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「ん……あれ? ここは……?」
ベッドの上だった。それも、お姫様が眠るようなベッドの上。一面真っ白の部屋に、これまた真っ白なレースの付いたベッドがポツンと部屋の真ん中に置かれていた。
ここは夢の中? 冬森は思ったが、夢の中というには意識がはっきりとしすぎているし……。
いや、夢ではない。道化の奇術師に立ち向かって、そうして気を失ったことは覚えている。
「――――こんばんは、凛檎ちゃん」
魔女がいた。
冬森の足先に、厚手の黒いマントを着用し、つばの広い先の尖った、マントと同色の帽子を着用した魔女がちょこんと女の子座りでそこにはいた。
歳は冬森と同じくらい、肌は白く大人と子供が入り混じったような顔立ちをしていて、銀の長く伸びたストレートの髪が帽子からはみ出ている。
「……あなたは……まさか……」
「うん――――私は愛しの魔女。『愛鍵この鉤』っていうロジックで凛檎ちゃんの精神の中にお邪魔してるの」
「けれど、いつの間に……」
「実は今の私は本体じゃなくて、『推理小説の禁じ手』で作り出した京ちゃんの中の私のコピー。凛檎ちゃんが気を失うようなことがあったら発動するように、って。あの報告書を見たときにおまじないを掛けたの。コピーの記憶は本体にフィードバックするようにしてあるから」
報告書を見たときに? そういえば、愛しの魔女に関する報告書を見たあと、宮西によって何かしらの暗示を掛けられたような気がする。あれが、今の状況を作り出しているのだろうか?
「……私をここに呼び出したのなら、何かしらの理由があるはずよね?」
愛しの魔女はバツの悪そうな顔で冬森を見て、
「どうか、私の正体は京ちゃんに隠して」
哀しそうな顔で目を背ける愛しの魔女。弱弱しい彼女を抱きしめて慰めてしまいたいほどに、彼女は小さく見えた。
「私から宮西くんに言うつもりなんてないわよ。それは安心して」
「……ほっ、本当!?」
ハッと顔を上げた愛しの魔女。だが、冬森は彼女の両肩を掴んで、
「た・だ・し――――自分から宮西くんにしっかりと話しなさい」
「……え、でも…………」
「でもじゃない。しっかりと包み隠さずに、お姉ちゃんが『王女気取りの魔法使い』の正体ってことを話すこと。いい?」
愛しの魔女は泣きそうな顔で縮こまり、
「……わっ、私……京ちゃんに嫌われたくないよぉ……。絶対に気持ち悪がられるし……。京ちゃんの中では私、こんな化け物じゃなくて理想のお姉ちゃんで…………」
そして冬森にすがるように、子供が甘えるように愛しの魔女は冬森の胸元に身体を預けた。
だが、
「ふんっ」
「キャッ!」
そんな愛しの魔女を、あろうことか両手で突き放す冬森。愛しの魔女は小さな悲鳴を上げて、柔らかなベッドにボスッ、と小柄な身体を預けた。
「怖い、ですって? 本当に怖いのはどっちなのよ? 正体も分からないような人格とずっと一緒に過ごす方がよっぽど怖いわよ」
「……うっ…………うぅ……」
愛しの魔女は顔を歪めながらゆっくりと起き上がり、
「……けどっ、私……京ちゃんに嫌われたら……」
「大丈夫よ、ちゃんと事情を説明すればきっと分かってくれるから。宮西くんが優しいって、一番知ってるのは誰よ?」
説得されて、何か言いたそうに冬森に顔を向ける愛しの魔女。しかし、やがて決心したのか、
「…………分かった、全部話すよ。全部、包み隠さずに……」
「……そっ、ならよかった」
愛しの魔女は右手をつばの尖った帽子に掛け、手に取ったそれをそっとベッドに置いた。きめの細かい、ロングの銀の髪が露わになる。そして彼女は冬森に向かってペコリと頭を下げ、
「ありがとう。凛檎ちゃんみたいな女の子に知り合えて本当に良かったです」




