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《数式》により構築される魔法に満ちた仮想世界  作者: azakura
1章 王女気取りの魔法使い PARASITE_QUEEN
6/52

1-5

 声と同時だった。


 真っ赤に輝く右の掌。瞬間的に放たれるのは風弾とも似つかわない――――巨大な火の柱。

 鼓膜を突き破るような爆音とともに放たれる紅蓮の塊。真っ赤に輝くそれを網膜で捉えたと思ったら、焼き付けるような熱で宮西の右頬を瞬時に痛めつける。

 チリチリと黒くなった髪の先、漂う焦げ臭さを鼻孔で感じ取り、ゆっくりと、ぎこちなく背後を振り返る宮西。


 ドサリと。真っ黒に焦げた人の形をした何かが、今まさに木製のチェアから床へ倒れ込む。目を凝らせば、宮西と同年代と思われる体格、顔立ちをした少年だった。


「――――――なっ」


 自分と近い存在が炭と化した現実。その事実が、宮西の心臓を吐き気がするほどに鷲掴みした。

 黒焦げの少年と同席していた少女が、涙を流しながら音を立て崩れた少年に、恐怖で顔を歪めて駆け寄っていく。

 宮西も鈍さを増した脚に力を込め、少年を心配して駆け寄ろうとしたが、橙髪の少女の視線がそれをさせてはくれない。


 ――――橙髪の少女は口を開く。


「『紅に染まる無限世界アンリミテッドクリムゾン』――――藤代ふじしろみなみって名は知っててもいいんじゃないかな?」


 彼女が名乗った瞬間、ガシャンと何かが割れる音がした。そうして店内に居た人間は次々と店の出入り口に吸い込まれていく。宮西を案内してくれた、たった今注文したオリジナルスイーツを持ってきた彼女でさえも、持ち運んだ商品を近くのテーブルに置いて飛び出していった。


(『紅に染まる無限世界アンリミテッドクリムゾン』、やっぱり……)


 と、その時、黒焦げにされた少年に寄り添った少女が藤代に駆け寄り、


「どうしてこんなことしたの!? 私たち何か悪いことした!!」


 少女は顔を歪めて取り乱しながら、藤代の肩を掴み強い口調で次々と責めていく。

 けれども。


「ウザイ、邪魔。あたしはアンタなんかに興味ないの。そこどいて」


 藤代はうっとおしそうな顔ばせで少女の顔を掴み、そして――――、


「…………ちょっと!」


 思わず、といった調子で出た、気の抜けた宮西の声。だが――――遅かった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 紅蓮に膨れ上がった熱が、掌から両頬、髪の毛、そして全身へ伝わる時間は、瞬きをする間も要さない。少女も同伴していた少年と同じように、黒焦げになりながら床に倒れ込んだ。

 ギリッと歯を噛み締める宮西。そして静かに、すまし顔でいられている藤代みなみを見つめ、


「……何もそこまでする必要はないじゃないですか。そこまで傷つける理由なんか何一つないじゃないですか……」

「えっ? 理由ってナニ? 勘違いしないで? ここは現実じゃなくてR4だよ? 一人や二人燃やしちゃってもいいじゃん? そんなことで文句言ってたらこの世界ではヤッてらんないよ?」


 宮西は確信した。


(この人が、この藤代みなみが桐原くんを潰した――――張本人)


 愛くるしい童顔と女の子らしいピョコンと飛び出た髪房に彩られた外見という仮面の奥にあるのは、無差別に他者を燃やし尽くす殺人鬼。

 依然として胸の高まりは収まらない。周囲の炎が原因だとは思えない汗だって額から滲み出る。だが、宮西は数度呼吸を繰り返した。感情的にはならず冷静に、ガランと空いた店内を見回す。


(ここに残っている人たちはゼロ……。誰も助けてくれないか……。さて、どうする……)


 藤代だって黙って突っ立っている訳ではない。ゆっくりと右腕を宮西に向ける。


 宮西は大きく目を見開いた。そして、


 ――――その場で回れ右をして、思い切り木製の床下を蹴った。振り返った目下にある窓ガラスを、何の気にも止めることなく突き破る。


「あああああっ…………くぅぅぅぅっ!」


 細かく外に飛び散るガラス。宮西の露出した頬や手に小さな傷を付けた。


(あんなに狭い場所で相手にしたらかなりマズイ……! とにかく広い場所に!!)


 あの藤代みなみという女の魔法は火を用いる能力。となると、


(狭い場所で闘えば確実に火に囲まれて焼き殺されるか、崩れ落ちた建物に潰されてゲームオーバー! どうにかして場所を移さないと!)


 R4で設定されているHPが零になれば、一週間のログイン停止と所持金を半分にされるペナルティが待っている。けれど、今の宮西にそんなペナルティがどうこうを考える余裕なんてなかった。

 宮西は後ろを振り向かずにひた走る。なるべく人気の多い、広い場所に。


(ここらで広い場所といえば……さっきの公園!)


 しかし。

 背後からパチパチと、空気が小さく爆ぜる不気味な音が耳に届く。


(この音は――――)


 次に聞こえたのはボワッと膨れるような音。次第にその音は低重音に変わり、そして――――、


 宮西の右耳を鼓膜から潰すように、肌を焼き切るように、大きな火柱が地に平行に放たれた。


 宮西は左手に強く引っ張られるように、エメラルドグリーンの芝生に勢いよく飛び込む。


「……――はぁッ! クッ!!」


 無事を確かめるように右手で芝生を掴み上げる。倒れ込んだ身体も、ふらふらと足腰の力で立ち上がった。

 大きな火柱がベンチ、木々に燃え移り、辺りがオレンジに染まりだす。いや、オレンジというよりは紅の世界と表現した方が適切か。膨れ上がる炎の光は眩しくて直視できない。火柱には直接触れてはいないが、それでも宮西の右頬を痛めつけたのには十分だ。

 燃え上がる炎は異常な熱を持ち、周囲の温度を上昇させていく。あらゆるものを蝕んだ炎は、灰色の煙を高く横に拡がるように揚げた。


「まったく、……げほっ…………、本当にどこまでもリアル……、ですね…………」


 仮想現実であっても、たとえ本当の肉体が現実世界のVR装置に眠っている状態であるとしても、痛みは感じる、それがよく痛感できた。宮西はチラリと、様々な実験施設によって造られた薄暗い路地を、目に走る痛みを堪えながらも確認する。

 橙髪の少女は、紅蓮の炎、灰色の煙のカーテンをいとも容易く掻い潜ってきた。


「あたしさぁ。初心者見てるとムシャクシャしてくるんだよね。ギッタギタにしてやって、二度とログインできないようにしてやりたいワケでして」


 笑っていた。


 女は口元に余裕を作りながら周囲に火をばら撒いていた。その火は次々と周囲に引火していく。


 彼女の表情は自分をバカにするような、下に這いつくばっているザコなんて見下しの対象でしかない、そうヒシヒシと伝わってくる笑みだ。

 公園で休憩をとっていた人々の姿はなかった。先ほどのカフェと同様に全力で逃げたのだろう、この女を見た瞬間に。


 人の身長を優に超す木々が次々と燃えていき、艶を放つエメラルドグリーンの芝生を真っ赤な絨毯に変貌させていく。燃え盛る炎はまるで真っ赤な刃物のようで、全てを蝕んでいく。 


「ふふっ、逃げても無駄だよ? 余計に苦しくなるだけだから?」


 橙髪の少女、藤代みなみは別世界に立っているかのように、涼しそうな顔つきで言った。


「……その様子から推測するに、僕にケンカを売っていると考えてもよろしいでしょうか?」


 心臓の音が普段より強まりながらも、ゆっくりと気持ちを落ち着かせて対峙する。そして心に描くのは、カッコイイ魔法使いになるのだと恥ずかしげなく自分に宣言してのけたあの顔。

 言葉を放つだけで喉が焼けそうだった。ピクリと動くだけで焼け焦げてしまいそうな錯覚に襲われる。


「――――そうだよ?」


 刹那、女は足元を爆発させて宮西に襲いかかった。互いの距離は二メートル強、彼女の爆発的な瞬発力によりあっという間にその距離を詰められる。直線状の運動、その勢いを活かすように炎を上乗せさせた右拳が素早く宮西の頬を狙った。空を切る音と高温の熱が、耳、そして頬を襲う。


「くっ!」


 一歩二歩、藤代の炎を纏った拳が独特の低重音を響かせて宮西に牙を剥く。足幅の差と彼の身体の反射(のうりょく)で、スレスレで躱すことに何とか成功する宮西。けれども、


「熱で目ぇ瞑ってないでさぁッ、もっとあたしの顔を見なよッ!」


 藤代はその宮西の隙を狙い、左脚を大きく撓らせて少年の右腹部を叩く。


「ぐっ!!」


 肺に溜まった空気を吐き出しながら、体勢を立て直せずに地面に倒れ込んだ宮西。藤代は追い打ちを掛けるように炎を纏った拳を少年の頭上に振り上げた。そうして次なる攻撃にも対応できずに燃え盛る拳を浴び続ける。炎の熱が表面を焼き、拳が内部を痛めつけていく。


(…………マズイ、どうにか)


 唯一の救いなのが、藤代の腕力自体は大したものではなかった。激しい痛みに襲われながらも、


(……まだ意識は……ある……)


 熱と痛みの中、朦朧とした意識でポケットの中からペンを取り出した。そして左手は脳で命令することもなく、まるでもう一人の意志が宿っているのではないかと言わんばかりに、藤代の右腕にペンを突き刺す。


「…………ッ」


 藤代がパッチリした目を強く瞑り、小さな悲鳴を上げ怯んだ。


「このっ!!」


 痛みに堪える藤代の腹部を続けざまに蹴り飛ばし、そうして足腰に精いっぱいの力を込めてその場を後にした。

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