったままのラーナを押しのけ、リカがロンシャンを抱き上げる。


「ロンシャン様! ロンシャン様っ!」


 優しく抱くも、つい激しく揺すってしまうリカの手の中で、ロンシャンが声を漏らした。


「リカ……」


 まだ朦朧とするのだろう小声で、ロンシャンが呟く。


「ロンシャン様、お加減は! 大丈夫ですか?」


 幾ばくはホッとするも、必死に問うリカにロンシャンはなんとか笑みを作ってみせる。


「朦朧とするけど。でも大丈夫、少し横になってればすぐ良くなるよ……」


 まだチカラなく、それでもはっきりとリカを安心させるためロンシャンは答えた。


「すいませんですわ、私がお側に付いておりながら、ロンシャン様にこのようなお傷を……」


 辛そうに口にするリカ。


 ロンシャンは笑みを浮かべたまま、


「リカはいつだって良くやってるさ。どんくさい僕のために」


「いえ、いえ、そのようなことはありませんですわ。私はあなた様に喚ばれ幸せです。最高に、誰にでも自慢出来るほどに!」


 優しくロンシャンの金色の髪を撫で、リカは続ける。


「少しお待ち下さいロンシャン様。このリカがすぐに全てを終わらせて見せますわ」


 笑みの中に確固たる意志を込め、リカはロンシャンをリゼットに預けた。


 ゆっくりと立ち上がり振り向いたリカの視界には、大斧で地面を叩きロンシャンを傷つけた鎧オークの姿しか映ってなかった。


 リカはゆっくりとオークの前へと歩いた。

 五十センチの間を空け、リカは鎧オークの赤く光る目を見上げる。


 リカに言葉はなかった。


「ブヒっ」


 沈黙に耐えきれず鎧オークが声を発した瞬間、リカの右腕が無造作極まる動きで鎧オークを縦に切り裂き、クルリと背を向けた。


「ブ、ブヒ?」


 あまりに呆気ない幕切れに、裂かれたオーク自身が理解出来ていなかった。


 恐らく首を傾げようとしたのだろう、リカの五つの爪で六つにスライスされたオークの頭部が、鎧の中でパタパタと音をたて横に落ち、そのままオークは地面にひっくり返った。そこで初めて体が切られたことを理解したように大量の鮮血が、オークの裂かれた鎧の隙間から噴きだした。


 あまりにも呆気ない幕切れに、その場の全員が声もなく立ちつくしていた。


 しかし、そんな中、動いていた者がいた。

 それは第二段階へと姿を変えたリカに怯え、リカから逃げていたもう一体の傷ついた鎧オークだった。



        ※※※※※※※※



 傷ついた鎧オークは、自分と同じ鎧を着たオークが兄であることを知っていた。


 そして今、その兄がさっきまで自分を嘲笑し近づいてきていたリカの標的となっていることも知っていた。


 絶対殺されるのが分かっていながら、傷ついた鎧オークはそれを助けるではなく捨て石にした。

 それほど、鎧オークは悔しかった、そしてあのリカを見返してやりたいと思い動いていた。


 オークは今まで、どんなモノにも怯えたり恐怖したことのなかった。


 集落において自分と互角かそれ以上だったのは兄だけだった。しかし、そんな兄とさえ、ある時を境に本気でやり合えば負ける気がしなくなった。それだけ自分に自信があった。逆らう者も意見する者もいないほどに。自分は最強であり、周りは自分に怯えて生きていくのだと確信していたのだ。


 それがどうだろう。


 自分は初めて恐怖を知ったのだ。今まで一度だって自分が殺されるだなんて微塵も考えてなかった自分が、心の底から相手に恐怖したのだ。その者が近づいて来た時は、何も出来なかった。ただ、相手が一歩前に出ると、自分はその分後ろに下がるだけ。おどかそうとも攻撃をしようとも頭で微塵も考える余裕がなかった。ただただ、自身の中の恐怖に体を支配され、恐怖の対象である女の間合いに押されるように下がるだけだった。


 そんな自分が恐怖した女が、突然自分から目を逸らし、まるで自分のことがどうでもいいかのように、走り離れていったのだ。


 最初は助かったと安堵した。全身から流れ落ちる気持ち悪い汗も、その時は生きている証拠なのだと実感出来た。


 しかし、それも一瞬だった。


 恐怖の対象が自分から離れた時から、自分の心の中で少しずつ芽を出してきた感情があった。


 それは嫉妬と羞恥だった。


 今まで無敵だと思っていた自分のチカラの、さらに上をいくチカラの持ち主に対する嫉妬。そしてそんな相手に何も出来ず怯え、いなくなってホッとしてしまっている自分に対する羞恥。


 その二つの感情が膨らみ、傷ついたオークの頭の中で怒りの火が灯った、撤退という行動を完全に消し去り。


 自分が、今までの自分としての威厳を取り戻すためには、自分に恐怖させたあの女がひざまずき泣き崩れる様を、自分の真っ赤な瞳で見ないといけない、と思ったのだ。


 そこまで思い至れば、後は体が自然と動き出した。

 どうすれば、あの女が一番苦しむのかを理解して。


 全員に気付かれないように動く傷ついたオークの視界の片隅で、同じ鎧を着ていた兄が、自分に恐怖を植え付けた女に切り殺されたのを視界の端で見て、やっぱり兄貴でも勝てなかったかと、冷静に受け止めた。


 しかしそれさえも他人事だとばかりに、オークの視線は一点の人物に向いたまま、動いていた。

 その人物は、先程兄が地面を打ち、破片を飛び散らしたときにケガをしたエルフの少年だった。


 女の爪によって付けられた自身の傷が致命傷に近く、歩くだけで焼けるようにズキズキと痛むが、その痛みすらも今は恨みへと変換していく。


 オークは女に気付かれず、――いや、その場にいる女の仲間達全員に気付かれずに、背に鳥の羽を付けた赤髪の少女に抱き抱えられるエルフの少年の元へと向かっていった。


 あと数歩、それだけの距離で手に持つ大斧があの女の一番悔しがる結果を生み出せる所へと来ていた。

 しかし、後数歩の位置で問題が起きた。


 少年を抱き抱える鳥の羽を背中に生やした赤髪の少女、そのぴんっと飛び出ている俗称アホ毛なるものが、まるで自分を指し示すようにピクンピクンと動いたのだ。


「んんっ?」


 アホ毛の持ち主である少女が、自身の毛の反応に太ももで寝かせている少年に向け心配そうに俯けていた頭を上げた。


 二人の目が合い、数秒の沈黙。


「「…………」」


 そして……、


「ブヒフィフィフィフィフィ――――っ!」

「ぎゃああああああああああ――――っ!」


 オークと少女が同時に声を張り上げた。


 興奮し、どうしていいのか分からず叫びながら首を左右に大きくフリフリする少女に対し、傷ついた鎧オークは後数歩分を踏み出て大斧を振り上げた。


「ぶひ」


 ――――俺の勝ちだ――――

 歓喜を口にするオーク。


 これで俺を馬鹿にしたあの熊女に仕返しが出来た、と確信しオークが斧を目一杯に振り下ろす。


 ザッ


 肉を切り裂く音と感触がオークの手に届いた。


 ただそれは、あまりに高い位置だった。


 オークが狙っていた対象は、地面に横たわる傷を負った少年だった。もっとも途中で抱き抱えている鳥系の少女も一緒に斬り殺す予定ではあったが、それでも切り裂く手応えがあるのは、自分の腰から下のはずだった。


 しかし、実際の手応えは自身の胸の辺りだった。


 振り下ろした大斧は、手応えから三〇センチの位置で止まっている。

 視線の先にいる、目を見開いて自分を見ている少年には届いていない。


 オークは再度チカラを込め大斧を下へと動かそうとする、しかしそれより先オークの持つ大斧は下へと動かなかった。


 見つめる少年の顔に赤い血が数滴垂れたのが見えた。


「悪いですわね、この私がいるのにロンシャン様に手出ししようとは、本当に浅はかでしてよ」


 突然の正面からの声に、オークはギョッとなった。


 勝ち誇っていたオークの視界が、地面の少年から正面の光景を捕らえる。

 目の前には女がいた、自分を恐怖させた女が。


 体が再度、自分の意思に反して震えだす。


 ドクリと一度、オークの心臓が跳ね上がるが、よく見れば女は防御にだした右腕がほぼ肘から下を綺麗に失い、自分の振り下ろした大斧の勢いが、それでも止まらず刃を右肩から胸近くまで埋めていた。


「ぶ、ぶひ?」


 それがどういうことかオークが理解するより先、目の前の女が動いた。


「あなたはもう消えなさいな」


 振り上げた女の左腕が、オークの首筋から胸に掛けてを撫でる。

 新しくもたらされた傷の痛みに、オークは手に握っていた大斧を手放し、振り向き走り出した。

 これは致命的だと、これは死んでしまうと、再度の恐怖を体が思い出し。


 一目散に走り出したオークだったが、背後から鋭い声が聞こえた。


「ピアッシングランスッ!」


 声と同時に、背中を五発の鋭い針のような攻撃が鎧越しに与えられた。鎧を貫かれることはなかったが、オークは大きく前へとつんのめることになった。


 そこへ岩の腕を持つ女性が側面から、「はああぁぁっ」と気合いの言葉を発し、見事な捻りを利かせ拳を繰り出してきた。


「発頸ッ!」


 自身の体がふわりと宙に浮いたような感覚がした。しかしそれも一瞬のこと、一気に体の中を突き抜けてくる衝撃に合わせて、体が横に吹き飛び、大きく城壁に突き刺さった。

 その衝撃に、元々の傷の深さもあいまり、体中の傷口から一斉に残っていた血液が飛び出していく。


 それでも、辛うじて生命の活動を維持していたオークが目にした光景は、髪を深緑色の蔦へと変えた幼女に目一杯の力で投げられた、なんとも平凡な皮鎧を纏った男の突き出す直剣だった。


「ぬあああああぁぁぁぁッ!」


 男の渾身のチカラで突き出された剣が、ズブズブと自分の纏う鎧、その切り裂かれ剥き出しの首元部分にめり込む感触を感じた時、オークは今生最後になるであろう光景を目に写した。


 それは自分を突き刺しトドメを刺した相手でなく、自分に初めての恐怖を与え、今は当初その女の悔しがる様を見るために殺す予定だったエルフの少年に抱き抱えられている虫の息の女。


 その女の姿を見て、


 ――へへへ、やっぱり俺が最強だぜ……。


 自身の誇りを取り戻したオークは、そのまま息絶えた。



        ※※※※※※※※



 ジンタは目の前で絶命した鎧オークから直剣を引き抜いた。それから血が滲むほど強く唇を噛みしめ、走り出した。強敵を倒した喜びより、瀕死の大切な仲間を助けるために。


 向かう先に、みんなの悲鳴や必死で名前を叫ぶ声が、痛く耳に飛び込んでくる。


 血塗まみれのリカをマスターであり家族でもあるロンシャンが抱きしめ、必死にヒールをかけながら名前を叫んでいる。


 その隣では、わんわんとリゼットが「誰か助けて、リカを助けて」と泣き叫んでいた。


 ラーナは口の端に一滴ひとしずくの真っ赤な血を流し、ジンタと同じように唇を噛みしめていた。


 あーちゃんが、自身のヒール効果がある葉を何枚もイヨリに渡している。


 イヨリはあーちゃんの葉を自身で咀嚼し、噛み砕いた葉のエキスをリカに口移しで与えている。


 ジンタのマスターであるミリアは、悲しみに泣き出し崩れ落ちそうになるのを、自分自身できつく抱き締め、範囲強化魔法を途切れさせまいと必死に堪えていた。


 みんなの元に到着し、ロンシャンに抱き抱えられるリカをジンタは直視した。


 元々真っ赤なドレス風の服は、リカ自身の真っ赤な血でいつも以上に赤く染まり、鎧オークの大斧で受けた右肩から胸にかけての傷からは、ロンシャンのヒールとあーちゃんの葉の効果を持ってしても、いまだ傷を塞ぎ切れず大量の血を地面に流していた。


 その状況が何を意味するのか、ジンタとて理解出来ていた。

 唇だけでは足りず、ジンタは自身の両手をもきつく握りしめた。


 そんな中、ふっとリカの目が開かれる。

 全員が嗚咽すらもひそめ聞こうと静まる中、リカの口がゆっくりと動く。


「お、お怪我はございませんか、ロンシャン様……」


 リカは大量に流れ落ちた血液のため、いつもは血色の良い白い顔が蒼白に、真っ赤な唇が薄青に色を変えていた。


「大丈夫、僕は大丈夫だから。――だからリカも、リカも大丈夫なんだろう?」


「ええ、ええ、それは、もう、わたくしはいつでもロンシャン様を見守っていますから……」


「リカ! 何言ってるんだよ。見守るんじゃないだろう、守るんだろ! これからも守ってくれるんだろ?」


「ええ、そうですわ、ね……」


 開いたリカの黒茶色の瞳の光が、徐々に輝きを失っていく。


「リカ! リカッ!」


 虚ろになりかけていくリカの瞳と、小さく震えているように動く唇。この世界から遠ざかろうとするリカをロンシャンが必死で揺さぶり連れ戻そうとする。


「そ、そうだ!」


 ロンシャンの揺さぶる手がピタリと止まる。


 必死なロンシャンの、涙を流し見開いたままの金の瞳がくるりとミリアへと向く。


「ミリアちゃん、ハイヒール。君は確かハイヒールを使えたよねっ!」


 全員の目がミリアへと向く。

 微かな希望と救いを求めて。


 震えていたミリアの体がビクリと跳ね、固まる。


「ロンシャンっ!」


 今にも掴みかからんほどのロンシャンと、固まるミリアの間にジンタは立った。


「それはダメだ、ミリアのハイヒールは――――」


「でも、今はそれ以外っ!」


「ダメだっ! ミリアじゃ一人に対してのハイヒールは使えないっ!」


 ミリアの魔力は無尽蔵に膨大過ぎるチカラ。制御するといっても完全には制御が出来ない。しかも失敗すれば、掛けた対象は間違いなく回復過多により肉体が破裂してしまう。それは死にゆくリカにトドメを刺す行為、もしそうなった場合、今度はミリアがその責に押し潰されてしまう。


 微かな可能性に掛けるにはあまりにリスクが大きすぎる、ジンタもそれは認められなかった。


「じゃあ、じゃあリカは……、リカはもう助けられないんですか! 何とか、何とかして下さいよジンタさんっ!」


 悲痛な、自身の剥き出しの心の叫びをそのまま叩き込んでくるロンシャンに、ジンタは何も言えず俯いた。


 重く静まり返るその場に、嗚咽する声だけが響く。


 誰もが、自分の頼りなさと悔しさに打ちひしがれる中、ジンタの背中から声がした。


「はぁやれやれ、会わなくなってたった三ヶ月程度だが、君達はどこにいても目立つんだな、恐れ入ったよ」


 諦めに重くなっていたジンタの心は、その聞き覚えのある声に一縷いちるの希望を見つけた。

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