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宮西は地面にぬいぐるみを置き、再びぬいぐるみを取ることにチャレンジする。コインを投入し、ボタンを押すことでクレーンを操作。ただし、今度は能力に頼ることなく自分の力で。
結局、
「ははっ、取れちゃいましたね……。自分の力を見くびってましたよ……」
宮西はぬいぐるみを取り出し、それを冬森の胸に押し付けて、
「はい、僕からのプレゼントです! 大事にしてくださいよ?」
冬森はほんのりと頬を染めて、
「ったく、最初っから自分の力を信じなさいよ。……でもありがとう、大事にするわ」
ギュッと、幸せそうにそのぬいぐるみを腕で抱き寄せた。そして冬森はゲームセンターの端にあるそれに気が付き、
「ね、ねえ、宮西くん! そのっ、この機会だから思い出でも残さないっ? あーそのっ、特別な意味はないのよっ! けれど、せっかくだから……、その……」
照れくさそうにあたふたする冬森。宮西は穢れの無い笑顔で、
「はいっ、一緒に撮りましょう! 僕もそう考えてたところです」
そういうことで、二人は近くのプリクラ機に入っていく。
「冬森さん、こういったの操作したことあります? 僕、ほとんど操作したことないんですよ」
物珍しそうに画面を目にする宮西。対して冬森も、必死に操作画面を見ながら、
「私だってないわよ。一度撮ったときも友達が操作してくれて、私なんてほとんど触らなかったし……。って、宮西くんは付き合ってる女の子とかいないの?」
宮西は謙遜するように手を横に振り、
「いやいや、僕ってそういうことに無縁なんですよ。というか、女の子と付き合う余裕なんてあまりなかったような……。そういう冬森さんだって、絶対にモテますよ。プリクラの一枚や二枚、流出してスキャンダルになってもおかしくないのに」
スキャンダルってなによっ、と小さく突っ込んだ冬森は、
「私だって男の子と付き合う余裕なんてそんなになかったのよ。R4を始めたのだって中一からだし、たまに告白はされても断り続けたのよね」
冬森は説明書を読みながら、少々時間を掛けて画面を操作していく。
「じゃ、男女でプリクラを撮るなんてお互い初めての体験ですね。これはいい思い出になりますよ」
冬森がゴホン、と一つ咳払いを入れて、
「べ、別に男女の意識なんていらないわよっ。お互いに思い出を残す、それだけ!」
互いに話をしているうちに設定が終わったみたいだ。二人はUFOキャッチャーで獲得したぬいぐるみをそれぞれ腕で抱え、写真の中に納まるようにする。だが、
「……ちょ、これ狭くない!? なんでこんなに狭いのよ! これじゃあくっつくくらいじゃ……」
彼女の言う通り、二人の間に少しでもスペースがあるとお互いの顔の一部が端からはみ出てしまうほどだった。
「あっ、時間制限がありますよ! あと五秒! ほらっ、もっとくっつかないと!」
その言葉に焦りを見せる冬森、自分で言っといてそこまで焦る様子は見せない宮西、二人は密着するようにして、なんとか画面の中に納まる。お互いの腕が、顔が密着の状態に。冬森は恥ずかしさを堪えるように、ぬいぐるみを抱く腕に力を込めた。
「ほらっ、もっと笑って!」
宮西はいつもの爽やかな笑みで器用に笑う。隣の冬森も笑顔を作るのだが、恥ずかしさが先行してどこかぎこちない笑顔だった。
パチン!
狭い空間に響く電子音、写真は撮影された。その後、取った写真へ落書きの時間が与えられ、
「こういった場合、何を書けばいいでしょうか?」
「……名前と日付でも書けばいいんじゃないの?」
ということで、さっと互いの名前と本日の日付を記入。数秒後、撮った写真が出てきた。
「ほうほう、綺麗に撮れてますねー。鏡で見るよりもカッコイイですよ」
プリクラ機から出ると、次のお友達同士と思われる女子三人組が、羨ましがっているような、冷やかしているのか良く分からないような顔で二人をチラリと見た。二人はプリクラ機から少し離れた場所で、今一度写真を確認する。
「私ってこんなに可愛かったかしら……。本当に現代の技術は素晴らしいものね……」
撮った写真をしみじみと確認し、
「これじゃあ恋人みたいね。まったく、もう少し広くスペースを取ればいいのに……。たぶんワザとなんでしょうけど」
「この写真、どうします? ナビに貼っ付けますか? ほらっ、結構皆さんR4ナビにアレンジを加えてますし……」
冬森はうーんと難しい顔で唸って、
「恋人と間違われたらどうするのよ……」けれども、一度うんと頷いて「まっ、まあ、どこにも貼らないのも勿体ないから、ナビの目立たないところには貼ろうかしら」
ペロっと写真を剥がして、取り出したR4ナビの背面に貼り付けた。
「でも写真って現実世界の方にも送れますよね? だから、そのプリクラも送っちゃいましょうか」
彼の言う通り、R4で購入した写真などは、無料で(印刷は有料)現実世界の方にデータ送信することができるらしい。
「ぬいぐるみは保管庫に保存しましょうか。よほどのことがない限り容量が足りなくなることはないですし」
プリクラ貼り終えた冬森は、ナビを操作して地面に置いたぬいぐるみを保管庫に移す。宮西もプリクラを貼り終えると、冬森と同じようにぬいぐるみを保管庫に移した。
「さっ、冬森さん、行きましょうか……って、どうしましたか?」
宮西は前に進もうとしたが、楽しそうにしていた冬森の顔が、一転して神妙な面持ちになる。
バツの悪そうに、彼女は隣のカフェを視界に入れた。そこでは、『Δ』の記号を右肩部に刺繍した五人組が、今後の展望などを一服しながら決めているらしかった。
「いや、……何だか結局遊んじゃったような……。このままでいいのかな……って」
本来ならば、彼女は二百人を束ねるチームのリーダーであり、部外者の宮西京と遊んでいる立場ではない。彼女が外に出ているのだって、それは少しでもチームの乗っ取りを計画した『イマジナリー』という組織に近づくため。
自分のワガママを通すことは、周りの人間よりも誰よりも、冬森凛檎が許したくはないのか。
宮西は冬森の背後に回り、彼女の両肩をポンと掴んだ。
「ひゃっ」
小さな悲鳴を上げる冬森は、びっくりした様子で宮西の顔を見た。
「肩の力を抜くのも大事なことだと思いますよ? 冬森さんは少々頑張りすぎです」
ブレザー越しだというのに肩の感触は柔らかく、綺麗な金髪は女の子の甘い香りがする。
「でっ、でも……」
「冬森さん、昨日から大変じゃないですか。だから、時にはリフレッシュのために肩の力を抜くのも大事なことだと思います。『キューブ』の皆さんだって頑張りは見てくれてるハズですよ。だから情報収集のプロの方が情報を集めるまで、しっかりと遊びませんか?」
宮西は冬森の背負っているものを、全ては知らない。しかし、彼女が自分だけのためではなく、『キューブ』のために動いていることは分かっていた。彼女が自分に厳しいのだって、『キューブ』のためにあるのだろうし。
だからといって、冬森凛檎が働き詰めで辛い思いをする必要はないと感じる。全ての責任は冬森凛檎が背負うのではなく、時には羽を伸ばして遊び心をもってほしいと思った。
「もしかして、余計なお世話だったり……?」
なかなか返答を返さない冬森に、宮西はおっかなびっくりで訊く。
しかし、宮西の心配をよそに冬森は柔和に笑った。
「宮西くんは優しいのね。……そっか、私も口ではああ言ってたけど、ひょっとしたら私だって遊びたいのかしら。……そうね、情報が集まるまではゆっくりしましょうか。けれどその代わり、その後はしっかりと気を入れ直すのよ!」
冬森は肩の手を振りほどくように宮西を振り向いて、パチンと彼の額をデコピンした。なぜデコピン? 疑問に思う宮西に、冬森は屈託のない笑顔で笑い飛ばした。




