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挑発

「イヨリ、リカさんとラーナはどうしたんだ?」


 ジンタとラインが最前線であるイヨリの元に辿り着いた時、そこにリカとラーナの姿ははなかった。


「それが……」


 言葉を詰まらせ、どうしましょうと目で訴えながらイヨリがゴーレムの指を一点に向ける。


 ジンタはその方向へと目を向けた。


 混戦する戦場の中、敵軍の中央を切り裂くように突き進んだジンタ達から見れば左方向、カナンの街の城壁側に向かいリカとラーナの二人は突き進んでいた。


「一体あの二人は――――」


 言い掛けたジンタの視線は、二人の進行方向上にいる一体のオークを捕らえた。


「あれって、ロンシャンの言っていた……」


 ジンタは、数日前東砦から逃げて来た時に、ロンシャンが語った砦陥落の際に見た凄まじく強そうなオークの話を思い出した。


「そうなんです、鎧を纏ったオークです」


「二人はあれを倒しに?」


「はい、あのオークは自分達で倒すと言って……」


 言葉を詰まらせるイヨリに、ジンタの隣に立つラインが代わりに答える。


「あれはかなりヤバいぜ……」


「あ、ああ……」


 ジンタから見ても、あれは他のゴブリンやオークとは纏う雰囲気が違うと分かった。


 それはジンタ達が見ている間の戦いっぷりからでも分かった、勢いに乗って向かって行く数人の先輩方、その先輩方の攻撃をなんなくその鎧ではね除け、手に持つ大斧で切りつけていくオーク。


「いくらリカさんでもあれをラーナと二人で相手にするのは……」


「はい、それともう一つ、あっち側も――」


 イヨリがもう一方、今度はカナン城壁側へと向かうリカとラーナとはほぼ正反対、つまり街から離れた森側方向へと指差す。


「ミトと松? あの二人は一体――」


 言い掛け、今度も二人の先へと視線を動かし見てジンタはまたも言葉に詰まる。


「あれもまずいな、あの態度と装備、ありゃあどう見てもオークの偉いヤツじゃないのか?」


 再度ラインが、口をパクパクさせてるジンタに代わりに答えた。


「あのままじゃ、お前さんの仲間達かなりまじいぞ、どうするよ」


 さすがに焦りながらラインが聞いてくる。


「どうするって、一番はみんなを呼び戻すのがいいけど……」


 どう対応していいのか困りかねているジンタ達に対し、答えは背後から届いた。


「僕達とミリアちゃん達でリカとラーナの方へ行きましょう」


「私達とエルファス達で松とミトさんの方へ行きますわ」


「ライン、僕達はこのまま直進して相手を完全に分断させるよ」


 ロンシャンとベンジャミン、そしてこの戦いにおいて総合的リーダーであるカインの声に、迷い悩んでいたジンタも頷いた。




「すいません、うちのリカとラーナが勝手なことをしてしまって……」


 リカとラーナの後を追いながら進むジンタとイヨリの背後からロンシャンが謝る。


「いや、動いてしまったことはもういいんだけど、それより何時もロンシャンを第一に考えて行動しているはずのあのリカさんが、最近ロンシャンを見ずに突っ走るのは一体どういうことなんだ?」


 ジンタがここ二戦のリカの行動、そのらしくない行動について尋ねた。


「それは……、僕達がジンタさん達のいた南東の砦まで逃げる際、何度も襲われている仲間を見捨てて逃げたんです。何度もリカは助けようとしていましたが、僕はそのほとんどを止め続けました。助けてる間に僕達家族の中の誰かが討たれるかもしれないと言って……」


 砦を逃げてきた時、へとへとになったロンシャンからも聞いてはいたが、今はその時以上に辛そうに口にするロンシャンの話を聞いて、ジンタにもロンシャンのその時の苦渋と、もっと別の言い方、やり方があったんじゃないかと今でも考え続け後悔している気持ちが伝わってくる。


「リカはあまり口にはしませんが、優しいんです。人一倍プライドが高いのと同じぐらい、いやそれに負けないほど優しくすべてを守ろうとするんです。だから、あの時助けられなかった仲間達のこと、そして僕が引き止めてしまったことより、僕が引き止めなければならなかったほど、自分自身が弱いことが許せなかったんだと思います。だからあいつ、――あの鎧を着た大きなオークを倒して、弱い自分を少しでも返上して仲間の敵を討ちたいんだと思います」


「…………なるほど、な。でも、だからって、一人で、いやラーナと二人でって言うのはちょっと肩肘張りすぎなんじゃないか」


「ええ、そうですね。ほんっとうに、こういう時ほど何時ものように高飛車で余裕に振る舞って、偉そうな命令口調で指示を出してくれればいいのに……」


 ジンタの言葉に相づつイヨリの言葉には、どこか心震えている感があった。


「とりあえず、そういうことなら急がないとな」


「「はい!」」


 前へと進む速度を上げ、剣を振り道を作っていくジンタに、ロンシャンとイヨリが強く頷く。



           ※※※※※※※※



「――やっと、会えましたわね」

「いざ、勝負を願います」


 ジンタ達が必死に二人を追い掛ける中、リカとラーナは大柄な鎧オークの元に辿り着いていた。


 リカは、自身の大熊の両腕を気持ち広げて構え、ラーナはラミアである下半身の蛇部分を支えられるギリギリの部分まで真上に押し上げ、大型のランスを構える。


「グアッ!」


 先程から幾度となく向かって来る雑魚の敵だと言わんばかりに、無造作に大斧を薙ぎ、切り倒そうとする鎧オーク。


「フンッ!」


 リカは、自身より一回り以上大きな鎧オークの攻撃を、目一杯に大熊の腕を振り、最大に伸ばした爪で引っかけ押し退ける。


「ハッ!」


 大斧を大きく弾かれ、胸前をさらけ出す鎧オークに、三メートル級の高さから見下ろす位置のラーナが、ランスで突き刺す。


 ガンッガンッガンッ


 鋼鉄同士を叩く音が響き、ラーナのランスが三度みたび鎧に弾かれる。


「なんて重量感と硬さのある鎧なんですかね……」


 打ち込んだから分かる鎧の強固さとその質量にラーナが声を震わせる。


「それならば貫けるまで切り裂くまでですわ!」


 リカが自身の左右の腕を大きくしならせ、鎧オークに斬り掛かった。


 ギシャッギシャッ!


 金属同士が擦れるようなイヤな音を響かせ、リカの両腕の爪がオークの鎧の表面をなめていく。


「まだですわ!」


 ×(バツ)字に振り抜いた左右の腕を交差させたまま、返す腕でもう一度×(バツ)字に切り上げる。

 再度響く金属が擦れるような音と鎧の表面を滑る爪。


「このっ!」


 さらに上段から一気に左右の爪の真っ直ぐ振り下ろす。

 が、これもまた鎧の表面をなめていく。


「リカ殿、危ないっ!」


 ラーナの切迫した声と同時、リカは大きく後ろに飛んだ。


 フォンッ!


 さっきまでリカのいた位置、そこを鋭い風切り音が鳴り響き大斧が振り抜かれた。

 鎧オークの大斧が横に一閃されたのだ。


「まったくやれやれですわね」


 自身の爪に傷がないか確認しつつ、リカは呆れる。

 まさか、ここまで硬く強固な鎧だとは、さすがに想像出来ていなかった。


「これは厄介そうですね」


 上から突き下ろすランス攻撃を止め、移動力重視で動けるように下半身のラミア部分を地面に這わせラーナが隣に来る。


「ですが、こいつだけは私達が倒しませんといけませんわ」


 左右に腕を軽く広げる独特の構えを取りつつ、リカが答える。


「ええ、そうですねリカ殿」


 ラーナも大型ランスを小脇に付け、大盾を構える。とりあえずは一撃必殺ではなく、コンパクトに突き出せるように。


 目の前のオークは、全身を完全なフルプレートアーマーで武装している。

 しかもそれは、リカの爪もラーナのランスも余裕でダメージなく弾くほどの硬さと厚さをもって。


「とりあえず、こっちは手数で勝負ですわ」


 普段は、自分が一撃で相手を屠る側に立つリカが、しくも真逆となる言葉を口にした。


 大斧を振り回す鎧オークに対し、リカとラーナは一撃離脱の戦法を実行していた。

 いや、正確には、それしか出来なかったのだ。本気になった鎧オークの攻撃はそれほどまでに豪快かつチカラ強く、リカのチカラでもラーナの盾でも受けきれるモノではなかった。


 一撃、一撃、全力で振るわれるオークの大斧攻撃をギリギリで躱し、そこに生まれるわずかな隙に攻撃をする。


 普段のリカでは考えられない地道な攻撃方法、しかも、いつもほぼ一撃必殺に近い自身の攻撃はすべからく分厚い鎧に弾かれる。


「なんなんですのこいつの鎧は、ほんっとイライラしますわ」


「短気はダメですよリカ殿」


「分かってはいますわ、しかし――」


 相手の力任せで大ぶりの一撃が、当たってもいない自分の精神力と体力をごっそりと持っていく。

 リカに取ってそれは、イヨリと対峙した時以上の感覚だった。


 ――ミトさんがよくおっしゃってたわね「一撃で自分を終わさられるだけのチカラを持ったヤツの攻撃を躱し続けるのが一番キツいぜ」と。今まで確かにそうかも知れませんわ程度に思っていましたが……、今はわたくしにも、その言葉の意味がよ~~く分かりましたわ。まさかこれほどまで体力と気力を持っていかれるとは……。


 玉のように溢れる汗を拭うこともせず、リカは荒く息を吐く。


 そこに、


「ぐ、ぐぎぎ――」


 不快極まる声が、リカの熊の耳に入り込む。


 ――今のはこいつの声?


 分厚い鎧に針ほどの穴が幾つも開いた、ちょうどオークの目の位置だとを思える場所を見たリカは、その穴の奥に赤く光る目を見た。


 ――私が、この私が笑われた? この豚のような……、いやこの豚にっ!


 直感なのか、それとも仕草なのか、オークの声の意味をリカは一瞬で理解した。


 そのあざけりを浮かべるようなオークの目と姿に、リカの全身がカァ――――ッと熱くなる、体中の血が一気に沸騰し、頭へかけ上った。


「――ふ、ふ、ふざけるんじゃありませんわっ!」


 ウェーブがかった茶色の髪が、内心から溢れる燃えたぎる熱気で逆立つほどの怒りを露わにし、リカが一歩、オークに向け踏み出す。


「上等ですわッ! ここからは私も逃げたりしませんわッ! チカラ比べといきましょうか」


 リカがゆっくりと両腕を広げ構える。


「リカ殿ッ! そんな挑発に乗るの必要はありませんッ!」


 怒りでチリチリする意識の後方、そのずっと遠くの方から、ラーナの叫ぶ声が聞こえるもリカは止めない。


 ッズン! と勝ち誇ったように一歩を踏み出し、鎧オークが自身より一回り以上小さいリカに向かい大斧を水平に、横から切り裂くように構える。


「かかってらっしゃいな、この豚野郎」


 普段のリカからは到底考えられないきたない言葉、それが合図だった。


「ブヒッ!」


 オークの、勝ち誇った目一杯横に振られる大斧。


 それに対しリカは、獣人化した大熊の左腕、その伸ばした爪を大斧の進行上に置いた。


 ガシ――――――ンッ!


 凄まじい衝突音が大気を震わせ、辺りに爆音の如く衝撃波を響かせた。



           ※※※※※※※※



「リ、リカ殿――――――ッ!」


 まるで、全身を空気の塊で殴られたかのような衝撃を受け、前傾姿勢で顔を庇いながら、ラーナは前に立つリカの名を叫んだ。


 家族であるリカが、自分よりも優秀なチカラの持ち主なのはラーナとて知っていた。しかし、今そのリカの目の前に立ちはだかっている鎧を纏ったオークは、それ以上の、ラーナの予想出来うる以上の圧倒的チカラを有しているのもまた事実だった。そのチカラの前ではリカのチカラも及ばない、きっとラーナだけでなく誰しもがそう判断出来るほどに。そこまで圧倒的だったのだ、鎧オークのチカラは。


 だから、ラーナは戸惑っていた。

 今、ランスと盾を手放し両腕をクロスさせたまま目を瞑る自分、一瞬前の空気の衝撃が通り過ぎ、静寂が今はある。まるで台風が過ぎた後のように。


 後は自分が両腕を降ろし、目を開けるだけ。


 しかしそれが出来ないでいた。

 自分の頭の中に、ハッキリとした光景が浮かぶのだ。

 胴から真っ二つになったリカの姿が……。


 そしてそれは現実でも同じだと、脳が、体が、認めてしまっている。だから、目を開けられずにいた。


 長く、とても長く目をキツく閉じていた気がする。このまま次に振られるオークの斧で切られても当然なほど長く、それほどラーナは目を強く瞑っていたはずだった。


 しかし、


「あら、なんですの? 見かけ倒しも程々にして下さるかしら?」


 いつものリカの勝ち誇りどこか見下したような声がラーナの耳に流れ込んできた。


 幻聴だと、自分がそう思いたいと願っていたから聞こえたのだと、我が耳を信じ切れずにいるラーナに、


「ラーナ、いつまで目を瞑ってますの?」


 呆れたようなリカの声が、再度流れ込む。


「…………え?」


 いまだ信じられないラーナが掠れた声を漏らす。


「いい加減目を開けて下さいな、二撃目が来ますわよ」


 聞き終わるかどうかのタイミングで、再度さっき以上の突風の衝撃破が体全体を突き抜ける。


「あ……、あれ? あれれ?」


 次の衝撃はイコール自分の死、つまり自身が真っ二つだと思っていたラーナは、体全体にくまなくぶち当たった衝撃波の意味が分からず、目を瞑ったまま首を傾げた。


「ラーナ、いい加減に目をお開けなさいな」


 幾ばくかの苛立たしさを込めたリカの声。


「リ……、リカ殿ですか?」


 幻聴なのかと、ラーナはいまだ目を閉じ、信じられず恐る恐る口にする。


「声を聞いてお分かりなりませんの?」


 ハッキリとした返答があった。


「………………」


 思考が完全に止まった後、


「リカ殿ッ!」


 いきなり高速回転しだしたギアが、一気に繋がったような勢いでラーナは目を開け叫んだ。


「ちょっと声が大きすぎますわ」


 迷惑そうに眉根を寄せるリカの振り返った顔が、そこにはあった。


「リ、リカ殿……、本当に……本当にご無事なんですね? 足はありますよね?」


 上から下まで、ラーナは視線を動かしリカの状態を確認した。


「ちゃんとありますわ」


 しっかり答えるリカと、自分の目で見たリカの姿も相まって、ラーナにしては珍しく、情けないほどのか弱い女性の安堵の声を漏らした。



「ラーナ、まだ気を抜くのは早いですわ」


 リカに活を入れられ我を取り戻したラーナは姿勢を正し、気を持ち直しもう一度現状を確認する。


 そして気付いた。


「リ、リカ殿……その腕は……」


 ラーナの見つめる先には獣人化をしていない時の、つまりは人化の時のリカの腕があった。しかし、その腕は獣人化している時同様に大熊の光沢ある焦げ茶色の毛並みが生え、爪も伸びていた。


「ええ、どうやらこれがわたくしの第二段階の姿のようですわね」


 そう答えながらリカは、ゆっくりと右手の爪で受け止めていた鎧オークの大斧を押し返した。

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