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ビー玉。

作者: 青田早苗

 小さい時はじいちゃんの自転車の後ろが特等席だった。荷台の上に厚めのタオルを巻いただけの特等席。砂利道とか舗装すらされてない道とか通ると尻が痛かったのを覚えている。じいちゃんの自転車はとっても速くて、あまりの速さにじいちゃんの背中にしがみついて、やっと止まった時に恐る恐る顔を上げると、全く知らない所に着いていた。


 家でかくれんぼをしていた時は、しょっちゅうじいちゃんの寝室の押し入れに隠れていた。こっそりと覗けば、どこだー、と探すじいちゃんの背中が見えた。押し入れに隠れていると知っていて、でも一人で暗い所にいても怖くないようにずっと寝室の中で探してる振りをしてくれていたんだと分かったのは随分後のことだった。


 初めて剣玉を教えてもらったら、勢いがつき過ぎて玉がおでこに直撃した。大泣きしていたら、じいちゃんが目の前で器用に玉をひょいひょいと乗せていて、それに見入っていたらすっかり泣いたことなど忘れていた。


 小学校に入って漢字の練習をしていたら、昔はこんな字を使ってたんだぞ、と旧字体で色々な言葉を書いてくれた。どれも太い鉛筆でかっちりと綺麗に書かれていた。時々、読めないような難しい漢字ばかりの文章を書いていて、すごいなあと思った。テレビのニュースに時折文句を言ってみたり、分からない言葉を尋ねればじいちゃんが教えてくれてた。さすがじいちゃんだなって思っていた。


 夏祭りに行ってお小遣いを使い切ってしまった時、どうしてもガラス瓶に入ったラムネを飲みたがっていたら、

「母さん達には内緒だぞ。」

と言って買ってくれた。テキヤの陰で、こっそり二人で乾杯した。中のビー玉を取りだそうとして、一生懸命振ったり、唇が変色するくらいに吸い込んだりした。じいちゃんは笑いながらそれを眺めていたと思う。それから毎年、夏祭りに行くとラムネを買ってくれるようになった。


 普段は優しくて無口なじいちゃんは、何か悪いことをするとまさに雷に相応しい怒声を落とされた。特にずるいことをしたり、嘘を吐いたりした時は本当に怖かった。でも、一通り泣いて反省したら、一緒に将棋でもするかと言って遊んでくれた。将棋に夢中になっているうちに、さっきまで不貞腐れていたのをやっぱり忘れていた。


 中学生になってからは、朝練で早起きするようになった。ばあちゃんの仏壇の掃除をじいちゃんが毎日してて、毎朝の散歩のついでに花を摘んできて一輪差しに飾っていると知ったのはこの頃だった。その後に仏壇の前で長い間手を合わせていることも。

 少し離れた高校に通うようになって、毎日帰りが遅くなった。帰ってくると、じいちゃんは風呂から上がってテレビを見ていて、

「おう、お帰り。」

と言って寝るようになった。母が夜勤でいない日でもじいちゃんが必ず迎えてくれるから、『ただいま』が言えるのだと、ようやく気が付いた。


 大学に受かって上京することになった時は、

「東京の大学まで行くのかすごいなあ。」

と喜んでくれた。毎日のようにずっと偉いなあ、頑張ったなあと言っていたようで、当時は随分不愉快だったと、その時中学生だった妹に後から文句を言われた。


 就職が決まった時は、こっちが驚くような金額を包んでくれて、それで良いスーツを買って頑張れと言ってくれた。父は、身なりで馬鹿にされないようにってことだろ、洋装のスーツなんて持ってる人が少ない一張羅だと思っているんだから、と言っていた。でも、結局、なんだか怖気づいてしまって、全部を使って買うことが出来なかった。

 就職先は、中堅の銀行で個人向けの営業になってあちこちを走り回っていた。配属された個人向けの営業は花形ではなく、コンパに行ってもモテていたのは別の部署の同期の方だった。実際、あまり見目もぱっとした人間ではなかったし、業績も悪くはないがすごぶる良いと言う訳でもなかった。むしろ、少々疎ましがられていたかもしれない。同僚の中には数字稼ぎに、あまり薦められないような営業をしている人もいたのだから。うだつが上がらない時期は同僚を真似ようかと思った時期もあったが、急に祖父の怒声がそっくりそのまま甦って、やはり止めようと思った。


 それでも、そんなクソ真面目というか馬鹿正直な所が良いという奇特な人が居て結婚も見据えるようになった。

 盆や正月は友人達と旅行三昧で、しばらく足を向けていなかった実家に挨拶をしに行くことになった。大学に入ってからはこちらから連絡することは滅多になく、稀に母からかかってくる電話に二言三言返事をするだけだ。母の電話ですら、電話の向こうで母が、

「代わりましょうか」

と祖父に聞いてもしばらくすると、元気なら良いだって、と母が伝言するだけだった。

 報告のため帰省する旨を伝えようと実家に電話をかけるが中々出ない。留守か、と思いながらしばらく待つと、10コールも過ぎてそろそろ切ろうかと思った所でようやく電話が取られた。

「はい。もしもし。」

 久しぶりに聞く、でも昔よりも張りがなくなったじいちゃんの声だった。急に喉が詰まって、言葉が出なくなった。喉の奥が痛むような感覚を覚えながら二三度唾を飲み込み、久しぶりだとか元気かと言葉を交わす。

「今度の連休に帰ろうと思ってるんだけど。」

 そう伝えても、

「そうか。分かった。」

とだけしか言わない。両親に伝えるように頼んでも、電話口で、ん、というだけだった。僅かな時間だったが沈黙が続いた。色々聞きたいことも話したいこともあったのに、思いつくのは、体はどうだ、とか病気はしてないか、という言葉だけ。元気だと先ほど聞いたのだから必要ないかと思うと何を話して良いのか分からず、

「その、紹介したい人がいるから。」

と口走っていた。再び受話器の間を沈黙が行き来する。やっと聞こえた返事は、やっぱり、

「そうか。分かった。」

だった。だが、若干上擦った声と、電話越しに聞こえる鼻をすする音に、こちらまで呼吸が苦しくなった。それ以上は言葉が続かず、じゃあまた、と言って慌てて電話を切った。しばらく受話器を戻したままその場に立ちすくんでいた。

 実家を訪れた際は、父も母も両手放しで喜んでくれた。祖父もにこにこしていたが相変わらず無口なままで、結婚相手に「よろしく頼みます」と言っただけだった。ただでさえ、小さくなって感じていたじいちゃんが頭を下げると、より一層小さくなって見えた。一泊して明けた朝、昨日までは名前の通りだった仏壇の一輪差しに、束になった花が無造作とも思える様相で飾られていた。

 結婚式ではハンカチで目元を押さえる母、視線を上げられずに俯いて床を見ている父の姿にこちらの目頭が熱くなる。ふと見れば、祖父は歯を食いしばって口を一文字に引き締めまるでこちらを睨むように、目を瞬かせていた。何事かと驚いたが、涙を堪えている自分も全く同じ顔をしていると気が付いて、また目頭が熱くなった。


 新婚生活が落ち着き始めた頃、突如不景気に襲われた。

 不幸中の幸いと言うべきか、取引先の運が良かったと言うべきか、辛うじて倒産の波には呑み込まれずに済んだ。しかし、合併、再編は免れることは出来ず、多くの同僚が職場を去った。地味だったのが幸いしたのか、今まで取ってきた営業の顧客が好景気では地味でも一転すれば優良客だと分かって、合併の後も解雇を免れたのだった。


 ある晩。深夜に電話が鳴った。

 祖父が倒れたらしい。

 深夜だしと、一人で実家に駆けつけた。

 病院で見た祖父は、小さかった。小さく感じていたのとは違う。細くなって、どこまでも自転車で連れて行ってくると思っていたじいちゃんは、布団に埋もれるようにして寝ていた。友人の見舞いに行った時は、狭そうだと思った病院のベッドがとても大きかった。当分は安定したと聞き、脱力してパイプ椅子に腰を下ろした。

 数日後、祖父は退院して自宅で寝たきりになった。長くはないと言われ、週末ごとに実家には顔を出していた。最初のうちは、大したことなくて良かった、とか早く治って、とか言っていたのだが、白々しい嘘を続けることは難しい物だ。それに体調のことなど、体の持ち主本人が一番よくわかっているだろう。段々と話すことがなくなった。


 居間に急きょ置かれたベッドの隣で、一年中出されたままになっているこたつに入り一緒にテレビを見ているだけだった。さして面白くも無いテレビ番組を延々と流していたのは、祖父を見ていたくなかったからかもしれない。そこに寝てる祖父は、確かにじいちゃんだけど、知っているじいちゃんじゃなかったから。鼻にチューブを入れてぽかんと口を開けて、テレビを見てるのか寝てるのか分からなくらいにうっすら目を開けてぼうっとしている姿なんて見たくなかった。

 ふと、口をずっと開けてるのだから、喉が乾かないのかと思った。

「麦茶、飲む?」

 そう聞くと、微かに頷いて返事をしてきて台所に向かう。グラスじゃあ多すぎるかな、と深めの小皿に麦茶を注いた。祖父は、さっきと変わらない様子でぼうっとしていた。

「持ってきたよ。」

 そう言って、スプーンですくった麦茶を咽ないように舌の上に少しずつ垂らす。さっきまでぼんやりしていた目が、美味い酒を飲んだ時みたいに幸せそうに細められた。

 釣られて、こちらまで笑った。でも、その後でトイレに立って目元を拭わずには居られなかった。


 祖父が亡くなったのは、その週の水曜日のことだった。葬式の準備は退院が決まった時から始めていて、今日が命日だったのか、と案外冷静に実家に向かう。親戚の一人が急死した時とは比べ物にならないくらい、静かだった。

 入棺の時、抱えたじいちゃんはびっくりするくらい体が軽かった。まるで祖父にそっくりな違う人みたいだった。棺を持った時も、ほとんど棺の重さしかないと感じたくらいだった。

 葬儀の間、気が付くと口を一文字に引き締めて歯を食いしばっていた。


 数年して、子どもが生まれ、祖父の七回忌で実家を訪れた。法事の間、退屈した娘を連れだし家の探検をした。娘には見慣れぬ物ばかりの家が面白かったのだろう。きゃっきゃとはしゃいでいた。なのに、窓が棚で塞がれたり、日当たりが悪くて薄暗い部屋があったりすると、怖がって後ろに隠れ先に行けと押しやられた。

 襖を開けた先のじいちゃんの寝室は昔のままで、着いた時に通された居間のほうが、余程見慣れない部屋だった。押し入れに隠れて顔を出したら、タイムスリップしてるんじゃないか、かくれんぼの鬼をしているじいちゃんが立っているのではないかと思うくらいに。目を閉じてみると、人の匂いがしない部屋だな、と思う。目を開けても当たり前にじいちゃんの背中はなく、娘が部屋のあちこちを覗いていた。さすがに服や布団なんかは無くなっていたが、本や棚の物はそのままだった。背表紙がぼろぼろになった本を何となく手にとって、読めもしない文字を追っていた。

「これ、なあに?」

 娘の声に意識を戻すと、きっとお菓子か何かが入っていたような小さな竹籠が棚に置いてあり、興味津々と眺めている。

 覗きこんで、息を飲んだ。


 たくさんのビー玉が入っていた。

 模様も何もないビー玉はじいちゃんと夏祭りに行った回数のぴったり二倍の数。

 透明だったビー玉が急に色を持ち、輝きを放った。ビー玉の一個一個にじいちゃんとの思い出が映される。

 思い出されるのは、後ろ姿だったり、悪戯っ子のような顔をしていたり、頭に角が生えているかと思う様な怒り顔だったり。時には真剣に祈りを捧げる横顔だったり。最後に浮かんだのは、あの日見たじいちゃんの顔。美味い酒を飲んだ時の顔だった。

「これ、あたしの宝物にする!」

 娘にはきっと薄暗い不可思議な家を探検して見つけた宝物。この子には違った色が見えて、それでもやはり輝いているのだろう。

 宝物は硝子を通った光がきらきらと輝き、幾重にもなって見えた。


私、自身の回想録も含めて書きました。 

最近、立て続けに高齢の親戚が亡くなることがあり、その方達との思いでも含めて、何か形に出来ればと考えて作ったお話です。


語り手の性別を敢えてなくそうと思い、主語をかなり削りました。読みづらいと思われた方がいれば申し訳ないです。

作中の不景気は、バブルを想定してはいるのですが、リーマンショックでも良いかなあと思っています。

と、いうのも、語り手のプロフィールに関わらず、おじいちゃん子だった方に特に読んでもらえたらなあ、という策略がありまして...。


拙作ではありますが、ご覧いただき有難うございました。


青田

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんに小さい頃からの、おじいちゃんとの思い出が綴られています。 あどけない子供が語り部になっているような印象を受けました。 分家で、しかも両親共に親元を遠く離れ、親戚すら身近になかった私に…
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