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学生が好みそうな街並みだった。カラオケ店やショッピングセンター、数々の飲食店が軒を連ねる中、宮西と冬森はぶらぶらと歩いていた。
「まあ、そこまで焦る必要はないと思いますよ? 向こうだってまずは多くのチームの乗っ取りを計画しているようですし。受け身になってカウンターパンチを喰らわせた方が逆に効果的かもですよ」
R4の七つの都市の一つでもある〈セントラル〉の中では、一番学生の占める人口割合が高い場所といっても良いだろう。チーム単位で、個人単位で好きなアクセサリーを見たり、美味しそうな甘い香を放つスイーツの店に入って行ったり、とにかく賑やかな街並みだった。
宮西の横を歩く冬森は呆れ交じりで、
「そんな考えは甘いのよ? 基本攻めていく姿勢が何よりも大事だと思うの。昨日だってそうでしょ? 責められて即座に対応していくことは、よっぽど準備を重ねないと無理なの。狙いはどうやら宮西くんみたいだから、いつ何時攫われるか用心しておくことね。私だっていつでもは助けてあげられないわよ?」
そうは言いながら、チラチラとガラス越しに並べられている数々のスイーツを見る冬森。冬森に配慮して、宮西はケーキの並ぶお店の前に立ち止まってあげた。
「ったく、自分が狙われているより食い意地を張る方が大事なの? そんなんじゃそこのケーキよりも甘いわよ」
苦言を呈しながらも、ショーウインドウを覗く冬森。視線の先にあるのはチョコケーキ。チョコが練り込まれた層で構成されたミルフィーユ、その上には薄いチョコチップが降り注がれていた。
「ああっ、冬森さんチョコケーキが好きなんでしたよね? 買います?」
宮西が尋ねると、冬森はさっとケーキから目を逸らし、
「ほらっ、行くわよ。ケーキだけなんて見てもしょうがないから」
そうは言いつつも、未練が残っているのか、ケーキをチラチラしながら彼女はその場を立ち去る。宮西もそれに付いて行く。
「情報収集に関してだけど、仮想現実の中で誰か当てがある? まだ初心者だから知り合いは少ないと思うけど……。ほらっ、〈R3〉に参加していた友達とか、今R4にログインしてればいいんだけど……」
そういえばR4を始めて二週間ちょっと、このR4で誰か知り合いに会ったとかそういうことはなかった。
「誰も声を掛けてきてくれなかったですね……。もしかして、僕って嫌われてたり……。偶然だったらいいですけど……」
「まあ、たまたまでしょ? 知ってると思うけど、R4って七つの大きな都市に別れてるじゃない?私たちはランダムに〈セントラル〉に割り振られた形なの。当然他の都市に行けるけど、結構面倒なのよね。ワープ機能でもあればいいけど、現実と同じように公共の交通機関で行かなければならないし」
この仮想現実のコンセプトとしては、現実世界に近いリアルさの追求である。それは魔法という一種の異常性を際立たせたいためであるのと、研究者たちが現実世界と同じ条件で研究を行いたいがためである。よって、空を飛ぶ車やマッハ一万で進む乗り物、はたまた魔法を使わないワープなんてもってのほか。ワープが使いたいのなら魔法に頼るしかない。現実世界と異なる光景と言えば、それこそ魔法の存在か持ち物管理システムくらいだろう。
「広い広いこの世界で知り合いに会えれば、それだけで運がいいことなのかもね。何年かやってれば会えるとは思うけど、やっぱり初心者じゃ厳しいか」
「そういう冬森さんは、情報収集のプロと知り合いなんでしょうか?」
冬森はニヤリと笑って、
「一人、知り合いがいるわ。『キューブ』とは別の人間だけどね。彼には『イマジナリー』の拠点を調べてもらってるの。このままいけば数時間で調べられると思うわ」
「へー、じゃあ僕たちはそれまでぶらぶらしてればいいですよね?」
冬森は呆れたように宮西を見ると、
「呑気なものね。でもそうね、情報収集のプロじゃない私たちが、たかが数時間で頑張ってもね。けども、だからって任せっきりでは駄目よ? ぶらぶらしながらでも、少しは動いて行かないと」
宮西はちょっと感心した。
(そうだなあ、いつまでも呑気でいちゃ駄目か……。僕だって目的をもってここまで足を運んだワケだし)
改めて気を引き締めて、宮西は前に進んでいく。…………が、
今度は冬森が立ち止まった。
「どうしました、冬森さん? 何か目ぼしい情報でも見つかりましたか?」
冬森が立ち止まったのはゲームセンターの前だった。今の宮西に見えるのは、数種類のクレーンゲーム、UFOキャッチャーなどなど。店内は星空に照らされた世界をイメージしているようだ。
何の変哲もないゲームセンター。特別変わったものは、宮西の目には映らない。
宮西は一歩前に出て、冬森の横に立ってもう一度彼女に伺う。
「どうしましたー?」
尋ねながら、冬森の視線の先にあるものを見た宮西。
(……UFOキャッチャー? クマのぬいぐるみ……?)
人の首から腰までの大きさはありそうなクマのぬいぐるみ。首元には青のネクタイが、右目には眼帯がされてあった。
冬森はぼーっとそれを眺めて、
「…………か、かわいい……」
宮西はちょっとだけ驚いた。まさか冬森から『かわいい』という言葉を聞けるなんて。
たしかに、あのぬいぐるみが他と比べて異様に人気が高いことは分かった。三つのUFOキャッチャーの真ん中に、そのクマのぬいぐるみがあるのだが、両側のゾウやキリンのぬいぐるみと違って異様に個数が少なかった。
「へー、R4公認マスコットなんですか」
「……最近創られたマスコットらしいわね……。知らなかったわ……」
「冬森さん、あれが欲しいんですか? よかったら取ってあげますよ?」
「えっ、いいの! ……いや、私が取るから宮西くんは引っ込んでて」
どこまでも負けず嫌いだなー、なんて思いながら冬森の行動を後ろから眺める宮西。冬森は財布からコインを取り出し投入。ボタンを押してクレーンを操作する。
しかし、
「あー、もう! なんでこうも外れるのよ!」
十センチは離れていたところにクレーンは下ろされ空振り。宮西は悔しがる冬森の肩を叩き、
「ふふっ、こういう時のために僕はいますから」
宮西も財布からコインを投入し、クレーンを操作していく。
(僕の『王女気取りの魔法使い』があれば……、こんなの楽勝!)
滑らかに、スピーディーにボタンを押す宮西の両手。彼の指の操作によって、クレーンはぬいぐるみに向かって下ろされ、アームは正確にぬいぐるみを捉えた。
そして、
「ほらっ、取れました! かわいいですね、このぬいぐるみ!」
取り出し口からぬいぐるみを取り出して、冬森に大きく見せた。
だが、冬森は喜ぶ様子を一切見せず、憮然とした形相で宮西とぬいぐるみを見る。
「あれ? 欲しくないですか? せっかく取ってあげたのに?」
「……そんな能力を使って取ったぬいぐるみなんて欲しくないわよ。ツマンナイの……」
宮西は首を傾げた。一体何が気に入らないのだろうか?
「はー、分かりました。このぬいぐるみは僕のものにして、今度は僕の力でトライしますね」




