友だちできました。ー3
腕を枕がわりに机に突っ伏して眠る。心地いいとは言いがたいけれど、春の陽射しはあたたかくって夢を見るにはちょうどいい。
また三人が私のそばにいる夢を見た。近付いている。前よりもずっと近付いている。そう感じた。
そっと意識が浮いて目を覚ました私は、顔を上げる。杏ちゃんの椅子に座っているのは、矢田くんだった。
そよ風が白いカーテンを揺らしている窓のそばだから、陽射しでブロンドがキラキラと輝いて靡く。
まだ夢を見ているのかと錯覚してしまいそうなほど美しい光景。眩しくてまた目を閉じてしまいそうだ。
にっこりと笑いかける矢田くんは、多分夢じゃない。
「夜眠れないの? いつも寝てばかりだね」
「あ、いや……そうじゃない……です」
目元を擦りながら、矢田くんに返事をする。
夢を見るのが好きだから寝てばかりなだけです……。
「髪ボサボサだよ」
矢田くんは私の髪を指差して笑うと、摘まんできた。慌てて両手で癖っけを撫でてて整える。あんまり効果ないみたい。
「今日の放課後も、デートなんだ。だからまた引き留められたくない。話なら今しよ」
「えっ……あぁ……」
二日連続デート前に引き留めたから、放課後になる前に話をしに来てくれたみたい。
「昨日もちょっと待たされて、少し嫌な顔されちゃった」
「あ……ごめんなさい」
「いいよ。それで、昨日のデートの話を聞く?」
私の机に頬杖をつくと、矢田くんはデートの話題を振ってきた。デートの話がしたいみたい。
「昨日はどこでデートしたのですか?」
「夕ご飯食べて、夜の公園を手を繋いで歩いた」
「おお……素敵ですね」
ご機嫌な笑みで話してくれた矢田くんは、昨日のデートも楽しかったみたい。私もつられて笑みになってしまう。
「なんかいいな。その反応。山本達はうんざりするんだぜ、妬んでるんだよ。月見さんみたいに笑ってくれると気分が台無しにならずに済む」
「そうなの?」
妬んで山本くん達は、矢田くんのデートの話をちゃんと聞いてくれないみたいだ。
私にはわからないな。
矢田くんはとても嬉しそうだから、祝福してあげればいいのに……。
「うん。月見さんはいい友だちだ」
「えっ……いい友だち?」
「うん、いい友だち」
いい友だち、だなんて初めて言われた。
嬉しくて、嬉しくて、あったかくなる頬を両手で押さえる。
「うわ……可愛いなぁ……」
矢田くんが目を丸めたことに気付く。
「月見さんは彼氏いないの?」
「え、いないよ……私にはまだ早いよ」
「そうか? 月見さん、モテそうだけど。笑った顔、可愛いぜ」
「あ、ありがとう……」
素敵な矢田くんに可愛いと褒められて、照れた。ぽっと頬が熱くなることを感じる。
「こら。わたしの席に座って、心花ちゃんを口説くな。カノジョ持ち」
「いてっ」
戻ってきた杏ちゃんがブラシで矢田くんの頭を小突いた。矢田くんは唇を尖らせると、私の隣の席に移動する。
「髪整えるよ」
「あ、ありがとう、杏ちゃん!」
杏ちゃんは私の後ろに回ると、私の髪を整え始めた。
今朝、朝は寝坊しかけるから髪を整えられないと話したから、ブラシをかけてくれる。
嬉しくて、頬を両手で押さえた。
「うわ、俺と同じ笑み……」
「ピュアなのよ。たぶらかさないで」
「たぶらかしてねーし。友だちとして話してただけだし。なー? 月見さん」
嬉しさに浸っていたら、杏ちゃんと話していた矢田くんに問われた。
口を開くことを忘れて、コクコクと首を縦に振る。
「てかさ、蓮田はいつから月見さんと友だちになったんだ? 話してるとこ、昨日初めて見た」
「昨日から。心花ちゃんと矢田が話してるとこ見て、面白そうだったから」
「面白そうってなんだよ」
「天然の鋭さに顔を引きつらせた矢田の顔はウケたよ」
「アンタ、ひねくれてるなおいっ!」
「え? わたしの髪はストレートだよ」
「髪の話じゃねーし、毛先跳ねてるし!」
矢田くんと杏ちゃんの会話が漫才みたいで面白くって、私はクスクスと口元を押さえて笑う。
「アンタが友だちの方が心配なんだけど」
「僕は君が月見さんと友だちになる方が悪影響だと心配している」
矢田くんの後ろに、和泉くんが立つ。途端に矢田くんの綺麗な顔が曇ってしまった。
またピリピリと言うか、ギスギスした重い空気に変わる。
「お前はなんで、月見さんと話してると絡んでくるわけ?」
目が据わっている矢田くんは、和泉くんを振り返らないまま問う。
「月見さんは僕の観察対象だ」
和泉くんがまたそんなことを言ったものだから、杏ちゃんは手を止めて、矢田くんは顔をしかめる。
「……? ……お前さ」
私と同じく困惑した様子で首を傾げると、矢田くんは立ち上がり和泉くんと向き合った。
「もっと人間らしいこと言えよ」
「……? 僕は十分人間だけど、知らなかったの?」
矢田くんの指摘に、和泉くんは少し呆れたような表情をする。矢田くんは怖い笑顔になったから、私は強張ってしまう。
「……殴るぞ」
「やるのかい?」
和泉くんも腕を組んで見据えるから、一触即発の雰囲気になった。
「矢田ー、呼び出し」
「……チッ」
矢田くんは友だちに呼ばれて、しぶしぶと言った様子で教室を出ていく。多分女の子の告白だと思う。
最後まで和泉くんと睨んでいた。
和泉くんは矢田くんが見えなくなると私に目を向ける。ビクリと私は震え上がった。
「何故、二日続いて17時15分まで矢田を引き留めたの?」
その質問をされて、私はまたビクリと震え上がる。
「5時15分? そう言えば、そのくらいの時間だったわね。昨日も一昨日も」
杏ちゃんが反応してしまう。
「17時15分だ」
「5時でしょ」
「17時15分、または午後5時だ」
「……細かい」
和泉くんの指摘に、杏ちゃんはうんざりしたような声を漏らすと、また私の髪をとかし始めた。
「観察対象ってなに? 眺めて楽しんでるってこと?」
「観察とは、対象の実態を知るために注意深く見ること」
「観察の意味は知ってるんだけど……」
杏ちゃんは和泉くんの返答に、またもやうんざりしたような声を漏らす。
なんだかこう……うん。矢田くんの言う通り、人間らしい会話をしてほしいかな。杏ちゃんと矢田くんのさっきの会話みたいに。
和泉くんはまるで……喋るパソコンみたい。
「ああ……月見さんは僕にとって観察すべき価値ある人だ」
私と目が合うと、和泉くんは私に答えたことを杏ちゃんにも答えた。
「それって……」
手を止めると、杏ちゃんが私の頭を抱き締めるように腕を置いてきた。
「言い換えると、心花ちゃんは恋愛対象だってこと?」
杏ちゃんは観察対象イコール恋愛対象と捉えたみたい。
私が和泉くんの恋愛対象?
「……君、僕の話聞いてた?」
和泉くんは心底理解できないと言いたげなしかめっ面になる。
うん、違うみたい。
「その、他人の知能レベルを疑うような目、かなりムカつく。矢田と喧嘩腰になる理由がよくわかった。心花ちゃん、ランチ食べに行こう」
「あ、うん」
杏ちゃんはムカつくと言うわりには、矢田くんみたいに睨んではいなかったし、怒った表情をしていない。私に笑いかけてくれるから、和泉くんに頭を下げてから一緒に学食をとりにいった。
二日続いて似た時間に起こる交通事故の予知夢を見たのは何故だろう。
和泉くんに訊かれてから、そんな疑問を抱いてしまった私は放課後になってまた眠った。
矢田くんの交際相手は年上の美女さん。本命の恋人が他にいるけれど、矢田くんとも付き合っている。矢田くんはそのことを知らない。
年上の美女さんは仕事を終えるとデートの約束をした矢田くんにメールをする。
17時13分。
メールを確認しながら歩く矢田くんは、学校近くの信号機のない道を渡ろうとした。そこにバンが迫る。
「っ……!」
顔を上げて夢から覚めた。
春の陽射しを浴びているのに、凍えてしまいそうなくらい寒い。麻痺しているみたいな感覚の手は震えている。
すぐに矢田くんを探すと、また教室を出ようとしていたから引き留めようと駆け寄った。
でも矢田くんの腕を掴む前に、ピシャンと目の前でスライドドアが閉められてしまう。
ドアの窓ガラスから、矢田くんがにっこりと笑いかけて私に手を振る。そして行ってしまう。
愕然としてしまった。
ハッと我に変える。
追いかけなきゃ! 事故を阻止しなくちゃ!
ドアを開こうとしたのだけれど、何故か開かなかった。上を見ると、腕がドアを押さえている。
のけ反って腕の主を確認すれば、スポーツマンの山本くんだった。にこっ、と笑顔で私を見下ろす山本くんを、ポカンと見てしまう。
「矢田の代わりにオレが相手になるよ、心花ちゃん」
いや、山本くんが代わりなんて意味がないです……。
「や、矢田くんに用が……」
「矢田が好きなのー? オレ、結構心花ちゃんが好きなんだけどー」
その時だ。
ドゴ!! と物凄い音が響いた。それは私が背にして、山本くんが押さえるドアを、誰かが蹴った音だ。
山本くんが青ざめて振り返ると、私も足を伸ばす和泉くんが見えた。
「心花ちゃんが怖がってるから、離れなさいよ。山本」
その声は、杏ちゃんの声。
山本くんが退いてくれて見えた。腕を組んで、山本くんを責めるような目を向けている。
「行っていいよ、月見さん」
「行って」
和泉くんと杏ちゃんが、私に言ってくれた。
「ちょ、待って」
山本くんが私を止めようと手を伸ばしたけど、杏ちゃんがそれを掴んだ。
「わたしが代わりに相手になるわ。あ、いえ、わたしと和泉くんが」
杏ちゃんは笑顔で言うけど、和泉くんは決して笑わない。
なんだか山本くんが二人に気圧されているみたいなんだけれど、矢田くんに危機が迫っているから私は鞄も持たずに飛び出した。
三日続けて予知夢を見た理由は、不運のせいだ。
デートを約束した美女さんからのメールと、待ち合わせ場所に向かう矢田くんと、バンが、運悪く重なってしまうせい。
交通事故の原因。
「ハァー、ハァー……ゲホゲホッ!」
体力も持久力もない私が三階を駆け降りるのは、辛すぎて昇降口に辿り着くまで噎せた。
窒息死をしてしまいそうだけど、私はローファーに履き替えてから、なんとか校門まで走る。
そこでまた噎せてしまう。
息を整えながら、学校の大きな時計を確認する。17時10分。
あと3分。あと3分で矢田くんを掴まえなくちゃ。矢田くんが、矢田くんが、交通事故に遭ってしまう。
苦しすぎて、涙が出てきてしまう。
夢で見た道は知っている。私も駅に向かう道で使っていたからだ。
深呼吸をしてから、例の交差点に向かって全力で走った。
喉が痛い。足が重い。でも、でも、でもっ。そんなことより、矢田くんを助けたいっ!!
信号機のない交差点が見えた。一方通行の道路を挟んだそこを、渡ろうとする矢田くんの後ろ姿も見えた。
そして携帯電話を胸ポケットから取り出して見ている姿も見えた。
喉が痛くって叫べない。足を止めたらきっと噎せてしまう。
矢田くんはもう、道路を渡っていた。
バンが近付くことも見えて、私は矢田くんを押し退けることに決めて、最後の力を振り絞ってコンクリートを蹴って走る。
「わっ?」
矢田くんの背中に飛び込んで押そうとしたのに、私の体格と勢いではダメだった。
矢田くんは踏み留まってしまい私と一緒に立ち往生してしまう。迫るバンがクラクションを鳴らした。
次の瞬間、後ろから衝撃がきて、私と矢田くんも一緒に飛ばされる。
バンは急ブレーキを響かせたけれど、そのまま真っ直ぐ道を進んだ。
向かいの道に倒れ込んだ私も矢田くんも、呆然と見送る。そのあとに、私達を助けてくれた二人を見た。
そばに寝転がって息を整えているのは、杏ちゃんと和泉くんだ。
「鞄持ってきたよー」
杏ちゃんは私の鞄を掲げて笑いかけてきた。
「月見さんが矢田を引き留めた理由は、この事故を防ぐためだったのか。……納得した」
和泉くんは空を眺めるように空を見つめながら一人言を呟く。
「はっ? ……はっ? ど、どういう意味だよ、おいっ」
青ざめている矢田くんはなにがなんだかわからない様子であわてふためく。
でも怪我はない。バンとぶつからなかった。
事故は防げたんだ。
そう思うと安堵が広がって、ピリピリとしたものが肌を走る。息が苦しいってことに気付く。無理して走ったせいだ。
大きく深呼吸をしていたら、息が詰まってしまいそうになった。ボロボロと涙が溢れてくる。
「ちょ!? け、怪我したのか!? だ、大丈夫か!?」
私が泣き出すと矢田くんは更に慌てた。
「ふえっ……ふえっ……よかったっ……よかったっ! よかったぁああっ!」
震えも涙も止まらなくて、私は泣き喚く。杏ちゃんも和泉くんも慌てた様子で起き上がった。
中学二年の頃。
両親が交通事故で亡くなった。車の故障のせいだ。
両親を亡くした私は、母の弟である叔父さんに引き取られた。
その事件以来、私は人との付き合い方がわからなくなってしまった。そんな現実が苦手になって、曖昧でふわふわな夢が好きになってしまった。
夢を見続けていたら、時々予知夢を見れるようになった。
矢田くんの事故の予知夢は、両親の事故を思い出させた。だから、防ぐことができて泣いてしまった。
私を泣き止ませようと、とりあえず三人は近くの公園に連れてくれた。屋根つきのベンチに座って、泣きじゃくりながら話した。
「……予知夢……」
私にハンカチを貸してくれた矢田くんは、立ち尽くして呟く。
まだ青ざめている矢田くんには、混乱を招くものだったみたい。
でも口は止められなくって、私は全部喋ってしまった。すすり泣いていれば、左隣に座る杏ちゃんが頭を撫でてくれる。落ち着く……。
「なるほど」
私の隣に座る和泉くんは、一人納得した様子で頷く。
「なに一人で納得してるんだよ、和泉」
頭を押さえる矢田くんが、和泉くんを睨み付ける。
「さっきのバンは恐らくほぼ毎日あの時間に通っているのだろう。矢田がデートに向かうためにあの道を通る時に、仕事を終えた恋人からメールがきて確認をする。その間、矢田は周りの注意力がなくなる。それらの条件が揃い、矢田はバンに気付かずに轢かれるはずだった」
「歩きスマホのリア充の末路だね」
私のしどろもどろの説明を、和泉くんが言い直してくれた。
私の頭を撫でながら、杏ちゃんは笑う。
「笑うな蓮田! なんだよ、説明つくのかよ、予知夢って……」
事故の予知された本人は全然笑えないみたい。頭が痛そうにまだ押さえている。
「夢とは、無意識に見るものだ。人間は無意識でも情報を得る。月見さんはあのバンがあの時間に通ることを無意識に覚えていて、デートのことも同じ時間にメールがくることも寝ている間に耳で聞き取ったのかもしれない。君は教室でよく恋人の自慢しているだろう」
和泉くんは淡々と言う。
「人間の脳はまだ全てを解明できないから、僕にも科学的な証明は出来ない。だが月見さんが予知夢を見た証明は、必要ないだろう。現に矢田を救った。他にも心当たりはある。5月1日の朝礼で、月見さんは一人で笑いを堪えていた。その直後に唐突に強風が拭いて校長のカツラが飛んだ」
「あー、あれは笑いを堪えるのが大変でした」
「あれ爆笑だったよね!」
「笑うなよ、脱線するなよ!」
和泉くんがカツラの件を持ち出したから、私も杏ちゃんも笑ってしまった。
やっぱり余裕のない矢田くんが怒るから、謝罪をする。
「もう、矢田煩い。救われたのは事実なんだから、謝らせてないでお礼を言いなさいよ。心花ちゃんは、三度も矢田を助けたんだよ。今日は全力で走ったし。お礼を言いなさいよ。三度よ、三度、命の恩人」
杏ちゃんは指を三つ立てて矢田くんに突き立てた。
「三度って……さっきのはわかるけど。一昨日と昨日はどうなったか、わからねーじゃん」
「計算すれば予測できることだ。5月26日、メールが来たのは17時15分。月見さんが引き留めなければ、きっとあの交差点で君はメールを確認して、その不注意のせいでバンに引かれていただろう。5月27日は17時16分にメールが来た。月見さんが引き留めなければ、君はあの交差点で……」
「ああもうわかったよ!! 認めるよ、予知夢だって!!」
和泉くんが淡々と言うから、矢田くんは認めてくれた。それより私は和泉くんの記憶力に気を取られる。
「和泉くんって、すごい記憶力だね……。すんなり言えちゃうなんてすごい」
「僕は直感像記憶力を持っているんだ」
「あ。それって全部覚えられる記憶力のこと? なるほど」
和泉くんの天才さは、その記憶力にあるのかもしれない。ちょっと納得した。
「和泉のことはどうでもいいんだけど!?」
矢田くんは気に障ったらしく声を上げるから、震え上がる。
「あ、ごめん」と矢田くんは私に謝ると、目の前でしゃがんだ。
「あーのー、とにかく、ありがとう。月見さん。助けてくれて……」
私を見上げて、お礼を言ってくれる。私は首を横に振った。
「……矢田くんが無事でよかった……」
「……ありがとう、本当に」
お礼なんていいのに、矢田くんは力が抜けたように微笑むとまたお礼を言ってくれる。
杏ちゃんはまた私の頭を撫でてくれた。
ふと、私は気付く。
私のそばに、三人いる。
ああ、きっと……あの夢に出てきたのは、杏ちゃんと和泉くんと矢田くんだったんだ。
予知夢のことを知ってもそばにいてくれる人達。出会うことが決まっていた特別な友だち。夢と同じ心地よさを感じて、私は嬉しくなり両手でハンカチを握り締めた。
「うわ、なんだよ、泣いてたくせに。またそのスマイル?」
矢田くんが可笑しそうに吹き出す。
顔を覗いた杏ちゃんも笑ってくれた。
和泉くんは相変わらず無表情だけど、怖さは感じない。
えへへ、と私は笑った。
「あれ……矢田くん、デートは!?」
ひとしきり笑ったあとに、矢田くんがデートに遅れていることに気付く。
美女さんを待たせてしまっているのでは!?
「あー、それなら大丈夫。メールはデートのドタキャンだった。急用だってさ」
矢田くんは少し拗ねたような膨れた。
ああ、そうなんだ……。
「あ、そうだ。試しに予知夢、見てくれない? カノジョが何の用事か。そしたら絶対に疑わない」
そんな提案をしてきたから、私に心当たりが浮ぶ。でもそれは言わない方がいいよね……。
「それなら、さっき見たからわかるけど……でも、知らない方がいいんじゃないかな。ほ、ほら、不気味でしょ?」
「事故の予知夢より不気味な予知夢なんてないだろ。大丈夫、大丈夫! 月見さん、教えて!」
矢田くんは面白がって急かしてきた。
そっか、不気味じゃないって矢田くんが言うなら、大丈夫かな。
すっかり顔色が良くなった矢田くんを見て、私は安心して話すことにした。
「実はカノジョさん、矢田くんの他に本命の恋人さんがいるみたいなの! 多分本命の恋人さんと会う約束が出来たんじゃないかな! 矢田くんより優先する用事は、カノジョさんにとってそれしかないみたいだよ!」
予知夢を話すなんて初めてのことで、私はちょっと嬉しくてつい笑顔で言う。
シン、と静まり返った。
矢田くんは固まっている。
「ぶはっ!! あはははっ! 矢田が浮気相手! あはははっ! 年上に遊ばれて、挙げ句に事故に! あはははっ! 矢田ってば災難! その人のせいで災難! あはあははっ!!」
お腹を抱えて杏ちゃんが大笑いした。目には涙まで溜めている。
「そうだね……確かにその交際相手とデートとメールがなければ、矢田が事故に遭うこともなかった。……しかし一番は矢田の不注意が原因だ」
和泉くんは納得する一方で、矢田くんの悪習慣を指摘する。いつもなら矢田くんは、和泉くんを睨み付けるところだろう。
でも矢田くんはただわなわなと震えるだけだ。
やがて矢田くんは私の膝に腕を置いて踞ってしまう。すごくショックを受けてしまったらしい。わ、わわ、私のせいだっ。
「ご、ごご、ごめんなさいっ、矢田くんっ」
「本気……だった……のに……」
「あわわわっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
涙声の矢田くんをどう宥めればいいのかわからず、私はあわてふためく。
杏ちゃんは笑いが止められないみたいで、苦しそうだった。
和泉くんは他にどんな予知夢を見たのかと訊いてくる。
ど、どど、どうすればっ、どど、どうすればいいのですか、この状況!!
と、とにかく、天国のお母さん、お父さん。
特別なお友だちが三人もできました!