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《数式》により構築される魔法に満ちた仮想世界  作者: azakura
1章 王女気取りの魔法使い PARASITE_QUEEN
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1-7

 しばらく走ってきて辿り着いたのは、研究所の中核を成す施設だった。宮西の目の前には大きな海が広がっている。海というよりは湖なのだが、鼻に付くのは潮の香りなので海なのだろう。遠くの建物の明かりが幻想的に水面に映し出される。


 ――海洋研究所〈シーランド〉、海に関する研究ならほとんどを受け持っているといっても過言ではない。生物関連や、漁業、地質学など、ありとあらゆる研究をしている巨大施設だ。施設内で巨大な船があったり、大量の空気ボンベ、クジラの剥製、数百種類のウェットスーツの存在などがその施設の意味を物語っていた。


(さて、何を使えば……。できれば、あの女の炎を逆手に取った方法で攻めていくのがベター……。そっちの方が与える精神的ダメージが大きくなるし……。けど、僕が近づけば一瞬で灰にされる可能性も……。『防御(プロテクト)』で身を護るのには応急処置程度。どうやって対処を……)


 限定された状況ならばある意味絞られた展開に持っていくことができやすいが、ここまで何から何まで揃えられていると迷いが生じてしまうものだ。

 暗くてはっきりとは分からないが、今いる実験倉庫の中にはスノーケル、足ヒレ、空気ボンベ、それにウェットスーツなどが並べられていた。どうやらここはダイビングに関するアイテムの実験場みたいだ。ゴムの匂いが他に比べて強い。他の実験倉庫に行けばまた違った海に関するアイテムが取り揃えられているのだろう。


 ――――空気を激しく叩く音とともに、巨大な紅蓮の火柱が夜空に昇っていく光景が、倉庫内の窓から見ることができた。


 宮西が急いで倉庫から外に駆けだすと、ここからはまだ百メートルほどの距離が離れてはいるが、一面が火の海に包まれていた。紅蓮の火が津波のように平らな建物群を襲い、呑み込んでいく。紅の化け物が轟々と音を立てていくつもの建物を飲み込んでいくその光景は、戦争に関するゲーム、映画をいくつも見てきた宮西にとっては珍しくない光景だが、それはあくまでも箱の中の世界。こうやって身近に体験できたことなんて生まれてきて以来一度もない。


 目には見えない何かが宮西の胸を圧迫させていく。


「これが、R4……」


 少年の口元から思わず笑みがこぼれた。異常だ、少年はそう思った。しかし、これがこの世界での常識なのだろう。痛みは現実世界と比べて緩和されているとはいえ、ダメージにのた打ち回ることも有り得るし、想像を絶する光景にトラウマを植え付けられることだって普通に考えられる。


 と、宮西の思考を遮るように、再度上空に火柱が再度舞い上がり、儚く散っていく。 


 今まで通った実験施設に置かれている機材は燃えて使えないみたいだ。展開的にこの倉庫の機材で勝負をしなければならないらしい。


 展開は絞られた。いや――――絞ってくれた。

 

       ◇

 

 橙髪の少女は激高していた。クソ生意気な初心者が、クソ生意気にあたしを挑発して。骨の髄まで燃やし尽くしてやる、跡形も残らずに真っ黒な炭にしてやる、そう心に刻み込む。


「あー燃やしてやるっ!! 内臓まで脳ミソまで、骨までメチャクチャに燃やしてやる!!!!」


 そう高らかに宣言する藤代。

 暗闇の空なんぞこの能力の前には全く関係ない。この空を、この空間を無限に赤に塗り替えることがこの能力でできてしまう。

 彼女は炎で実験場をひたすら燃やし尽くす。掌からは真っ赤な炎が膨れ上がれ、光線のように瞬時に周囲に放たれる。


「――――そう簡単に負ける気はないですよ? 少なくとも弱虫(あなた)にはね」


 炎の低重音を突き抜けるように凛と届いたのは、爽やかな男の声。

 藤代は歩みを止め、つまらなさそうに少年を見据え、


「ねぇ、壁にあの方程式を書いたのはあんたぁ?」


 少年は藤代の姿を再度じっくりと見て――微笑んだ。

 その表情に、冷静な態度にジロリと睨みを利かす藤代。対して少年は動じず、左手の甲を藤代に見せつけた。


「僕じゃありません。書いたのは『魔法使い』です」

「……魔法使い……? ナニよ、その言い方? ふざけてるとぶち殺すわよ?」

「別にウソじゃありませんよ? 『魔法使い』は僕の心の中に、確かに存在しますから?」 


 余裕をもったような話し方に、全く恐怖を抱く様子を見せない顔つきに、藤代はグッと奥歯を噛み潰し、


「――――後悔しても知らないんだから!!」


 藤代は地面のコンクリートを思い切り蹴り、目の前の少年に向かって飛んでいくように走る。少年は迫りくる藤代に対して堂々と背を向け全力で足を動かす。


「待てッ!!」


 藤代は自分から逃げる少年にありったけの熱をもった火柱をぶつける。彼女の手からは次々と火柱が飛んでいき、彼女の能力名が示す通り暗闇の空間を紅に塗り替えていく。


 ――――けれども、


「クソッ!! 何で当たらないのよォォォ!! 当たれぇ――――ッ!!」


 火柱は少年に、一つでさえも当たることはなかった。まるで後ろに目があるのかと疑ってしまいたくなるような避け方は当たる気配を微塵も見せない。舞い散る蝶にように的確に炎を躱していく。 

 少年は炎を躱しながら角を曲がっていき、近くの建物の内部に入っていった。藤代も決して少年を逃がすことなく追っていく。


(ここは……)


 倉庫型の実験場に入ったみたいだ。外の紅蓮に光る炎がガラス越しに内部を照らす。スキューバダイビングでよく使われるスノーケル、空気ボンベなどがズラリと一直線上に並べられ、様々な色や大きさのウェットスーツが洋服屋のように、専用のハンガーに掛けられている。

 一通り見回しても、少年は見当たらなかった。だが、ここに入っていく光景は確かに見えたので、絶対に内部にいるはずだと断言できる。

 キョロキョロと見回す藤代、そして高ぶった気持ちを一旦深呼吸によって落着けさせ、


「かくれんぼしても無駄よ? 時間の無駄」


 裂くように、ニタリと唇が動いた。隠れている気なのかもしれないが、少年の隠れている場所は分かっている。注意深く耳を澄ませば、荒い息遣いが聞こえるのが何よりのヒント。

 数十のウェットスーツがハンガーに掛けられている中に、他とは違う膨らみが確認できる。藤代は腕を伸ばし――ありったけの炎をその膨らみに浴びせた。


 直後、鼓膜を破るような爆発音が倉庫内に響き渡った。

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