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《数式》により構築される魔法に満ちた仮想世界  作者: azakura
4章 愛しの魔女 LOVELY_WITCH
30/52

4-1

 本日は学校終わりだったので、ビルの立ち並ぶ街並みは所どころオレンジの光が掛かっていた。目の前を行き交う学生の量も増え、種々の実験に忙しそうな白衣の研究者たちもそんな学生たちに混じるようにせかせかと足を動かしている。


 ビルに囲まれた公園……いや、公園と呼ぶだけの遊具も存在しないスペースだが……。壁に囲まれることによってその狭さはより強調されていた。

 その公園のベンチに座るのは茶髪の少年、宮西京。膝の上でパラパラと本を捲りながら、


「へー、色んな魔法があるんですねぇ……、みんな凄い発想をするもんだなぁ……」


 昨日『キューブ』を訪れる前に購入した本、その中に変わった魔法を特集するページがあった。それもなぜだか、水着の女の子(のうりょくしゃ)を横に添えて。魔法の例としては、一度起きた出来事をもう一度引き起こす魔法『千死万廻リゲインファイター』だったり、対象者の精神変化を一定にする魔法『模範囚人スタイリスト』だったり。ついでに水着の女の子を拝める宮西。


 と、読んでいたページに暗い影が差す。


「――へぇ、キミも男の子なのね。水着の女の子に興味深々だなんて。そういうことには興味ないと思ってたのに」


 声の方向は上から。うん? とゆっくり首を動かして見上げてみれば、


「……冬森さんじゃありませんか……。というか、僕だって男ですから興味がないなんてことはありませんし」やれやれ、といった調子で洩らし、「ってあれ、隣の『キューブ』の本部に行っていたんですか?」


 少年を見下ろすのは冬森凛檎。手でロングの金髪を優雅に掻き上げ、


「……違うわよ、たまたま……たまたまここに来ただけなんだからっ。それに、宮西くんに会えるとは思ってここに来たワケじゃないしっ……」


 なぜだか斜め方向に顔を逸らして答える冬森。


「そういえば冬森さん、ケジメを付けて『キューブ』に戻るって言ってましたけど……」

「そうよっ、ケジメを付けて戻るのよっ! そのために、雨谷衣巧が言ってた『イマジナリー』って謎の組織に迫っていくことをするの! そのためにここに来たの!」


 ビシと指を差して言う冬森に、首を捻る宮西。


「……公園と『イマジナリー』に何の関係があるんでしょうか……?」


 冬森がうっ、と口を濁したが、


「みっ、宮西くんの目的も『イマジナリー』を追うことなんでしょ? なっ、何なら! 私も一緒に行動してあげてもいいけど……?」


 途切れ途切れに最後の言葉が弱っていく冬森。

 宮西は苦い笑みを浮かべて、


「もう少し素直になってみても良いと思いますよ? 初心者と行動することに違和感はあると思いますけど、今は『キューブ』のリーダーじゃないんですから」


 冬森はムッと、心なしか眉を吊り上げ、


「リーダーがどうこうの問題じゃないわよっ。その、……変な噂が流れたら、って思うとその……。あの冬森凛檎と一緒に行動してる、とか誰かに自慢したくなっちゃうでしょ……?」


 ポカンとする宮西。冬森は変わらず、


「その、有名税ってヤツかしら。大変なのよ、有名になるってことは。面倒事もたくさん起きるし。ほらっ、昨日だって妙な男が私に絡んできたでしょ? あれが日常茶飯事なのよ」


 どうやら、冬森凛檎は『キューブ』のリーダーということよりは、冬森凛檎という人間自体にとてつもないプライドを持っているらしい。たしかに、冬森は暗に自分がバカにされたような言動や態度を取られると結構怒るし、と宮西は分析した。


 特に誰かに冬森と行動しただなんて自慢する気はなかったが、冬森の繊細な部分を逆撫でするのは昨日の経験上あまり良くないと思い、


「僕も『イマジナリー』を追うつもりでしたけど、一人では不安でした。ですから、冬森さんが一緒に行動してくれるようなら大変助かります。それじゃあ、よろしくお願いしますね?」


 宮西は右手を差し出す。冬森は宮西の右手を握り、握手に応じた。


「光栄に思いなさいよ? この私の力を借りられるなんて」


 宮西はクスリと笑って、


「はいはい、分かりました」


 はい、は一回と指摘され、さらに笑う宮西にムッとする冬森だが、


「それはそうと宮西くん? 宮西くんの使う爆発の魔法あるじゃない? あの魔法の数式をちょっと見たいけど、いい?」

「『気まぐれな振る舞い(アンサンブル)』ですか? 構いませんよ?」


 宮西はポケットからスマートフォン型の『R4ナビ』を取り出し、ささっと操作していく。自分の記述用紙(スペース)に載っている数式を画面に出し、冬森にナビを渡した。


「ま、どうせ初心者なんだから大した数式じゃないと思うけど……。だけど、その割にはそこそこの威力がある爆発だったような……」


 渡されたナビを上から目で追っていく冬森。だが、見ているうちに訝しげになっていき……、


「……うーん? なによこの『e』は……ネイピア数? 『P』ってことは確率、だと思うけど……。でも、なにこの『Z』は……えっ?」

「ああ、それはボルツマン因子って言って、そのエネルギー状態になる確率に大きく関わっている部分ですね。そして『Z』は分配関数(ぶんぱいかんすう)っていうパラメー……」

「待って! 分かるから! 説明なんて求めてないから!」


 宮西を手で制し、再び数式と格闘していく冬森。だが、三分ほど経過しても一向に理解できている様子が見えない。


「分からないならいくら見ても分かりませんよ。ここは大人しく降参してください」


 冬森が操作していた『R4ナビ』を横取りする形で取り返し、ポケットに仕舞混む。冬森はあっと声を上げてナビの行方を辿ったが、


「……初心者のクセに、どうしてそんな数式を扱ってるのよ? 本人が数式を理解できていないなら魔法は発動しないはずでしょ? おかしいわ、こんなこと。高校組のクセに」

「今、ナチュラルに高校組をバカにするようなことを言いませんでしたか? ま、まあ、実は言うとこの魔法、藤代みなみさんの使っていた『紅に染まる無限世界アンリミテッドクリムゾン』の数式をかなり参考にしたんですよ。だから一週間程度で使えるようになったんですよね」

「かなり参考……? まさか、他人の数式をパクッたっていうこと!? 信じられない! どの本にも書いてあるけど、他人の数式の無断借用は禁止ってしっかり明記してあるのよ!?」


 冬森が熱く述べるので、膝に置いてある本を適当にパラパラ目で追ってみる。そうしたら本の最後の部分に、『他者の数式を無断で借用することは禁止されています! 絶対にしないように!』。大きくはっきりと真っ赤な文字で記載されてあった。


 宮西は呑気に笑って、


「あっ、本当でしたね。最後までまだ見てなかったから気が付きませんでした。まあでも、『紅に染まる無限世界アンリミテッドクリムゾン』の核は偏微分方程式ですけど、僕の『気まぐれな振る舞い(アンサンブル)』の核はカノニカル分布の理論ですから。大きく似ているってワケではないですし。大丈夫でしょ」


 むぅぅ、と口元を尖らせて、宮西の顔に迫る冬森。それに合わせて、上半身ごと逃げるようにさーっと顔を動かしていく宮西。


「ったく、本当に問題児だわね、キミは……。……って、パクるのはいいけど……いや、良くないけど……こんなに難しい数式を理解できるのはおかしいわよ! だって、明らかに高校生レベルの物理じゃないし!」

「あー、僕、中学三年生の時にプロジェクト〈R3〉ってのに参加してたんですよ? そこで高校の内容を全部勉強しちゃいましたからね。だからちょっと応用するような内容も、一週間みっちり勉強すれば基礎くらいは理解できますから。あっ、歴史とか暗記科目の記憶は穴が開いてるかも」


「あーるすりー? なによその胡散臭いプロジェクト……? 知らない間に脳の魔改造でもされたんじゃないの? だからそんな呑気に笑ってられるんじゃ……」

「酷い言いようですね……。大丈夫ですよ、信用できる組織の下のプロジェクトでしたから。〈R3〉のおかげで貴重な経験を得ることができましたし」

「そんな経験だなんてどうでもいいのよ。まったく、便利な能力はあるし、知識もあるし、本当にズルイわね……。そんな境遇じゃ魔法作りを楽しむことなんて無理よ?」

「別に魔法だなんて、今ではそこまで興味ありませんし。目的はとにかく自身の体質(ロジック)の謎について迫るだけですから」


 宮西はすまし顔でそう言った。そんな宮西に冬森はガックリと溜息を一つ付いたが、


「宮西くん」ベンチを立ち上がり、腰を折って宮西の顔に自分の整った顔を近づけ、「決めた! 私、キミに魔法の興味を持たせてあげる!」

「魔法の興味、ですか?」 

「そうよ。R4にログインする以上、魔法に興味がないのは言語道断! だ・か・ら、私が魔法の素晴らしさを教えてあげるの!」


 ふんっ、と手を腰に当て力説するので、断ることができない宮西。


「いい? 余計なお世話だなんて思わないでよ? この世界を勝ち抜いていくためには、本当に大事なことなんだからね?」


 宮西はお手上げ、と言った感じで降参ポーズで、


「はいはい、それじゃあ冬森さんにご教授してもらいますよ」


 やれやれ感たっぷりで呟く宮西に、冬森はツンと彼のおでこに指を当て、


「はい、は一回よ!」

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