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けれども。
「これ程度なら、あたしにだってどうにかできる――!!」
ギギギギギリッ! と交わったレイピアで龍の化身である氷を受け止めた道化の奇術師。あまりの勢いに足先は大きく床を擦る。
「ハアアアアアアアアアアアア!!」
叫ぶと同時に、氷の龍は粉々に砕け散った。そうして砕け散った氷を巻き込むように、道化の奇術師は二本のレイピアを再び思い切り振り抜いた。数々の氷の破片が愛しの魔女に飛んでいく。
だが愛しの魔女は冷静にトランプを取り出し、シールド魔法『防御』で氷の攻撃を跳ね除けた。
「これで終わると思うな!」
しかし、道化の奇術師はさらにその動きを読んでいたと言わんばかりに、レイピアを地面に叩きつけて勢い付け、矢のような速さで愛しの魔女に向かって跳んだ。二本のレイピアを身体の前で構え、消えかかりそうな防御壁を叩き壊そうとする。
そして愛しの魔女の身体を護る防御壁はレイピアによって粉砕された――――が、
「『氷刻の女王』はまだ続いてるよ」
――背後から細い一本の氷の柱が、まるで光線のように道化の奇術師の胸元を斜め上から貫いた。
「ぐ、ふっ……」
氷は一瞬で溶け、勢いを失った道化の奇術師は胸元から鮮血を噴き出してその場に崩れる。歯をガチガチと鳴らし、余裕ぶった表情で自身を見下ろす愛しの魔女に強い眼差しを投げ付けた。
「ううっ……、何なのよ……」
「……私を倒す気、あるの? さっきから……動きがぎこちないよ?」
「……無駄話をする余裕なんてないでしょ? タイムリミットは…………」
「まだ一分近くあるから大丈夫。道化の奇術師を倒す分にはまだ――――」
愛しの魔女は懐から取り出したトランプに、ただし今度はそれまでに比べて時間を掛けながら数式を書き込んでいく。そして道化の奇術師に最期を告げるように放り投げた。
「最後の、とっておきの魔法で決着を付ける」
ペンを杖に変形させ、その杖を両手で持ち頭上へ掲げた。倒れ込む道化の奇術師の上に、暗黒の塊が徐々に形作られる。
その暗黒はまさに全てを飲み込むブラックホール、闇夜の空をさらに塗り尽くしてしまわんほどの漆黒。
道化の奇術師は漆黒の塊を視界に捉えながらも、逃げ出す気配は見せなかった。単に尻尾を巻いて逃げ出すがことが恥ずかしいからなのか、それとも逃げるだけの気力がないからなのかは愛しの魔女にとって不明。だが、道化の奇術師は、
「あたしが動かないのはね、漆黒の塊が当たらないと見込んでいるからだよ」
「根拠は? 根拠のない自信なんて見ていて痛々しいだけ」
道化の奇術師は鼻で笑った。言葉は述べない、それは言わなくてもすぐに分かるだろうからと、そう言いたげな顔で愛しの魔女を見上げて。
そして。
愛しの魔女は風に乗るように、身体中の先という先から砂のように崩れていく。
「あれっ、まだ時間に余裕があるはずじゃ――…………」
「三分なんて続くはずないじゃん。京ちゃんの脳みそ、過大評価しすぎ。訓練すればもう少し延びるだろうけど、初めてじゃあねぇ……。二分も持てば十分じゃない?」
……もしかしたら、初めからそれを狙っていたのかもしれない。道化の奇術師はらしくなく、攻撃を抑え防御に時間を割いていた。
愛しの魔女は不完全な漆黒の塊をぶつけるため、焦る気持ちを抑えきれずに頭上に構えた杖を振り下ろした。だが、漆黒の塊は集まることを止め周囲に拡散していき、結局道化の奇術師を傷つけることは叶わなかった。
愛しの魔女の姿は次第に消えていく。
「何か言い残したことは? 最後の言葉、せっかくだから言わせてあげる」
愛しの魔女は悔しそうに道化の奇術師を睨みつける。けれども、
「まだ終わりじゃないよ。京ちゃんが闘ってくれる、私はいつも通りサポートに徹するだけだから。――京ちゃんを信じるって決めたから平気だよ」
「……そっか」
しかし、愛しの魔女はその一言で終わらなかった。
「――――そんなに泣きそうな顔で立ち向かわないでよ」
そう言い残して、愛しの魔女は消え去った。代わりに現れたのは茶髪の少年。
「どう、精神世界に閉じ込められるお気持ちは? 一人じゃ退屈だったでしょ?」
茶髪の少年は聞く耳を持たなかった。いや、持てなかったと言うべきか。両手で頭を抱え、身体がよろよろとフラ付いていた。
「眠たい? しょうがないよね、あれだけ愛しの魔女に身体を貸してあげたんだからさ」
茶髪の少年は両手で顔を覆って、力を入れて擦った。
そうして彼は目下の敵に顔を向ける。だが、
「……どうした……のですか?」
敵であるはずなのに、少年は心配する素振りで彼女を覗き込んだ。
なぜなら。
「んっ、ううっ、……ぐすっ……うえぇん…………ううっ」
無防備にも、彼女はボロボロと大粒の涙を瞳から零していたのだから。
口元を歪ませ、タキシードの袖で目を覆う道化の奇術師。涙は収まる兆候すらなく、彼女は敵である少年の前で嗚咽をあげ続ける。
「なんでっ……魔女ちゃんは…………あたしを……本気で殺そうとしたのよぉ……」
「………………」
道化の奇術師は袖で目元を押さえながら大きく首を振って、
「あそこまで敵意を向けなくてもいいのにってことだよぉッ!!」
「あなたが泣いているのは愛しの魔女に負けそうになって悔しいから……、そうとは思いません。――――愛しの魔女に、本気になって殺そうとさせてしまうくらいに嫌われている事実に泣いているのだということは分かります」
「………………」
「愛しの魔女を僕と会わせたのだって、そうして闘ったのだって、結局は道化の奇術師に対してどんな気持ちを持っているかを確かめるためだったんですよね?」
「……うるさい! 分かったような口をきくな!」
構わず宮西は、
「嫌われるなんて当たり前のことなんですよ。僕は知りませんけど、何百年も前に優しく接した経験だとか、楽しく過ごした経験だとかを期待していたんですか? そんな都合のいい話なんて絶対にないです。断言します」
「だから偉そうに説教しないでよ!」
「もし愛しの魔女をあなたの心に取り入れたとしても、意味はないと思います。嫌われていると自覚しているなら…………言わなくても分かりますよね? もう、撤退しましょうよ」
「うっさい! うっさい!」
彼女は余計なものを振り払うようにブンブンと頭を振った。
「……別に今嫌われたって構わないよ。魔女ちゃんがあたしと一緒になったあとに、いっぱい可愛がってやればいいんだから。いっぱい優しくやればいいんだからさぁ……」
カチャリと、携えたレイピアを確かめるように握り直した道化の奇術師。
「……闘わなくちゃ、ダメなようですね」
少年はポケットからR4ナビを取り出し、現在の時刻を確認する。
「下校時刻まで十分を切ってますね……。もう逃げる訳にはいきません。絶対にあなたを倒して見せます。――受け取ったバトン、しっかりと繋げなきゃなりませんから」
少年は確かな意志が灯った目を、敵である道化の奇術師に向けた。
「もう容赦はいりません。残り時間、僕は夏姫と一緒に挑みます」
道化の奇術師は目元から袖を放し、ペッと血を吐き捨て、
「お望み通り――容赦しないから」
――――余分な感情を捨て去った両者の、最後の闘いが始まる。




