友だちできました。ー1
20140910
「心花はよく寝る子ね」
昔から両親に言われてきた。
私は子どもの頃からよく眠る子だと言われ続けていた。眠気を感じれば、どこでも寝てしまう。そんな子。
目が覚めたあとに起こる物事に、よくデジャヴを感じていた。
ああ、これ夢で見た。
そう気付いてから、夢日記を書き始めた。そうすると夢の内容をよく覚えるようになった。
一見、不思議で何の意味もないものだけれど、本やインターネットで調べてみると意味や暗示があって、未来を指していることがある。
例えば、小学校の頃。席替えの日に風邪で休んだ。
夢の中で、隣の席の男の子。それから後ろの席の女の子が笑いかけた。
翌日、学校に行けば、夢で見た通りの席になっていた。あれは感動を覚えた。
全ての未来を夢で見れるわけじゃないし、大体違う表現で未来を指す。
でもクイズみたいで楽しくて、私の趣味になった。
未来を解読して当てる趣味。
期待が外れても、別に構わない。ふわふわと曖昧な夢が大好きだ。
中学から友だちの作り方がわからなくなっていわゆるコミ故障な私は、学校でも眠るようになって孤立してしまった。
当然のように成績も落ちてしまったのだけれど、家庭の事情から教師もクラスメイトもあまりなにも言わなかった。
でも叔父さんは高校には行けと言うので、母の母校である高校に受験。なんとか入学したのだけれど、夢見ることがやめられず、眠気を感じたら授業中でも眠ってしまう高校生活がスタートした。
当然のように友だちは出来ていない。よく眠る変な子、という認識をされていると思う。
そわそわするだけで誰にも話し掛けられなかった私は、一ヶ月が過ぎても教室の窓際の席でポツンと一人。
特に目標がない私は、夢を見続けた。
学校や教室で起こる未来を見て、実現を目にしたらこっそりと笑う。例えば、男の子がドアの溝に躓いて派手に転ぶシーン。例えば、校長のカツラが突然の強風に飛ばされるシーン。それは起きる前から笑いを堪えるのが大変だった。
友だちがいなくとも、私には楽しさがあった。
でも、友だちと集まって談笑したりランチを食べる姿は、とても羨ましく感じた。
その度に、繰り返し見る夢がある。一人で席に座る私のそばに、誰かがいる夢。それは多分、三人。寄り添うように近く、なによりもあたたかさと心地よさを感じる。
夢ははっきり見る時もあるし、ぼやけて見えるときもある。その三人はきっと私の友人になる人だと思うのだけれど、毎回はっきり見えなかった。
そういう夢はきっと、私自身が行動しなくちゃ実現しないもの。……なんだと私は解釈している。
夢はチャンスを教えてくれるけれど、私には掴む勇気が欠けていた。
だからその夢を見る度、空しさに襲われて私は溜め息をつくようになった。
「はぁ……」
入学して何回目なんだろうか。
放課後になっても生徒がまだ居座っている賑やかな教室で目が覚めた私は、梅雨でもっさりする髪を撫でながら顔を上げる。
癖っ毛だから、この時期は酷い。
今日は、5月26日の月曜日。月曜日はとても眠い。
また眠気に襲われて、私は突っ伏してもう一度眠った。
教室は騒がしいけれど、すぐにふわりと眠りに落ちる。
17時15分。携帯電話を見ているブロンドの男子生徒が立っている。その彼に、車が迫っていた。
「……っ!」
バッと顔を上げる。
血の気が引いたみたいに寒気を感じた。でも嫌な汗でいっぱいだ。
指先は感覚が麻痺していて、プルプルと震えている。
交通事故の予知夢だ。
呼吸が乱れてしまう。ドクドクと心臓が暴れていた。
夢に出てきた男子生徒を知っている。白の学ランはこの学校の男子生徒の制服。
ブロンドの男子生徒は、このクラスにいる。
イタリア人の父親譲りのサラサラのブロンドを持つ、矢田圭太郎くん。なんでもお金持ちの息子さんらしく、口の悪さと女たらしと悪い噂を聞くけど、それでも顔立ちの良さと頭の良さで女子に人気。
さっき見かけたと、すぐに教室の中を探した。
「じゃあな、フリーども」
「うっせ、このリア充!」
「さっさと帰れ!」
モデル体型でスラッと長身の矢田圭太郎くんが鞄を持って、笑っている友人と挨拶を済ませて教室を出ようとしていた。
慌てて黒板の上にかけてある時計を見る。時刻は17時過ぎを差していた。
このままだと……彼は事故に遭ってしまう。引き留めなきゃ。せめて15分まで。でもどうやって? 話したこともない彼は、私の名前すら知らないかもしれない。話し掛けられない。
でも、このまま行かせたら彼は――……。
でも、話し掛けられない。でも、でも、でも、でも、でも……――。
込み上がる恐怖に突き動かされるように席を立ち上がり、前のドアから出ようとしていた矢田くんに駆け寄って腕を掴んだ。
ギョッとしたように矢田くんは振り返り私を見た。さらりと揺れる長めの前髪の下の瞳は黒。間近で見るとイケメンな顔立ちだと思った。
いや、彼の顔に見とれている場合じゃない。私は喋ったこともない人気者の腕を掴んでしまった。
これからどうすればいいんだろうか。さっきまで楽しそうに喋っていたクラスメイトは、黙ってしまってこちらに注目している。
え? どうすればいいの? 男の子の腕を掴んでしまったあとは、一体全体どうすればいいの? 放したら……放したら事故に遭ってしまうなんて、絶対に言えない。絶対に。変な人、確定してしまう。青ざめるのは、私だけで十分です。ああお腹が痛くなってきた。涙が出そう。逃げたい。でも15分まで、15分まで、矢田くんを引き留めなきゃ。でもなんて言えばいいですか。友だちのいない私が、イケメンさんと話すなんてハードル高すぎます。高すぎます。どうしたらいいんですか。
「……えっと、なに?」
数秒固まって頭の中で考えていたら、知らない人を警戒するような目付きで見下ろす矢田くんに問われた。
実際彼にとったら私は知らない人かもしれないけれど、ショックが大きい。激しく逃げたい。逃げたい。ど、どど、どうやって会話すればいいのですか。警戒しているイケメンさんと、どんな会話すればいいのですか! いえ、考えるのよ、心花! イケメンさんでも同級生! フレンドリーな会話でいいの、多分! 多分! でも友だちじゃないから、もっと初歩的な感じで! 初歩的な! えっと、えっと、えっと……。
「と、と、友だちになってくださいっ!」
また数秒で頭の中で考えた末に、初めて声を出した。ボン、と耳まで熱くなったのを感じる。
「………………は?」
矢田くんは心底理解できないと言わんばかりに顔をしかめた。
「そ、そ、そのっ、あの、私と……お友だちに……」
「……アンタ、ふざけてるの?」
「ひっ……ごめんなさいっ……!」
言い直そうとしたら、矢田くんが不機嫌そうな顔になる。ちょっと怖くなり、また泣きそうになってしまい涙目になった。
「わ、私となんか、友だちにすら、なりたくないですよね、すみません……本当にすみません……」
「え、いや、そう言う意味じゃ……えっと、な、泣くなよ……ね、泣くなって」
「本当にすみませんっ」
俯いたら涙が落ちそうになったから、もう片方の手で目元を押さえる。すると矢田くんが慌てた。
「あの、さ……えっと、名前は……?」
やっぱり矢田くんは、私を知らないみたいだ。
「月見心花です……」
「そう、月見さん……その、悪いんだけど、俺はこれからデートがあるんだ。だから放してくれない?」
矢田くんは私に掴まれる腕を指差す。私が時計を確認するとまだ17時10分だ。
あと5分、せめて5分、引き留めなくちゃ。
「こ、今回はどんな人とデートをするのですか!?」
会話をしようと、なんとか質問してみる。
何故か矢田くんの友人が「ぶふっ!」と吹き出した。
「……年上の美女だけど」
「と、年上さんとですか!? そ、そんな……す、すごいですね……えっと、えっと……どうやって、知り合ったのですか?」
「……ナンパされた」
「に、肉食系美女なんですね!?」
「……まぁ、そうだけど」
今回は肉食系年上美女と交際なんて、すごい大人! あらゆる女性との噂を聞く矢田くん、大人すぎる!
「山本、笑いすぎ」
ギロリ、と矢田くんは椅子に座っている友人を睨んだ。お腹を押さえて「今回って……今回って……!」と笑いを必死に堪えていた。
「月見さん、本当に放してくれない?」
「えっと!」
山本くんから私に目を戻すと、矢田くんが自分の腕を揺らす。私はもう一度、時計を確認する。
17時14分。もう放しても、ここは三階で校舎を出る頃には15分になっているはず。
そこで矢田くんの携帯電話が鳴った。胸ポケットから出して確認すると、また腕を揺らす。
「あ、メールが来た。ねぇ、ほんと、放してくれない?」
「あ、はいっ! もう大丈夫です!」
「は……?」
パッと手を放して時計を確認すると、15分を差していた。
もう大丈夫! きっと事故は免れる。
「引き留めて、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げてから「デート、頑張ってください」と言うと、矢田くんはとても理解できないと言わんばかりに歪めた顔になった。
「ああ……うん……じゃあね」
戸惑いがちに手を振ると矢田くんは教室を出てデートに向かう。私も見えなくなるまで手を振った。
残った私は、クラスメイトの視線の痛さを思い知る。
「……」
誰とも目を合わせないうちに席に戻ってリュックを掴んで、教室から逃げ出した。
駅まで早歩きで向かい、電車を待っている時にようやく安堵を覚える。
よかった。本当によかった……。
ホームに電車が滑り込んで、ハイウエストスカートが揺れたので両手で押さえる。その手に注目した。
夢を見たあと、震えた手。電車に乗って座席に座っても、落ち着きなくその手を撫で回すように擦る。
……すごい、怖い予知夢だったな。交通事故を予知する夢……。交通事故……。
ぼんやりと、してしまった。
少しして、自分の手の向こうには見覚えのある白があることに気付く。学校の制服だ。男子生徒にしては細く感じる足。
視線を上げれば、クラスメイトの男子生徒が吊革を握って見下ろしていることを知った。
ギョッとしてしまう。クラスどころか、学年一怖いと噂の男子生徒だ。
少し癖の強そうな黒髪と、睨み付けるような鋭い眼差しの持ち主。和泉彰弘くん。
入試は矢田くんより上の総合点、オール百点をとった天才だと聞いている。
矢田くんはそれが気に入らなくて、和泉くんも矢田くんと気が合わないらしく、衝突する姿を何度か見掛けた。
矢田くんは友だちに囲まれているけど、和泉くんは愛嬌に欠けていて笑顔を見せないから、私と同じく孤立している。
「月見さん」
鋭い眼差しの和泉くんは、見下ろす私の名を呼んだ。思わず、身体を強張らせた。