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道化の奇術師は鬱憤を晴らすように、周囲のビルを次々に壊していく。瓦礫の中から火が付き、周りに燃え広がろうが止めることをしなかった。
炎が燃え上がり、周囲の温度は上昇していく。それに伴い、宮西の逃げ場は次第に失われていく。
そして宮西の周囲にあった五つのビルは全て崩壊した。瓦礫に引火した炎は激しさを増す。 宮西とは十メートルほど隔てた道化の奇術師。彼女は脱力した状態で宮西を見据える。自分でも考えずに滅茶苦茶に壊しまわったからか、そのタキシードは所どころ解れたり、破れたりしてボロボロだった。そして彼女は何もかも諦めたような笑みで、宮西に向かって、
「……そろそろくたばれよ」
低い声でそう言い放った。
――刹那、道化の奇術師はレイピアで地面を叩き、その反動を生かして凄まじいスピードで宮西に襲いかかった。『防御』を展開させる宮西。道化の奇術師はその防御壁を勢いそのまま叩き壊そうとする。
結局、その防御壁は破られることはなかった。道化の奇術師を跳ね除け、薄緑の防御壁は消えていく。――けれども。
「その防御壁の持続効果はおよそ四秒、そして魔法を構築するのは三秒かかる」
突如冷静に述べ始めた道化の奇術師を不気味に思いながらも、宮西は一歩後退し反撃に出ようとした。が――――
「瓦礫まみれな場所で、疲れ切った頭で、はたして上手く下がることができるかな?」
宮西はほんの僅かだが、瓦礫に足を引っかけ、もたついてしまった。急いで『防御』の数式を組もうとしたが、
道化の奇術師のレイピア『気狂いの拳闘士』が、宮西の身体を直撃した。
「――――」
声すら発することができなかった。宮西は数秒間宙を飛び、瓦礫に身体を叩きつけるように、破片の絨毯を転がっていく。そうして口元から血を吐き出し、ぐったりと人間の座高ほどはある瓦礫に身を預ける格好となった。当然のように、少年の身体はピクリとも動かない。
「終わり。意外と呆気ない結末だったね」
ボロボロになった宮西に、ゆっくりと掛けよる道化の奇術師。そして瓦礫に身を預ける彼の前で腰を下ろし、
「『道化の奇術師』で愛しの魔女を抜き取って終わり。下校時刻まであと二分か……、ぜーんぶ水の泡になるかもしれなかったけど、よかったよかった」
その時、かすかに宮西の眉が動いた。
「まだ……おわ……りじゃ、……ありま……せん…………よ……」
そしてゆっくりと右腕を挙げ、力なく道化の奇術師を殴りつける。だけれど、道化の奇術師は力ないその拳を簡単に避けた。
「京ちゃんはすごく頑張ったよ。それは認めてあげる。足りない能力をフルに活用してこのあたしをここまで追い詰めたのは誇っていいよ。もう馬鹿になんかしないからさ、その拳を下ろして。勝負はもう付いたから、みっともないことはしない」
語りかけるように言う道化の奇術師。しかし――宮西の眼光が失われることはなかった。
「たとえ……僕が終わりでも……」
宮西は知っている。彼が一人で闘ってはいないことを。そして信じている――彼女のことを。
「――――夏姫が……います!」
道化の奇術師がピクリと、一瞬だがたじろいだ。
「なっ、に……」
道化の奇術師は急ぐように顔を強張らせて、身体中の至る所を手で触れた。
「――――動くな」
宮西の言葉だった。その一言に、ピタリと道化の奇術師の動きが止む。
「……僕も、……どこにトランプが……隠されているのかは分かりません……。なんせ……夏姫が勝手に……攻撃を受ける直前に……仕掛けたものですから……」
魔法でもロジックでもない。タネも仕掛けもないなんて枕詞が似合いそうなほどの単なる手品。それは姉の夏姫――愛しの魔女がかつて悪戯っぽく披露してくれた手品。
「あ、あたし……そんな手品知らないよ? いや……、魔女ちゃんが手品好きなのは知ってるけど……。あたし…………」
次第に揺れる少女の瞳。
宮西は心の中でクスリと笑った。いつの間に『気まぐれな振る舞い』の施したトランプを仕掛けたのだと。
「……二人で……つくり……あげた……手品です……」
道化の奇術師は唇をわなわな震わせ、拳をきつく握り、奥歯を強く噛み締め――そして、
「チッ、あたしの負けね。愛しの魔女を最後まで信じた京ちゃんが勝ちよ! ああもうッ、あの子のことを何でも知ってたと思ってたあたしがバカみたい! 何百年も一緒に過ごして、全部分かってた気になってたあたしが本当にバカみたいじゃない!」
力が抜けたように、膝から崩れるタキシードの少女。こうべを下げ、ロングの茶髪が垂れるように少女の顔を覆う。
だけれども、少女は首の動きだけでフワリと髪を振った。
「でもね、あたしは諦めてないから。またいつか愛しの魔女を狙うつもりだから。覚悟してなよ?」
道化の奇術師はそっと、右手を宮西の頭に置き、
「ハッ、笑ってるけどね、メチャメチャ悔しいんだよ? ここまでくるのに何年かかったと思う? でも、でもね、最後に取り乱す悪役ほど情けないモンはないから。途中で取り乱したことは反省しないとね」
道化の奇術師はふぅ、とため息を付き、ゆっくりと目を細め、
「最後くらいはカッコつけて終わらせてね?」




