表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

友だちできました。ー2



「何故、今日は矢田を引き留めたの?」

「は、はい?」


 怖い顔してどうしたのかと思ったら、和泉くんはさっきの行動について訊いてきた。

 ポカンとしてしまう。

わざわざ訊くために、私に話し掛けてきたの?


「君は青ざめながら時間を気にして、矢田の腕を握っていた。……17時15分になった途端に彼を解放した。どんな理由があるの?」


 物凄く観察されていた!?


「居眠り直後に慌てて矢田に駆け寄った。理解できないから、理由を聞かせてもらえるかい?」


 居眠りから観察されていたの!?

 な、なんだか、ドラマで観る刑事さんの取り調べみたい。ドキドキしてしまう胸を押さえる。


「え、えっと……それはぁ……」


 じぃいーと鋭い眼差しで見てくる和泉くんと、目を合わせたり逸らしたり。


「えっと……えっと……」


 じぃいーと鋭い眼差しで見てくる和泉くんと、また目を合わせたり逸らしたり。


「えぇっと……」


 じぃいーと鋭い眼差しの和泉くんは、全く表情を変えてくれない。


「も、黙秘しますっ」


 予知夢を見たから矢田くんを救うために行動した、なんてどう考えても言えなかった。

 不気味すぎるって、わかっている。他人に言っちゃだめ!


「……」

「ひぃっ……」


 それでもじろりと鋭い眼差しで見下ろしてくる和泉くんに、私は小さく悲鳴を漏らして震え上がる。

 こ、怖いっ……!


「わ、和泉くんは……なんで……そんなことを、訊くのですか?」

「探求心」

「……は、はぁ……」


 どうしよう。天才さんの考えていることがわからない。

 表情を変えないまま立つ和泉くんが諦めないので、困り果てて私は俯く。


「君は僕の観察対象だ」


 和泉くんのその発言に顔を上げる。まだ無表情で私を見下ろしていた。

 観察対象……?

その意味がわからず、少し考えた。


「観察、対象……とは?」

「観察とは対象の実態を知るために注意深く見ること」

「あっ、観察の意味ではなくてですねっ」


 何故私なんかを観察するのかを知りたい。

 ……ん!? 私の実態を注意深く見られてるって言い換えると、すごく変!?

 あれ!? 本当になんで私を観察しているのかな!?


「ふむ……」


 和泉くんは吊革から手を離すと、自分の顎に添えて少し考える素振りをした。


「……君は、クラスの中で一番観察する価値のある人間だと判断したからだ」


 考えをまとめた末の和泉くんの答え。

 数秒の間、それを頭の中で繰り返し唱えて理解しようとしたのだけど、余計困惑した。


「私は……寝てばかり……ですが……」


 情けないほど寝てばかりの私なんか、そんな価値があるだろうか。

天才さんの考えることはわからない。


「……おっと」


 電車が停まったから、吊革を掴んでいなかった和泉くんがよろけて、私の前から離れた。満員に近い車内だから、和泉くんは人込みに消える。

 私は降りなきゃいけないので、会釈をして降りた。



 翌日の5月27日火曜日。

普段通り寝坊しかけて慌てて登校して、普段通り席についた。眠気に襲われたから、机に突っ伏して眠ろうとすると。


「おはよう、月見さん」


 名前を呼ばれて驚く。

前の席に座る女子生徒が、振り向いて私に笑いかけていた。


「お、おはよう、ございます……」


 ポカンとしつつも、挨拶をなんとか返す。

 お、おお、女の子に挨拶されたっ! 私に挨拶してくれるっ! な、なんてこと!

 名前は、蓮田杏(はすだあん)さん。いつも短めのポニーテールをしているダンス部の美人さんだ。


「心花って可愛い名前だよね。心花ちゃんって呼んでもいい?」


 にっこりと優しく笑いかけてくれる蓮田さん。嬉しくてキュンと胸が締め付けられた。


「は、はいっ」

「わたしのことも名前で呼んでねー」

「は、はいっ!」


 ああぁあっ、美人さんが私に笑いかけてくれる! 笑いかけてくれる! これこそ、フレンドリー!

 蓮田さんって、なんだか近寄りがたい雰囲気と言うか、話し掛けるのも許さないようなクールな雰囲気の人だと思ったから、こんなにも明るく話しかけてもらえて嬉しい。こんなに優しい人だったんだ。知らなかったな。


「あ、杏ちゃん……で、いいですか?」


 机の下で両手を握りながら、私は呼び方を確認する。茶髪の瞳をした杏ちゃんは、笑顔で頷いてくれた。

 ふわふわと、足元が浮いているように感じる。これは多分、舞い上がるっていう気分かな。


「心花ちゃんって小柄だし、髪の毛もふわふわしてて、小動物みたいで可愛いって思ってた。でも昨日は積極的だったね。なんで矢田なんかを友だちに?」


 頬杖をついて、杏ちゃんが訊いてきた。

 きょとんとしてしまう。すっかり昨日の出来事を忘れていた。矢田くんの事故を阻止しようと、掴んで友だちになってくださいって言ったんだった……。


「矢田は御曹司らしいから傲慢で口悪いし、女たらしなのに。昨日のデート相手だって、同じクラスになってから三人目の交際相手だしね。あれ、四人目だっけ?」

「さ、三人目……だと思う」

「そう、そんな女たらしに友だちになってほしいなんて変だよ。まぁ、いつも寝てばかりいるのも変だと思うけど。なーんで? 心花ちゃん」


 あ、普段から変だって思われたんだ……。でも矢田くんに言ったことはもっと変だったらしい。

 あー、だから矢田くんもあんな顔をしたのだろうか。矢田くん自身、意外だったのかもしれない。

 昨日の和泉くんと違って、杏ちゃんがフレンドリーに訊いてくれるけど、やっぱり予知夢を見て事故を阻止しようとしたとは言えなかった。

 口ごもって俯くとキャリアウーマンみたいにスーツをピシッと着た女性教師が入ってくる。ホームルームが始まったから、助かった。



 また、矢田くんの夢を見る。胸ポケットから携帯電話を取り出す時間は、17時16分。

携帯電話を見る矢田くんに、車が迫る。

 ビクリと震えて顔を上げた。また、事故の予知夢だ。二度も見るなんて……。

 時計はまた17時を差していた。すぐに矢田くんを探すと、教室を出ようとしていたので焦る。


「や、やや、矢田くんっ!」


 躓きかけながらも、矢田くんに駆け寄り腕を掴む。何事も二度目は、一度目よりはましだ。でも緊張してしまうことに変わりない。


「月見さん……また?」


 ギョッとしたあと、矢田くんはうんざりしたような顔をする。私はひきつりながらもなんとか笑顔を作った。


「今日もデートなんだけど……?」

「あ、そ、そうなんですかっ! えっと、えっと、えっと!」


 会話をしないと、会話をしないと、時間を稼がないと……。


「昨日はどんなデートしたのですか!?」

「……カノジョが仕事終わったから、夕ご飯食べに行っただけだけど」

「おお、どんなお店に食べに行ったのですか?」

「……あー、イタリアンの店」

「ピザを食べたのですか? それともパスタ?」

「パスタ」


 恋人さんの仕事終わりに、夕食デート。

前に矢田くんが「バーカ、女にお金を払わせるなよ。奢ってやれ」と山本くん達に話していたことを覚えている。結局矢田くんが親から大金を貰っていることを批難する話になっていた。矢田くんは反論してたっけ……。

 そこで山本くんがすぐそばの席に座って、両腕で頬杖をつく。笑顔で私と矢田くんを見上げてきた。

 サッカー部の山本くんは、爽やかな人。長身でスポーツマン。


「……なに見てるんだ、山本」

「あ、俺は気にしないでー。続けて続けてー」

「見せ物じゃないぞこら」


 憎まれ口をきくけれど、山本くんと矢田くんは仲良しだ。

 ちらっと時計を見るとまだ5分過ぎ。あと10分くらい。


「月見さん。昨日はちょっと待たせるはめになったんだよ、放してくれる? 月見さんだって、待ち合わせで待たされたくないだろ? 嫌われちまう」

「そ、そうかな……ほんの少しなら大丈夫だと思います。矢田くんはかっこいいですし」


 数分待たせたくらいで、矢田くんを嫌ってしまう人なんていないと私は思う。


「……へー、俺がかっこいい?」

「はい」

「ふーん?」


 にこぉーと笑みを浮かべた矢田くんは、私に腕を掴まれたままドアに寄りかかる。

私がなにかを言うのを待っているみたいだ。

 あ、矢田くんのかっこよさを、言うべきかな?


「えっと、本当に、矢田くんはイケメンさんだと思います。髪はキラキラしていますし、顔立ちもアイドル以上に綺麗です」

「ふーん? ふーん」


 ご機嫌な矢田くんを目の前にすると、ますます見惚れてしまいそうだ。

 うっとりしてしまう。

本物のブロンドは陽射しでキラキラしている。


「月見さんって天然だねー」

「外見しか褒める箇所がないとわかっている」


 山本くんが言ったあとに、私の後ろに立ったって言ったのは和泉くん。彼を見るなり、矢田くんからご機嫌な笑みが消えた。


「お前の褒める箇所なんてないけどな」

「君と違って、山ほどあると思う」

「自惚れるなよ」

「自惚れているのは、君の方だろ」


 私を挟んで矢田くんと和泉くんが睨み合うから、私は青ざめてしまう。

 険悪な二人の一触即発。

 それだけでも涙が出そうなのに、山本くんまで笑顔ではなくなり睨むような怖い表情で立ち上がる。山本くんの後ろの席にいた矢田くんの友だちグループまで和泉くんを睨んだ。

 ギスギスした空気に押し潰されそう。逃亡したい。逃亡したいけど、矢田くんを放せない。


「こらこら。女の子挟んでなにしてんの? 怖がってるじゃない」


 明るい女の子の声がその空気の中で聞こえた。杏ちゃんが歩み寄ると私の肩に腕を置く。

 私は小柄で153センチ、杏ちゃんは10センチも大きく160センチはあるから見上げた。

 友だちグループは杏ちゃんが割って入ったことに驚き、山本くんは席に座り直す。

 男嫌いと認識されてしまうくらい、杏ちゃんはあまり男子生徒と喋らないから。


「月見さんが矢田なんかを友だちに選ぶなんておかしい」


 杏ちゃんを一瞥すると、和泉くんがそれを言い出してしまった。

 言い方が気に障った矢田くんが怖い笑顔になったかと思えば、私が掴んでいた腕を動かして私を引き寄せた。杏ちゃんの腕が離れた肩に、今度は矢田くんの腕が回される。


「月見さんは俺と友だち。ねー?」


 にこぉーと笑いかける矢田くんは、私を友だちと認めてくれた。

 お、お友だち! 矢田くんがお友だち!! お母さん、お父さん、イケメンさんのお友だちができました!! 嬉しいです!


「……月見さん、本当にアンタって天然だな……」

「え?」

「ピュアな心花ちゃんを触って良心は痛まないの? 矢田」


 何故か矢田くんは、私から腕を離して身を引く。杏ちゃんが私の腕を掴み、引き寄せた。


「あはは。月見さん、そんな嬉しそうに笑うなんて。矢田なのに」


 山本くんがまた頬杖をついて笑う。


「オレが友だちになるよ」


 スッ、と山本くんが私に手を差し出してくれた。

 友だちになってくれるなら!

握手しようとしたら、矢田くんが山本くんの手を振り下ろしてしまった。

 が、がびーん……。


「やめとけ。コイツは手が早い」

「えー」


 しっしっと矢田くんは手を振り、山本くんは拗ねる。

杏ちゃんが私をまた引き寄せて、今度は山本くんから離した。

 そこで矢田くんの胸ポケットから着信が響く。


「やべ、デートだ。じゃあね」


 確認すると矢田くんは慌てた様子で、私の頭をポンッと叩くと教室を飛び出した。

 私も慌てて時計を見ようとしたけれど、和泉くんが先に見上げていることに気付く。


「17時16分……」


 ポツリと呟く和泉くんは、私に目をやるとじっと見てきた。

 昨日に続いて同じ時間まで矢田くんを引き留めたことを問いたそうだ。

昨日と同じく注目するクラスメイトの前で、話されては困る。


「わ、私も、帰りますっ! 失礼します!」


 バッと頭を下げてから、教室を飛び出した。

パタパタと早歩きで駅に向かいながら、今日の出来事を思い返す。

 杏ちゃんに話しかけてもらえた嬉しさを思い出したからなのか、足元はふわふわしている。

まだ青い空に、浮いていってしまいそうだ。

 お母さん。お父さん。

今日はいっぱいお話ができました。ああ、とても楽しい一日でした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ