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《数式》により構築される魔法に満ちた仮想世界  作者: azakura
1章 王女気取りの魔法使い PARASITE_QUEEN
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1-6

「はぁ、はぁ……」


 公園から脇目も振らずに走り続けた宮西は一旦足を止め、肺呼吸を繰り返し、ぜぇぜぇと息を整えることに専念する。念のため周りを確認してみると、


「……海に関する……研究所?」


 詳しいことは宮西には分からないが、看板などからそうだと推測した。

 とにかく藤代とかいう女は振り切れたようだ。だが油断はできない。そこの角を曲がるとバッタリ、なんてこともなくはない。

 それにしても何者だ? あの様子から決して友好的だったなんて思えない。女の急な心変わりには慣れている宮西だが、どうして自分を狙ったのだろうか? 


「無差別な初心者潰し……? とにかく……どうする……? いや……、」


 そう口ずさんだところで、不思議と逃げる気分にはなれなかった。


「せっかくここまで足を運んで来たんだし……。それに、桐原くんの分はしっかりとお返ししてあげないと、ですね……」


 ふと、安心を求めるように夜空を見上げた。塵一つない、澄み切った暗闇に、散らばるように煌めく星々。――夜空、それがここに訪れた理由。

 R4では現実世界では有り得ないような、たくさんの星々が見られると以前聞いたことがあった。今度一緒に見に行かないかと桐原とは約束したのだが、残念ながらその約束を果たすことができなかった。だから、


「せめて感想だけでも伝えられたら……。それでもう一度R4に興味をもってもらえれば……」


 冷たい路地に背を預け、顎を上げて宮西は呟いた。


(あと五分ちょっとで大量の流れ星が見られるはず……)


 もし桐原が右も左も分からない初心者状態でなく、着実にこの世界で力を付けていた場合に襲われたら彼はどう考えただろうか? たとえ彼女に負けたからといって、二度とR4にログインしなくなるという現状は回避できたんじゃないだろうか? もちろん、それは『たられば』の話で実際はどうだか分からない。しかし、どうしても宮西の脳裏には『たられば』の話が抜け出せない。


「それに、もう一つ闘う理由ができましたし……」


 カフェで宮西の背後に座っていた彼らも、初心者だったのだろうか? 


「これ以上の初心者潰しは僕が止めます。――――やられたなら、やり返しましょうよ」


 宮西自身、このR4では初心者で、大それた魔法なんぞ使えない。あの藤代みなみの炎の魔法のように、誇れる魔法など彼には使えない。でも――彼には誰にもない武器がある。二年付き合ってきた武器がある。


「『魔法使い』さん、僕に協力してください。あの女に勝つためには、あなたの協力が必要です」


 武器――『魔法使い』は彼の声、そして考えに反応した。ペンを握った彼の左手が意志を持ったかのように壁に対してさっと、たった一行のある数式を書いていき――はっきりと目立つように大きなバツ印を付けた。その意味するところは宮西も良く分かった。


 彼は再び『魔法使い』に声を掛けた。


「そうですね、僕だって一発殴ってやりたい気分です。それに、僕に考えがあります」


 小さな声で、まるで人間に語りかけるように自身の心の内に語りかける。


「この実験施設にあの女を倒す鍵があると思います」


 左手は力強く、その意志を見せ付けるかのように拳を握った。


「行きましょう!!」


 宣言すると宮西は、実験施設内部に大きな一歩で駆けだした。


       ◇


 藤代みなみが茶髪の少年を襲う理由は一つ。それは単なる腹いせのため。


「あー、思い出すだけで胸クソ悪くなるわ」


 三十人ほどで構成されたチーム『ナチュラル』のリーダーだった藤代。だが、彼女は突然チームから追い出されてしまった。突発的な出来事。ただ、その事態を招き起こしたであろう原因のキーワードは確かに聞き覚えていた。


「まっ、あんなチームどーでもいいもんねっ! 勝手にすればいいんだしっ」


 しかし、追い出される形となっていい気分であるとは言えなかった。気分が悪くなったらとにかく炎を発散という考えで、彼女は腹いせに片っ端から初心者を追い詰めている。


「ほぉらほら~、どぉこに行ったのかな~? 出てきたら苦しまずに殺してあげるから」


 狭い路地を歩く藤代の、右手の人差し指には小さな炎が灯されていた。言葉通り、その様子からは他人を殺すために追っているようには見えず、ただただ小さな子供とかくれんぼをしているように振る舞う。


「う~ん、ここを通ったはずなんだけどなぁ」


 あの茶髪の少年はこの路地を通っていた。途中で分岐している箇所もなく、足音もかすかに聞こえる。


「……それにしても、何だったんだろうあの動きは?」


 カフェから逃げ出すとき、見るからに鈍臭い脚の動きだったはずなのに、炎を纏った拳を避けるときの動きは妙に俊敏であった。


「アイツの魔法……? けれど自分の魔法(オリジナルマジック)はまだないって言ってたはずだし……。気のせい?」


 ま、焼き殺すことに夢中だったから単なる見間違いか、そう適当に納得した。

 コツンコツン、かすかだが足音が聞こえる。


「まだまだ遠くには行っていないようね。…………うん?」


 歩を進める藤代はふと、その足を止めた。指先の炎に照らされた壁の異変に気が付いたからだ。指先の炎を壁に照らしてみると、そこには何かの文字が書かれている。落書きだろうか?


(いや、落書きのはずないか……)


 R4の世界では例えば、藤代が燃やし尽くしたカフェも公園も数時間経てば元通りになる。つまり壁の汚れも時が経てば元通りになる訳だ。

 ということは、この文字はついさっき書かれたもの、そう理解して文字を読んでみる。


 ――――否、読むまでもなかった。


「…………!!」


 彼女は歯を思い切り噛み締める。拳も爪が肌に食い込むほど強く握られていた。

 壁に書かれてあるのは一行の数式――熱伝導方程式に大きくバツ印がついているだけ。傍から見れば不思議な光景かもしれない。たったそれだけで怒れるなんてどうしたんだ、と。

 だが、その方程式は藤代みなみの魔法『紅に染まる無限世界アンリミテッドクリムゾン』の中核を成す数式。


「この方程式を解くのにあたしがどれだけ時間を掛けたと思ってるの!? 微分積分にフーリエ変換、流体力学に……、なんにも知らないクセに! 初心者ごときがバカにしていいモンじゃないわよッ!」


 この壁に刻まれたバツ印は藤代を大きく侮辱していると受け取っても構わないだろう。


「……トラウマ作ってやる……ッ!!」

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