戦いの果てに
「ちょっと、また寝てたんですか! もうっ、毎度毎度……はぁ……。例のごとく『報告書』はしっかりと書いてあるし……。あームカツクッ」
眠たい眼を擦れば、黄色のメガネの縁を光らせた彼女は、乱暴に机に置かれたプリントを拾い上げる。溝上遊南、委員会を重ねるごとに不思議な縁が彼女との間にはできあがっていた。
「ふんっ、今日という今日は許しません! 特別顧問のお説教タイムです! ハハッ、感謝してくださいよ? あの特別顧問サマ直々に説教していただけるだなんて……しっかりと噛み締めてください!」
眠気が一気に吹っ飛んだような気がした。
「……今、何て言いました? 特別顧問さんの名前……」
溝上は怪訝な顔で、
「ちょっと、冬森凛檎という名もご存じないの!? この学園の誰よりも仮想現実を知るあの方に頼み込んで特別顧問になってもらったのよ!?」
そして彼女は斜め後方からの人影にバッと顔を向け、
「あっ、冬森さん! この人です! 毎回毎回居眠りを決めてる非常識極まりない男はコイツです!」
宮西京にとっては良く知った人物がそこにはいた。それも仮想現実などではなく現実世界で。
「……えっ、えっ……うそ……」
凛とする整った顔立ちに浮かべたのは、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情。背中まで伸びた艶のある金髪は、たとえどの世界であっても代わり映えはしない、宮西は思った。
「……冬森さん……僕と同じ学校に通ってたんですか……」
意外な反応をする両者に阻まれた溝上は、一体何がなんやらといった感じに二人の顔を交互に眺めていたのだった。
◇
「まったく、連絡くらいは寄こしなさいよ……。あれから三日もログインせずに音信不通なんて……心配するに決まってるじゃないっ」
二人は校舎から外に出て、適当に近くのベンチに座って話をすることにした。
「あの後、僕もHP切れで強制ログアウトを喰らってしまいまして……。だからもうしばらくはログインできませんから。それに冬森さんの連絡先知りませんし……」
「まぁ、それもそうね。なんせ一緒に行動していたのなんて二日程度だったし。でも宮西くん、身体に異常とかはないの? しっかりと検査した?」
冬森凛檎はポケットからスマートフォンを取り出し、宮西と連絡先の交換を済ませる。
「順を追って説明しますと、強制ログアウトのあとVR装置から出たら、とても強い眠気を感じたんですよね。とにかくバスで寮まで帰って、ぐっすりと眠りました」
「……せめて病院に直行しなさいよ」
「……あはは、しっかり睡眠とったあとにきちんと行きましたよ。『エレメント』が管理する病院にですね。そこで身体の隅々まで調べていただいて、どこにも異常がないことが分かりました。ですから、愛しの魔女に脳の優先権を貸してあげても、すごく眠くなるだけで大丈夫です」
「そっか。それなら良かった……。ホント心配したんだからねっ」
ふう、と一息入れるのと同時に、冬森は宮西のおでこに軽いデコピンをした。
「それで、道化の奇術師はもう襲ってこないの? 一応は現実世界でも、宮西くんの中の愛しの魔女を奪うことができるらしいけど……」
「道化の奇術師の性格から考えると……プライドは高いですからね。本人も言っていたように、先日僕たちに敗北を喫したので、現実世界でも襲いにかかる可能性は低いと思います。それに、」
「それに?」
「病院に行った際、『特殊能力研究所』にも顔を出しました。最初はいい顔をされませんでしたけど、今回発覚した事実を話し、組織と寄りを戻すことに成功しました。ですから、仮に道化の奇術師が襲いにかかって来ても、即座に僕を守ってくれると約束してくれました」
「ならよかったわ。とりあえずは身の安全も確保されたのね」
そうして冬森は宮西から知りたかった情報を全て訊き出せたのか、
「話は変わるけど。宮西くんにとって私と行動した二日間、どうだった?」
宮西はしばらく唸り、
「やっぱり大変だな、と思いました。これまで知りたかったことが次々と発覚して、慣れない魔法で強敵と闘わなければならなかった……。そりゃあもう、疲れましたよ」
「ふふっ、それもそうか」
冬森はクスッと笑った。だが、
「私は……その……、楽しかったかな……って思ったり? ちょっと不謹慎かもしれないけど」
宮西は嫌な顔一つせず、
「詳しいことを聞かせてもらえませんか?」
「そうね。私、最近まではずっと『キューブ』のことを考えてR4を過ごしていたの。どうやってチームを纏め上げようかな? とか、色々とね……。けども今回は……久しぶりにドキドキを味わえたの。あんなに走り回ったのも久しぶりだし……。R4はやっぱり広いなって思って……。もっとR4を見て回りたいと考えたわ」
「だけども冬森さんは『キューブ』のリーダーですよ? 少人数で動くのは難しそうですよね?」
「私も二年生になったことだし、もう少しで引退ね。だから、二代目を誰かに決めるのも近いかも。余生くらいは好きに過ごさせてもらう権利はあるでしょ?」
「僕なんて最近始めたのに冬森さんは引退のことを考えているなんて、何だか不思議な気分です」
「そういえば宮西くんは、自分の超能力をもっと詳しく知るためにR4へ来たのよね。なら、キミもすぐに引退するの?」
宮西は首をゆっくりと横に振った。それも、妙に嬉しそうな顔で。
「僕は冬森さんと一緒に行動して、二つの目標を決めました」
「ほうほう、ちょっと聞かせなさいよ」
「一つ目はですね、『自分の魔法』を作りたいこと。『気まぐれな振る舞い』では全然ですから」
「そうね。他人の魔法をパクッてドヤ顔しているようではダメよ」
思わず苦笑いをした宮西。
「二つ目はですね、少人数の非公認チームを作りたいと思いました。少人数と非公認なのは気楽にやるためです。自由気ままに行動するのが僕の性分ですし」
「非公認のチームなんていくらでもあるけど、チームを作ってどうするの?」
「ま、もっとR4を見て回りたいって思いまして。〈セントラル〉以外の街を、一人だけではなく仲間と一緒に見ることが僕の目標です。そこで、冬森さんにお願いがあります」
「わっ、私?」
「チームの一員になってくれませんか? 時間が空いたときには、僕と一緒に行動してくれたらすごく嬉しいです。今回一緒に行動して、冬森さんの頼もしさに惹かれました」
「……惹かれたとか……よくも恥ずかしげなく言えるわね」
「それで、答えは?」
「私も、もっと宮西くんと行動したいと思ったわ。……べっ、別に宮西くんに惹かれたというワケじゃないから……。その、宮西くんは事件を引き寄せてくれるもの。退屈はしないでしょ?」
もう少し素直になってくださいよ? とからかう宮西に、冬森は頬を染めて反抗した。
「……ったく。……あーそういえば、最後に訊いていい?」
「構いませんよ?」
冬森は僅かの間を空け、そして、
「――――愛しの魔女の身体を取り戻してあげたいと思う?」
キョトンとする宮西。けれども、すぐに柔和な笑みで彼は答える。
「今はまだ焦る気はしません。最近バタバタしてますし。だけど、僕は愛しの魔女――夏姫の身体を抱き寄せてあげたいとは思ってます。まあでも、本人の意志は尊重しますけどね」
照れ笑いで答えた宮西。
「大切なお姉さんだものね。私にも手伝えることがあれば遠慮せずに言ってね」
そうして二人は立ち上がり、荷物を取りに行くため校舎へ向かって行った。
だが、宮西はその足を止める。そして小さく微笑んだ。それは――――声が聞こえたから。
『――――京ちゃん、ありがとう。お姉ちゃん、いつでも見守っててあげるからね』
これにて完結です。
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