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「ここね、ここが『イマジナリー』の本部。とにかくここに道化の奇術師らが目論むなにかがあるはず。絶対に見つけましょう」
高台からは歩いて十分ほどの場所だった。公共の交通機関にも頼ることもなく辿り着いた施設は、
「……実験施設、ですか?」
拠点とはいえども、『キューブ』のような高さのあるビルではなく、実験施設のような倉庫の並んだ建物だ。太陽が地平線の彼方へと沈み、辺りは暗闇に染まっているが特に照明は付いていない。未知なる組織というものも相まって、宮西は薄気味悪さのようなものを強く感じた。
冬森はR4ナビの画面をスライドさせ、
「公式ではここ、もう廃止されていてもぬけの殻だそうね。けども今は『イマジナリー』の拠点に使われている。だから今は誰かがいるかもしれない……、これから計画が行われるならなおさらね」
「どうしてこの施設、廃止されたのかは分かります? いや、『イマジナリー』と関係ないならいいですけど……」
「……ふむふむ、ここは軍事用の各種武器に関する実験をしていたらしいけど、その実験データを極秘に他国に売っていたらしいわ。それが条文に引っかかったのね。まだ建物が残ってるのは、『イマジナリー』とこの密売組織が何かしらの関係を持っているから……って推測もできるわ」
そういえば、と宮西は思い出した。
「『RCS』って名前の組織ですよね、この施設の所有者。聞いたことがあります、彼らが他国に軍事関連の情報を漏らしたのはお金儲けのためじゃなくて、世界を手中に収めるためだって」
「たかが武器の情報でしょ? 言いすぎじゃない?」
「仮想現実システムによって、この国の科学技術はさらに向上しました。より実験を重ねて創られた武器は当然強い。特に殺傷能力やコストパフォーマンスはうんと良くなりました。それによって少ない資金でも軍事的な戦いに対しては有利に事を運べるようになったんですよ。ある意味、武器の力が世界を牛耳るものなのですからね」
冬森は若干感心したように、
「……詳しいのね、そういう話。だけど意外ね、軍事とか物騒な話は好まなさそうなのに」
宮西はグルリと建物全体の様子を確認しながら、
「そうですか? ミリタリー関係の映画やゲームが大好きなんですよ。ほらっ、武器や兵器を見てるとどれだけ文明が進化したか、ってことが一目で分かったり。あ、でも現実世界の戦争は嫌いですけどね……、いくら戦争が大きな利益を生み出すからって、そういった残酷なことは……」
「そっ。それなら安心したわ。キミが戦争大好きなんて言ったら、私の中で色々と壊れちゃいそう」
冬森は施設の情報を確認した後、ナビを仕舞い込んだ。
「一通り外観の確認はできました。特に誰かが潜伏している気配も見当たりませんし、物音も聞こえてきませんね」
「だけれどそういう魔法だってあるはず。敵がいる前提で潜入しましょう」
こうして二人はそれぞれ覚悟を決め、『イマジナリー』の拠点へと潜入する。
◇
施設内部には二人の敵が紛れ込んでいたが、冬森の手によって瞬殺できた。宮西らは施設内の部屋を見て回っていく。
「……ここは……? 他とは様子が全く違うわね……」
真っ暗な部屋の入口付近を手当たり次第に弄り、部屋の照明と思わしきスイッチを押した冬森。彼女は照明の付いた部屋全体を簡単に見回し、自然とこんな感想を漏らした。
まず他の部屋と違ったのは照明の色、これまでは明るい白の蛍光色だったのに対し、この部屋だけが青く薄気味悪い照明で内部が照らされている。
「えぇと他に明るい蛍光灯用のスイッチがあるはずだと思うんですけど……、ってうわ!」
「どうしたの、敵――――!?」
同じように辺りを捌くっていた宮西が突然声を挙げたので、冬森も未知なる敵に対応できるように身構えたが、
「……って、誰も仕掛けてこないじゃない。驚かせないでよ、ったく……」
高さ五〇センチほどの、部屋の端から端まで広がったガラスのショーウインドウに、少年は驚いていた。
冬森は宮西の元へ近づき、
「ナニに驚いたのよぉ……って、キャッ!!」
『それ』を視界に収めた冬森は、大きな動きで身体ごと視線を逸らした。
「これ、全部『脳』みたいですね……。人間のものかどうかは分かりませんけど、ホルマリンに漬けてあるんでしょうか? 何にしても不気味な光景ですね……」
宮西の背中に隠れる冬森。その背後から怯えるように、片目を閉じ、もう片方の眼を半開きにさせながら、ショーウインドウの中でホルマリン漬けにされている多数の脳を観察した。
「よくそんなにマジマジと見られるわね……。不気味で見られたもんじゃないわよ……」
これ以上気味悪い思いはしたくないと、彼女はショーウインドウになるべく視線を向けずに、デスクの上を中心に物色しながら情報を探していく。と、そこに――、
「ここに書類があるわ。さっきまでの部屋にはなかったものだから、もしかしたら……」
書類は全部で五枚あった。一枚一枚に細かな文字でびっしりと内容が書かれてある。冬森はその中から一番上の一枚を取り出し、
「計画――『マジカルロジカル』? これが道化の奇術師の言っていた計画のこと?」
宮西が寄って来るので、二人が見られるように書類を平らなデスクの上に置き、
『番号――二六三一―八〇〇一―二一〇 計画『マジカルロジカル』についての報告書』
マジカルとは魔法のことだとはすぐにピンときた冬森。しかし、ロジカルという単語――
「ロジカル――現実世界でも使えるような超能力、つまりロジックのことでしょうね」
なぜ、ロジックなのか? とにかく冬森は書類を読み進める。
『仮想現実〈R4〉では、数式魔法と呼ばれる数学的な記述法により無限通りの魔法を発現させることが可能である。しかし、上記の異能力はあくまで仮想現実のものであって、当然のことながら現実世界において発現させることは不可能な事実だ』
最初の数行は当然の常識が、本当に書く必要があるのかという部分まで綴られていた。
『ただし調査により、現実世界においても仮想現実における魔法のような異能力『ロジック』を扱える人間が数々存在することが判明した。彼らは科学組織『エレメント』の『特殊能力研究所』に保護され、世間一般に対して明るみに出ることはない。しかし、我々は道化の奇術師と呼ばれる少女に接触することでこの事実を確認した』
――道化の奇術師、宮西京の姉の身体に宿っている現在の人格。
(どうも道化の奇術師じゃなくて、組織が計画を主導しているのね……)
『道化の奇術師によれば、仮想現実の魔法をロジックのごとく現実世界で使えるようになる、という事実を得ることができた。そこで我々『RCS』はプロジェクトとして、現実世界に魔法を発現させる計画『マジカルロジカル』を決行することにした』
冬森はギョっとした。なぜなら――――
「魔法を現実世界で発現させる? 有り得ないでしょ…………」
そう、それはテレビの中のアニメキャラクターを現実世界に持ってくるような行為。
「固い文体で記述してますけど、内容は小学生でも考え付きそうですね。だからって呑気にしてはいられませんよ、続きを見る限りでは……」




