新たな出会い
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「合コンー?」
混乱の内に終了した文化祭から半月程経った、水曜日のこと。
「そ!覚えてるでしょ?良子の彼氏。菅谷って言うんだけど、フリーのいい人集めてくれるって。みんな魁星の生徒だよ」
玉の輿にのれるチャンス!幹事の舞香は、深夜の通販番組みたいにおかしなテンションで青子を勧誘した。
「青子も行くでしょ?行くよね?この間、約束したもんね?」
断わりの台詞を口にしかけた青子は、舞香の強引な笑顔に出ばなをくじかれた。いつだったか、確かに、そんなような話を聞いた気がする。
「でもなあ……」
先日のダメージが抜け切っていなくて、遊びに行く気分になれない。あの日以来、来るはずのない電話を待ってしまうのが嫌で、スマートフォンの電源は切ったままだ。(龍太郎は無視だ)
いつもは忘れた振りをしていても、ふとした瞬間、突風のように襲ってくる寂しさ。我慢できなくなったら、青子は目を閉じて想像する。繰り返し、繰り返し。
もしもあの時、龍太郎との取引を断っていたら、今頃はどうしていただろう?
週末の度に、食材を山ほど買い込んで電車に飛び乗る。雨霧家の台所を磨いたり、庭の落ち葉を掃いたり、洗濯物を取り込んだりする。和子との料理教室も続いていたろう。餃子やケーキの作り方、ちゃんと教えてあげたかった。あまり触れ合う機会のなかった恵や、残りの兄弟達とも仲良くなれたかもしれない。
楽しい想像は青子を元気付けたが、一時だけのことだった。妬む心と高い美意識の狭間で揺れる。勝手に居場所をとられたような気分になって、それが思い込みだということに気付き、猛烈な自己嫌悪に陥る。もしも自分が百合絵に負けないくらい名家のお嬢様だったら、なんて考えて、死にたくなる。
「いいじゃん、行こうよぉ。この間の……蓮吾君?彼氏ってわけじゃないんでしょ?」
「夏休みくらいから青子、ぜんぜん遊んでくんないじゃん」
「そうだよ。付き合い悪いと、もう呼んであげないよ」
気乗りしない様子の青子に、舞香を筆頭とした友人達が食い下がった。彼女等の言う通りだ。長期休暇中は暇さえあれば雨霧家に入り浸っていたし、新学期がはじまってからはなにかと忙しく、友達付きあいは自然と疎かになっていた。
「……そんじゃまあ、行きますかな」
独りだと余計なことを考えてしまうし、良い気分転換になるかもしれない。青子は了承して、友人達を喜ばせた。「やっと頭数がそろった!」
次の日曜日、青子は付いてくると言い張る龍太郎に留守番をさせ、繁華街を目指した。
「アオコー」
待ち合わせ場所のファミリー・レストランには、本日の合コンの参加者である友人達が集まり、青子の到着を待っていた。
「ちょっと青子、補習に行くんじゃないんだからさー」
家政部部長の良子は青子の格好を上から下までチェックして、呆れた声を出した。チノパンにグレーのブラウス。薄手のカーディガンという地味な装いの上、髪は片側で一本の三つ編みにし、ごついフレームの伊達眼鏡をかけている。やきもち焼きの弟が選んだ、その名も虫除けコーディネートだ。「ま、いいから、いいから」
軽食で腹を満たすと、一行は街に繰り出した。
目新しさに溢れる街並みを、すれ違う男の子達を流し目で見ながら、自分が一番かわいいって顔して歩く。雑貨屋の店内に流れる流行のポップスを耳にしただけで、胸がドキドキする。こういう感じ、久しぶりだ。良かった。素直に楽しいって思える。
薬局で新発売の口紅を試して、ゲーセンでプリクラを撮って、無料券で一ゲームだけボーリングをして、古着屋を覗いて……小腹が空いたので、デパ地下でシュウマイとチーズを試食し、本屋で半時も雑誌を立ち読みすれば、あっという間に夕方になった。
「待ち合わせ、何時?」
「五時。そろそろ行こっか?」
青子達は本屋を出て、待ち合わせ場所であるカラオケ店に向かった。店の前では良子の、まあ悪くない顔の(失礼!)彼氏が、一行の到着を待っていた。
「遅い!……ったく。あれほど時間厳守だと言ったのに」
「ごめーん!ごめんね信ちゃん」
怒り心頭の菅谷に、良子は両手を合わせて平謝りする。舞香は青子に、小声で「信ちゃんだって」などと耳打ちする。
「もう。青子が肉まんなんか買ってるからだからね」
「だってー、食べたかったんだもん」
青子は途中のコンビニで購入した期間限定の四川風麻婆まんをかじりながら答えた。
「青子、リップとれてるよ」
「いいの。いいの」
どうせ最初っから人数合わせのつもりだし、今日の甚だしく地味な格好じゃあ、誰の目に留まるとも思えない。出会いを求めているわけでもなし、化粧が崩れていようが、なにしようが。
「珍しい名前。青子ちゃんって言うんだ」
引き立て役に徹しようと決めた青子だったが、どこの世界にも物好きはいるもので。青子は菅谷の友人だという男の一人に、のっけからちょっかいを出されていた。
「俺、桑田緑って言うんだ。なんか似てるね」
大きな眼球の周りを縁取るような深い二重瞼に、黒目がちな瞳。分厚くてふっくらした桜色の唇。短い前髪や太い眉は、健全で陰がない精神の表れ、という気がする。
「部活とかやってるの?文化部でしょ」
「一緒になんか歌おうよ。中田貝美紀わかる?」
「たこ焼きあるって。シェアしよう」
見た目通り、緑は社交的で、人懐こい奴だった。興味を持たれたくなくて青子が黙っていると、「大人しいんだね」などと勘違いされてしまった。
緑の質問をのらりくらりとかわしながら最初の一時間をやり過ごし、ふと周りを見渡せば、早くもカップルが出来はじめていた。狭い部屋に漂いはじめた桃色の空気に、青子はぎくりとする。
「私、ちょっとトイレ」
席を立ち、逃げるように化粧室に避難する。備え付けのソファに腰を下ろすと、やっと人心地が付いた。唇から深いため息が漏れた。
(なにやってんだろ……)
合コンなんて、やっぱり止めておけば良かった。心に思う人がいるのに、他の男子なんて目に入らない。青子のことを気に入ってくれている様子の緑にだって失礼だ。
そろそろ夜も更けてきたし、なにか理由を付けてばっくれよう。そう心に決めて化粧室を出ようとしたその時だった。
「ねぇ、待って」
背中から呼び止められ、青子は振り返った。
「あなた、前にエリュトロンにいたよね」
声をかけてきたのは、見覚えのない同年代の少女。長いまつげに縁取られた猫みたいな瞼に、生意気そうなつんとした唇。念入りに手入れされた爪はラメ入りのジェルネイルでコーティングされ、青子と同じくらいの長さの髪は、脱色もカラーリングもされず、真っ直ぐ背中に流れている。
「もしかして、龍太郎の?」
青子がたずねかえすと、彼女は少しためらって、ゆっくりと頷いた。思いがけず、青子は俄かに動揺した。
「あなたがいるってことは、龍ちゃんもきてるの?」
「ううん。今日は留守番してる。してます」
「……そう……」
残念そうな彼女を見て、青子はいらぬお節介を焼いた。「家にいると思うから、電話してみようか?」
「いいの。もう連絡しないように言われてるから」
「そっか……あの、気を悪くしたらごめんね。龍太郎とはどういう……」
青子は彼女の顔色をを窺うように見て、おっかなびっくりたずねた。様子を聞く限り普通の友達って感じじゃなさそうだし、もしかしたら龍太郎の被害者(金を騙し取られたとか、セクハラされたとか、彼氏を殴られたとか……)かもしれない。
青子の頭に過った数々の可能性を打ち消すように、彼女は首を左右に振った。
「心配しないで。私は龍ちゃんの女じゃないから」
「え?」
「抱いてって言ったのに、抱いてくれなかったの。私が処女だから」
出会って三十秒で衝撃告白をされた青子は度肝を抜かれた。しどろもどろに相槌を打ちながら、(今時の女の子ってみんなこうなのかしら?)などと、婆臭いことを考える。
「私、あなたのこと知ってるよ。宮木青子さんでしょ?」
彼女は得意顔……でもない完全な無表情で言い当てて、青子をいっそうドキドキさせた。
「あなた、あの辺の女の子達の間じゃ有名だよ。龍ちゃんを落とした女って」
「落としたって……」
「謙遜とかしなくて良いよ。試験、合格したんでしょ?」
「?試験?」
「?……もしかして、知らないの?」
そこで、彼女ははじめて表情らしい表情を浮かべた。驚いたような、疑っているような目で青子を観察し、数秒で満足した。「凄いね……なんか、敵いそうにないや」
トイレで話すのもなんだからということで、青子と彼女はカラオケ屋の隣のファーストフード店に場所を移した。それぞれ注文したドリンクを持って席に着くと、改めて自己紹介する。
彼女の名前は、望月沙紀と言った。高校には通っておらず、アルバイトを掛持ちして生計を立てている、タフな十六歳だ。
「龍ちゃんはね、自分に好意を寄せてくる女の子を試すの。私の時もそうだった。……清増川って知ってる?」
「?清増川って、東町の?」
「そう。上流の方に滝壺があるんだけどね。休みの日になると近所の男の子達が集まってきて、吊橋の上から度胸試しに飛び込むの。龍ちゃん、私を橋の上に連れて行って、言ったの」
ここから飛び降りろって。
「溺れたら絶対助けてやるからって。大丈夫だってわかってたんだけど、勇気出なくて。私、高いところ駄目だし、泳げないから……」
沙紀は自嘲とも悲しみともつかない笑みを浮かべて告白した。
青子は記憶のページを捲って考える。そんな試験、受けた覚えはない。それらしいのは、あの睡眠薬入りのウォッカ(だったっけ?)のことだが……
「……ねぇ。それって、合格するとどうなるの?」
参考までに、青子はたずねた。
「わからないけど……龍ちゃんは、彼女にしてやるって」
「呆れた!」
気に入った女の子に手を出し、遊び飽きたら無理難題を吹っかけてぽい。暇つぶしだかなんだか知らないが、沙紀も含めて、付き合わされた彼女達はいい迷惑だ。龍太郎、しばらくご飯抜き!
「それは違うよ。龍ちゃんスケベだけど、自分から女の子口説いたことなんかないよ」
沙紀はすかさず龍太郎は擁護した。
「えー?」
「本当だよ。優しいから。寂しい女の子、放っておけないの」
端から疑ってかかる青子に、沙紀は打ち明けた。
「うち、両親と上手く行ってなくて……家を出たいって言ったら、龍ちゃん、一緒に親説得しようって。それから今のバイト先紹介してくれて、アパートの手続きとか、住所変更とか、面倒なこと全部やってくれた。……そのうち、大検をとるつもりなんだ。難しいらしいけど、龍ちゃんが絶対そうした方が良いって言うから」
「…………」
「龍ちゃん、派手だから。妬まれること多いし、悪く言う人もいるけど……本当はすごく優しい人なの。それは間違いないの」
だから、あなたは信じてあげて。
「……そろそろバイトの時間だから。私、行くね。龍ちゃんとお幸せに」
言いたいことだけ言うと、沙紀は困惑する青子を残して、店を出て行った。入れ違いに物好きな菅谷の友人……桑田緑が入ってくる。
「こんなとこにいた」
「ごめん。ちょっと、知り合いに会っちゃって……みんなは?」
「もう帰ったよ。俺達も帰ろう。送ってく」
青子は緑に送られて帰宅した。街灯や民家の電光の下を無言で歩いて、家の近所まで来ると、青子は思い切って切り出した。
「私、好きな人いるんです」
だから、今日は本当にごめんなさい。青子は小さくなって謝罪して、緑を苦笑させた。
「わかってた。なんか、見るからに渋々って感じだし……その人とは上手くいきそうなの?もしかして、もう付き合ってるとか?」
青子が首を左右に振ると、緑は相好を崩した。「なら、俺にもまだチャンスがあるわけだ」
「また遊ぼうよ。恋愛とか、そういうの抜きにしてさ。いい友達になれると思うんだよね」
家に帰り着き、青子が夕飯の支度をしていると、しばらくして龍太郎が顔を出した。質問攻めにされる前に、青子は先手を打った。
「今日は一日何してたの?」
自分のことを聞かれると思っていなかった龍太郎は少し考え込み、ゆっくり答えた。
「……朝からテレビ見てた。夕方にコンビニ行って、雑誌立ち読みしてきた」
「そ。のんびりできた?」
「?うん」
「寒くなってきたから、そろそろ湯たんぽ出さなきゃね。来週の日曜日は、一緒に買物に行こう。あんたの新しい寝間着も買わなきゃ」
「帰りにたい焼き……」
「はい、はい。カスタードのやつね」




