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戦闘

 リカが大斧を軽く押し返すと、鎧オークはその場でたたらを踏みバランスを崩した。


「あら、ごめんあそばせ」


 リカは礼儀正しくそう言い、さらに二歩ほど前へと進み右手の爪を斜めに振るった。


 シャッと鋭い音を響かせ、腕はなんの抵抗もなく斜め下へと滑る。

 目の前の鎧オークを見れば、腕が通った後を五本の爪痕が残り、しっかりと分厚い鎧を切り裂いていた。


「あら? これでもまだ鎧の下まで辿りつけませんでしたのね」


 言いながらリカは今度は左腕を持ち上げる。


「それなら……」


 クイッと左手の指を、第二関節辺りから曲げ、


「これぐらいでどうかしら?」


 軽くチカラを込めるように爪に意識を向ける、ぐぐぐっと爪がさらに十センチほど伸びる。


「ブ、ブヒッ」


 豚の鳴き声そのままの声を発する鎧オークに、今度は左手から斜め下へと腕を振るう。


 抵抗なく切り裂かれたオークの鎧の下から、真っ赤な血があふれ、それが鎧の奥から押し出されるようにぼたぼたと地面にこぼれ落ちていく。


 リカはここで初めて、自身の新しく変化した両手を見つめた。


 予感なんてものは一切なかった、ただ欲した、無心に誰にも負けないだけのチカラを、どんな重い攻撃もはじき返し、どんなモノも切り裂けるだけのチカラを欲した。それは自分より圧倒的な力を持って迫り来ていた鎧オークの大斧を見ていても揺るがなかった。伸ばした種族大熊の右腕に相手の大斧が触れた瞬間、体の中心、自身の獣人石がある胸元が一気に加熱した。焼けた石のように熱くなった胸の中心にある獣人石の熱量は抑えきれない勢いをそのままに、今度は体中を駆け巡った。特に獣人化で大きく変化している両腕は細胞の芯までその高熱が伝わり、纏わり付き、焼けるほどの熱量をリカに感じさせた。


 普段から、自分の獣人化した地面にまで届くほど長く大きなクマの両腕を意識したりはしない、それは自然なことなのだから、が、それが獣人化前までの人化の形に成ったのもまた意識したわけでなく、直感で理解していた。


 触れていた大斧の感触が一度消え、人化の腕に成り再度触れた瞬間、リカには今まで脅威だったその大斧が、まったく脅威と感じないほどの自信を得ていた。


「ブ、ブヒッ!」


 震える声で鳴くオークの声が、リカの意識を現実に戻す。


 オークの赤く光る目が動揺に激しく揺れている。その目は、いつもリカが見てきた相手がリカと対峙した時に見せる畏怖の目だった。


 リカは笑みを浮かべた、


「そうですわ、それこそがあなたが私に見せるべき本来の顔ですわ」


 圧倒的なチカラと余裕を持ち、何時ものように両腕を軽く広げ構えるリカ。


 そこに、


「「「リカさん!」」」

「「リカ!」」


 聞き慣れた家族と友人達の声が聞こえてきた。




「リカさん、その腕はもしかして……」


 イヨリが全員の代わりに代弁する。


「あらイヨリさん。私、ついにあなたを越えてしまったようですわよ」


 おほほほ、とイヨリに振り返り、口元に手を当て笑うリカ。


「じゃあやっぱり、それは進化?」


「いえ違いますわ。恐らく第二段階ですわね」


 ジンタの問いに、リカはもう一度自身の手を見つめ答えた。


「リカ、やっぱりそれは第二段階なんだね」


 ジンタ達の後ろからロンシャンが言えば、


「リゼットもリカからすっごいチカラを感じるよ! リゼットの獣人石もなんかすっごく熱いよ!」


 あーちゃんと一緒に、セイレーンへと獣人化し武器であるパチンコを使いロンシャンとミリアを守っていたリゼットも言う。


「まさか、この場面で第二段階になるなんて――、ほんとにリカは……」


 安堵と呆れが半々に混ざった震える声のロンシャン、その目が潤む。


「ご心配をお掛けしましたわロンシャン様。しかしこれでもう大丈夫ですわ。私がこれからもロンシャン様をずっとお守り致しますわ」


 うやうやしいお辞儀をロンシャンにしてみせる。


「リカ殿、そろそろこの鎧オークを――」


 全員の前に立つ、傷ついた鎧オークからずっと目を離さず警戒していたラーナが緊張の限界だとばかりに口を挟む。


「ええ、そうですわね、そろそろ終わりと致しましょうか」


 ふぁさっ、とウェーブの掛かった自身の肩甲骨下辺りまである長い髪を、獣人化した腕の仕草で背中に流し、リカがみんなに背を向けオークに向いた。


 ジンタが警戒を解いていたわけではないが、再度大きく息を吸い込み武器を構え気を張り直す。

 それに倣うように、少し離れ立つイヨリと後方のロンシャン、リゼットとあーちゃん、そして戦場全体の味方にスピードの範囲強化をしつつ、範囲から洩れている味方を探し追加することに意識が向いて、無口になっているミリアもこちらに幾ばくかの意識を向けた。


「さあ、来なさいな」


 再度緩やかに両腕を軽く広げ、リカは傷ついた鎧オークに声を掛ける。


「グ、グヒ……」


 なんとも情けない声をだすオークに、


「来ないのですか? ではこちらから」


 優しい声でリカは言い、一歩、また一歩と前へ足を踏み出す。それに合わせるように、一歩、また一歩と後退るオーク。


 一定の距離をキープしたままの二人。


 二人を中心に、辺りの戦闘は遠ざかる。まるでそこが最後の戦いのように。



        ※※※※※※※※



 一進一退に一歩ずつ動き、遠ざかる二人が、ジンタ達から一定距離空いた。


「うぼぼぼほほほほほほおおおぉぉぉ――――――っ!」


 そこに奇怪な雄叫び(ジンタには喜んでいるように聞こえた)をあげながら、上からズンッと何か大きなモノが降ってきた。


 地面が一瞬激しく揺れ、ジンタの体が軽く宙に浮く。


「な、なんだっ?」


 あまりに突発的な非常識さに、ジンタは間抜けな声を上げる。


「ジンタさんッ!」


 イヨリから切羽詰まった鋭い叫びが聞こえ、ジンタは咄嗟に盾を構えた。


 ゴッッ!


 直後、横からの尋常ならざるチカラが構えた盾の外側からジンタの体を軽々と吹き飛ばした。


「ぐおおおおぉぉぉっ!」


 あまりの衝撃に、踏ん張ることも出来ず一気に宙に浮いて吹き飛ばされ叫ぶジンタの体を、イヨリがガッチリと受け止める。


「大丈夫ですか?」


「ああ大丈夫、踏ん張る間もなく吹き飛んだから、かえって無事だった」


 言葉を返し、チカラがまったく入らないほど激しく痺れる左腕と、鉄板を切り取ったような五角形の盾が微かにとはいえ外にひしゃげているのを見て、自分が切られようとしていたことをジンタは理解した。


 瞬間、心臓がバクバクと急速に早く鳴リだし、全身が一気に冷や汗に濡れ、体が激しく震えだす。


 落ち着け落ち着け大丈夫だ、と内心で自分に言い聞かせる。


 目の前には、リカがトドメを刺そうとしている鎧オークと同じ格好をした、大斧を持つオークがいた。


 その大きな姿と先程の衝撃が、ジンタの脳と体に恐怖を植え付け、ジンタは払拭しきれずにいた。


「私があいつを抑えます」


 いまだ震えが抜けきれないジンタの前に、イヨリが出る。


「……イヨリ」


 自分の安堵した声、


「大丈夫ですよ、ジンタさんは私が守りますから」


 顔だけをジンタに向け、イヨリが優しく言う。

 イヨリのその顔にも、緊張しているのがありありと浮かんでいる。


「くっ……」


 イヨリの優しい言葉、それに安堵している自分がいること。ジンタは初めてそのことに気付き、いつもこうやって助けてもらえると甘ったれた考えを持っていたことに、自分に対して怒りを覚えた。


 イヨリだってさっきいっていた。自分でも抑えきれるかどうか分からないと。それほどの相手だと。

 それなのに俺は大丈夫と、イヨリなら絶対に何とかすると、勝手に決めつけて安堵している。イヨリだって必死なのに。


 ジンタは、武器と盾を手放し、小刻みに激しく震えて動かない足を何度も叩いた。


 ――動け、動け、と。



        ※※※※※※※※



「イヨリさん! 少しの間そいつを抑えていて下さいな」


「分かっています!」


 近くに、マスターであるロンシャンもいることで、焦る声を上げるリカがイヨリに頼んできた。

 イヨリも、ジンタやミリア、あーちゃんやリゼットを守る為に、新しく現れた鎧オークの前に立ちゴーレムの両腕を構える。


 先程、突如城壁の上から現れたと同時に振られた大斧。ジンタが自分の叫ぶ声に一瞬早く盾を構えたことにより、致命傷へとならなかったことに安堵しているも、あの攻撃力は今の自分でも抑えきれないと直感で分かっていた。


 どう動けば良いのか、どこまで動かずに間を持たせればいいのか、いつもチカラの主導権を握って戦いをして来た自分からすれば、ほぼ初めてに近い経験だった。


 体中にいつでも動けるように気を張り巡らし、いつでも飛び出せるように幾ばくかカカトを浮かせる。


「グガガ」


 鎧の頭部分の中から輝く赤く光る目が、楽しむように歪む。


 同時に、手に持つ大斧を持ち上げ、オークは振り下ろした。


「ハァッ!」


 振り下ろされる大斧、それが小手調べの軽い攻撃だと分かったイヨリは、逆に渾身のチカラを込め、大斧の側面を叩いた。


 ゴンッと激しい衝突音を響かせ、イヨリに向かって振り下ろされていた大斧が九十度で横に弾かれる。それはつまり、鎧オークの正面ががら空きになっている証拠でもあった。


「ハアアァァァッ!」


 そんな大きな隙をイヨリとて見逃さない。


 ッズン! 


 右足を地面に根付かせるほど強く踏み込ませ、その反動で体中に戻って来る踏みしめた大地のチカラに自身のチカラと溜めていた気を上乗せし、今自分が放てる渾身の右拳を鎧オークの胸板に向け、一直線に叩き付ける。


 ッッッッッドン!


 重く鈍い衝撃音を響かせ、イヨリより一回り大きい鎧オークの体が一直線にカナンの城壁にぶち当たる。


 城壁が激しく揺れ、もうもうと辺りを煙らせる。


「グ、グガッ、ゴ……」


 舞い上がった土埃が消え、強固な城壁に体をめり込ませ苦しげな声を上げる鎧オークの胸元には、イヨリの叩き込んだ岩の拳痕けんこんが、見事に刻まれていた。


「くっ!」


 まだ動こうとする相手に、イヨリは反応し動いた。


 近づき、振り上げた拳を相手の強固な装甲の顔面に叩き付ける。

 二度、三度、と振り下ろす岩の拳。

 らしくない、恐怖に突き動かされたように殴り続けた。


 鎧オークは、イヨリの拳が当たる度「ガッ」「ゴッ」と声を上げる。


 そしてイヨリが岩の拳を六度目叩き付けようとした時、


「ガアアッ!」


 やられるままだったオークが叫びを上げ、右手に持っていた大斧を横に振り回した。


「イヨリっ!」


 ジンタの叫ぶ声に、ハッとなる。


 拳の振り下ろし途中、避けられない見事なタイミングになってしまったオークの大斧にやっと気付く。


 しかし、間に合わない。


 あまりチカラの入っていない攻撃だが、防ぐ手段がまったく見当たらない。

 イヨリは痛みに堪えるように目を強く瞑った。

 振られる斧のタイミングに合わせ体にチカラを込めるも、その痛みが訪れない。


「あーちゃんナイスだよ!」


 ミリアのあ―ちゃんを褒める言葉に、イヨリは目を開いた。


 迫っていた大斧に、深緑色の蔦が何重にも巻き付けられ、ピーンと張られていた。

 目で追うまでもなく、その蔦があーちゃんによるものだと気付き、


「あーちゃん、助かったわ」


 心の底から安堵し、お礼を言った。


 一足飛びにイヨリがオークから飛び退き、距離を取る。


「あーちゃん蔦を離すんだ!」


 ジンタの切羽詰まった叫びに、イヨリがあ―ちゃんにもう一度目を向ける。


「んぐぐぐぐぐっ」


 渾身のチカラで蔦の髪を引っ張り、大斧を持つオークとチカラ比べをしているあーちゃんの姿が見える。


「ダメッ! あーちゃん蔦を離しなさいっ!」


 イヨリも叫ぶが、あーちゃんは顔を真っ赤にし、必死に引っ張り踏ん張る。


 あーちゃんには戦いのセンスがあった。それはイヨリにも分かっていた。

 しかし、どんなにセンスがあっても、いまだ戦闘の場数はなく、その強気な性格も相まって引くことを知らないのだ。


「くっ!」


 イヨリは、動き出そうとするオークに向け一歩を踏み出そうとした。

 しかし一瞬遅かった。


「ブフォオッ!」


 オークは叫び、あ―ちゃんの蔦ごと大斧を横に振り回したのだ。


「ぬおっ!」


 変な声を上げ、一気に足が地を離れたあーちゃんの小さい体が見事に宙を駆けた。


「あ―ちゃんっ!」


 受け止めようとしたが、イヨリの岩の手は宙を掴みあーちゃんに届かない。

 遠心力で勢いを増し、城壁に振り回されて行くあーちゃんにイヨリは再度目を瞑った。


 ッドン!


 叩き付けられる音が響く中、


「おぉ~~、ジンさありがとう」


 あーちゃんの感謝の言葉が聞こえた。


「へ?」


 ゆっくりと目を開けたイヨリの視界に、あーちゃんを包み庇うように壁に挟まれたジンタの姿があった。


「ジンタさん!」


 あーちゃんの無事にホッとしながらも、挟まれる形になったジンタを心配するイヨリだったが、


「あーちゃんもすごいな、まさかあの咄嗟で、俺の後ろに蔦をバネのように置いて衝撃を吸収させるなんて……」


 ジンタの感心した声が、驚きと今度こそ完全な安堵を呼び込んだ。


 ホッとしたのもつかの間、ゆっくりと上体を起こす鎧オーク。

 そのゆったりとした動作と姿に、イヨリはオークの怒髪、天を衝くを見ていた。

 完全に立った鎧オークを見て、これからが本当の戦いになるとイヨリは覚悟した。


 立ち上がったオークは、一度大きく息を吐いた。


 その息は白く、夏場前のこの時期にしてまるで冷やされ吐き出された吐息のように白くオークの分厚い鎧顔の前で舞った。


 それが相手の今の心境なのだとイヨリも理解していた。


 オークの一挙手一投足を見逃さないよう構えるイヨリの前で、オークの赤い目がニッと笑ったように動いた。


「え?」っとイヨリが呟き掛けた瞬間、オークは大斧を両手でしっかりと握り大上段に構えてた。


 何を? と思った時には、オークはグッとチカラを込め大斧を振り下ろしたのだ。何もない地面に向かい。


 その行為に何があるのかを知った時、イヨリは構えていた両腕をクロスさせ、防御に回しつつ叫んだ。


「皆さん伏せてッ!」


 と。

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