初勉強会です。ー2
図書室の大きな机に三人揃ってついてすぐに、圭太郎は数学の教科書を広げて心花の前に置いた。
「一番点数が低い数学から、今日はこれからな。範囲はここからここまで」
試験範囲を教えてから、圭太郎は勉強会を始める。
心花は大人しく圭太郎に言われた通り、公式をノートに書き入れた。その張り切った姿を、隣に座る圭太郎は頬杖をつきながら眺める。
向かいに座る彰弘は分厚いノートを開いて読んでいた。彰弘と話す気はない。だがこのメンツで沈黙することは気まずい。だから圭太郎は心花に話し掛ける。
「……蓮田に、カレシがいるってまじなの?」
「ん? うん、いるよ」
心花はすんなりと頷く。杏に恋人がいる。それは事実だ。
「え、嘘じゃ、なくって? 月見さんは見たことあるの?」
顔を引きつらせながら、心花が騙されている線を疑い圭太郎は問う。
「ないです。今は、海外にいるそうなので」
にこりと心花は笑って答えた。それを聞いて、圭太郎が目を点にする。
「……かい、がい? は?」
頭が上手く処理できず、圭太郎は聞き返す。
海外にいる恋人。
高校生には現実味のないワードだ。
「それ、絶対に嘘だろ! 蓮田の奴、見栄張ってるんだろ?」
杏が嘘をついたのだ。それなら納得できると、圭太郎は安堵する。寧ろ海外の恋人がいるなど認めたくない。破局したばかりの圭太郎のプライドが、それを許せなかった。
「毎日のようにメールしてますよ? 年上の方で、海外でお仕事中だそうです。ダンス部にも恋人の話をしたけど、海外にいると言ったら信じてもらえなかったって。でも実在しますよ」
のほほんとしたままの心花は、問い詰める圭太郎に答える。
そのメールを見たのだろう。杏の恋人の実在を断言した。
ガクリと、圭太郎は机に突っ伏する。ダメージは大。
「どうかしたの?」ときょとんと首を傾げる心花は、圭太郎の心情を全く理解していない。
「続けて」と圭太郎は手を一振りした。
ふと、全く会話に入ってこない彰弘が気になり、目を向けてみる。
向かいに座る彰弘はペンを走らせている様子からして、広げているのは本と言うよりノートのようだ。
「なんだよ、それ」
圭太郎は思わず、天敵の彰弘に声をかけた。
手を止めた彰弘は、自分に問われたことを確認すると口を開く。
「月見さんの夢を記録している」
「あー……予知夢?」
「違う。夢だ。月見さんが見る夢は、全てが予知夢ではない。人は眠る度に夢を見る、記憶の整理をするんだよ。大半が忘れているだけで、皆が見る。記憶の整理とは」
「もういい」
ずらずらと語り出した彰弘の言葉を遮って、圭太郎は止めに入る。
「要するに月見さんが覚えている夢を書き留めているんだな」
「願わくば月見さんが見る全ての夢の内容を知りたい。そうすれば月見さんの脳の構造を把握し、予知夢を見る方法がわかるかもしれない」
「お前怖いよ」
じっと心花を見る彰弘がいつか「頭の中が見たい」と言い出す気がして、圭太郎は悪寒を感じた。
「月見さんもいちいちこんな奴に報告しているの? 怖くない?」
観察ノートは既に十ページ目に入っているようだ。それほど夢の内容を心花から聞き出しているということ。
圭太郎は心花の肩を叩いて訊いてみた。
「え? 夢の内容を話すの、楽しい!」
純真無垢な心花は笑顔で答える。
心花がいつか「はいどうぞ!」と頭の中をパカッと見せてしまいそうで、圭太郎は悪寒を感じた。
友人を求めていて、他人に話しにくい予知夢を見ている心花からすると、彰弘相手でも喜ぶのだろう。
彰弘は単に心花の脳に興味があるだけなのに。
それを理解せずににこにこしている心花を見ると、圭太郎は酷く同情した。
心花は手元に目を戻して、スラスラとペンを走らせる。
隣で圭太郎は頬杖をつきながら、そんな心花を眺めた。
そしてハッと我に返る。
今は心花の勉強を見ているのだ。
慌てて心花のノートを覗き込む。しかし心配無用だった。ノートに書かれた式の答えは、合っている。間違いはない。
赤点をとったとは思えない正解ばかりだ。
「やればできるじゃん! なんで赤点とっちゃったんだよ」
肩が触れ合う距離で、笑いかける。
すると心花は、にっこりと照れた笑みを溢した。
「眠気に負けてケアレスミスの確認ができなくって」
心花の白状に、圭太郎の笑みが瞬時に消える。
「眠気に負けんなよ! テストだろ!」
「はぎゅ!」
その距離で圭太郎が声を上げたため、心花の耳にダメージが与えられ震え上がった。
「だいたい、予知夢があるんだから、それで百点とればいいじゃん!」
予知夢を見る特殊能力があれば、テストの答えもわかって余裕で百点満点をとれるはずだ。
「……矢田くん、悪いことに使っちゃいけないと思うの。テスト予知は悪いことだよ」
「君、善悪もわからないの?」
「っ……」
心花は真顔で告げた。
彰弘は圭太郎の知能レベルを疑うような眼差しを向ける。
正論を返され、圭太郎は押し黙った。
しかしすぐに反論が浮かぶ。
「居眠りをするのも、赤点をとるのも、悪いことだろ!!」
「ひゃうっ、ごめんなさいっ!」
悪いことなら既にやっている。
圭太郎が思わず仕返しに怒鳴れば、耳を押さえて心花は謝った。
心花と彰弘に挟まれて疲労を覚えた圭太郎は、どでかい溜め息をついて俯く。
「追試に受かることに集中しろよ……。居眠り癖はあとから直す努力をしてもらうからな」
ギロリ、と圭太郎は釘をさす。
「は、はひ……」
涙目になりながらも、心花は頷く。
追試を乗り越えたあとは、赤点をとらないために居眠りを直す。
「学校に通う以上、授業をしっかり受けなければならない。例え無駄話が多かったり、非常にわかりにくい教え方をする教師でもね」
彰弘も居眠り癖を直すように言う。さらりと教師を貶す。
心花は苦笑を溢し、圭太郎は肩を竦める。
その日の勉強会は、なんとか無事に終えた。
20141225